酔眼教師の乱雑日記

小売企業のこれから







             「再設計期の流通企業」
1.問題の所在

 「暗黒大陸」といわれたわが国の流通構造に地核変動が起こっている。
国家の近代化は明治維新以降進められてきたが、流通は鎖国状態のままであった。流通においては各種法規制、内部に温存された日本的商習慣などに守られて、流通企業は横並びの競争に安住していた。その結果、流通企業の経営近代化は大幅に遅れている。
しかし、経済のグローバル化は日本特有の規制・制度・慣習を否定し、世界共通のシステムを求めている。そして、厳しい競争を勝ちぬいた欧米の流通企業は高い生産性とグローバルな商品調達力を武器に、国境を越え、規制緩和が進められるとともにバブル経済の崩壊によって地価が下落している日本の市場へも進出し、また多くの流通企業が参入を計画している1) 。流通の分野においてもグローバルな競争の時代をむかえることになった。
このような状況のもとで、日本の流通企業が従来の企業パラダイムとマーケティングに依拠して行動していると、国際的競争の中で生き残ることは困難であり、死滅への途を歩むことになる。
環境変化の方向性を見極め、新しい企業パラダイムを再設計し、それに基づいた戦略的マーケティング(生活者対応力)を再構築しなければならない。本稿では、流通企業の再設計の必要を生み出した環境変化について検討し、続いて、現在の日本と同じ状況を脱し、新しい業態やシステムを創りだし急成長している米国流通企業のパラダイムとマーケティング戦略を検討することによって、日本の流通企業の再設計のあり方を考察したい。

2. 再設計移行期の流通企業をとりまく環境と対応
再設計とは、環境諸要素の根底からの急激な地殻変動の複合作用の結果、流通企業がいままでの企業理念・行動様式では対応・適応することができないことを認識し、新しい企業パラダイムでもって自ら再構築を行うことである。ここでは、再設計の必要をもたらした環境諸要素が潜在的に変化したバブル経済期を再設計への移行前期と位置づけ、それらの変化と影響が顕在化し、流通企業が再設計に取り組み始めたバブル崩壊後を移行後期として検討する。

2―1 バブル経済期
再設計期への移行前期は、国際経済体制の変化とその変化への対応政策が「平成景気」と呼ばれる景気拡大をもたらした時期である。1985年のいわゆる「プラザ合意」による円高と、円高不況による景気後退を回避するための金融緩和政策の推進を契機として、景気は拡大へと向かった。
低金利政策をうけて、企業は積極的に資金調達し、活発に設備投資を行うとともに、価格の上昇を期待して土地や株式への投資(いわゆる、財テク)を行った。異常といえる過剰投資は実体価値とはかけ離れた資産の水膨れ現象(バブル現象)を引き起こした。
企業の活発な活動は、労働需要を増加させ、高賃金化が進み、消費者の可処分所得の著しい増加につながった。消費者は所得の増加と保有資産の高騰により、「ゆとり意識」を持ち、従来のように景気の後追いをするのではなく、旺盛な購買活動を行い、景気を先導する役割を果たすという日本形の大型消費社会を到来させたのである2) 。
来住元朗氏はこの時期の消費者の意識・行動を「うかれ消費」というキ-ワ-ドに集約し、その特徴として次の4点を示している3) 。

