囚人‐風がやんだ夜‐




 確かにその時,彼は言った。
 太公望「そう言えばお主の悲しい目の理由をまだ聞いてなかったのぅ」

 珠狐「そうですね。そろそろ話しましょうか(^^)」



               囚 人
         ‐The wind has dropped night‐


 冷たい冷たい氷の中
 深い深い海の中
 傷ついた果てに辿り着いた私の心は既に凍りつき真っ黒になっていた。

 もう何百年も前のことだから性格に年月日は覚えていない。

 私の体を何かが締め付けている。

 縄のように細長く針のように棘々しい。まるで茨のような。

 (いったい何なのだろうか・・・)

 それは,私の体を痛いほどに締め付けていく。

 (痛い・・・放して)

 しかし,それは私を放してくれそうにない。

 私の腕から血が出ている。

 真っ赤な真っ赤な私の血。

 とても悲しい色をしていた。

 その血は,私の白い僧衣を真っ赤に染めながら下へ流れ落ちていく。
 今まで真っ白だった私の服が真っ赤になった。
 腕から流れ落ちた悲しい血は私の服を悲しい色で染め上げた。
 顔も手も茨の所為で傷だらけになった。
 その,至る所から真っ赤な悲しい色をした血が流れている。
 私は,いつかはこの血も止まるだろうと思っていた。


 段々と力が抜けて,どんどん下へ落ちていくような感覚があった。

 すると,茨に蕾が出来始めた。
 傷だらけの瞼はそれを私に見せてくれた。
 どんどん膨らんでいった。

 そして,蕾は花を咲かせた。
 薔薇の花。
 真っ赤な真っ赤な私の血の色と同じ悲しい色の薔薇が沢山咲いた。
 次々に花が咲いていく。
 美しくも悲しい赤い薔薇。
 しかし,
 その中に一つだけ違う薔薇があった。
 他のものよりも一際大きく,花弁の枚数も遙かに多く,そして何よりも
 真っ黒な薔薇だった。
 真っ赤な薔薇の中に一つだけ真っ黒な薔薇。
 赤黒でもない。
 真っ黒な薔薇。
 その,真っ黒な薔薇の隣には真っ白な薔薇が咲いていた。
 純白の薔薇。
 私の桃白色の髪よりも真っ白い耳と尾よりも遙かに綺麗だった。
 私は,その真っ白い薔薇に体中の痛みを忘れた。
 (その薔薇が欲しい。私のものにしたい)
 ただ,その薔薇が欲しい。
 そう思うだけだった。

 いかないで!
 行かないで!!

 お願い!逝かないでください!!!

 ・・・・・・!?
 真っ白な薔薇の隣で真っ黒な薔薇がそう叫んでいた。
 一生懸命,私に訴えていた。

 珠狐様ぁ!
 私を1人にしないで!!
 ずっと貴方の側にいたいの!
 だから!!
 だから逝かないで!!!

 何処かで聞いたことのある声。
 何処だったか。

 私の心の中には沢山の風景が重なり合った。
 森・雨・子供・緑・山小屋・花畑・湖・四つ葉のクローバー・・・
 そして最後に,「籠梓杏」(ルシキョウ)と言う文字。

 籠・・・・梓杏?
 しきょう・・・。

 梓杏!?

 (梓杏!!!!)
 珠狐「梓杏!梓杏!?」

 思い出した。
 梓杏。
 私の可愛い弟子。
 なぜ今まで忘れていたのだろうか。
 あんなにも可愛がっていた私の大切な梓杏。
 命よりも大切な梓杏。
 珠狐「梓杏。ゴメンね。私はもう駄目みたいなの・・・。ゴメンね。こんな師匠で。ゴメンね・・・」

