FUNKTOWN  J.T.

FUNKTOWN J.T.

当時のDJスタイル

■ 当時のDJスタイル ■

ジョイ吉野

ディスコ全盛期の1977年から1982年にかけて、当時のDJ達はどのようなスタイルで曲をオンエアしていたか回顧してみたい。
まず1977年。
この頃は今と違って「ツナギ」や「BPM(曲の速さ)」といった概念は全くなかった。
ラジオのディスクジョッキー同様、 曲と曲の間は「しゃべり」でつないだ。
ミキサーがないディスコもあったので、そういう所は曲と曲の間に7-8秒「間」が空いた。
その音なし部分での「ざわめき」が当時のディスコらしさでもあった。
「次は何がかかるかな?」「○○かけてよ!」等の声がダンスフロアでざわめく。
「プツッ」って針を落とした音がして「ワクワク」してきて、曲が始まると「ドワーッ」と盛り上がる。
こんなアドレナリンが70年代中盤らしさだった。

1978年以降はミキサーが一般的になったので、さすがに曲と曲で間が空くことはなっくなったが、あいかわらず「しゃべり中心」でつないだ。
何をしゃべっていたかというとこれもパターンがあって

1. 曲名2. アーチスト名と過去のヒット曲 「○○のヒットでお馴染み ××のニューシングル」みたいな感じ
3. 収録されているアルバム名とレコード会社名
4. ビルボードヒットチャートのランク順位 「R&Bチャート赤丸上昇中」とか
5. プロデューサー名
6. 店内システムの紹介 リクエスト方法・フリードリンクフリーフード等
7. DJの自己紹介
8. 盛り上げ用の相槌 「手拍子!」「歌ってね」「ショーターイム!」「フーフー」等


ディスコのDJは、ダンスフロアを盛上げてナンボの世界だから、いくら曲をたくさん知っていたとしても、しゃべり(MC)ができないDJは失格だった。

しかし、1979年夏以降は様相が一変。
しゃべり無しの ツナギ重視スタイル に変わった。
この頃よりBPMが必要不可欠になり、同じような速さや曲調の曲を、ミキサーとターンテーブルを巧みに操って、きれいにかぶせていくスタイルが主流となった。
客はどこで曲が変わったのかわかならい。
ツナギがうまいと「おっ!!」とどよめきが起こる。
逆にミエミエのツナギや、不自然なツナギだと「下手クソ」ってことでブーイングが起きる。
MCが上手いだけのDJは淘汰され、 「リズム感・センス・曲の知識」の三拍子 が備わったDJが新しく台頭した。
また、ツナギテクニックそのものも今の高性能ターンテーブルとは少し事情が違い、トルクが弱い機材が多々あったので、拍数を逆算してスイッチをオンにしたり指先でターンテーブルを押したりする必要があった。
音源がアナログのためイントロと間奏でBPMが違うこともあり、つないでいる最中に両方のレコードの中央部分を押したり引いたりしてテンポを微調整する必要があり、 「手先の器用さ」 も重要なファクターだった。

このツナギスタイルはともすれば「ワンパターン」の選曲に陥りやすい。
同じようなBPMの同じような曲をつなげていれば、確かに自然だし綺麗だし聴いている分には心地よいが、踊っている人は変化がないと飽きてしまう。
だからずーーーっと延々と綺麗につないでいるだけは脳がなく、メリハリが必要になってくる。
BPMも少しづつピッチを上げて「より速めの曲」へシフトしていくとか、たまにカットイン+MCで曲調を変えるとか、そういう客を飽きさせないセンスの有無が、一流・二流の分かれ目になった。

このあたりの曲でパーティー・出張DJをご希望の方は、 こちら

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