(1)消費の高級化の進展  

(2)高級消費の大衆化現象の進展

(3)消費の資産保有化現象 
(4)相反する多様なニ-ズの同時進行現象 
 たしかに、消費者は資産効果を背景に、生活の質的充実を実現するために多様な行動をとったが、他方では、実体を伴わない資産の水ぶくれを過信し、将来の収入増や購入商品の価値の上昇を見込んで、高額商品を購入したり、過度の消費支出を行うなど、まさに「うかれ消費」現象を示していた。多くの消費者は、オイル・ショック後の消費生活のなかで、芽生えさせ醸成しつつあった「賢い消費者」への志向を、その意識下に埋没させてしまったのである4) 。
ただ、高額商品や高級品の購入によって品質を見極める目を養い、また、円高を背景にして海外旅行を経験した消費者が内外価格差を認識し、日本の価格体系に疑問を持ったことが、バブル経済後の消費者の意識・行動の変容につながったという意味では、消費者は潜在的には学習していたといえよう。
この時期は、流通企業も内需景気が上向き、業績が伸びるなかで、旺盛で多様な消費に対応するために、積極的に設備投資を行った。とくに、百貨店は超大型店舗(巨艦店)の新設や既存店舗の増床やリニュアルを行い、内装やインテリアを豪華にし、店舗の高級化を図り、有名ブランドをインショップすることによって品揃えを充実・拡大するとともに、文化や地域活動の拠点としての役割を持たして集客能力を高めるために、コミュニティセンタ-、美術館、劇場などを併設し、「街」を形成していった。
一方では、郊外出店も盛んに行われた。地価の高騰により都心部では採算が取りにくくなったため、地価の安い郊外に大型店舗を出店し、幅広い品揃えと値頃感で、集客をはかる、ロ-ドサイドショップも展開され、ディスカウンタ-やカテゴリ-キラ-台頭の契機となったし、郊外型店舗が集積し複合施設化も図られた。超大型店や郊外における新たな商業集積の出現は、空間的競争を従来の店舗間競争の構図から広域の商業集積間競争へと転じさせた。
円高を背景として流通分野における国際化が進んだのも、この時期の特徴である。流通企業は積極的に海外進出し、店舗網をつくりあげ、輸入や開発輸入の拠点として活用するとともに、外国企業の買収や提携も行った。開発輸入によって、流通企業は価格競争力をつけ、粗利益確保を図った。また、次にのべる「規制緩和」によって、「トイザらス」をはじめとして外国流通企業が日本進出し、流通に大きな影響を与えた。
また、規模の利益を求めて、全国展開している大規模流通企業と地方の有力流通企業が資本・業務提携したり、中堅流通企業の合併などの再編成も進められた。
この時期の法的環境の変化はその後の流通構造を根幹から揺さぶるものであった。様々な法的規制が自由な競争を阻害し流通の近代化を阻んでいるとして、新行革審議会で「公的規制緩和」の検討が始められ、「90年代流通ビジョン」 (1989年6月) において規制緩和の方向がうちだされた。
規制緩和の流れを一気に加速したのは、1989年9月から始まった「日米構造協議」である。協議のなかで、米国側は「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(通称:大店法)」が米国流通企業の進出の阻害要因になっているとして、同法の撤廃を求めるとともに、リベ-ト,返品,派遣店員に代表される「日本的取引慣行」についても不公正として改善を求めた。これに対して、日本側は大店法を改正するとともに、商慣行についても「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(通称:独禁法)」の運用強化により対処することとした。わが国の政策が明治以来の保護政策から競争促進政策へと転換したのである。大店法や商慣行の問題はまさに日本の流通機構や流通制度そのもののあり方を問うものであり、その「改善」は流通業界に大変革を迫ることになり5) 、流通企業も自らの再設計に取り組まざるをえなくなった。

2―2  バブル経済崩壊後
「いざなぎ景気」につぐ長期にわたった大型景気も、急激な金融引き締め政策(公定歩合の引き上げ)によって、株価が大暴落し、続いて、地価が大幅に下落することによって、終焉をむかえ、現在まで、不況が継続している。バブル経済の崩壊によって、企業倒産が起こり、また、多くの企業で財務や肥大化していた組織の改善のために、リストラクチャリング(いわゆる、リストラ)がおこなわれ、減量経営への取り組みが始まった。そのなかで、余剰人員の削減や中高年齢者に対する退職勧奨が行われるなどし、雇用環境は一気に悪化し、雇用不安が広がった。
当然のことながら、個人消費も低迷することとなったが、その主な理由としては6) 、

