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令和三年晩秋、別府⇒阿蘇⇒熊本⇒長崎を巡る二泊三日の旅を計画しています。
と申しますのも、還暦前頃から私は中学生の時に行った北九州への修学旅行を懐かしく思い出すようになり、幼馴染み達ともう一度訪れたいと強く願うようになったからです。長崎の中華街、行ったこと無いけど、彼の地のみすぼらしいお店で何か注文した夢も見ました、品物が出る前に覚めたけどね。
さて今から50年程前、島根の山里から九州への三泊四日旅は親に掛かる負担も相当なものだったことでしょう。当時は子供だからそんなことは分からない、ともかく嬉しくて嬉しくて、楽しい時間があっという間に過ぎた記憶しかございません。
山陽側へ出ても新幹線なんて未だ無い時代、恐らく山陰本線から山口線を経由して小郡駅(現新山口駅)まで行き、その後は鉄路か貸し切りバスか覚えておりませんが先ずは長崎へと向かいました。
全く記憶にありませんが、当時長崎へは一日掛かりであったろうと推測しますので初日は移動だけで長崎泊。翌日長崎観光、平和公園⇒大浦天主堂⇒グラバー邸、島原を通って熊本へ。熊本泊。
三日目は水前寺公園⇒阿蘇、雄大な阿蘇外輪山の姿に圧倒されたことを思い出します。阿蘇を下って別府泊。
四日目別府観光、地獄巡りや高崎山、そして水族館?、良くは覚えておりませんが。旅の終りはフェーリー乗船、別府湾から広島の宇品港へと船旅を楽しみました。
昭和45年、1970年、殆どの幼馴染みは初めて汽車に乗り、初めてフェリーに乗ったはず。だからこそ私は強烈に覚えています、「楽しかった」と。
詳細は忘却も感激は忘れない、彼の地を再び訪れる旅にはそんな思い入れがございます。決行まで後二年、せめて二割、参加者10名は確保したいもの。