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tajim

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Feb 22, 2006
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というのは、サウジアラビアから来た友人の話。
彼女は同じ大学で言語学を勉強している。初めて自分の国から出てきたというのに英語が妙に達者で、頭も良い。境遇も似ているので(他の学生より歳上、既婚、子供なし)、結構仲良くしている。サウジアラビアと言う想像を超える世界の話はいつも面白い。でも、あまりにも常識を超えていて困ることもある。そしてそういう場合、大抵は宗教が絡んでいる。

私が携帯を盗られた話をすると、自分の国では盗難はほぼ全くない、それは盗みがばれたら手が切られるからだと言う。だから自分の国はとても安全で、携帯なんてそのへんにおいておいても誰も盗ったりしない、と誇らしげだった。
また、私が「昨日はちょっと飲みすぎちゃってねぇ」なんていうと、自分は一滴もアルコールを飲んだことがない、飲酒は違法だから、とか言われてしまう。自分が飲むことが違法なだけでなく、飲んでいる人と同席してもいけないらしい。「ワインを飲んで言語学を語りましょう」という会に参加できないと、悔しそうだった。彼女いわく「Bad Muslim」は酒も飲んだりするらしいが、見つかったら罰せられるのだそうだ。かわいそうにねぇ、と言うわけにも行かない。
そして自分のClan(部族のようなものだろうか)の話をする。長老がいて、偉い人たちがいて、まだ幼いうちに自分の結婚相手を決めるのだそうだ。彼女の夫も遠い親戚で、ずっと許婚だったらしい。「他の人を好きになったらどうするの?」と聞くと、すごく小さい時からこの人と結婚する、と思って育つので、そういうことはないんだと言う。
そして一番驚いたのが、女性が一人で国外に出ることが違法だ、ということ。夫や親、親戚の男性が引率しなければ、女が一人で飛行機に乗ってイギリスに来る、なんていうことはありえないそうだ。そんな訳で彼女も一年の院のために夫を伴ってロンドンにやってきたらしい。

そんなもろもろの話が普通の会話のあちこちにちりばめられるので、時々困ってしまうこともある。彼女はそれでもイスラムの戒律に従わない私を批判したりはしないが、どういうつもりで話しているのか不思議になることもある。なによりも、彼女のような頭もよく理性的な女性が、どうして何の疑問も持たずにそんな宗教を受け入れられるのか不思議で仕方がない。自分の国にいる間はまだしも、ロンドンで西洋文化と民主主義に触れ、自由な生き方をする女性を見てもなんとも思わないんだろうか。
でも、彼女にとっては、私(=神を信じない人)と友人でいることと自分の宗教の間に何の矛盾もないように見える。「私の宗教ってこんななのよ」と他人事のように説明してくれるだけ。心の奥底では、仕方がない、というようなあきらめの気持ちもあったりするのかもしれない。

そんな彼女のしてくれた話のなかで、ひとつどうしてもつっこめなかった話がある。それは「妊娠中に良く見ている顔に生まれてくる子供の顔が似る」と言う話。彼女の世界では当たり前の迷信のようなものらしいが、例として自分のいとこの話をする。「自分のいとこは3人子供がいて、2人は夫婦のどちらかに似てるのに、3人目の子供がフィリピン人みたいな顔してるのよ。」と言う。そしてその理由が「当時フィリピン人の召使がいたから」。毎日その召使の顔を良く見ていたから、だそうだ。いや、それは違うんじゃ・・・と言いかけたが、言えなかった。そして彼女自身も、よくマレーシア人と間違えられると言う。そういえば、中東よりは東南アジア系の顔をしている。でも彼女の家系には東南アジアの血はないそうだ。





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Last updated  Feb 22, 2006 11:14:14 PM
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宗教  
宗教って難しいですよね。
私はクリスチャンですが、家族や周りはみんな一応仏教徒or無神論者。私自身以前は何も信じていなかったこともあり、自分が何も信じていない時に宗教の話をされるとどういう気持ちになるかが分かるので、宗教がらみの話をすることにためらいを感じることがあります。特に日本じゃ、宗教に対して否定的なイメージを持つ人が少なくないので、変人だと思われるのもいやだと思ってしまうし・・・。

でも、tajimさんのサウジアラビアのお友達は別に押し付けてくるわけじゃないから、普通に付き合えばいいのではないですか?

「彼女のような頭もよく理性的な女性が、どうして何の疑問も持たずにそんな宗教を受け入れられるのか不思議で仕方がない」
というのは、(そう思われる気持ちはよくわかりますが)ちょっと違うと思います。私もえらそうなことはいえないのですが、「信じる」ということは理性とか常識で納得できたから受け入れるというものでもないと思います。説明は難しいのですが、根本は「人間よりも偉大な力の存在の有無を感じられるかどうか」ということにつながるんじゃないかと、最近は思うのです。(わたしは、イスラム教のことはよくわからないのですが・・・)まあ、上層部が罪ない信徒を搾取している宗教もたくさんあるので、一概に言うのは難しいのですが・・・。 (Feb 24, 2006 02:31:15 PM)

Re:むぐむぐもぐらさん  
tajim  さん
まず、私は別に宗教一般に対する否定的な感情からこの日記を書いたわけではないので、もしそう感じたのだったらごめんなさい。どっちかと言うと、純粋に「不思議」に感じているんです。

>宗教がらみの話をすることにためらいを感じることがあります。特に日本じゃ、宗教に対して否定的なイメージを持つ人が少なくないので、変人だと思われるのもいやだと思ってしまうし・・・。

その気持ちも分かりますが、こちらでは宗教がない方がおかしいと思われてるみたいです。「困ったときに何に祈るの?」という疑問があるみたいですね。でも「困ったときの神頼み」と言うように、日本人もやっぱり何かに祈るんですね。