(1)所得の伸びの低迷、

(2)消費者心理の冷え込みとその裏にある将来への不安、

(3)逆資産効果の影響、

   が考えられる。

 消費の低迷は消費者の価値意識の大きな変化によるものである。来住元朗氏は変化の基本的特質を「α回帰」というキ-ワ-ドで表し、「α回帰」とは、消費者の意識や行動様式が「過去に戻る」のではなく、新しい価値観・考え方にもとづいて、自己の生活を営んでいくうえでの「基本志向の再検討・再構築」を行うことであるとしている7) 。
「α回帰」の主な側面としては、「自己志向」・「価格志向」・「シンプル志向」「節約志向」などがあげられよう。これらをまとめると、他人に影響されることのない等身大の消費をめざした自律した「賢い消費者」への志向が顕在化し、より一層強まったことを示している。「賢い消費者」志向はその行動に反映され、消費者はバブル期に養った品質を見極める目で商品を確認し、納得できる価格でなければ購入しなくなった。さらに、広告に惑わされたり、他人に影響されることなく、限られた所得のなかで、無駄を排除し、自己の価値観にあう商品やサ-ビスには支出(傾斜消費)をいとわず、そのためには、充分に情報収集し、店舗の選別を行うようになった。
消費のこのような変化と、円高による内外価格差による輸入品の急増および硬直的価格を下支えしてきた各種の規制の緩和を背景として、「価格革命」と呼ぶのに相応しい低価格時代が到来した。
これらの動きは、流通企業をつうじて消費財製造企業に対する値下げ圧力となり、さらに、素材製造企業にも波及し、構造的な価格体系の修正をもたらしたのである8) 。
価格革命をリ-ドしたのは、ディスカウンタ-である。ディスカウンタ-は家電などの耐久消費財、加工食品、酒、化粧品、外食産業など、あらゆる消費分野に出現した。ディスカウンタ-に対抗するために、既存流通企業も価格の見直し、低価格化を図っている。その手段として、プライベ-ト・ブランドの商品開発に取り組んだり、開発輸入を行ったり、流通情報システムの開発を背景として製造企業との提携(製配販共同システムの構築)を進めたりしている。流通企業は消費者とのインタ-フェイス機能を持ち、消費者の需要動向を情報システムを利用して把握できることにより、製造企業より優位にたち、価格決定権を製造企業から奪いとったといえる。

ただ、低価格化によって、販売数量は増加するが、販売総額は低迷し、収益を圧迫するので、流通企業はバブル時代に肥大化した企業体質、高費用体質を改善する必要にせまられている。改善の重要課題として、業態の見直し、チェ-ン運営の効率化、新マ-チャンダイジングの開発、在庫管理の徹底などに取り組んでおり、システム化・情報化が強力な武器となっている。

低価格時代の到来は、低価格を武器とする新しい業態であるカテゴリ-キラ-、アウトレット・ストア、オフプライス・ストア、ウエアハウス(倉庫)型店舗を誕生させ、業態間競争を一層激しいものにしており、また、製配販共同システムの構築(製配販同盟)は垂直的マ-ケティング・システム間競争を招来し、競争構造をより複雑なものとしていくであろう。

さらに、新商業集積としてのパワ-センタ-(広範囲の商圏を対象とした、ディスカウンタ-やカテゴリ-キラ-の店舗の集積)の出現は空間競争を激化させている。

以上のような消費者の基本的意識・行動の変化(賢い消費者の登場)、公的規制の緩和、外国流通企業の市場参入、新商業集積の出現、情報化を軸とするロジスティクス戦略を伴った流通企業の行動様式の変化などは、流通業界の再編を促し、高価格体系に支えられてきた低生産で非効率なわが国の流通システムを、さらには、経済システムを根底から変革させることになった。

製造企業に代わって、流通企業が経済の中心の役割を果たす時が到来しているのであり、消費者・製造企業・さまざまな環境と共生するための新しい企業パラダイムを構築し、そのパラダイムにもとづいた戦略的行動を展開しなければならない。その意味で、流通企業はまさに再設計期を迎えているのである。

次節では、一時の低迷期を脱し、80年代に次々と新業態を生み出し、メガ・コンペティション時代に突入し、優勝劣敗が明らかになりつつある米国流通企業を凡例として考察することによって、わが国流通企業の再設計のための新しいパラダイムと戦略的マーケティング行動について検討する。 

3.流通企業のパラダイムとマーケティング戦略の再設計

3―1 パラダイムの転換
新しいパラダイムの構築の出発点は、消費者の位置づけの転換にある。従来、「消費者は王様である」と言いながらも、企業側の論理のなかで、消費者はプロダクト・アウトされた商品の受け手としての外生変数と見なされてきた。しかし、W.オルダーソン(Wroe Alderson)がマーケティングの古典的名書のなかで指摘したように、消費者は企業と対等の資格のもとで市場に参加し、企業のマーケティング行動の変容にたいして積極的に影響する「組織された行動体系(Organized Behavior System : OBS9) )」であると考えなければならない10) 。そのためには、流通企業は商品を購入する消費の側面だけを注目するのではなく、生活する者として消費者を把握し、その生活シーンを想定し、対応する必要がある。

