遠の梢を目指して 封神演義番外編29




手の影が揺れる。灯火が風に吹かれたせいだ。
机上に広げられたのは建国にあたって協力した諸侯へ宛てた書状。その竹簡に記された文字を兄は「個性的」、年近い弟は「進歩のない」と評した。
読めるのだから良いだろうと思う反面、さすがに立場を考えるべきかと思ったりもして、仕方なく頭を掻いた。

彼は、この国の主である。





 遠の梢を目指して





疲れと眠気で頭が朦朧としてくる。今日はここらが限界のようだ。
「武王」
筆を置こうと決意したところに声がかかった。高すぎない柔らかな声。―――少し似ているかも知れない。
「根を詰めすぎるのも善し悪しです。その案件はそれほど急ぎではありません」
目の前に置かれた茶器。白い湯気を見て、冷え込んだ室内を悟る。溜息をつかれてしまうわけだ。

「素直じゃねぇな」
「は?」
「心配だって言えば良いんだ」
「……」
「誰かさんそっくり」
「心配されてる人の言い種じゃありませんね」
目が細められる。無視して彼は茶を含んだ。
暖かい苦味が広がる。
「美味い、な」
「そうですか」
先よりも増えた表情で、彼女は少し笑った。



秋の夜は長く、静かであるのに賑やかだ。虫の啼く声は其処此処に響く。
「元気でやってんのかな」
「さぁ」
卓を挟み、向かい合って話すことが最近増えたように思う。会話の内容は王を疲れさせない、他愛ないもの。説教や政治について語られることもままあるが。

ここ数日で冷たくなった風が梢を揺らす。

「やぁっぱ変な感じだ」
「何がです?」
「あいつらがいないってのはさ」
「そう……ですね」
人ではない彼ら。そして彼らを束ねていた周の要。
……情けないことに。
「迷うとすーぐ思っちまうんだよなぁ。あいつならどうしただろうってさぁ」
王は月を眺め呟く。頬杖を付いてふてくされた様子は、彼がまだ"次男坊"であった頃から何ら変わらず。

目を伏せて、彼女は茶の香気を愉しむ。

「聞いてんのか?」
「聞いてますよ」
「そーいうとこも似てるぞ」
「……複雑ですわ」
判らない程度に眉根を寄せた彼女を見、王はからからと笑った。



「帰って、こねぇのかな」

ぽつりと。

落ちた音は思いの外大きく、彼女の中に響いた。

「帰ってきますよ」
「…血のなせる技?」
「何ですか、それ……」
つまらないですよと釘を刺して。
「あの人、人に拘り持ってますから」
「ああ」
仙道でありながら人に執着し続ける想い。その根源に何があるかは知らないけれど。

多分「彼」は。
「あの人は、あなたとこの国が大好きでしょうから」

王が目を丸くしているのが判る。
変な顔だと、彼女は思った。
「……お前、本っ気で血縁者だな」
「何故?」
「そういうとこがだ!」

耐えきれず、二人で笑い出した。



「そろそろお休みになった方が良いですよ」
茶器を片付ける白い手。
出会ってどれほど経ったか。確実に"少女"は綺麗になった。
彼女の髪が、風に波打つ。

「邑羌」
「はい?」

   どんがらがっしゃん!

……破壊音が静まってからも、二人は神妙な顔でお互いを見つめていた。

「何だ今の」
「何でしょうか」
長い時間、戦場に置いていた身体は平和になった今でもそれなりによく動いてくれる。
周の重鎮たちは武器を手に咄嗟に行動していた。

「失敗……」
回廊の欄干を突き破ったらしい人影はもうもうと舞う粉塵の中、何かを呟いている。
「やはりまだ慣れておらんということか?いや、だが確かこうやって…」
「太公望!?」
「お?」
「あなたって方は!家は玄関から出入りするものだとご存知ないんですか!?」
「邑羌、それ最初につっこむとこ違う」
「それはわしの科白」
「お前が言うな!じゃなくて!だから何でお前こんなとこにいるんだよ!」
のほほんと、以前と何ら変わらぬ様子に、彼は見える。
ただの人間にはその中を覗かせてさえくれないのかも知れない。
「まぁ、挨拶回り、かのう?」
「ご自分のことなのにどうして推測なんですか?」
「何となく」
手強い孫娘に押さえ込まれてる情景は確かに前と同じ。さて。

(何が違う?)

「関係ない、っか?」
何だったんださっきまでの会話は、と思いつつ。
呆れるほど可笑しかった。

「ほら」
静かに喚く彼女の頭に手を置いて。
「言いたいことがあるんだろ?」
彼の驚いたような視線と、彼女の少しだけ悔しげな表情。
「違うのか?」
「……」

幽かにずるいと言われたようだが。

姫発は"国王"らしい鷹揚な笑みだけでそれに応えた。





「おかえりなさい」
「………ただいま」








おまけ?



「挨拶回りぃ?」
「うむ、取り合えず一回りしようとは思っておるのだが」
「スープーちゃんなしでよく此処まで来られましたわね」
「あのな、一応これでも仙道の端くれだということを忘れてはおらんか?」
「お前が自力移動してるところってあまり見た憶えがないからよぉ」
「悪かったのう体力なくて」
「言ってねぇだろそんなこと!」
「それより、あまり長くはおられない、ということ?」
「おぬしたちの顔も見たことだしのう」
「そう、か」
「何、また来るさ」
「へぇ」
「子供が出来た頃を見計らってな?」
「な!」
「!」
「かっかっか」
「て邑羌!そのバットどっから出した!」
「太公望さんっ!」
「じゃ、またな」
「待ておいこら!俺にどうしろってんだーっ!」












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