天使の絵本

天使の絵本

『君でいっぱい』


スーツを着た女性が自分の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか、主任!?」
すぐに、膝枕をされている事に気がつく。
後頭部の辺りには、妙な鈍痛。
「あんた、だれ。」
「じょじょじょ、冗談は顔だけにしてくださいよ。」
毒舌ながらも顔は焦っている様で、頭の後ろを冷やしたタオルでそっと抑えてくれている。
「おれ、だれ?」




『君でいっぱい』




「ごめんなさい。」
そういって深々と頭を下げた女は、俺がこの会社の主任研究員である事を説明した。
それなりの広さの研究室に、白衣を着た自分が良く似合っている。
「で、」
「は、はい!!」
「何で俺は記憶が無いの?」
慣れた手つきでタバコをつけて、いつもの席に腰掛ける。
それがどうやら自分の席であるらしい事は体が覚えている。
「そ、それはですね、その何というか…」
言葉に詰まる女の目は所狭しと宙を泳いで逃げ回る。
なんかやましいことがあるんだろうな。
何と無く想像は付くのだが、加害者であるらしい女の口から答えを聞きたい。
逃げまわる目が鬱陶しかったので、顔を両手で押さえつけてこっちを向かせた。
「なんか頭が痛いんだが。」
そういうと、白目をむいて目をそらす。
「キノセイデスヨー」
いちいち癪に障る奴だ。
「嘘だな。」
そういって眼球に直接手を当てて黒目を引きずり下ろした。
やたらとでかい声で『痛い』だの『鬼』だの『悪魔』だのと罵って来たが、気にせず引きずり下ろす。
「ほんとの事言いますから!」
そういって崩れ落ちた女はいわゆる『女座り』をしながらこっちの目を覗き込んでくる。
「屋上で勝手にこけて頭をぶつけたんですよ。」
「それも嘘だな。」
わかりやすく顔をそらしたので鷲掴みにしてこっちを向かせる。
絹を裂かんばかりの音量で『キャー』だの『痛い』だの『割れるー』だのと叫び倒してきたが、
気にする事無く鷲掴みにした。
「お前はいつも嘘付く度に目をそらすから一発でわかる。」
そういうと、今度は真剣な表情でこちらを睨み付けて来た。

「仕方ないですね、これだけは秘密にしておきたかったんですが。」
「なんだ。」
「貴方は実は、私の作ったロボットなんですよ。」
あまりにも自信満々にそう言うので、ひとしきり笑った後で女の顔を覗き込むと、
「創造物は、ご主人様の言う事は素直に信じるものですよ!」
とか頭の沸いたセリフを口走ってきた。
「バカ原、お前今月の給料抜きだ。」
ふとそんな言葉が口をついて出た。
「えーーっ!!! って、あれ、もう思い出されたんですか。面白くない。」
多かった一言分頭を小突いてから、頭の中を整理してみる。
「赤原繭莉 24歳、通称バカ原。俺の部下で、とことん使えない無能野郎だろう。」
う…っと呟いて、大げさな素振りで後ずさって見せる。
反論しない辺り、記憶はやはり確かなようだ。
「じゃ、じゃぁご自分の事は?」
思い出そうとして宙を仰ぐと、窓の端からタバコの煙が雲に混じって行く様が目に入ってきた。
抜けるような青い空に、のんびりと流れる雲が視界を横切ってゆく。
「・・・・・・。だめだ、お前の事しか思い出せねぇ。」
そういうと、急に顔を赤らめたバカ原が必死の形相で慌てふためく。
「な、何でですか! 恥ずかしいから早く思い出してください!」
そういって、俺の胸の辺りをポカスカと殴りつけてくるバカ原の、
その真っ赤になった顔があまりにも可愛かったから。
「まぁその内な。」
恥ずかしそうに頬を染める繭利を後ろ目に、
適当にあしらって、とりあえず机の上の書類を整理する事にした。

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