日々のひとりごと

日々のひとりごと

1997.6月



1997.6.1

Amsteldam→St.Gore(Germany)Germanyに入ったのでお金をマルクに交換 1マルク=67.90円
ライン川クルーズ(10マルク)とWinetasting(10マルク)を体験。

1997.6.2

St.Gore→Lauterbrunnen(Switzerland Switzerlandに入ったのでお金をスイスフランに交換 1スイスフラン=82円
Heidelberg Castle(1.5マルク)、学生牢、ネッカー川、カールテオドール橋 観光

1997.6.3

朝6:30出発 Jungfraujoch ハイキング代(SF118.0)
朝が早かったです。寝坊したら置いて行くと言われていたので必死で起きました。
眠い目をこすりながら、準備(ランチを作ったり、ハイキングの準備)をしました。
雪山が綺麗だったのを覚えています。登山電車で頂上まで登ったので楽ちんでした(^^;
スイスはアーミーナイフの生産が有名?ってことでアーミーナイフを購入(SF26.0)希望者には名前を彫って
入れてくれました。 もちろんMy army knifeなので名前入り(^^)V

1997.6.4

Lauterbrunnen→Luzern
自由行動の日だったのでライオン記念碑、カペル橋、イエスズ教会、ホフ教会を見学
Swatchの本店があったので、腕時計を購入。(SF80.0)シックな感じのベルトバンドのSliver Swatch(*^^*)

1997.6.5

Luzern→Munich(Germany)またまたGermanyに入ったのでお金をマルクに交換
途中、Austriaに寄り道し、希望者はRafting体験。私は見学しました。

1997.6.6

ダッハウ、Olimpic Park、BMW Museum(2.5マルク)、イザール門、マリエン広場、新市庁舎、カールス広場見学
ダッハウでは台湾出身のEvenに日本人も昔、同じようなことしてしてたんだよと言われました。歴史を知らない私
は日本人として恥ずかしい思いでした。日本の教育は真実を隠す教育で、自分達がした悪い行いは授業では
詳しく教えません。それに比べ他のアジア諸国は真実をきちんと勉強していることがわかりました。
Evenは昔のことを私に言ってもしょうがないけど、そういう事実があったことを知っていて欲しいと言いました。
カールス広場で自由行動になりました。思い思いに好きなところを見学。私はアジアンチームのみんなにまざって行動。
夜、Beer HallでBeer Drinking Party
このBeer Hallまでは地図を頼りに自力で行かなくてはいけませんでした。カールス広場からどの位の距離がある
のかさっぱりわからず、早めに目的地に向かったにもかかわらず迷いに迷って到着したのは開始時間を過ぎて
いて、Hallでは既に演奏会が始まっていました。
チームリーダーにもアジアチームは遅いと言われちゃいました。(--; さすが、Beerの本拠地 他のお客さんも
飲む量が半端じゃない。
あまりビールが好きでない私もすごくおいしいと感じました。このHallを探し回って歩き疲れて喉が渇いていた
から? おつまみはもちろんソーセージ! 色んな種類のソーセージおいしかったぁ~(^^)V 時間がたつに連れ、
ビールで酔ってしまったのかHallの至る所で踊りだす人が出現!それに便乗して私達の団体も踊りだす始末(--;
さすが外人。乗りがいい。恥ずかしがり屋な私はしばらく見学していたのだけど、みんなに引きずり込まれ踊ら
される羽目に・・・(><) 恥ずかしかったけど、日本人は誰もいないしってことで少しだけ参加しました。

1997.6.7

Munich→Prague チェコに入ったのでKCに交換 1£=50KC だんだん計算がわからなくなってきた(--; 国ごと
に通過が違うから計算が大変だ。そのまま日本円に変換できるのはいいけど、KCのような通貨だと日本円には
私は直せないのでいったんポンドに戻してそれをまた日本円に計算しなおして値段を把握する。
市内観光
Hradcany、Karlur most、Staromestske namなど
今日は夕食代をツアーコーディネーターからもらいました。1人300KCもらったので、日本円で1200円くらい。
レストランでチェコ料理を食べたのだけどあんまり美味しくなかった(--;

1997.6.8

今日は自由行動。
Narodniという所でバレエを鑑賞。100KCだったの2ポンド。言葉はわからなくても何とかなった? 夜はクラシック
ミュージックを聞きに行く。350KC=7ポンド このクラッシクミュージックは日本でいう路上公演。

