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団塊の世代を筆頭にして戦後世代は新しい人間関係を作り上げていきました。本人たちが意識的に変えていった部分もあれば、知らず知らずのうちにそうなっていった部分もあるでしょう。産業構造の変化や 一億総中流化 やテレビやポップソングや小説等々、相互に影響を与えながら、好む、好まざるに関わらず、人間関係は大きく変化していきました。新しいコミュニティ、新しい恋愛関係、新しい家族関係・・・
コミュニティ・・・村社会のしがらみから逃れた。めんどうな宗教とも関わらなくっていい。会社社会からの拘束からも逃れた。学校だって国家だって相対化されてしまった。
恋愛・・・結婚は家同士がするものといった地域や階級に縛られた政略的結婚からのがれた。離婚や再婚、婚前交渉や婚外の性交渉への抵抗が薄れ、婚姻の束縛はゆるくなった。
家族関係・・・核家族化。「親は子の肥し」「子供は労働力」「夫唱婦随」などと考える人はもはや皆無。友達親子は増え、家族内のジェンダー化が進んだ。
確かに、人間関係と言う点において、私たちはずいぶん自由になりました 。自由を得た代償に、失ったものも多い気はします。クールで快適に過ごせているような気がする一方で、孤独で温かみのない日々を送っているような気もします。こういった変化がよかったのか悪かったのか、一言で片づけられるものではないでしょう。私にもよくわかりません。
家族志向 と言う現象があるそうです。
ポップ音楽界の巨匠、小田和正がヒップホップ系のグループとともに、「Dear mama」という母親賛歌のシングルを出しています。 TVCMやドラマでも家族愛を強調したものが目につきます。
香山リカさんも、「親子という病」という本の中で、家族礼賛が強まっているとの指摘をしています。
多分、そういった 家族志向の裏側には、社会が孤独化しているという現実 があるのではないかと思います。人間関係が希薄化していく中で、何をもって人がが「つながり」であるのかが分からなくなってしまっているのでは?「つながっている」と感じられる場は 会社でもない、ご近所でもない、同級生や同窓生でもない 。時々、たとえばWBCを観戦している時に、「日本」でつながっているような気もするけれど、それが終われば「はて、日本って私を守ってくれるの?」という気分に戻ってしまう。
「つながり」や「絆」と言った言葉がポップソングの歌詞や題名になることも多くなりました。YAHOOで歌詞検索をかけると「つながり」が111曲、「絆」が693曲、引っ掛かりました。多分、もっとたくさんあります。ほとんどが最近の曲です。もろ題名が「絆」の曲もあります。
それは結局、 「つながり」や「絆」を実感できていないことの裏返しなのだろうと 思います。
そして、なんとか「つながり」や「絆」を主張できる最後の「場」が家族であり、そこで家族志向が生まれているのだろうと・・・。
そして、その家族という血縁のつながりも保つことが難しくなってきています。何とか保っている家族だって、家族志向の歪み(依存や不安)が妙な事件となって表出しているのでしょう。
一億総孤独化。
昨年の秋葉原無差別殺傷事件も最終的に「キレた」のは、作業服がなかった時点であるように言われることもありますが、私はどちらかというと、ネットで無視されたことも相当大きな要因になっているのではないかと思います。そして、単に、ネットで無視されたのにかっとなったのではない。彼はきっとこう思ったのでしょう。
「自分は誰とも、何処ともつながっていない・・・」
家族 つながり 絆 vol. 15 「つながりを… Nov 23, 2009 コメント(20)
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森3087さん