☆私の海外体験1☆
私が初めて海外に行ったのは短大を卒業してまもなくのことでした。
今でこそ海外に行くのは、別になんてことないことですが、
当時は、航空運賃も高かった(ディスカウントでも、ヨーロッパまで往復20万円前後したと思います。)し、結構、勇気のいることだったかもしれません。
初めての海外は、スイスのグリンデルワルト(参考:
こちらのHP
)という町のユースホステルでのアルバイトでした。ヨーロッパでワークビザをとるのはとても難しくて、その仕事を得ることができたのは、ほんと~~~にラッキーだったと思っています。
まずは、スイスに行くことになった経緯を書きたいと思います。
短大2年の夏休みをずっと、私は小豆島のユースホステルで
ヘルパー
をしてすごしました。私はそこで、一生懸命に働きました。ものすごく忙しかったけれど、
皆と一緒に、旅人達のお世話をすることはとても楽しいことでもありました。(また、今は英語を話せる方はたくさんいらっしゃいますが、
当時はそれほどにはたくさんはいなかったので、外国人のお客様の応対などに多少重宝されていたかもしれません。)そんな私のことを、
オーナーの方が、ちょっとひいきめに見てくださったのかもしれません、その年の冬頃、グリンデルワルトで夏働く日本人を探している、ということで、私にお話を下さったのです。私は、その小豆島のユースホステルのチーフなどからも、「行くべきだ」と言われましたし、自分でも、もう行くしかないだろう、という思いを抱いていました。
その後、実は実際に行くまでにイロイロあって、直前まで本当に働けるのか?!という状態にあったのです。
でも、行くつもりでいたし、航空券もとってしまっていました。(忘れもしない大韓航空です。安かったのです。おかげでまた、ヨーロッパの帰りに、ちょっとしたハプニングがあったのですが。これはまた後ほど書くかもしれません。)スイスから書類が届くハズなのに、来ないのです。一方、航空券の出発日は近づいてきます。結局私はワークビザをもらわないまま、私はドイツのシュバルツバルド付近で日本人の奥様が経営しているというトトナウベルグ・ユースホステルスイスの連絡先と父にもらった持参金(??)○十万円を持って、スイスに旅立ってしまったのです・・・。(後から、航空券の出発日というのは延期できるのだ、というのを聞いたのですが、その時はそういう知識がなかったのです。)
成田空港では中学の時の同級生が見送ってくれました。(サーコ、ヤマ、ヒノラン、ウガさん、この場を借りてお礼を申し上げたく思います。ありがとうございました。m(__)m)
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チューリッヒに着いた時の感動はなかったですね・・・。何しろ初めての海外だったので・・・。見るもの全てものめずらしくて・・・。たしかさっそく何枚か写真つき絵葉書を買った覚えがあります。
チューリヒからオルテン、ベルン、シュピーツ、インターラーケンを経由してグリンデルワルドへ。覚書帳には「田舎に行くほどおとぎの国のようだ」と書いてあります。


