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2004年10月13日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

インターネットの普及が世の中に与えた影響は計り知れませんが、
中でも非常に大きな特徴と言えるのが「全国規模のニーズ集約」という事だと思います。

自分の住んでいる地域だけではマイノリティなニーズでも、
全国規模、いや、全世界規模になれば、そこそこの人数は集まる訳です。

物に対するそのようなニーズは、「絶版書籍の復刊」や
「100人集まったら作ります」といった形で実現されていきますが、
不倫願望ニーズは概ね「出会い系サイト」に、
自殺願望ニーズは「自殺系サイト」に集約されていきます。

今年3月、紀伊國屋ホールで観た鴻上尚史作・演出による演劇、「ハルシオン・デイズ」は

自殺願望を持って集まった彼らは、結局、死を選びませんでした。

日本では毎年、30,000人以上の人が、自らのその命を終わらせています。
今回起きた7名の方の集団自殺も、一人だったら
ひょっとして死ぬことが出来なかった人たちが、サイトで出会ってしまった。
そして、彼らは本当に死んでしまいました。

私は自殺サイトを覗いたことはありませんが、
しかし、このようなショッキングな事件の裏には、
実は、表に出ることは決してない、多くの救済の物語があるのではないか、
と思わずにはいられません。
一人では生きていられないほどの人が、同じ闇を抱えた人に会うことにあって
救われることもあるのではないかと思わずにはいられません。

ひとつでも減らしていくヒントが、そこにはあるのかもしれません。

■『ハルシオン・デイズ』公式サイト:http://www.thirdstage.com/knet/halcyon/index.html





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最終更新日  2004年10月14日 21時13分04秒
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そうかもしれませんね  
ゆうこ@山形 さん
この手の事件の報道を聞くたびに、なぜに一人で死を選べない段階で、あきらめないのか?と言う事を考えさせられます。
「体感としての経験」が希薄なため起こった事件としか考えようがありませんが、私の感想としては「生きる意味がない(と思い込んでいる)」即「死」に直結させる、短絡的思考回路が出来上がってるとしか思えません。

個人的には「人間ゆえの自殺」はアリだと思いますが(もちろん推奨はしませんが)、そんな簡単なも
んじゃないでしょぅ。といいたい。

少なくとも、誰かと手をつないで選択するような事柄ではないのは確かでしょう。

>表にはでない救済の物語
というものは、確実にあります。
逆説的ではありますが「死にたい」という人は「生きにくい」と言ってるだけでしょう。
生き易くする術はいくらだってありますから。それに気づける何かと出会えたかどうか、ただそれだけの話だと思います。
これら集団自殺の件で言うならば、気づきを曇らせるだけの出会いだったのでは、と思うのみです。 (2004年10月14日 22時20分58秒)

切望の深い闇  
渡辺亨 さん
>一人では生きていられないほどの人が、同じ闇を抱えた人に会うことにあって
救われることもあるのではないかと思わずにはいられません

君の云わんとする事は判るよ。でも、君も知ってのとおりの今の僕がここまで生きてこれたのは、単に「死を選択する」勇気が無かっただけなのかもしれないと思うんだ.僕もこの3年半の間に何度、ベランダに片足をかけたことか、夜の甲州街道を猛スピードで駆け抜けるトラックに飛び込もうとしたか。それを踏みとどまらせたのは
自分が死ぬことによって多くの人に迷惑をかける事になる罪悪感よりも「死を選択する勇気」にかけていただけなのではないか?
実際、この日本の中で生きていくのはとてもタフなことだし、上手く適応できない人が増えていくことと年間自殺者の数字が比例するのはとてもよくわかる。
一度、心の闇に踏み込んでしまうと「ネガティブな」自らを「この世の中で必要とされていない感」「こんな自分が生きている意味は何だろう?」といった暗闇に足を踏み入れてしまうんだ。
僕は君のような友人に恵まれ、両親・兄弟、会社の同僚の支えがあったから今の自分が有るのだと思っている。
でも、闇にはまり込んでしまいながら「死を選択する勇気」を独りで処理できずにいるものが、こういうインターネットで知り合うことで互いが互いの尻を押す形で「集団自殺」にまで発展するのだろう。
♪生きることを素晴らしいと思いたい♪
このフレーズが俺にとってある種のブレーキにはなっていた部分もあると思うよ.
ただ、生きていくということの中には
♪上がっていく月をみていた 
        天国にも苦しみはあるんだと♪
これもまた事実なんだよな.
(2004年12月18日 12時50分11秒)

Re:切望の深い闇(10/13)  
es1040  さん
渡辺さん、ごめん。PCの再セットアップした時に、ここのURLがわからなくなり(笑)、12月はドタバタ続きでそのまま放ってありました。
で、こんなマジネタをここに書かないように。(しかも10月のネタじゃないの。)(笑)
まあ、いろいろありますが、がんばっていきましょう。
新年にあたり、心を入れ替えて更新します。では。 (2005年01月06日 14時33分36秒)

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