>「信じる」ということは理性とか常識で納得できたから受け入れるというものでもないと思います。説明は難しいのですが、根本は「人間よりも偉大な力の存在の有無を感じられるかどうか」ということにつながるんじゃないかと、最近は思うのです。

その気持ちは良く分かります。私もきっと全く何も信じていないわけではなく、ただそれがキリストやアラーのような特定の「神」という形をとらないだけなんじゃないかと思っています。

でも基本的に信仰心は自発的なものであるべきだとも思っています。「○○教」という形をとってしまったことにより、「教え」が政治と結びつき、宗教が義務や押し付け、ひいては基本的な人権の迫害に結びついてくると、ちょっと首を傾げたくなってしまうんです。でもたいていの場合は宗教そのものよりも、それを扱う人間の方に問題があるのでは、と思います。

それと、彼女の発言が何かを信じている、というよりは「この規則を破ったらこういう罰が待っている」という思考に基づいていることがちょっと気になったんです。
(Feb 26, 2006 02:38:55 AM)

tajimさん   Re[1]:むぐむぐもぐらさん(02/22)  
おはようございます(^O^)

>まず、私は別に宗教一般に対する否定的な感情からこの日記を書いたわけではないので、もしそう感じたのだったらごめんなさい。

気分を悪くしていないので大丈夫です(^O^)。(私の書き方も、ずばりと書きすぎてしまったのかも知れませんね
・・すみません)。tajimさんの「不思議」と思われるのは、よくわかります。それは自然なことと思います。

>こちらでは宗教がない方がおかしいと思われてるみたいです。「困ったときに何に祈るの?」という疑問があるみたいですね。

「信仰は、親から教えられた生きるための知恵みたいなものだ」と言った友達がいます。みんな育てられるうちに、知らず知らずにそういうものは自分の中に入りこんできますよね。たとえば失敗したときに「失敗は成功のもと、よ!!」とか励ましてもらって、その言葉で心が強くなったり・・・。だから、小さい頃から信仰をもっていた人にとっては、「信仰がない=生きるための拠り所がない」になってしまうんでしょうね。

>私もきっと全く何も信じていないわけではなく、ただそれがキリストやアラーのような特定の「神」という形をとらないだけなんじゃないかと思っています。

日本人は一見無心論者のようですが、実際は、心の中に神のような何か大きな存在を感じている人は多いと思います。それが、自然に対する恐れであったり田んぼの神様であったり、極端に言えば占星術やUFOであったりするのかなと思います。 (Feb 26, 2006 07:34:19 AM)

続きです・・・  
>でも基本的に信仰心は自発的なものであるべきだとも思っています。「○○教」という形をとってしまったことにより、「教え」が政治と結びつき、宗教が義務や押し付け、ひいては基本的な人権の迫害に結びついてくると、ちょっと首を傾げたくなってしまうんです。でもたいていの場合は宗教そのものよりも、それを扱う人間の方に問題があるのでは、と思います。

それはまったく同感です。宗教の問題を考えるときは、常に「その宗教の組織や人間」と「その宗教の教え」は別に考えたほうがいいんじゃないかと思います。つまり、信徒の誰かが宗教上の理由により愚かな事をした時、それが、必ずしもその宗教の教えが愚かだということにはつながらないということです。宗教の力を濫用する人もたくさんいるので・・・。

>それと、彼女の発言が何かを信じている、というよりは「この規則を破ったらこういう罰が待っている」という思考に基づいていることがちょっと気になったんです。

私もこういう戒律は理解できないんですよね・・・。でも戒律を守らないと罰せられるなら、戒律を守りさえすればいいのかって思ってしまいます。
イスラム教のことはよくわからないのでなんとも言えないのですが、外面だけ敬虔な信徒のようでいて根本が理解できていない信徒はクリスチャンではたくさんいるんじゃないかと思います(もちろんその人たちは決して悪い人ではないのですが・・・)。
(Feb 26, 2006 07:34:54 AM)

Re:むぐむぐもぐらさん  
tajim  さん
こんにちは。コメントありがとうございます。

>「信仰は、親から教えられた生きるための知恵みたいなものだ」と言った友達がいます。

それは「信仰心」を理解するにはとても分かりやすい説明ですね。「クリスチャン精神」と言う言葉を良く聞きますが、実際のキリスト教の教えがどうとか聖書にどう書いてあるとか言うことは別にして、日常的に一般の人がホームレスや恵まれない人に小銭をあげたりする行為なんかにその精神が表れている気がします。

>日本人は一見無心論者のようですが、実際は、心の中に神のような何か大きな存在を感じている人は多いと思います。それが、自然に対する恐れであったり田んぼの神様であったり、極端に言えば占星術やUFOであったりするのかなと思います。

八百万の神というのが日本古来の思想ですよね。周りのものすべてに神が宿っている、というような。「バチが当たる」という考えもそういうところから来ているような気がします。
それも一理ですが、悪い風に言うと無神論が拝金主義につながっているという考え方もありますね。こちらにいると、日本人ほど自分のお金に執着する民族っていない気がします。「お金がある=偉い」と言う発想はこちらではあまりないようですが。

>宗教の問題を考えるときは、常に「その宗教の組織や人間」と「その宗教の教え」は別に考えたほうがいいんじゃないかと思います。

政教分離の原則とはよく言いますが、本当に政治と宗教が結びつくとろくな事がない、というのが現実ですね。信仰心を利用して、従わないと「神からの罰」が下ると言って恐怖政治をしいているのは人間だし、実際に「罰」を与えているのも人間です。(本当に神からの罰が下るなら人が手を汚す必要はないはず。)
そのカラクリに気づかないことが一番不思議なのですが… (Feb 27, 2006 08:15:43 PM)

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