OBSとしての生活者の購買行動は、生活における問題解決の手段的行動として位置づけられ、多くの購買は将来のある時点あるいは一定期間の消費に備えるべく行われるものである。しかし、生活者は現時点でも、問題解決のための品揃え(例えば、ファッション・アクセサリー生活ではワードローブ)を保有しているので、商品を購入して、既存の品揃えに付加する取揃え行動は、将来自らが期待する生活パターンを実現しようとするものである。その期待するパターンは、当然、生活者自身の価値観や選好を反映したものである11) 。

購買行動は、生活者の将来の生活空間における行動に対するニーズを写し出したものであり、流通企業から提案される生活環境提案をはじめとする様々な情報に関する探索行動としての買物行動を前提としているのである。

このように生活者の購買行動をとらえると、流通企業は生活者の問題解決のためや、生活者が期待する生活環境実現のための品揃え、すなわち、「生活者の取り揃え行動を満足させえる品揃え12) 」行動をマーケティング戦略の中心にすえなければならない。流通企業は製造企業が造りだした商品を取り揃えるのではなく、生活者の生活空間をベースとした品揃え行動へと転換していかなければならない。プロダクト・アウト発想からマーケット・イン発想へのパラダイム・チェンジが求められる、以上を図式化したものが図表3である。

マーケティングを生活者と流通企業の相互関係としてとらえると、マーケティング行動は両者の相互行為を通じて、生活者が認知したギャップを流通企業の提示する解決策(マーケティング戦略)で充足することによって、双方の価値を長期的に高めうる問題解決満足をつくる活動として定式化することができる。現在の社会では、生活者は一方で複雑で不透明な問題と、他方では単純・明確な問題とを混在的に内包しているので、問題解決満足を追求するマーケティングもそれぞれの問題に応じて様々な類型をとるであろう。そこに、流通企業の業態開発の機会があるといえよう。ただ、最終的には、生活者のニーズが既知になり、同時に流通企業の問題解決策も既知になった時に、両者は問題解決満足に到達することになる13) 。

バブル崩壊後、生活者の価値意識は本物かつ純正品(ブランド)志向と便利性志向へと変化してきている。高い価値と高いサービスを提供することによって、生活者の志向をベースとするマーケット・イン型経営を実践しなければならない。価値こそ、生活者にとって最も重要なものである。1990年代に入ると、生活者が求める価値は単なる低価格だけではなく、それにプラスした便利性価値を重視するようになった。生活者が求める便利性価値は、期待する商品が確実に入手できること、優れたサービスが受けられること、探索時間をかけずに容易に買い物を行うことである。このような生活者の価値意識の転換にたいして、流通企業はあらゆるマーケティング要素を生活者ベースの新しい方程式に組み直すことによってのみ、生活者の期待する価値を実現することができるのである。

生活者の満足を創りだす新方程式(以下、生活者対応力方程式)を構築するためには、従来のように商品や売場管理の技術論を小売業論とし14) 、運営の指標を評価の基準とする効率中心のパラダイムではなく、企業の価値である使命と企業文化を再構築し、それらを実現するための新しいマーケティングが展開されなければならない。

次項以下では、1987年に設立され、カテゴリーキラーとして米国のスポーツ用具専門店としては最高の売上高を確保しているスポーツオーソリティー(THE SPORT AUTHORITY)を1つの事例として取りあげ、どのようなパラダイムを構築し、事業が展開されているかを考察する。そして、米国流通企業の成功の共通要因を明らかにすることによって、わが国の流通企業の再設計の方向性を検討する。

3―2 次世代流通企業のパラダイムと戦略 ――スポーツオーソリティーを事例として

あらゆるスポーツシーンにおけるワードローブ(用具、アパレル、シューズ、アクセサリー)の提案をすることによって、急成長を果たしているスポーツオーソリティーを取りあげ、その革新性の中に、今後の流通企業の姿を求めてみよう。