 私の瞳から流れ落ちた雫は黒い薔薇の花弁に落ちた。
 雨の滴のように光り輝いていた。

 御師匠様。
 私の大切な家族です。
 唯一の家族です。
 私の御母様です。
 だから,死なないでください・・・・。

 珠狐「ゴメン・・・。ゴメンね。貴女を守ってあげたかった。私にとっても唯一の家族だから。可愛い。私の子」



 太公望「珠狐。辛くはないか?無理に話さんでも良い」
 珠狐「いいえ。大丈夫です(^^)」


 此処からが本当のSTART地点。
 今から(封神演義の時代),約2200年ほど前になるだろう。

 あのあと目が覚めたが,どんな夢を見たのかなんて全然記憶になかった。
 しかし,私は今,何処にいるのだろうか?
 辺りを見回しても誰もいない。
 ただ,私の大切な妹だけが隣で眠っていた。
 杞梟(シキョウ)。
 珠狐「杞梟。起きて」
 まだ幼い私。
 それよりももっと幼い杞梟。

 此処が何処なのか全く分からない。
 背の大きい木が沢山はえている。
 森だろうか?
 梅雨の冷たい雨の音が清かに聞こえる。
 空気は湿っていて,私はあまり好きではなかった。
 珠狐「杞梟?起きて。ホラ」
 揺さぶると,妹は少し目を開けた。
 杞梟「・・・・・・・・・・・」
 まだ言葉も言葉にならないくらいの口では喋ろうにも喋れない。

 御母さんは何処だろう。

 こんな森,一度も来たことがないから帰り道も進む道も分からない。
 臭いだって,雨で全く感じない。
 私より幼い妹を心配にはしたくなかった。
 でも,私だってまだまだ未熟だ。
 内心は心配だられだった。
 泣きたかった。
 早く,御母さんに会いたかった。

 しかし,幾時間たっても誰も来てはくれない。
 御父さんでさえも御兄さんや御姉さんも,誰も。
 珠狐「一体どうしたんだろう」
 もしかして,私と妹以外,猟師に殺されてしまったのではないのか?
 狩人の罠にかかってしまったのではないか?
 不安は募るばかり。
 杞梟「御・・・母さ・ん」
 珠狐「杞梟。大丈夫だよ。御母さん,来るからね」
 もう,その時,分かってはいたんだ。
 本当は分かっていたんだ。
 もう,誰も迎えには来てくれないことを。
 もう,家には帰れないことを・・・

 ただ,ただ。そのことを事実として認めたくなかった。
 認めたら・・・。
 認めたら。
 ・・・・・・・認めたら,捨てたれたことに・・・・・
 いや。
 そんなことはないと思い続けた。
 家族を信じ続けた。


 しかし,いくら私が信じようとも願おうとも,家族は迎えに来てくれない。
 雨がやむまで信じ,願った。
 それも,水の泡。

 そろそろ,日が暮れようとする時。
 遠くの方で微かに,何かの吠える声がした。
 其れは正しく猟犬だ。
 狼や野生の動物ではない。
 飼い慣らされた猟犬がいる。
 一刻も早く此処から逃げなくてはいけない。
 逃げなければ猟犬に捕まって・・・・
 珠狐「杞梟!!早く!立って!逃げるよ!」
 無理矢理杞梟の手を引っ張って持ち上げようとするが,杞梟はぐったりしている。
 珠狐「何やってるの!?早く立って!!杞梟!!」
 いくら名前を呼んでも杞梟は反応しなかった。
 杞梟はもう,立つどころではない。
 生きていることですら大変だった。
 其れなのに・・・
 珠狐「猟犬に捕まっちゃうってば!早くしてよ!!」
 ひたすら杞梟を起こし続けた。 
 珠狐「・・・!?」 
 さすがに異変を感じ取ったのか,杞梟の額に手をやると,体温は感じられなかった。
 冷蔵庫に入っていたかのように冷たく,青ざめた顔。
 ぞっとした。

 私は生きているのに杞梟は死んだ。

 だから私も死ぬ。

 怖くなって,杞梟を置いたまま立ち去ってしまった。
 その直後,また猟犬の吠える声がした。
 確実に,自分と猟犬との距離が縮まっている。
 小さな足で走った。
 全速力で走った。

