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. 角倉了以(すみのくらりょうい) 江戸時代初期の京都の豪商で1605年保津川(大堰川)の開削工事を手掛け、現在の「保津川下り」の川筋30kmを整備、木材・農作物の丹後丹波地方より市内への大量搬入を可能にした。 又、1611年方広寺の大仏再建のための資材輸送を命じられたが、大阪よりの運搬ルートに鴨川は当時よく氾濫し利用できず、鴨川西岸に運河を掘削する壮大な計画をたて、息子素庵とともに二条から伏見までの10kmの高瀬川開削工事を完成させ、伏見よりの三十石船に継いで大阪よりの木材・米・塩などの物流と人の往来に大いなる貢献を果し、後年琵琶湖疏水を完成させた技士田辺朔朗と共に京都水運の父と呼ばれています。 二条木屋町さがる 運河・高瀬川の始点です、川底は極力浅く造られ、この為船は底が平らで舷側の高いこの川専用の「高瀬舟」が人・物の運搬にかかわってきました 森鴎外の名作「高瀬舟」は京都からこの舟で送られた罪人と付き添った同心のこころ行き交う話が主題の短編小説です 石碑一之舟入の左柵の奥が高瀬川最初の掘割の舟溜り(写真右になります)一之舟入です 右植込みが荷揚げ所となっていた(現・日本銀行)、また高瀬川当時は四条まで九ヶ所の舟入があり(今は一之舟入のみ)荷捌きされていて、川に沿った通りは木材屋も立並び「木屋町通り」と名付けられています またここの町名は一之船入町、近辺と嵯峨嵐山に角倉町があります この一之舟入の奥にある 角倉了以の名を貰った 京都ホテルオークラ京野菜・了以(りょうい) ホテル直営ですが場所はホテル内でなく北側のヤサカビル内1Fにあります (左)北入口 ビル北側の河原町通より京都らしい細い通路から店内に入る (右)正面入口 ビル南側の落ち着いた玄関より (写真一部合成) そう広くはありませんが、店一杯に外光が入り明るく 夜は外の夜景が拡がり雰囲気満点の店です テラス席は東山の借景と舟入を眺めながら開放的でゆったりとした時間を過せます ボリュームはおおくありませんが京野菜を中心にヘルシーな献立で、圧倒的に女性客で男性はカップルのみチラホラ、価格も良心的でお手軽に頂ける店です テラスで昼に頂いた *ランチメニューの京野菜プレート ¥1,400.(税込み・コーヒー&ティ付¥1,600) (料理内容 赤万願寺甘とうとカボチャのスープ、山科ナスとニシンの煮付、みぶ菜ゴマ合え、サーモンマリネと酢レンコン黄身酢添、京生麩とゆば揚げだし、満月たまご、京栗と舞茸の白和え、里芋と蕪の田楽と京風のお味噌汁、十六穀米ごはん、デザートは柚子ゼリー *メニュー表現筆者責) 夜のメューはアラカルト主体で¥500~¥1,000. パーティープラン¥4,500.(フリードリンク含む) ........................................................................京都市バス 「京都市役所前」 下車すぐ京都ホテルオークラHP URL---http://okura.kyotohotel.co.jp/ (レストラン&バー参照)にほんブログ村 ブログランキングに参加しています ↑ 応援クリック よろしくこれから励みに少しずつ頑張ります------------------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 京都祇園かね松京野菜、京漬物 京都の生麩 京都ブランド 京都・特産品 京都の有福・京乃雪本舗京都豆腐・湯葉絶品 京漬物土井志ば漬本舗 京都おみやげ・贈り物 京都の特産品とご当地グルメの地元情報をGET!
2011.09.28
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. 本門法華宗大本山 卯木山・妙蓮寺宗祖日蓮大聖人より遺命を受けた日像聖人により1294年 妙法蓮華寺として創建、足利時代隆昌を極めたが法華宗への迫害や火災を経て、現地に豊臣秀吉聚楽第造営に際し建てられるその後天明の大火(1788年)で多くを被災したが、翌年より漸次復興を果しいま8ヶ院の塔頭をかかえる大本山です 山門 1818年に禁裏より拝領し建立される、両袖番所付(両側に通用門ある)の山門は稀にみる格式の高いものとされています(左) (右)妙蓮寺鐘楼 江戸時代初期に建立された全国的に数少ない本格的な袴腰型鐘楼で貴重な遺構とされています (左)本堂 (右)庫裏・書院 いま芙蓉の花咲き乱れています 山門の前をはじめ建造物のすべてのまわりで咲いています、多くはひとえの芙蓉で咲き始めより赤・薄紅・しろの各色でそのまま色は変わりませんが、部分的に酔芙蓉が群れています ♪♪~おわら恋歌みちずれに....と歌われた酔芙蓉、越中八尾のおわら風の盆と胡弓の音色と合い通じ無常とはかなさに例えられています 酔芙蓉 花の色の変わりゆく様子を、さもお酒に酔っていくさまに例えて名付けられています 八重の酔芙蓉です 朝ひらいた純白の花 凛として気高く咲いています おひるからすこしずつ薄紅いろにその顔を染めかけていきます 御酒を少し戴いて頬をほんのり赤らめた愛おしい顔です 午後もふかく鮮やかなピンクに染まった華麗な花 それぞれに力一杯に咲きひらいています 美しくひらいた大輪の花 その一生を終え花を絞り込んで逝きます(右) ただその廻りには紫色に閉じた昨日の花と、その花々の生命をうけてまさにあす咲こうとする碧いつぼみが膨らんでいます こちらはひとえの酔芙蓉 落ち着いてしっとりとした顔に変身です 花言葉は「繊細で微妙な美、しとやかな恋人」です 書院前庭「十六羅漢石庭」 桂離宮を造営した僧・日首の作庭で、白砂と苔に十六の羅漢に見立てた大小の石が配置されています 羅漢とは仏の教えを護り伝える事が出来る優れたお坊様に与えられた名称で、法華経では釈迦二佛・上行等四菩薩・一切衆生十界の十六を羅漢として祀っています 中央の大きい石(釈迦・右写真の大きい石)は臥牛石(ガギュウセキ)と謂れ 本寺造営に当り豊臣秀吉より賜わり伏見城より移されたもので、形は牛が伏せている様子に見えます 赤穂四十六士の墓 ここにも祀られています 四十七士では? 吉良上野介邸へ四十七士にて討ち入り後泉岳寺に引き上げた赤穂義士は四十六名、寺坂吉右衛門がいなかった為このもの遁走した説とか士分なきための放免説とか諸説あるなか、妙蓮寺史書によればこの吉右衛門赤穂に下る折京都・伏見に在宅していた片岡源五衛門の姉に四十六人の遺髪を託し後事を依頼する、その姉は菩提寺である当寺に元禄17年2月主君三回忌に合せ遺髪を納めこの墓を建立する (左)当寺に於いて傷みにより新しく建て替えた墓と元禄17年建立の旧墓 (右)墓の裏側に彫ってある四十六士の氏名 (表側は忠誠院XXXXXと各士の法名が彫られています) ........................................................................京都市バス 「堀川寺の内」下車 徒歩西へ3分妙蓮寺HP URL---http://www.eonet.ne.jp/~myorenji/にほんブログ村------------------------------------------------------------------------被災地に届けよう! 吉田カバン ポーター ジェリー・トートバッグ607-09716 吉田カバン ポーターリーファー・ポーチ806-06258 京都の特産品とご当地グルメの地元情報をGET!
2011.09.18
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