天使の絵本

天使の絵本

Side.Z 「雨の降る夜は白い月の庭で」


春である。
陽光はやわらかく
吹く風はさわやかに、
眠っていた虫たちや草花。
更にはモンスターや馬鹿共までが浮かれ彷徨ううっとうしい季節である。
何だってこの季節に歓迎祭なんて面倒臭いことをするのだろうか。
教員室を生徒の出し物に占領され、
恐ろしく不機嫌な剣士科の教師であるジーテはそんなことを考えていた。

古い文献を紐解けば、
歓迎祭とは春に採れるフルーツを使って収穫祭を行ったのがその起源であるらしい。
なんだ。
元々浮かれた人間の考えた行事なんじゃないか。

「まったく。
 参加している人間は楽しいのかも知れんが、
運営側にとっては面倒臭い事この上ない。
大体なんで王族までが見学に来るんだ。
その対応に1ヶ月前から参加させられている私の身にもなれってんだ。
それにアレだな…
なんと言っても酒が飲めん!! 」

そこが本音のジーテ先生である。
校舎内をうろうろと彷徨って徘徊し、見廻りの名の下に休憩場所を横目で探してゆく。
途中何回か浮かれて騒いでいる生徒に注意(八つ当たり)して気分を紛らわせた。
まださほど問題と言われるほどの事件は起こっていないようで、平和といえばまぁ平和なもんである。
このまま無事に終わってくれればどれだけ気が楽か知れない。
そんなことを考えつつ校舎の隅まで来たところでふと足を止めた。

聴きなれた歌が聞こえてくる。
自然と心が落ち着いてゆく。
フゥと小さく呼吸をして静かに目を閉じた。


































Side.Z
「雨の降る夜は白い月の庭で」

















































ココなら文句なしだ。
周りに人が居ないのを確認し、息を潜めて入室する。
中には一人の教師が居て、窓際の机に向かってなにやら書類をまとめている様だ。
他に人が居ないのを確認してから後ろ手に扉を閉めた。
さわやかな風もうっとうしい馬鹿共も、彼女の前では全て気にならなくなる。
いわばジーテ先生にとっての癒し系。
それが保険医のともちゃん先生なのである。

「どっこいっしょ…っと。」

「ぁ、お疲れ様~ジーテ先生~。」

傍にあるベッドに腰を下ろすと微妙な大阪弁がかえって来た。

「ぉ、お疲れー。ともちゃん先生。」

「どうでした?
 待ちに待った歓迎祭の様子は。」

「ぁぁ、平和なもんだよ。
 ……今は、な。」

「大変やねぇ。見廻りも。」

「全くだ。
 こうして休憩でもせんとやってられん。」

懐を探ってタバコに火をつける。

『シュボッ』

「ぁ~。
 体に悪いねんよ。煙草は。」

そう言って灰皿を差し出した。

「わかってるよ。
 それくらい。
 ったく。」

腰を持ち上げて灰皿を受け取る。
その慣れた対応がまるで夫婦のようで。

「…ふふ。」

振り返ったともちゃんの笑顔にそっぽを向いた。

「・・・・・・・。」

今顔を見られたら赤くなっているのがばれるかもしれない。
それは何だか悔しいので絶対に避けなければならない。

「…ん?」

そんな私にそっと首をかしげる。
なんて奴だ。
かわいい。かわいすぎる。
目頭を押さえてにやける顔を隠して、
小さく深呼吸をして呼吸を整える。
暖かい初春の日差しが差し込む保健室で二人、
静かに吹く春風に純白のカーテンが揺れる。
時間の流れが狂い始める。
ふと、思い出す。
数年前のあの庭での出来事を。
自分の人生を変えたあの日のことを。
自然、遠い目になってともちゃんを見つめる。

