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SHEEPS QUIET~羊の章~ 1

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コリーダ村は、第二大陸南西部にある小さな村。
牧畜地域で,人よりも牛や羊の数の方が多いくらいだけれど、ケンカが異様に多いことを除けば至って平和な村だった。

「俺はなにもしてないんだったら!」
「さっきからそればっかりじゃないの!
 私のを取らなくてどうしてあんたの所の羊が増えるのよ!」
リウスロは,そんな喧嘩の声で目が覚めた。
「ったくもお…」
ここでは喧嘩は珍しいことじゃない。もともと気性の荒いところのある土地柄だ。
ただ、このところそんな騒ぎが多すぎる気がして、リウスロは少し変に思っていた。
リウスロは上着を着て,顔を洗うために外に出た。
「うわ…」
リウスロは身震いした。もう暦の上では春らしいけど,まだ外はかなり冷える。
すぐ目の前に見える牧草地帯で、数え切れないくらいの羊が、朝日を浴びながら食事していた。
「おはよう、リウスロ兄ちゃん。ちょっとおねぼうだよ」
栗色のつやつやした髪の男の子が飛びついてきた。人のことを言う割に、その栗色の髪はあちこちあさっての方向にはねていて、今さっき起きたばかりなことはまるわかりだ。
「トファス…おはよう」
それでもリウスロは笑ってあいさつを返した。
トファスは、一緒に暮らしているリウスロの弟だ。
二人には親がいない。死んだのか行方不明か、物心ついたときにはもう両親ともいなかった。二人だけでも生活はなんとか成り立っているし、リウスロはあえて村人に聞いたりはしなかった。
井戸は村の真ん中にある。だからそこは、村で一番人が集まる場所だし、当然ケンカも一番多いところだ。今朝も何人かの人達が怒鳴りあっているのを、リウスロは井戸に近づいた頃から何度も聞いた。
「おはよう、リウスロ」
井戸で洗濯をしていた小さなおばあさんが、リウスロを見上げてにっこりした。
それからトファスに目を移して、よいしょと抱き上げた。
「そして私のちっちゃなトファス」
「おはよ、ラシスばあちゃん」
足をニ、三十センチくらいの空中でぶらぶらさせながら、トファスがラシスお婆ちゃんに笑い返す。
「村長のばあちゃん、さっきそこで、またケンカしてる人たちを見たんだけど。
 きっともうすぐばあちゃんの所に相談しに来ると思うよ」
リウスロが言った。ラシスお婆ちゃんはコリーダの村長だ。
「おやまあ、またかい?昨日は十二人…一昨日ときたら十八人も駆け込んできたんだよ。
 ここの人の気性が荒いのは分かってるけど、最近少し多すぎやしないかねえ」
ラシス村長はトファスを降ろしながら,リウスロの思っているのと同じ事を口にした。
リウスロは、なぜか胸の中にぞくぞくと言い知れない不安が広がるのを感じた。
このコリーダ村では、何かことがあると村長に相談するのが、昔からの習慣になっている。ということは、ほとんどの決定権は村長にあるのだ。
だから村長は、すべてに公平で、博識で、頭が良くなければいけない。
そういう意味では、ラシスお婆ちゃんはとても素晴らしい村長だった。

「ばあさん!ラシスのばあさん!」
そのとき、男の人がこっちに向かって息を切らして走ってきた。
「おやおや、早速おでましかい…」
ラシス村長は、またやりかけていた洗濯の手を止める。
「ばあさん、頼むからこの女…メルダを何とかしてくれよ…
 俺が羊を盗んだって言って聞かねえんだよ」
さっきの人だ、とリウスロは思った。
「…羊を?」
「ちょっとクリーフ!私を悪者にするつもり?
 お婆さん、こんな泥棒の言う事なんか信じないで。訴えたいのは私の方な のよ!」
いつの間にどこから現われたのか、茶色い髪の女の人が話に割り込んできた。
「何だとてめえ!俺はコロラトゥラの女神様に誓ってもいい、
 生まれてこのかた何も盗んだ事なんかねえ!
 お前こそ言いがかりをつけて自分が得したいだけなんだろうが!」
「なんですって!」
このままでは永遠にケンカは終わりそうにない。
この人達に起こされたのはきっと僕だけじゃないだろうな、とリウスロは思った。
黙って聞いていたラシス村長はふうとため息をついて、二人に笑いかけた。
「まあまあ、そんなにカッカすると命が縮んでしまうよ。
 とりあえず落ち着いて、どういう事なのか私に話してはくれないかい?」

ケンカの内容はこうだった。
昨日の事だ。
メルダは,たまたまクリーフの家の前を通りかかり,なんとなく羊の数を数えてみた。
すると,何故か一週間前よりも一匹多くなっている。
全部大人の羊だから,新しく産まれた訳じゃないはずだし,クリーフの家は裕福ではなく,新しい羊を買う余裕なんかないことをメルダは知っていた。
 クリーフの家と,羊のいる庭のまわりは,ぐるっとメルダの牧場が取り囲んでいる。
境目には,羊たちでは絶対に通れない,高い柵が作ってある。
きっとクリーフが私の牧場から羊を盗んだに違いない,とメルダは考えたのだ。
 でもクリーフには何の覚えもない。盗んだことはおろか,買った記憶ももらった記憶もないのだ。

話し終えて一息つくと,二人は憎々しげにお互いをにらんだ。
ラシス村長はそれを見て,あきれたように少し口をまげてみせた。
「それじゃあ何だねクリーフ,羊が増えたことに関して,あんたは何をした覚えもないんだね?」
「ああ」
「メルダ,それであんたの所の羊は減ったのかい」
「分からないわ。私の牧場には,数え切れないくらい羊がいるし,売られていくから,毎日数は変わるもの」
リウスロは黙って聞いていた。どうしてそんなことになるのかも解決法も,リウスロには分からなかった。
だけど,村長ならいつものように簡単に解決してくれる,リウスロはそう思っていた。
しかし不思議なことに,いつもは悩む様子もなくすぐに解決法を導き出すラシス村長が,珍しく難しい顔をして考え込んでいる。
「きっとあんたの羊は一匹も減ってはいないだろうよ,メルダ。参ったねえ,こんな事が一週間に五回も六回も起きたりしてさえいなければ,貧しいクリーフにコロラトゥラ様がお恵みくださったんだろうっていうだけの話で終わらせられるんだが」
「五回も六回も?たった一週間に?」
すっとんきょうな声を出したのはトファスだ。
「ああ。これはさすがに少しおかしいよ。いくらコリーダ村民が荒っぽいといってもね。
 もしかしたら…あのことが関係しているのかも…」
「あのこと,って?」
無意識にリウスロは声に出していた。
「うむ…あれは何年前の事じゃったか…」
と,ラシス村長が説明を始めようとしたときだった。
いきなり,ポン,と大きな音がして,白い煙がもくもくと五人を取り囲んだ。
そして,その煙がおさまったときには…

今までメルダが立っていたはずの場所に,大きくてもこもことした立派な羊が一匹,きょとんとした顔でこちらを見ていたのだった。




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