★★★

。。こころ。。

長い文章になります。


とてもキツイと思ってる毎日。幸せは愛する人からの想い。

でも、私も自分と戦ってきた。 今でも負けそうになる。 ダメになりそうにもなる。 急に大きな不安に陥ることもある。 泣くこともある。

でも、聞いて。 不安なんて誰もが抱えるんだって。
人のそんな一例を読んでみてください。
死にたくなったときの経験を。 男をどう思ってたかを。


私は結構打たれ強い。 深く考えない。
ちょっとしたことでも動じない。 それが相手の浮気現場を見ようが、ヤクザと食事をしようが、
拉致られようが、痴漢に会おうが、知らない男がいきなり停車中の私の車の助手席のドアを開けようが(笑)。
平然とした態度で済ます。
焦っても始まらないから。 でも恐怖・憎悪を感じることはあるよもちろん。

家庭環境も恵まれてます。
これを恵まれてないと言ったら、甘ったるい人間です。

でも、普通なら経験し得ない巡り合わせが人より少し多かっただけです。
おかげで、ひねくれてしまったかもしれません。

でも、多くの素敵な人達とも出会えました☆
たかが2●歳のまだまだ小娘。 私なりの山あり谷あり。 
2005-10-17 07:51:15
10代。大学時代。
 海外へよく行った。CLUB(踊るクラブね)、合コン、色々と自由奔放だった。
巡り巡った出逢いの中から、同棲じゃなく、同居を婚前なのにした。
夢を持ってたけど、簡単に諦めた。それもその男とのことで頭がイッパイだったから。
若いっちゃそんなもん。
得たものは、嫁・姑の関係とは何か?。 結婚とは何かという考え。
婚約もしてないのに結納だの何だのその人の家が動き出した。
そして、結婚?この人じゃないと思った。
同居はマズイとそこを出た。そして逃げるように別れた。4年の付き合い。


別れて20代(前半)。 夜の店で働く。
数箇所変わった。 最終的に1つに納まる。
かすかに抱いてみた夢を実現すべく、実現のために頑張ってみた。
音楽教室で働いてピアノを教えたかった!
5歳からずっとレッスンは受けている。
現実は厳しいもので、音大卒の人でも落ちることもある試験を受けたが届かず。
3度失敗。

一時フリーターの私を責める父。
毎日喧嘩。
家を出るため夜を頑張る。

頑張りすぎて、親の収入を越す給料を維持。 とは言え、月に60万くらいが最高。
でも簡単な道のりではない。 ハッキリと言わせて。
2005-10-17 07:54:23
オヤジを利用することを知った。
貢がれた。 不倫した。 3又交際を平気でしてた。
本気じゃなかったから。 都合よく利用し合ってた人もいたが。

弟がヤクザになった。(原因は家庭の問題。家出して、戻ってきたときには肩に墨が)。
親のことも心配で、弟のことも心配で、両方支えるつもりで私だけでも心配かけまいと実家にとどまる。
母は神経を崩してしまった。 円形脱毛症にもなってた。
家の中は暗かった。暗黒状態だった。
両親が育て方を後悔してたり、母は自分を責めたり。
両親の口論も。 両親のそんな姿を見るのも辛かった。
でも支えなきゃと私も気を配った。
・・・おりこうさんにはなれなかったけど。

弟がきつそうにしてる姿を見ると、思わず手伝ってあげていた。
弟の仕事を減らす為に代わりに薬を運んだりした。
ヤクザさんと面識が出来てきた。
食事にも誘われ、弟や下の人達が後ろに座っていたり、その世界の「親父」達に酒を作ったりしてるのに、私は優遇されてた。
料理に箸をつけるのに、こんなにも考えさせられたのは初めてだ・・とういう食事だった。

何人か彼氏らしき人はできる。でも全て私が絶つ。
また彼氏が出来た。
すぐ遠距離になった。 それでもよく会いに行った。 よく帰ってきてくれた。
会う日を決めていると、「それまでの辛抱!」と我慢出来た。
だから続いた。 私には会えないのはシンドイ時期だったけど。 

弟も家も相変わらず暗黒の世界。。
私が安らげるのは、それを忘れられる場所と時間。
でもそれを恋人に執着は出来なかった。 だから今でも変に耐えられる。 
2005-10-17 07:57:56
でも、ココロはきっと耐え切れなかった。
ストレスを溜め込んだ親子の衝突。 弟の心配と不安。 恋人とも会えない日々。 夜のストレス。 自分の将来への不安。