最初に、スポーツオーソリティーの概要をみておこう15) 。この企業は1987年に設立されたスポーツ用品分野のカテゴリーキラーであり、現在、米国のスポーツ専門店としては一番の売上高を誇っている。過去3年間の業績を示したものが図表4である。一昨年、米国スポーツ専門店として初めて売上高が10億ドルを超た。

このカテゴリーキラーは一昨年8月、ジャスコとの合弁企業メガスポーツを設立し、日本に進出し、名古屋市と三重県で3店舗の営業をはじめた。2000年までに20―25店舗を開店する予定である。カナダにつぐ、海外進出であり、グローバル化戦略を展開し始めているといえる。
 スポーツオーソリティーは企業の使命として「スポーツ、レクリエーション、レジャーを志向する顧客にとって、スポーツオーソリティーが最善の選択であることを認識させる購買経験をつくりだすこと」を揚げ、これを実現するためには4つの企業文化を組み合わせる必要があるとする。

1番目は、顧客経験:最適な情報・サービス・製品を提供することによって、すべての顧客が自分のさまざまな固有の期待を完全に満たすことが出来たという購買経験を提供することによって、信頼をベースとした長期にわたるリレーションシップを作り上げること。

2番目は従業員経験:企業は、聡明で勤労意欲が高く業務達成への強い意志を持った従業員が育つようなサポート体制を準備するとともに、報酬も含めて、従業員が楽しく働ける環境づくりを行うこと。

3番目は運営の質の向上:より効率的で、効果的で、柔軟で、迅速な便利性を生み出すとともに品質を重視した体制にするために、継続的にシステム、プロセス、手順を改善することによって、運営および品揃え環境を最適に創造していくこと。

最後が、3つの総合的結果としての財務成果:継続的に費用を削減しながら、長期的に売上額を最大にし、投資収益率を改善すること。

スポーツオーソリティーがこのような使命・企業文化を実現するために展開している戦略的マーケティングは以下のようなものである。

スポーツオーソリティーの成功は、生活者の価値を映し出したスポーツ市場の動向を的確に把握して品揃えしてきたことと、消費者ニーズの変化を正しく予測していたことから始まっている。1980年代の米国のスポーツ用品の売上シェアを見ると、中頃までは用具の売上シェアが高いが、88年には用具とアパレルの売上が同じくらいになり、シューズ関連が20%となっている。スポーツ用品市場は用具を中心とした時代から、アパレルとシューズを中心とした時代へと構造変化してきた。この変化は、ナイキを始めとする用具メーカーが、文化とスポーツを結びつけることによって、スポーツに娯楽の概念を取り入れ、スポーツ以外のシーンでも使用する機会があることを提案してきたことにもあろう。

成功のもう1つの根拠は、消費者ニーズの変化の把握にある。すなわち、1980年代のモノあまり、物質中心社会から、90年代の景気後退への移行にともなって、それまでの生活様式と期待する生活様式の間にソゴ(齟齬)を知覚し、そのソゴを解決し、新たな生活様式を創造しようとした生活者の意識・行動の変化に的確に対応したことにあるといえる。

既に述べたような使命・企業文化を背景にした企業パラダイムのもと、スポーツオーソリティーはマーケティング戦略を展開する。スポーツオーソリティーが生活者の問題解決のために展開している生活者対応力方程式は次のように示すことができる。

生活者対応力=(立地・規模)×(商品・品揃え)×(価格)×(店内環境)

      (ヒューマン・サービス)×(広告)×(後方支援)         

米国での事業展開の仕組みを「世界標準」として、構成要素の組み合わせをそのままの型で日本にも導入している。日本の店舗を中心に、方程式を構成要素に分解して、どのように運営されているかを検討してみよう。

3―2―1 立地・規模

 30―40万人の商圏人口が想定される郊外型ショッピング・センターの準核店舗として出店している。売場面積は4、000―5、000m2 であり、日本の従来の大型スポーツ専門店の2―3倍の売場面積であり、この店舗規模が様々な他の構成要素の展開の基となっている。生活者が商品探査に時間をかけずに、欲しい商品が確実に手に入る店舗選択をしたいという便利性ニーズに対応したものである。消費者の取揃え行動を1カ所でカバーするというデスティネーション(目的来店性)力を発揮して、消費者動員力を高めている。