1997.6.9

Prague→Club Hab(Austria) Austriaに入ったのでお金をシリングに交換
1日移動。Club Habについたのはもう夕方でした。

1997.6.10

KirchbergからKitzbuhelまでCycling。(4H) 途中まではみんなと一緒だったのだけど、途中からはぐれてしまい
泣きそうになる(TOT) 1人で地図片手に永遠と自転車をこぐ。このままみんなに会えなかったら私はどうなっちゃう
のだろうかとかなり弱気。知らない土地で言葉も通じず。。。かなり焦る(--; ようやくツアーメイトを見つけると、
しゃべったこともない人だったけど(お互い顔はわかっている)一緒に連れて行ってもらうことに。ふぅ~ 良かったぁ~。
これがきっかけで仲良くなり、アジアチームと行動しない時はこの人と一緒に行 動を共にする。
(ちなみにCanadian←カナダでのワーホリが救いとなった(^^;) 宿舎に帰るとEvenとB.Bはじめアジアの子達が
すごく心配してくれていた。心配かけてごめんよ~

1997.6.11

Club Hab→Venice(Italy) Italyにはいったのでリラに交換 1リラ=0.068
水の都ベニス ゴンドラに乗って水上観光 ゴンドラ代 36,000リラ  ゴンドラの料金は値段交渉でいくらでも安く
なる?という噂を聞きました。

1997.6.12

ベニス市内観光(サンマルコ広場、サンマルコ寺院、ドウカーレ宮殿)

1997.6.13

Venice→Rome

1997.6.14

Rome市内観光 一日自由行動。
サンピエトロ広場、ヴァチカン美術館、ナヴィーナ広場、トレビの泉、ヴェネッア広場、エマヌエール2世祈念堂、
フォロ・トライアーノ、フォロ・ロマーノ、コロッセオ、コンスタンティーノの凱旋門、サンタンジェロ城、サンタンジェロ橋。
一番の注目はヴァチカン美術館で(15,000リラ)、システィーナ礼拝堂にある『最後の審判』を楽しみにしてました。
ヴァチカン美術館はとても広くてゆっくり見てたら丸一日はかかってしまいそうです。それほどゆっくり見ている
余裕はないので、とりあえず『最後の審判』を目指し、順路通りに進みます。途中途中で美術館の中の展示品を
写真に収めながら・・・しかし、なかなか辿り着かない(--; やっと辿り着いた時にはすごい人だかり。
ここでは、立ち止まらず写真も禁止らしいのだけどそんなのお構いなしに観光客達は写真を取ったり、ゆっくり
眺めていました。もちろん私も・・・(^^;
トレビの泉ではコインの投げる枚数によって意味が違うことを知りました。それにちゃんと投げ方もあるようです。
1枚のコインを投げると再びローマに来れ、2枚投げると・・・
このとき私は1枚のコインを投げ、数年後再びローマを訪れることが出来ました。トレビの泉のコイン投げの占い?
は当たったようです。また、トレビの泉はスリが多いのでも有名なので皆さん行かれるときは十分気をつけて
ください♪コイン投げに夢中になっているところを狙うようです。
コロッセオでは、中に入ってみました。中が迷路のようになっていました。外側を写真でしか見たことがなかった
ので、迷路のようになっているなんて知らなかったです。

1997.6.15

今日も自由行動。イタリアは見るところが沢山ある。
今日はサンピエトロ寺院、真実の口、スペイン広場を見学する予定。
世界最小の独立国 ヴァチカン帝国にあるサンピエトロ寺院は完成までに約150年の歳月を要し、ミケランジェロ
の設計と言われています。
10億人のカトリック教徒の総本山であり、初代ローマ教皇の聖ペテロの墓の上に建てられた(らしい)。入ってすぐ
にミケランジェロ作のピエタがあります。
サンピエトロ寺院を見学後は『ローマの休日』で有名な真実の口を探しに行きました。すごく小さな教会の中に
真実の口はありました。なかなか見つけることができず、何度も地元のイタリア人?に尋ねました。(--;
やっとの思いで辿り着き中に入ってみると、既に観光客がいました。私が1人で喜んでいるとB.Bが『口の中に
手を入れてみなよ』って言うので、ローマの休日風に恐る恐る手を入れてみました。するとそばにいた外人のおじ
さんが『ワーッ』と驚かすじゃありませんか。その声に驚いて慌てて口の中かから手を出しました。もう、みんなで
大笑いです(^^)/ やっぱり『ローマの休日』って全世界で有名な映画なんだと改めて思いました。言葉が違くても
共通できるものがあるんだなぁと!
しっかり、真実の口を写真に収め次に向かったのがスペイン広場です。真実の口からはかなり離れていました。
地理感覚がないから遠く感じたのか?ほんとに遠かったのか?不明だけど、電車に乗りかなり歩いて(迷いながら)
スペイン広場に行きました。スペイン広場には沢山の観光客がいました。ここでも私はローマの休日を思い出し
ました。オードリーヘップバーンがアイスを食べていたあのシーンです。今はあまりにも真似する人が多くなって
しまったので(環境問題?ごみなど)アイスを食べるのは禁止だそうです。警察はちゃんと巡回している
ので見つかると注意を受けるかも???