 しかし,遙かに猟犬の方が足が速い。
 猟犬の鋭い嗅覚には勝てない。
 すぐに追いつかれて見つかって噛みつかれた。
 珠狐「やめて!」
 痛い。 
 体中から激痛が走る。
 噛みつかれ,投げ捨てられ,叩き付けられてボロボロになる。
 声も出ないくらいいたい。
 まるで絶叫マシーンに乗っているような感覚。
 そして痛みは麻酔なしの内蔵手術。

 死ぬのが当たり前だ。

 死ぬのが普通だ。

 死なないわけがない。

 猟犬が私を一度殺し,猟師が私を二度殺す。
 それが当たり前だ。

 でも――――。

 もし,助かるなら助かりたい。
 生きていたい。
 生きて,自由になりたい。

 目の前が真っ暗だ。
 そろそろ死ぬのだろう。
 何も見えないから・・・

 キャン!!

 急に猟犬が高い声を上げて私に構うのをやめた。
 そして遠くへ去って逝く足音が聞こえた。

 「大丈夫かい?」
 まだ,魔の前が真っ暗で何も見えなかった。
 でも,確かに誰かの声がして,私を抱えてくれた。
 珠狐「誰?」 
 「私は太上老君」
 太上老君?
 なんだか聞き慣れない名前だから,少し疑った。
 珠狐「私をどうするつもりですか?」
 「まず,怪我の手当をしよう」

 体中の激痛は未だに消えないが,この「太上老君」と言う人の暖かい体温はとても安らぎがあった。
 早く,この人の顔を見てみたい。
 しかし,どうしてか,上手く目を開くことができない。
 でも,まあいいか・・・・。


 ―――――――――私と妹が何故あんな所にいたのか? 
 多分家族が捨てていったのだろう。
 私と杞梟は何かと家族に嫌われていた。

           その理由は一つ


 ――――――――――――妖怪だから――――――――――
 父・母・兄・姉はみんな普通の狐だった。
 普通の狐の父と母の間にできる子は,普通の狐でしかない。
 それなのに,私と杞梟は妖怪と言う姿でこの世に生まれてきてしまった。
 間違った姿なのだと今でも思う。
 でも,これも運命なのだと思うときもある。
 私は今で言う「白狐」。
 昔から神社にすむと言われる,九つの尻尾を持った白い狐。
 杞梟は普通の狐だが妖怪だった。


 妖怪とは,これほどまでに悲しい人生をおくるものなのだろうか・・・。




 長い長いとても長い夢を見ていたように思えた。
 目が覚めたとはいえ,視力は全くない。
 失明した。
 と,初めて認めた。

 太上老君「やあ。起きたかい?久しぶりだね」
 珠狐「久しぶり・・・?ですか?」
 一体どのくらい眠り続けていたのだろうか
 太上老君「そうだよ。約3日は眠っていたよ。勿論怪我は完治していないけどね」
 3日・・・。
 随分の睡眠をとったものだ。
 太上老君「此処は,仙人界だよ。そして君は今,私の寝床にいる」
 珠狐「仙人界?何故?」
 太上老君「何故って,私は仙人だからね。それに,君も仙人になれるんだ。仙人になってみない?」
 仙人?
 今までそんな人たちは見たことがなかった。
 神業と言われる能力を持っている特別な人たちだとは知っている。
 珠狐「仙人?え・あの・・・」
 太上老君「ごめん。眠くなって来ちゃった」
 珠狐「・・・・え!?」
 太上老君「zzzz・・・(_ _)」
珠狐「太上老君様???」
 眠ってしまった・・・。
 なんて人だろう。

 元始天尊「やれやれ。眠ってしまわれた・・・」
 今度は誰だろう。
 元始天尊「すまいないな。こう言う御方なのでな」
 珠狐「いいえ。助けてくださった(?)のですから(^^)」  
 元始天尊「わしはコンロン山脈の教主・元始天尊じゃ。珠狐のことは聞いておる」
 珠狐「此処って,本当に仙人界なのですか・・・?」
 元始天尊「そう。正しく此処は仙人界」





                        【終】‐風がやんだ夜‐    


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