3―2―2 商品と品揃え

 商品は世界のスポーツシーンでイニシアティブを取っている有名ブランドを圧倒的ボリュームで品揃えしている。とくに、わが国では社会問題にまでなった人気の高いナイキ・ブランドを充実させ、最新モデルを展示即売する売場を1つの部門として独立させ、吸引力の強化を図っている。

日本のスポーツ専門店は店舗規模の制約から、季節によって品揃えを大幅に変更してきたが、スポーツオーソリティーでは年間をつうじて購買してもらうことを企図して、全ての種目を定番的に展開している。商品は16の部門に分けられ、1200カテゴリー、4万点をこえる店頭在庫(SKU:Store Keeping Units)で品揃えをしている、日本のスポーツ店であれば、カタログで販売しているような商品まで取揃え、生活者のジェネラルニーズだけでなくスペシャリティニーズ(自分に合った用途や機能を求め、他の代替を許さないニーズ:傾斜消費)における品揃え欲求との間にもソゴが生じないようにすることによって、消費者の信頼を得ようとしている。

3―2―3 価格

”every day fair price”、”every day low price”を目指して、消費者が納得できる価格帯で、ネームブランドをディスカウント販売し、カテゴリーキラーとしての存在理由を明確に発信している。

“every day fair price”とは、特別のディスカウントや広告による短期的セールなどの販売方法は取っていないことを意味する。顧客のもっと安くなるのではないかという不安を払拭し、日々、消費者が安心して購入できる価格政策を実践している。

また、価格保証(プライスギャランティ)を行い、他の店舗でより低価格で販売されている場合には、その販売価格に合わせることも宣言している。あわせて、返品保証も実施している。

ウエアハウス方式によって、商品の集荷や陳列・補充作業を徹底的に削減し、ローコスト経営の仕組みを創り出すことで、顧客にとって魅力のある革新的な価格で提供している。ローコスト経営の一例として、入荷作業をみてみよう。店舗の裏側の荷受け場は、トラックのアプローチに傾斜をつけることによって、トラックの荷台と店舗の床が同じレベルになるように設計されている。荷受けされた商品はフォークリフトあるいは手動式のリフトで、そのまま店頭在庫になるように仕組みがつくられている。ただし、顧客サービスを第一とするので、営業時間中は商品補充は行わず、その日の人員に応じて、開店前あるいは閉店後に短時間で行う一連のシステムを確立している。

3―2―4 店内環境(ストアレイアウトとディスプレイ)

 スポーツオーソリティーは米国で実践しているすべての標準化された方式を日本でも採用している。ストアレイアウトもディスプレイも米国のままである。

 ビジュアル化による洗練された16のショップ形式を採用し、動線はレーストラック型(口の字型)をとり、回遊性と滞留時間を計算したレイアウトをとっている。中央部にスポーツ・アパレルを配置し、それを囲む形で、費用削減のために米国から調達した3mの高さのスチール製のラックが配置してある。店舗規模が大きくなると、店内での商品探索に時間がかかるが、ウエアハウス型の高い天井を活用した高い位置にある英語で書かれた種目表示のサインによって、顧客は目的の商品群がどこに陳列されているかが、すばやく判断できるようになっている。これも消費者の便利性追求への対応である。

      3―2―5 ヒューマン・サービス

企業文化の1つとして、従業員経験があげられていることからも理解できるように、ヒューマン・サービスはスポーツオーソリティーが最も重視している要素の1つであり、新世代型のカテゴリーキラーの特徴である。1980年代の第一世代のカテゴリーキラーは簡素な内装による店舗費用の削減、郊外立地による用地費用の削減、セルフ・サービスによる人件費の削減などの各種費用の削減と、物流や在庫管理などに情報技術を活用して商品調達網を確立して、低価格と圧倒的品揃えで成長したが、ヒューマン・サービスの点は重視していなかった。

しかし、既に見たように、1990年代にはいると消費者の価値観は価格だけにとどまらなくなっている。チェーン展開において、顧客に対して個人的で親しみのあるヒューマン・サービスを維持することは困難なテーマであるが、顧客の側ではカテゴリーキラーの店舗においても高いサービスを求めている。店舗側の効率志向と消費者のニーズのソゴを埋めなければならない。