そんな日々の中で、保育士の道を見つけた。
気づかせてくれた人との出逢い。 今からでも学校へ行こう・・と決心。

受験を機に、夜の店を辞める。 でもそう簡単に辞めさせてもらえない。
ブっチ切って辞める。 最後の給料はもらってない。


遠距離恋愛終了。 私が終わらせた。
不安に負けた。相手の愛を疑いだしたら逃げたくなる癖がついてたのかな。
引き換えに、簡単な恋愛だけするようになる。

紹介されるのは、30歳超えた人ばかり。 笑ってるだけで可愛がってくれる。
本気にされてないと知りつつも、情は移入するもので可愛がってくれる。 
でもまた既婚者だの・・・。 でも、金持ちばかりだった。
そんな人ばかりを私に紹介する人もどうかと思うが、紹介される私ってのも、そういう人間に見られてるんだ・・と思った。
でもいい人生経験をさせてもらえた。


短大に社会人編入学。 新しく夜の店で働く。 幾つか回って、今の店にすぐ納まる。
学校と、夜の生活がスタート。

暗黒な雰囲気の家庭は続く。

警察からの家宅捜査が2度入る。
私も共犯者。 弟はほとんど家には帰ってこなかったが、マズイ物を置いてたりしてた。
それを隠してたのが私。

テレビでは、弟のいる組が頻繁に事件を起こしていた。
弟もいつかはどうかなるのか?と。
そしてとうとう、弟も逮捕された。
ニュースにも出た。名前も出た。新聞にも出た。
来るときが来たと思った。 覚悟はしてた。 きっと両親とも。
でも 他人を傷つけたりする罪ではない よ。
でも重罪だった。 刑が決まれば最低でも5年はなるのダロウと言われてた。
その時の弟の恋人(今は奥様^^)は、出てくるまで待つと言ってた。
でも、最低5年の月日は、女にとって一番の華の時期に当たると思った。
その時期を本当に乗り越えられるのか・・・。待つ方も待たせる方も大きな不安を抱えるだろうと思った。


弟は留置所生活。 家庭では裁判の日々。 お金がかかる。 学費を自分で出してみる。

世間からは意外にも見放されなかった。
むしろ、激励さえしてくれる人たちがいた。


私はというと、睡眠のリズムが崩れていたが、学校は行っていた。
単位を落として卒業出来ない状態になったけど、病院の診断書や教務課や先生などに相談しまくって、会議まで開かせて、卒業資格を得て、無事卒業。。
2005-10-17 07:36:34
保育士になる。

でも相変わらず恋人を作ったり別れたり。
こうやって自分の姿をも知っていく。
でも抜け殻のようだった私を救ってくれた男性と出会う。
それもまた10歳年上の人だった。
久々ちゃんとした恋心を持って付き合うようになってた。
昼・夜動いてる私を応援してくれた。 弟の件まで一緒に考えてくれた。 
「ズット末永く・・一緒にいよう^^」 と言ってくれた。
 有り得ないくらい愛してくれた。 その愛が私を幸せな日々にしてくれた。
そろそろ結婚を考える年齢かな?と思った私は・・この人とかな?とか思ってみた。 

でも、突如失意に突き落とされた。
・・・見てないようでわかってしまう女の勘は当たる。
他に 浮気 してる模様。 でも気にしなかった。 これが私のひねくれてるところ。
恋人が他の女性と関係を作ろうが、私への愛は嘘じゃない・・・と信じようとしてた。
ココロでは泣いてるけど態度に出したくない!と思う気持ち。
顔には出てたけどね。 それを感づいたときは悲しそうな顔をして謝ってくれた。
でも本当はわかってなかった。 帰らない日もあった。更には幾度と女を家に呼び、しまいにははちあわせ。
それでも私は平気なふりしてた。 ココロでは心臓を突き刺された気持ち。 えぐられたような気持ちで震えそうだったけど。
それでも私のことを愛してくれてるのなら・・・と耐えた。

男の浮気は 本能 が働く。
色んな男性を見てきた分(夜の仕事も含め)、あっさりと浮気を受け入れる。
仕方がない・・・と。


昼・夜のせいで睡眠不足。 家庭のゴタゴタは変わらず親ともトラブル。 不眠症と自律神経失調症。 鬱。 
体調も崩して、何度も病院のお世話にw。

愛する恋人の気持ちを信じられなくなり、
もしかしたら今頃他の女性と?・・と考えることが多くなって、支えを失い、
ココロも崩して、心療内科へ通う。 

最低な1年だったけど、色々振り回されてたけど、好きなことをして発散して、
居場所が夜の世界で、スッカリ夜の世界を快楽として楽しんでた時期だったかもしれない☆
それで生き延びてた(笑)。

保育のこともしっかり考えてたよ。まだこのときはヨカッタ。今は良くないけど。

愛する人はその人一人・・・。
その人から、いきなり激しく冷たくされた。
浮気していても変わらない私への優しい態度。 それを信じて耐えようとしてた一杯一杯の生活の中のギリギリな精神状態の中で、急変した彼の態度と言葉に、弱ったココロはイッキに崩れた。

