外資系経理マンのページ

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小説(17)


 となれば、年内にできるかぎりのところまでやって、年明けの労苦を最小限にしようと考えるのが人情だが、年内は親会社の担当者がクリスマス休暇をとるなどして、結局、本社の判断をあおぐ事項も年明けになり、三が日も出勤の憂き目にあう外資系経理マンは多い。
 松田が入社のとき、すでに決算はあらかた終わっていた。それはそうだろう。でないと監査なんてやるわけがない。ある意味で、それからすると、12月末の本社への報告書の提出はひとつの区切りではある。幸か不幸か、12月決算でなかったことは、松田にとって心穏やかなる年末年始休暇となる。ま、いろんな問題もあるが、会社組織はどこでも多かれ少なかれ問題をもっているし、年末年始はゆっくりしたい、と思っていた。江頭問題も年明けかなとも思っていた。ひょっとしたら、社員のほとんども、そう思っていたかもしれない。江頭の存在が、なにはともあれ消えたこともあるし、なぜか深田も本来の業務に力を注いでいるようにみえたからだ。
 しかし、簡単に年はこせなかった。30日が仕事納めで、松田はお昼をたべたあと、身の回りの整理にはいっていた。といっても入社して一か月あまりでは、そんなに時間はかからなかった。ふと気がつくと安藤、赤城の姿がみえなかった。また社長室か?と深くは考える事もなく、パソコンのモニターを化学雑巾をつかって拭いたり、キーボードの隙間にたまったほこりを掃除するなどしていた。そのとき、不意に社長室のドアがあき、安藤、赤城、安川の三人がでてきた。どこか冗談をいいつつ、顔には笑顔が感じられた。
 そして、安藤がでてくるなり、
「松田君、ちょっといいか?」
 そういって松田を社外に連れ出し、会社近くにあったコーヒーチェーンに一緒にはいった。店はすでに近くの会社はもう正月休みにはいっているせいか、お客は常連らしき近くの商店主らしき男が、カウンターごしにマスターらしき男と話しているだけであった。
 安藤は、このお店ではいつもカウンターが好きで、そこにお昼休みなどコーヒーをすするのが好きで合ったが、その日はちがった。おくまったところにあるテーブル席に腰をおろし、ブレンド2つと、松田に特に好みをきくことなくオーダーした。そのあと、いつものようにハイライトをとりだした。
「吸っていいか?」
 まるで、こころをおちつけるかのようにやおら火をつけ、深く一服した。松田にしてみれば、そんなことよりも安藤がなにを話そうとしているのか、それを早く聞きたかった。
「松田君、入社早々なんなんだけど、私と赤城は年内で辞める。というか年明けからはもうこない」
松田は、安藤の口からでたことばが何を意味しているのか、すぐには理解できなかった。
「委員長の座をほうりだすことはないって言ったじゃないですか、このまえ。それがどうして辞めることになるんですか?」
「松田君、おちついてくれよ」
たしかに、松田は自分でも感情が瞬間的に高揚してきているのがよくわかった。運ばれてきたコーヒーを持つ手もふるえているのが自分でもかんじられた。
「ただ、深田の首もとったから」
「それはどういう意味ですか?」
たしか、深田のクビをとるのは組合でなにも議論されていなかったはずだ。それがなぜ?
「それ以上はいまはいえない。引き継ぎもろくにできない状態で申し訳ないが、あとは頑張ってくれよ」
 結局、噂は本当だった。だれがリークしたのかわからないが、火のないところに煙はたたない。そう言い残して安藤は机のうえに二人分より、300円ほど多い千円さつを一枚置いて、店をでていった。今日が最後となれば、荷物の片付けもあるのだろう。
 しかし、年明けから自分の仕事はどうなるのだ?赤城、そして安川も当然やめるのだろう。経理のルーチンでさへ一人でまわせるか疑問なところへ、安川は発注管理をやっていた。それも自分がやることになるのか?いや、それはないにしても、会社が動いている以上、だれかがそれをあすからやらねばならない。それは誰がやるか?すべて、自分しかない。松田以外は管理部門の人間はいなくなるわけだから、それは当然の成り行きであった。社歴の浅いとかは関係なかった。

 松田は暗澹たる気持ちになった。自分にそれだけのキャパはあるのか?不安でいっぱいになった。もう、深田、江頭の問題は松田の頭からほとんど消えかかっていた。

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