「どしたん?
 遠い目ぇして。」

「ばか。日差しが眩しいだけだ。」

ふと思い出す。
あの日、小さな庭で飲んだ一杯のお茶を。
たまらなく愛おしいこの少女のことを。



ただ―――――――
君の幸せを願う。


穏やかな心地。



「な、なぁ…」

小さく声をかける。
それがとても重く、遠い。

「ん?」

そう言って首を傾げる。
いつもの仕草。

口を開いて、
ためらって、
一拍おかしな間が空いて、
勇気を出して口を開いた。

その時だった。

『ガラッ』

静寂を破って保健室のドアが開かれ、同時に時間の流れが正常に戻る。

「ぉ、ジーテ先生も休憩ですか。」

学年主任で弓士科教師のルシードだった。

「まぁな。」

そう言ってそっぽを向いてから相手に聞こえるように
『チッ』
と舌を打つ。
もちろんわざとだ。
そんな微妙な空気を察してか知らずか。
「お茶入れて来ますね~。」
といってともちゃんが隣の部屋に姿を消した。

隣のベッドに腰掛けて、
「ふぅ。」
と一息をつくとジーテが嫌がったように場所を移動した。
しかし当の本人はそんなこと気にした風もなく話を進める。

「そういえばジーテ先生。
 クラス分け表はもう見ましたか?」

横目でルシードの表情を除き見る。
ルシードも懐のタバコを探しているようでその表情をうかがうことはできなかった。

「まだですが。
 何か面白い物でもありましたか。」

微妙な間が歓迎祭の日の保健室を占領する。

「そういえば、さっきそこで虎が出たそうですね…。」

何気ない事のようにボソッと呟いた。

何が言いたいのかをその一言でようやく理解して、
周囲の音に耳を向けた。
外では観光客や新入生たちの悲鳴が聞こえてくる。
この学校でそんな馬鹿なトラブルを起こす人物といえば一人しか居ない。

「へぇ…、そうですか。
 仕事の速いルシード先生のことですから、そんな些細な問題はさっさと片付けてしまったんでしょう?」

「はっはっは。
 何を仰います新、担、任のジーテ先生。」

ルシードが中指で眼鏡を持ち上げる。

「いえいえ。
 私はまだ正式な通達を受けておりませんので。」

二人の間に小さく火花が散る。
もちろん通達なんてとっくの昔に来ているのだがこんな事もあろうかと封を開けずに閉まっておいたのである。


「はっはっはっはっはっは。」
「はっはっはっはっはっは。」


二人して見つめ合い笑って誤魔化した。
もちろん内心ではしっかりと腹の中を探り合っているのである。

「それはそれはご苦労様です。さっそく初仕事ですねジーテ先生。」

「いえいえ御遠慮なさらずに。
1年間の愛着もあるでしょう、どうぞ私などにかまわず行ってやって下さい前、担、任のルシード先生。」

互いに引きつった笑顔になっているのがわかる。
こういうのはジーテの苦手分野なのである。



『……………』



「行けって言ってるんですよこの不良教師!!」

「うるさいな嫌って言ってんだろこの陰険眼鏡!!」

「なんだとー!! 」

「んだコラァ!! 」


ともに胸倉に掴みかかって互いを牽制する。
しばらくその状態で硬直した後で、二人が本気で喧嘩をした後の惨状を考えるととたんに気が抜けてやる気がなくなってしまった。

二人して同じようにため息をつく。
案外似たもの同士なのかもしれない。
絶対に認める気などないが。

そっとベッドに腰を下ろして笑顔を隠した。
給湯室から漏れる淡いお茶の匂いを嗅いだ途端、
なんだかばかばかしくなってしまったのだ。
季節は春で。
吹く風はさわやかで。
外には散った後の処理が大変なレギオットの花が咲き誇っていて。
浮かれる馬鹿共は実にうっとうしくて。

でも、
1杯のお茶くらい飲んでからでも遅くないと
そう思いながら静かにあの日のことを思い出していた。

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