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SHEEPS QUIET~羊の章~ 3

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目が覚めた時には,もう外は完全に明るくなっていた。
昨日のようなケンカの声は,今日は聞こえない。いつもならこの時間は騒がしくて仕方がないのに,何故か今日に限って妙に静かだ。
メルダのことが,みんなに伝わったんだ。リウスロはとっさにそう思った。
 リウスロの予想は当たっていた。
外に出ると,どの人も羊たちの方を横目で盗み見ては,不安そうに小声で話し合っていた。羊たちも,いつもと違う飼い主の接しかたにとまどっているみたいだ。
リウスロは,井戸からだいぶ離れたポプラの木のしたで話し込んでいるラシス村長やトファス達を見つけた。
「ああ,リウスロ,おはよう…」
リウスロが駆けよると,ラシス村長が気付いて声をかけてきた。
「今,あのメルダのことについて話してたんだよ。困ったことに,村人みんなに知れてしまったらしい」
「兄ちゃん,メルダお姉ちゃんどうなっちゃうの?戻れないの?」
ラシス村長は困ったようにトファスを見た。
「トファスや,そのことはもういいだろう?あっちに行って遊んできたらどうだい?広場にはカーマやマリスン達もいるんだから。ね?そうしないかい,私のトファス坊や」
なだめられたトファスはぷうっとほおをふくらませると,未練がましそうにこっちを振り返りながら広場の方に走っていった。
「リウスロ,トファスときたら,今朝からずっとこうなんだよ。
 ああ…あの子は現場にいない方がよかったんだ。かわいそうに,ひどくショックをうけてるんだよ」
「しかたないよ,きっとすぐおとなしくなると思う…。
 でも,本当にメルダを元に戻す方法はないの,ばあちゃん?」
「昨日も言っただろう…仕方がないんだよ。あの子にはかわいそうだけど,とりあえず食べられたりしないようにどこかに移して…」
と,その時だった。
「きゃあああぁっ」
ラシス村長の言葉をかき消すように,広場の方から鋭い悲鳴が聞こえた。
あの声は,きっとカーマだ。

二人が広場に駆けつけると,子供たちが丸く人垣をつくる中で,カーマがなにかに覆い被さるようにして泣いていた。リウスロの姿を見て,一人の子供が駆けよってきた。
「リウスロ兄ちゃん,いいところに来たよ」
「どうしたの,マリスン?いったい何があったの?」
マリスンは悲しそうに首を振ると,泣いているカーマの方を指した。
カーマが抱きかかえているもの,みんなが「トファス!トファス!」と呼びかけている
それは…
 体長60センチにも満たない,小さな仔羊だったのだ。
 リウスロは,目の前が真っ白になった。

その日一日はまるで抜け殻のようだったと,リウスロは後から村人に聞いた。
どうやって一日を過ごして,どうやって家に帰ったのか全く分からないけれど,次の日の朝,気がつくと自分の家のベッドで寝ていた。
無意識の内に連れてきたらしい,仔羊…トファスもベッド横のバスケットの中ですうすう寝息をたてている。
リウスロはぼぅっと天井を見つめながら考えていた。
これはたぶん悪い夢なんだ。きっともうすぐいつも通りのトファスが僕を起こしにくる。
「にいちゃん,おねぼうさんだよ」って。
もちろんいくら待ってもそんなことが起こるはずはなく,考えれば考えるほど頭がはっきりして虚しいだけだった。
リウスロは体を起こすと,ぐーっと伸びをして深呼吸してから,顔を洗いに外に出て行った。