1997.6.16

Rome→Florenceへ移動

1997.6.17

1日自由行動
見どころ・観光 ドゥオモ(大聖堂) ・・・花の聖母寺院と呼ばれる聖堂の巨大なクーポラは、フィレンツェのシンボル。
ウフィッツィ美術館・・・残念ながら長蛇の列で入場街だけで時間がかかってしまう為、見学を断念(TOT) ここは
「ビーナスの誕生」と「春」が有名!
他にはペッキオ橋 ミケランジェロ広場 ベッキオ宮殿 サンタクロチェ教会を見学。

1997.6.18

Florence→Antibes(France)
Antibesに行く途中、ピサの斜塔に途中下車。 ピサの斜塔は年々傾いているらしい。そのうち倒れちゃう?
ピサの斜塔の後はエズの香水工場『Parfumer Fragonard』へ。最初は良い臭いだったけど、そのうち試しすぎて
色んな臭いが混ざって何がなんだかわからない状態に・・・(--;

1997.6.19

ニーズ市内観光
自由行動。今日は1人で行動してみました。
Marcheへ行ったり城壁公園に行ったり、海辺を歩いたり、マセナ広場にも行きました。
夜はちょっと正装してMonte CarloのCasinoへ。とにかく建物も立派だし、広いCasinoでした。
さすが世界中のセレブ達が遊ぶ場所だわ。庶民の私なんて手が出ません。

1997.6.20

Antibes→Barcerona(Spain)
今日はなんとなく体調不良。しかし、移動だけなのでキャンプ場についたら早く休むことにしました。きっとカナダ
大陸横断旅行からの旅の疲れが出てきたのだと思う。キャンプ場につくと体調は更に悪化状態。とてもじゃない
けどテントを張る気力もなくなっていました。私の様子に異変を感じたアジアの子達は『私達でテントを張るから
休んでていいよ』っと優しい言葉をかけてくれたので、お言葉に甘えることに。夕食後、Spainと言えばフラメンコと
言うことで、ツアーメイト達はみんなでフラメンコショーを見に行ったけど、私は夕食も取らずにすぐにテントで休み
ました。携帯していた体温計で熱を測ってみると39度以上あり、携帯していた日本の薬を服用し安静にしてました。
フラメンコショーから帰ってきたEvenとB.Bは私の様子を見に来てくれてました。
そしてビデオで撮影したフラメンコショーを見せてくれました。

1997.6.21

Barcerona→Avignon(France)
今日も体調がすぐれず、午前中に予定されていたSpainの主要観光に行くのもやめ、テントで寝てました。
EvenとB.Bが昨日に引き続き私の体調を気遣ってくれました。体調はどう?と聞いてくれたので、まだ熱が下がら
ないと伝えると持っていた漢方薬?を差し出し、『これは何にでも効く薬だから飲みな』と言ってくれました
せっかくのSpain 結局何処も見ることは出来なかった(TOT) ただSpainの地に足を踏み入れただけ(--;
悲しすぎる。いつか絶対また来ようと強く思ったのでした。
ツアーメイト達がSpain主要観光から戻ってくると、Avignonへの移動です。テントをたたみバスに乗り込み
Avignonへ向かいました。午前中に飲んだ漢方薬の効き目か?Avignonについた頃は体調もだいぶ回復してきた
ので、夕食後の市内観光に参加しました。

1997.6.22

うっ 記憶がない(--;

1997.6.23

Avignon→Paris(France)
やはり完全に直っていないうちに無理をしたせいか、パリで再び具合が悪くなってしまいました(TOT)

1997.6.24

パリは楽しみにしていた場所でもあったので無理をして市内観光に参加しました。
ノートルダム寺院、凱旋門、エッフェル塔、シャンゼリゼ通りなど一通り観光しました、観光中も何度も休みながら
の観光でした。