のうと初めて思った。
いきなり一人のときに過呼吸になる。 顔がしびれてた。表情が固まって変顔だったかもしれない。 死んだお婆ちゃんに「助けて・・」とココロの中で叫んでた。 しかし息を止めたりしてたのか・・・治まる。。 まだ軽い症状だったのかもね。

もう生きるのはツライ・・・自己嫌悪。私はいつもこんな運命…?何を支えにしていけばいいのか混乱してた。
そんな私も 手首 を切った瞬間がある。。 ためらい傷で終わった。 泣きながら車の中で切ってた。  生きていられない・・・と泣いてた。 苦しい・・・としか言葉にならなかった。


傷は今ではもう薄れていて、30cmくらいの距離でよく見ると「なんか傷跡らしきものが意味深なとこにあるケド…」くらい。 しばらくは隠すのに後悔した。

鬱だったからか、生きる希望を失ってしまってた。
睡眠薬を飲んで昏睡状態でもいいから、しばらく現実から逃げさせて・・・と飲みまくった。 頭がぶっとんで終了~。
それも「鬱さん」のせい。 誰がこんな私にしたの??? 私ってこんなに弱かった???


お客さんにストーカーのようなことをする人がいて鳴り止まない電話やメール。 待ち伏せ。 これも私を追い込める一因だった。
でもその人はお客様。。。こいつのおかげで夜の売り上げが少しは上がるから、我慢我慢。笑ってこらえて!

ココロの悲鳴を上げたくても、我慢をすることを覚えた私。
 これはどうなんだろ・・・?。 爆発したら恐いのかな?。
でも爆発したと言えばストレスが「鬱さん」となって現れて私を死ぬ気にさせたくらい。

夜は夜でママと喧嘩して、修羅場になった。 不満は沢山あるが、世の中不満を抱えず働いてる人の方が少ないと思う。
そして、何故かチーママになる。 でもココロが壊れたことで辞退。 
しかも、どんどん辞めていく女の子・・・女の子の入れ替わりが激しいのももう慣れた。 いつしか私が一番の古株。 老舗(しにせ)と言われたり・・・。 その代わりに、掴んだお客も大きい客が多いし、沢山いる。 まだまだもう少し働くつもり^^ 

そして、最後に私を苦しめた恋人と別れた。寒い時期。
とことん愛した人。 とことん愛するだけの愛をくれた人。
でもふられた。。  他の女性を選んだ。
不安でどうしたらいいのかわからない日々を考えると、ハッキリとけじめをつけれてラクになったかも。
こうなる前から、終わりはいつかはくる・・と心の整理をしてたからか・・・。
これは頭を冷やす期間で、それでも好きならプライドを捨ててでも、また会いにいけばいい・・と思うことで気持ちを落ち着かせた。 じゃなきゃ受け入れられなかった。 悔しさでイッパイだったが、相手をどうにかするのは困難なので、自分の気持ちをどうにかするしかないと思った。

今でもたまに連絡がある。 どういうこっちゃ。 それがその男のズルさ。 甘え。 そして男のサガ。


私には・・・・誰かに愛されていないと不安に思う自分がいた。そういう自分を創りあげていったのは自分。
でも放置されることにも慣れて、だから自分で自分が楽しく過ごせる方法も覚えていった。
家にいては暗くなる・・・だから外へ出よう!。
 出来ることなら愛する人の側に。。。 無理なら知人と楽しめば ^^


その間に、裁判も終了。 長い留置所生活だった。
接見(面会みたいなもの)にも行った。 裁判の結果は未遂ということで無罪判決。
弟は刑務所に行かずに、留置所から出てくる。それでも長かった。
そして今は、体を傷つけることなくカタギに。そして以前から付き合ってた私と同じ歳の女性と結婚。
そして私の甥が産まれる^^。只今同居中!

その間に私は今のきょう様と付き合う。 安定した日々。
 自分らしさが戻った。
家庭にも笑顔が生まれた。
 本当に180度世界が変わった。


でも、私はまだ何かを抱えてるかもしれない。
いつかその爆弾が破裂する可能性もある。
でも、みんな苦しいことは沢山あるんだ。。
私はあの時期があったから、恋愛も男性との関わりも、冷静に受け止められるのかもしれない。 
その冷静さが本物か強がりか・・・疑わしいが
今は、大丈夫。

まだ自律神経は正常でないと診断されたが、鬱ではないと診断される^^
まだ睡眠に障害があるが、長く付き合うことになるかもしれないが、いつかはそれを跳ね除けられる日が来るだろうと。

人の心は難しい。
自分の心でさえ難しいのだから。



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