 リウスロがラシス村長に会いに行ったときにはもうお昼の十二時だった。リウスロの顔にいつの間にかついていた涙の跡をどうにかするために,井戸でずっと悪戦苦闘していたからだ。
村長は自分の机のところで,焦点の合わない目をして考え事をしていた。きっと朝からずっとこうしているんだろうなとリウスロは思った。
「村長のばあちゃん?」
返事は聞こえなかった。というより,村長のほうが呼びかけが聞こえていないみたいだ。
ラシス村長は,それから五回目でやっと返事をした。
「あ…あぁ,リウスロか。どうしたんだい?何か用かい?」
「ばあちゃん,トファスの事なんだけど」
びくっ,と村長の肩が動いたのを,リウスロは見逃さなかった。
「僕が何を言おうとしてるか,分かってるんだよね?」
「………。」
「トファスを…それにメルダ達を元に戻さなきゃ」
「…無理だよ」
「教えてよ。あるんでしょ?方法が」
「あきらめなよ…トファスやメルダだって,待てばそのうち元に戻らないとも限らない。
 わざわざお前の命を危険にさらすことは…」
ラシス村長はそう言うと,しまったというように口を手でおさえた。
「ほら!やっぱり何かあるんだよね!?元に戻す方法」
リウスロの目が輝いたのを見て,村長はため息をついて,悲しそうにリウスロを見た。
「とても危険なんだよ。しかもうまくいく確信なんかない。
 トファスに続いてお前まで失いたくはないんだ…分かっておくれよ」
「……」
村長があまりにも悲しそうで,リウスロは何も言い返せなくなってしまった。
「ばあさん,いいから教えろよ,その方法」
戸口あたりで,いきなり男の声がした。
リウスロとラシス村長が振り返ると,そこにはこの間のケンカの男―クリーフが立っていた。
「それはあんたの都合だろうが。それにリウスロが死ぬとか決めつけんじゃねえ。
 うまくいく確信がねーのは,人生何やってても同じなんだよ」
「…そうだよ,教えてよ,ばあちゃん。このまま犠牲者がどんどんふえてもいいの?」
クリーフの言葉に元気づけられて,リウスロはなおも言った。
「いつものばあちゃんなら教えてくれるでしょ?
 それが一番いい道なんだからさ」
「だけど…村のためにお前が…」
「村じゃない。トファスのためだよ。ただの僕の勝手な都合」
「言っとくけど,俺も行くからな。メルダがああなったのは,俺のせいなんじゃねえかって気がしてきちまって。ただの勝手な都合だよ」
クリーフがそう言ってくれて,リウスロは何だかほっとした。
村長は困ったように二人を見ていたが,しばらくして口を開いた。

「ここから北東…山脈の方に20キロほど行った所に,高い塔が一つある。最上階は雲に隠れて見えないほどの高さだ―例えじゃない。本当にそれだけの高さなんだ―。
昔から『黄泉の塔』と呼ばれている…何故かというと,この塔には古い言い伝えがあってね,最上階は死者の国,天国とつながっているというんだよ。」
「天国だあ?マジかよ…」
「黙ってお聞き。お前が話せと言ったんだろう」
クリーフは素直に従った。
「だけどその言い伝えが本当かどうか,まだ確かめた奴はいないらしいんだよ。
 いや,昇っていった奴はたくさんいるんだ。掃いて捨てるほどね。
 それほどの奴らが挑戦しても,誰一人として頂上に辿り着いた者はいなかった。
 頂上にたどり着かないばかりか,塔から無事に帰ってきた者もないのさ。
…つまり,塔には凄まじい数の試練や罠が用意されているんだよ。
それもその塔に『黄泉』の名がつけられた一つの由縁さ」
そう話し終えると村長は,地面に落としていた目を二人の方に向けた。
「これは全部人に聞いた話だ。確かな保証はどこにもない。
 それでもやっぱり,お前たちを止めることはできないんだろうね」
リウスロ達は黙っていた。
「お前たちを行かせるくらいなら私が代わりに行きたいところだけど…
 歳も歳だし,そんな訳にもいかないしね…。
 お願いだから,絶対無事に帰ってくるんだよ」
「二人にコロラトゥラ様のご加護があらんことを」
ラシス村長はそう言うと,右手で不思議な形に空を切って,祈って見せた。
これで,トファス達を助けられる。
リウスロには,何の不安もなかった。 



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