外資系経理マンのページ

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小説(12)


 正直いって、松田には二つの気持ちが交錯していた。ばれずにいくものなのか?これは、今回の件にコミットしたがゆえにでてくる気持ちにほかならない。もうひとつは、会計担当として、こんなことやっていていいのか?よかったのか?という気持ちであった。どちらが強いかといわれれば、後者のほうが強いものがあった。 
「あのう」 
 最初の顔あわせで名刺交換をした会計士の安保だった。
「銀行に残高確認状ださなければならないので、これに記入してください」
ひょろっと背丈のある男で、会計士といってもたかぶったところのない、松田と同年の男であった。
「残高証明はだしましたし、お渡ししてあるはずですよ」
残高証明はすでに赤城が銀行に手配済みで、取得した証明書はすでに渡しすみであった。
「ちがうんですよ。うちから出す徳山会計事務所の名前でだす証明書ですよ」
 確かに銀行は残高証明書をだす。しかし、隱し口座を会社がつくっていれば、会社が請求した証明書だけではわからない。そこで会計事務所からも、口座番号が書かれていない証明書を出し、銀行にその会社の残高情報などを記入確認をしてもらうわけだ。しかし、そんなことを当時の松田は知らない。
「なんで、そんな二度手間、三度出間なことをするんですか?」
 昨日の寝不足と、いますすめられている監査に対する複雑な気持ちが交錯し。思わず安保にあたってしまた。
「監査でしなければならないんですよ」
「どうして、そんな無駄なことするんですか?そのたびに手数料とられるわけでしょ?会計事務所が払ってくれるんですか?」
「それは決められた手続きなんですよ」
松田にしてみれば、初めての監査がこのような不本意な形で進まざるをえないことに忸怩たる思いがあった。そして、ふと我にかえる松田。
「わかりました。ここにゴム印、銀行印押せばいいんですねっ?」
その間、安藤は3日間貸し切り状態の会議室に、なかば缶詰め状態で、質問ぜめにあっているようであった。ときどきでてきては、赤城となにやら打ち合わせを ボソボソとしてはまた中にはいっていった。
 松田は不満だった。自分はまだ入社して間もない。わからないことも多いだろう。それは認める。しかし、3人しかいない部署で、なんで自分は話の中にくわえられないのか?蚊帳の外なんだ?赤城もなぜか、松田を無視しているように感じられた。
  三日間の監査は、つつがなく終わった、と思うように松田は考えるようにした。三日目の午後、徳山会計の会計士徳山が会社にきた。背丈は170くらいの白髪頭の好々爺といった感じであった。徳山会計の所長で、会計士協会の役員をつとめているとそのあと聞いた。
「深田社長はいないの?」
「イギリスに出張中です」
「なに、イギリス?いつ帰国?」
「月曜出社です」
しょうがないな、といった顔をしつつ、3人に監査の結果をはなした。その内容は、多少のケアリスミスの仕訳はあったものの、特に問題はない、ということであった。
「でも、よく売れてますね、こんなのもはやるんですね」
徳山会計士が手にしたのは、監査前に注文数を水増しした、どう見ても売れないゲームソフトのサンプルパッケージであった。
 安藤は、何ごともなかったかのように、「そうですね」と笑っていたが、松田はとてもわらえなかった。そして思った。
 こんなこと、もうしたくない。

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