スポーツオーソリティーでは、原則的にはセルフセレクション方式を採用しているが、種目ごとに、専門知識を持ったセールスオーソリティー(販売員をこのように呼んでいる)が配置されており、詳細な商品情報や使用方法についてのコンサルティングセールスが行われている。

スポーツオーソリティーが目指しているのは、小さい専門店やプロショップが提供するサービスレベルである。

3―2―6 広告とプロモーション

スポーツオーソリティーの広告は、出店地域における自社の存在と知名度を上げること、および、有名ブランドを取り扱っていることを訴求することに集中している。この戦略が目指しているのは、初来店客を獲得することにある。一度来店してもらえば、他の革新的要素である店舗規模、品揃え、価格、サービスで消費者を圧倒することができ、顧客のストア・ロイヤリティを高め、反復購買につなげることができるという自信に裏付けされたものである。スポーツオーソリティーの広告・プロモーションは、企業のブランド化を目指したものであるといえる。

3―2―7 後方支援(商品供給体制)

 情報イノベーションを軸に全体構造をリエンジニアリングすることによって、独自のフォーマットを確立している。

商品は単品管理され、本部のコントローラーが店舗からの情報を管理し、店舗側には商品補充機能を持たせていない。店舗は販売に専念する場所と位置づけて、仕入れ機能は米国のスポーツオーソリティーが管轄し、メーカーとの交渉も米国において行われている。

スポーツ用品は世界的ブランドが多く、米国国内、カナダ、日本、英国、欧州諸国(現在計画中)へと店舗網をグローバルに拡大することによって売上シェアを高め、仕入れ機能を本部に集中させることによってグローバル・ロジスティクスを構築し、バイイングパワーを生かし、メーカーとの交渉においても優位性を保持し、規模の利益を獲得することができる。また、この販売力を背景にしたグローバル・ロジスティクスの構築による商品調達力を、各国での現地競争の武器とすることができる。

      3―2―8 まとめ

スポーツオーソリティーが消費者満足を生み出す方程式を構成する要素に分解して検討してきた。端的に要約すれば、それは4つの革新性、

     (1)店舗規模の革新性(中核的革新性)

     (2)品揃えの革新性

     (3)価格の革新性

     (4)顧客サービスの革新性

      と、それら革新性の相乗効果である。



3―3 米国流通企業の革新性の要約

前項では、1つの企業を事例としてマーケティング戦略を要素に分けてその革新性を検討したが、それは特殊な成功例ではなく、米国で急成長している流通企業にとって共通した要因でもあるといえる。共通要因を整理すると、以下のものがあげられ16)、最終目標は生活者対応力の向上にある。

立地・商品戦略:「購買場所および商品選択の利便性と快適性」

生活者にとって、市場に溢れる多種多様な商品から、自らの設計する生活シーンに最適な商品やサービスを選択するためには、膨大な時間と労力を必要とする。それらを、節約することによって、生活者の価値は一段と高められる。そこで、これまでのように低価格だけを追求するのではなく、生活者の時間と労力をセービングする仕組みと行動が流通企業に求められる。流通企業は効率を下げてでも、店舗を大型化し、圧倒的な品揃えを行い、選択のしやすいディスプレーへと行動変容したのである。効率が低下しても、生活者の求める価値を実現することによって、ストア・ロイヤリティを高め、反復購買を獲得することが企業間競争における差別的優位性を生み出すことになるのである。生活者価値視点の導入とマーケット・イン型経営への転換が図られているのである。

組織戦略:「権限委譲と情報武装」

生活者の抱える問題や欲求を具体的な商品やサービスに置き換えて、それを提案する必要があるので、最近の生活者対応力を強化する戦略では情報・組織戦略が重視されつつある。生活者との接点に位置する人(従業員)を情報武装化させ、積極的な行動を引き起こすような動機づけが行われている。今、米国で実践されているのは権限委譲である。権限委譲は地域や商圏特性を生かすため品揃え、価格決定、顧客サービスなどに関して「自由な行動」を認めるとともに、報酬体系も店舗ごとの収益に連動させることによって、動機づけを行っている。店舗での意志決定を支援するために、商品情報や顧客情報をデータベース化し、在庫管理や販売の効率化を図れるような情報システムが導入されている。また、情報システムは各店舗の情報を集約化することによって、商品調達、ロジスティクスなどで規模の経済を実現するためにも活用されている。

