空、風、鳶とパラグライダー Hokkaido Japan paraglider

スカイ・ハイ(五)



 札幌市は北を石狩湾に面し、西から南にかけて比較的なだらかな山が迫っている。関東地方や関西とは違って、町が切れ目なくだらだらとつながっていることはない。都市が独立して形成されその間を道路や鉄道がつないでいる。
 守山は南区の北の端に牧場を借りてパラグライダー練習場としていた。南向きに十メートルほどの高低差のある百メートルのスロープは初級コースに最適な場所だ。少し強めの風があるときには十分飛行する感覚を体験できた。
「それではオジョウサン、行きますよ」守山は軽口を発しながら次々に斜面から練習生を送り出す。
「ワー、とんだー」
 みな本当にうれしそうに叫びながら飛んでいる。宙に浮いているのはせいぜい数メートルかそこらで距離は十メートル有るか無いかだった。それでもおそらく初めて生身の体を地面から離したことで大きな感動を覚える。始めは皆そんな新鮮な気持ちを持っている。
 スロープの上からグライダーを開いて飛ぶのはたいした体力を使うものではない。問題はその後だった。高低差十メートルほどでもキャノピーをまとめて担いで歩いて上るとなると結構な体力が必要となる。三回ほどやると息が上がってしまうのが普通だ。
ドメーヌ・アンリ・ペロ・ミノマゾワイエール・シャンベルタン ヴィエイユ・ヴィーニュ [2001] ドメーヌ・アンリ・ペロ・ミノマゾワイエール・シャンベルタン ヴィエイユ・ヴィーニュ [2001]
 三人のグループで入ってきた中学校教師の有田裕子がスロープの途中で座り込んでいた。
「ユッコ、もうギブアップ?」ちょうど飛び終わって近くに降りた近藤理恵が声をかけていた。
「もう限界。こんなに汗かいたの、久しぶりだわ」裕子はそういって自分の横に座るように理恵を促した。
「ハルまだ、やってるわ」理恵はまた飛び出そうとしている佐伯春子のほうを指差して言った。
「あの人なんていうんだっけ、ほら、今ハルについてる人」
「ああ、大橋さんね、素敵よね、ハンサムだし」裕子が応えた。
「まだ学生さんなんだって、しかもハルの後輩」
「ええ、ホントそれ」
「守山さんが言ってたわ」
「まただめか、アーア」
「リエ狙ってたのか」
「ま~ネ」
 いつの間にかスロープの下のほうでは守山がキャノピーの立ち上げを指導していた。ウィンドソックスを見ると二メートルほどの風が吹いているのが分かる。その風を背にしてグライダーを立ち上げる。クロスハンドライズアップの練習である。バックハンドライズアップとも言われ風が比較的強い場合に使われる風を背中にして立ち上げる方法である。
白山ルージュ 750ml 白山ルージュ 750ml
「そうそう、体全体で、今の要領でやってください」
 立ち上げてしばらくそのまま機体を風の力で維持することで機体と体の一体性を高めていく。パラグライダーは自転車やスキーによく似ている。操縦者とその乗り物がバランスよく作用しあって機動的に動くことができる。乗り物の機構、動くメカニズムを理解することは必要だがそれだけで乗りこなすというわけには行かない。折々の条件でそれぞれの対応を最終的に体が反射的にできるようにならなければいけないのだ。
「イイよ、そうそう、それだけできればもう十分だ」守山の声が牧場に響き渡る。
「私たちもちょっとあれやってみよう」平らなところでのキャノピーの立ち上げ練習を見ていた裕子が言った。
「ウワー、すごーい」突然みなの視線が上に向いて驚きの声が上がった。一通り斜面の上にいた練習生のミニフライトが終わって大橋が大きく上昇しながら下りてきたのだった。練習生が使う初級機に比べ大橋が乗っている上級機は飛びやすい構造になっている。技量が伴なわないとかえって危険でもある。
「やっぱり大橋君は違うね」理恵がため息まじりに言った。
 夏休みであっても練習は大体週末の二日間というのがほとんどだった。しかし春子は週に四日は通っていた。その分着実に腕も上がって休みの終わりころにはノービスパイロットの資格を取っていた。
 初めてサーマルを捉えたのは八月も終わりに近いころだった。
「佐伯さん上げてますね」大橋が山頂から無線を入れている。
「なんか分からないけど、どんどん上がるみたい」春子は初めてトップアウトして興奮していた。
[1996] モレ・サン・ドニ・ヴェイユ・ヴィーニュ / ジャン・フィリップ・マルシャン [1996] モレ・サン・ドニ・ヴェイユ・ヴィーニュ / ジャン・フィリップ・マルシャン
「あまり山頂には近づかないでくださいね」
「ハーイ」
 強めの南風が入っているため山頂に近づきすぎると前へ出られなくなるのだ。前へ出られないとそのまま高度を失いながら山の北側へ入り込んでしまう。この北側には風の渦ができていて最悪の場合叩き落されることになる。ちょうど一月前そうして落ちた人を見ていたので実感があった。
 山頂を百メートルほど離れてしまうと機体はバリオメーターの気の抜けた音とともに高度を失い始めた。すでにクラブハウスの青い屋根の上に来ていた。
「ちょっとランディングの風荒れていますから、気をつけてね」守山が簡単な注意をした。
大きく東の方向に回るとエゾ松の林の上空へ来た。そこでさらに左へのバンクを強めると北へ向かう。風は南から来ているのでスピードが速まり高度も大きく失う。何度も繰り返した操作だが一番緊張する場面ではあった。すでに高度は地上十メートルを切っていた。ブレークコードをハーフにすると西にまで向きを変えていた機体が静かに降下している。ターゲットの青いシートを数メートル越えたところで足が地上に着いた。
「ベストランディングでした」守山がこちらへ歩み寄りながら言った。 
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