1997.6.25

今日は最後の自由行動の日なのに、昨日無理したせいかますます具合が悪化。みんなはルーブル美術館や
オルセー美術館、ユーロディズニーなど各々の自由行動を楽しむみたいだけど、私はやはりテントに1人残り
寝てました。今日はツアーの最終日でもあり、最後にみんなでレストランでご飯を食べると言う予定になっていたみたいです。夕方、そんなことも知らずテントで寝ているとツアーリーダーが私を呼びに来ました。『体調はどう?
外出できる?『実は今日は最後だからみんなで・・・』』と説明されました。そしてEvenが私も連れてきて欲しい
と頼んでいたことも知り、Evenの優しさに心打たれました。そして、ツアーリーダの連れられてみんなと食事する
フランス料理のお店に行きました。最後の夜を美味しいフランス料理と28日間寝食を共にした仲間と楽しく過ご
しました。そして、食事の最後にはツアー参加の記念としてみんなでデザインして作ったTシャツを受け取りました。
参加者全員の名前が明記されているTシャツです。このTシャツを見るたびにヨーロッパキャンピングツアーを
思い出します。色んなことがあったなぁと・・・ここでは覚えている限りを掲載してみましたが、きっと忘れてしまって
いることも多々あると思うと残念です。

1997.6.26

Paris→London
Dover海峡を再び渡り、出発地のロンドンに戻ってきました。これでほんとに終わりです。みんなともさよならです。
今度はいつ会うことが出来るでしょう? きっと、ごく少数の仲間にしか会えないと思うけどこの旅は私に大きな
ものを与えてくれました。
このキャンプツアーに参加して旅で出会った全ての人の優しさを感じることが出来、言葉が出来なくても心は
通じることを感じました。最初はどうしよう?と思ったけど、参加してほんとに良かったです♪

PS.この時の仲間とは今はEvenとB.Bとだけ続いています。B.Bはこのキャンプ以来会ってはいないけど・・・(^^;
出発地の旅行会社で解散。一ヶ月前に予約を入れておいたYouth Hostelへ。
まだ、体調も完全に直っていなかったので、とにかく安静を心がけました。
このヨーロッパキャンピングツアーはあまりにも忙しすぎて内容をほとんど覚えていません。旅日記も細かく書け
なくて、大雑把でごめんなさい。 ただ、主要名所は一通りおさえて観光したことは事実です。

1997.6.27

London→Tronto
空港に行くぎりぎりまでYouthで休んでいました。
体調も完璧には直らず、でもTorontoに戻らなくてはいけなかったので最後の力を振りしぼりTorontoへ戻る。
15:05発のBrithsh Airways  なぜ、直接Vancouverへ戻らなかったのか不思議? Torontoでは再びYouthへ。
もうTorontoでは観光するところもないので、体調を直すのに専念。とにかく安静に寝ていた。

1997.6.28

1日トロントのYouthへ。体調が全然直らなく、変な咳も出てくるし心細くなる。心細さが限界に達し、日本に泣き
ながら電話をかける。両親もどうしていいかわからず(とにかく離れているから何もしてあげることが出来ない)
とにかく病院に行けと怒られた。(--; トロントの病院がわからず、ただじっとYouthでおとなしくしている。
明日にはVancouverに戻るので、Vancouverで病院に行こうと決めた。

1997.6.29

Toronto→Vancouverへ
空港につくとなんだか安心した。Vancouverには友人がいる。早速友人に電話をかけ、友人宅へ。
みんなが出迎えてくれました(*^^*) しかし、変わり果てた私の声にみんなびっくりでした(@@) 約2ヶ月間の長旅
の報告をしたのだけど、声が出なく体調もいまいちだったので逆にみんなに心配をさせてしまったようです。
この日は友人Sちゃんが自宅に泊めてくれました(Youthを予約してたんだけどね)

1997.6.30

今日は体調がいまいちだけど、あと1ヶ月Vancouverに滞在する為 宿泊先を確保しなければならず、Homestay
先を探す。短期だとアパートを借りるのも難しいし、また引き継ぎや光熱費関係などの手配や解約がめんどくさい
のでHomestayすることにしました。1ヶ月だから多少嫌なことがっても良いやと思っていたのであっさりと決定。
Chinese Canadianの家だ。ダウンタウンからは離れているけれど、この際すぐに決まれば何処でも良かった。(^^; 
既に1人日本人の子もstayしていて、ここで一ヶ月間お世話になることになりました。出会った早々、体調を崩し
ている私を気遣ってくれる優しい方たちです。
なぜ、あと1ヶ月滞在しなければならないかというと・・・家族が遊びに来たいというからだ。ほんとはLondonから
直行で日本に帰りたかったのだけど、どうしても私がいるうちにCanadaに行きたいと。なんでもっと早く来てくれ
ないの?(--; ということでLondonからTorontoに戻り、そしてVancouverに戻ってきたのです。


Vancouver 1997.7月へ



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