グローバル化戦略:「世界標準の確立」

米国においては、流通における寡占化の進展や市場規模の成熟化にともない、米国内での出店が非効率になりつつあること、事業の仕組み(生活者対応力方程式)を受け入れることが出来る市場が世界各地に登場してきたこと、現地企業が競争に打ち勝つために米国流通企業の仕組みを取り込む目的で提携を進めたことなどによって、海外進出が積極的に展開されだした。

このような仕組みの変化を整理したものが、図表5である。この仕組みこそが競争優位性を生み出す要素であり、仕組みのあり方によって多様な新業態開発や販売方法が可能となるのである。小売りの仕組みはハードな部分とソフトな部分に分けられる。ハードな部分は生活者対応式で示した要素の内で店舗に関わる部分と、仕入れ、物流、管理に関するもの、情報システムなどを含む店舗活動を支援する部分である。ハードを構成する2つの部分がシステムとして連動していることが肝心である。ソフトの部分は、ハードの部分が生活者から見てどのような価値や魅力や便利性があるかを示している。

もう一度、消費者満足を創造する生活者対応力の方程式を思い出してもらいたい。

方程式において重要なのは、その要素間の関係である。日本の流通企業のマーケティングにおいては一部にかけ算があるとしても、その関係はたし算方式であるといえよう。たし算方程式の場合であれば、構成要素の1つのレベルが低くても、全体への影響は小さいものである。しかし、かけ算方程式の場合は、構成要素の1つでもレベルが低いと、全体のベクトルは極端に小さくなる恐れがある。1つの要素が0の場合を考えれば理解できよう。他の要素がいくら優れていても、その解は0になってしまう。

米国流通企業の生活者対応力方程式ではすべての要素は掛け合わされている。これは全ての要素が生活者満足創造という解に向けて1つのベクトルとして、統合化されていることを意味しており、各要素が相乗効果を生みだし、ベクトルをより大きいものにする。しかし、各要素は静態的なものではなく動態的なものであるから、常に各要素のイノベーションを図りながら、方程式の解を求める行動こそ、現代の流通企業の戦略であるといえよう。




4. 結語にかえて

欧米先進国の成功した流通企業はつねに事業の仕組みを革新し、生活者対応力方程式を組み替え、メガ・コンペティションを勝ち抜いてきたといえる。わが国の流通企業も欧米の流通企業を模倣するだけでなく、独自の事業システムを構築し、国際競争に参加しなければならない。そのためには、以下のようなイノベーションが求められよう。

第一に、消費者を生活者として位置づけるパラダイム・チェンジが必要である。生活者を商品の受け手としてみるのではなく、流通企業と対等の資格で市場に参加しているパートナーとしてとらえ直し、生活者の価値を理解し、生活者OBSの生活シーンを分析して、シーンのなかにある問題を見いだし、解決するための新生活者対応力方程式を構築し、差別化を図らなければならない。外国の流通企業よりも日本の消費者の生活シーンをより熟知しているのは日本の流通企業である。大きな潜在購買力をもった国内での販売力を高めることが、日本の流通企業のグローバル化競争時代の流通企業の経営戦略の大前提である17) 。そのためには、顧客対応力方程式の要素のどれかをコアスキルとして競争力のアップを図らなければならないし、業態に関わりなく、いかなる困難があっても他の要素も国際競争に耐え得るレベルに引き上げなければ、国内に雪崩のごとく参入してくる欧米流通企業との競争に勝ち抜くことはできない。

第二は、事業の仕組みのグローバル化(国際標準化)である。その場合、米国流通企業の仕組みは参考になる。日本企業の最大の弱みは商品調達力(後方支援)にある。流通企業が生活者の問題解決のために行うのは品揃えである。品揃えを支えるのが商品調達力にほかならない。強力な調達力を形成するためには、物流、情報システム、評価体系までをも含めた事業の仕組み全体を再構築しなければならない。そのための基軸となるのは、ベンダーとの情報(販売動向、生活者の反応)共有化であろう。

わが国の流通は鎖国から開国へという大転換期にさしかかっている。従来のパラダイムから脱却し、新パラダイムを構築し、新顧客対応方程式を確立した流通企業だけが生き残ることができる時代が到来した。


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