ラジェンダ エリコムリ            L'agenda d'erikomri

インドネシア上空


若気の至りというか、以前は怖いものなど無かったのに。
今は、死ぬのが怖い。

生きるのも大変だが、死ぬのはもっと大変だ。
普段病院などに縁のない私だが、あのときばかりは病院に通った。
夏の炎天下、駅から妙に遠い病院。
だからといってタクシーを使うほどではない。
父がいた病院は、不健康な匂いに満ちていた。

数ヶ月の闘病後、まあ、残念ながら。
まだ若かったのに、と周囲には言われたが、そんなもんだ。
懸命に病状説明をしようとする医者にそっけなく答えた。
「あ、別にいいです。もうだめなんだから」

いのちの火が消えるのが、わかっていた。
わたしにも、たぶん父にも。

ゲーテの詩を読み返していた。

 山の頂きに
 憩いあり、
 木々の梢に
 かそけき風の
 そよぎもなく。
 小鳥は森で黙すのみ。
 待てよかし、やがては
 汝にも憩い来らん。

そう、憩いなんだから、恐れる必要はない。そう、思いたかった。

一ヶ月後、インドネシア上空にて。
気付くとわたしは涙を流していた。
流れるままにしておこう。
両隣には誰もいない。
後ろの席にいる友人もおそらく気付いていない。
もう、我慢の必要はない。
父の終わりのない不在を、身体がやっと認めてくれた。






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