そんな彼らの日常茶飯事封神演義番外編11





「おはようございます」





     そんな彼らの日常茶飯事。



 朝。太公望を部屋まで迎えに行くのはいつしか楊ゼンの日課になっていた。
 室内に入り、仕事道具と最小限の私物しかない場所で、しつこく眠り続ける上司を起こす。

「師叔、朝議に遅れますよ」

 机の上の散らかり具合から見るに、床についたのは明け方だろう。寝かせておきたいのは山々だが、そうもいかない。収穫量調査の区画振り分けを聞かないことには仕事にならないのだ。大部分の官吏が今日一日を暇で潰してしまうことは目に見えている。実際、その為の徹夜に違いない。
 どうしたものかと楊ゼンは腕を組んだ。朝議の開始までにはまだ間がある。余裕を持っておかないと太公望を寝起きそのままの状態で引っ張っていく羽目になるからだ。あともう少しくらいなら……。
「でもなぁ」
 くぅくぅと規則正しい寝息を聞きながら、内心で頭を抱える。自分の裡から「起こさなくては!」という
義務意識を捨てたが最後、普段見ることの出来ない穏やかな表情に見入りそうで困った。
(それはまずい)
 ただでさえ「女装癖のあるおかしなヤツ」扱いされているのだ。これ以上はいくら何でもまずすぎる。
(すみません)
 何を謝っているのかよく判らなかったが、とにかく、太公望を文字通り「叩き」起こすことにした。



「もうちっとましな起こし方をせい…」

 椅子に座り、頭を楊ゼンの手に預けた状態で偉そうに口を開く。が、起きた直後であまり舌が回って
いない。太公望にしてはふにゃふにゃした口調で、少しばかり笑いを誘った。
「…何がおかしい」
「申し訳ありません」
 見た目よりも柔らかい朱い髪を梳かしながら謝罪する。謝れば良いと思っておるだろうと、小さな声が
言った。
「それよりも師叔、昨夜あまりお休みではなかったようですね」
「………それがどうした」
「無理しないで下さい。それだけです」
 真剣だと判ったのだろう、太公望が黙り込む。
「それと」
「だけ、ではなかったのか?」
「髪、乾かしてから寝て下さい。傷みますから」
「はぁ!?」
 素っ頓狂な声に吹き出しかけた楊ゼンは、それを押しとどめることに辛うじて成功した。
「おぬしではあるまいに、そんなこと一々構っておれるか!」
 大体そうも丁寧に梳く必要など無いと主張し、太公望は笑いを堪える相手から櫛を奪う。
「駄目ですよ、貴方そうでなくても猫っ毛なんですから」
 寝癖直りにくくて大変でしょう? そう指摘すれば即座に反論が返る。
「いつも頭巾を巻いておるのだ。そんなもの直さんでもかまわぬだろう!」
「かまいたいんですよ、僕が」
 しれしれと。
 何をぬかすかこの男は、と顔全体が言っている。
 遠くで鐘が鳴った。
「大変だ。早く行きましょう、師叔」
「…誰のせいだ」
「僕のせいでしょうね」
「楊ゼン!!」
「はい?」
 太公望は溜息をつく。どうせ何を言っても無駄だ。
 まったく。
(今に見ておれ)
「その机の上一式。頼むぞ」
「………かしこまりました」



 資料を掻き集め、持ちやすい状態にするには思いの外時間がかかった。
 意趣返しとしてはまだ可愛い方かと苦笑する。言いつけた上司の姿はとうにない。
 それにしても。
「残念」
 唇だけで呟く。もう少し時間があれば。
(まぁ良いか)
 長期戦は覚悟の上だ。余裕を持って臨まなければ軽くあしらわれてしまう。
 かき上げた髪が、吹き込んできた風に靡いた。
「負けませんよ」
 書簡を抱え、楊ゼンは笑う。今はここにいない彼に向かって。



 そしてまた今日も、意味のない小競り合いは続く。
「おはようございます。朝ですよ、師叔」 
















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