「テキーラサンライズ」


太陽のような笑顔で彼女は大きく笑った
手にしたテキーラサンライズの橙より明るい声で
「あたしにそんなことなんてあるわけないじゃない」
夜の帳の蝋燭が揺れるバーで
彼女はまるで太陽だった。


アタシはこの小さい南の島で
ボートを貸すだけの仕事をしている
シーズンになるとカップルが水着でやって来て
チケットと引き換えにボートに乗り込んでゆく
毎日、青い海のさざめきと空とカップルの笑い声ばっかり聞いている
アタシはカップルの背中に小さく舌を出してやった
砂はサンダル越しにまでその熱さをアタシの足に伝えた

アタシはこのリゾートの仕事の季節になると
毎年この島にやって来る
22才からもう5年目のアタシは
現地のクロンボにまでからかわれる
明らかに遊んでるようにしか見えない彼等とも
アタシはきっと同じように見えている。
お気楽なこの仕事ばっかりしているのには
アタシにだって訳がある

夕暮れが近付くと砂浜の上を
ボートを引き摺ってロープで結ぶ
その跡は翌朝まで消されることなく残る
あーあ、明日もまた太陽の下かぁ。
もう見飽きちゃった夕暮れをカップルは名残り惜しそうに見ている
アンタたちもここで働けばいいのにさっ
そして砂を落としてシャワーを浴びて
いつものバーに飲みにいくの
そう!これが愉しみなのよね、テキーラサンライズ


今日も彼女は同じ席で大声で笑っている
彼女はここのボート貸し
仲間と大声で笑って今日あった空の下の話をしている

僕はこの季節になると必ずこの暑い南の島にやって来る
もう5年になるだろうか
いや、6年だ。
僕は6年前彼女とここでボートを借りた。
黄色いボートは青い海と空によく映えた。
そのときの彼女にテキーラサンライズの笑顔はなかった
何かちょっと切なそうに、ぎこちなく僕に笑いかけた。
僕等は夕暮れを名残惜しそうに見てから、
今日乗ったボートに小さく傷をつけた。
木でできたその小さなボートは
僕等と同じだけの痛みを負った。
僕等の思い出はそこで途絶えたんだ。


また暑い砂の上をざくざく歩いて
アタシは昨日ちょっと飲み過ぎちゃった二日酔いのアタマを太陽に晒して
あーん!もう!重い!ってヒトリゴトしながら
いくつかのボートをロープからほどいて浜に出した
アタシはいつも思う。
この黄色いボート、いつまで使うんだろう
アタシはこのボートにちょっと痛い思い出があった
淵にちょこっとついた傷
アタシはあれから何人もの雄に抱かれて
指輪までしてたっけな
恋愛と肉体に溺れて今日までやってきた

毎日アタシはこの黄色いボートの傷を見ている
そして切なく見た6年前の夕暮れを思い出す。
毎日見てるものとはちょっと違うその夕暮れや
太陽や砂浜や海を思い出している。
アタシがここで働くようになったのは
この黄色いボートの傷と自分の傷を重ねる為
アタシはそのボートの傷をなぞって
ずるずる引き摺ってカップルを乗せる

アタシがこの島に来るのも今年が最後だろうな
そう笑ってカップルの差し出すチケットと引き換えに
アタシは黄色いボートを水着の二人に貸した。



               凛々リリコさんより寄せていただきました





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