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2005年03月18日
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すっかり春めいてきた。
久しぶりに不忍池の周りを歩いてみたが、桜のつぼみはまだ固い。あと十日もすれば、今日はほころび始め、今日は三分咲き・・・という噂でもちきりになるだろうが・・・
桜より一足先に柳が芽を拭いている。数ミリの長さだが新緑の色が枝に美しい。

蘇東坡の詩の一節に「柳は緑、花は紅(くれない)の真面目(しんめんぼく)」というのがある。
これは「花は紅、柳は緑」と巷間に言い習わしてきた語順を逆にして用いたものらしいが、ただそれだけの事で、人々に新鮮な感動を与えたのは、宋代の代表的な詩人ならではの腕前だ。どちらが先になろうと事態は変わらない、などといっていると味わいを少し損ねてしまうのかも知れない。
ともあれ、うららかな春の景色を愛でながら、自然界のありとあらゆるものが、そのままで真実の世界を具現している事に、感嘆の声をあげているのである。
表現のわかりやすさから、古来多くの人々に愛唱されてきた句である。

茶道の世界でも、この句はいろいろな場面で出会う。
珠光という半ば伝説の茶人は、大徳寺の一休禅師から「そなたが茶道を通じて得た境地は、禅の悟りとまったく同じものである。」として、印可(いんか)されたと伝えられているが、その直前に珠光が唱えたのが「柳緑花紅真面目」だったという。


圜悟の墨蹟は珠光の在世当時、日本には数点あったと推測するが、いつの間にか、その時珠光が与えられたのが、国宝のいわゆる「流れ圜悟」だという説が登場する。
圜悟は『碧巌録』の著者として、禅をかじったものなら、知らぬ者とて無い、超有名人だが、その墨蹟が海難事故によって海に投げ出され、薩摩の坊の津に流れ着いたという伝説から「流れ圜悟」の異名で親しまれる事になったものである。
ご丁寧にもこの墨蹟が流れ着いたのは、この筒に収められていたからだとして、桐を刳り貫いた筒が、墨蹟と共に東京国立博物館に所蔵されている。
ところで、この墨蹟は江戸初期まで大変大きかった事が知られている。東博にあるのはその冒頭の三分の一程なのだ。現存する最古の墨蹟で、これを欲しがる人は数知れぬほどいたし、寺の財政難を救うために切断されたのである。片割れを手に入れた可能性が最も高いのは伊達政宗だが、決定的な証拠もなく、また片割れ自体も現存するのか否かも不明である。
で、その筒は現存する軸の幅しか無いのだ。つまり明らかに筒は贋物という事になる。噂が噂を呼んで、とんでもない形で語り継がれる事になったわけである。
なべて人の世は・・・

柳は緑・・・まことに自然界は真実の具現である、ふとそんな感慨にふける。





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最終更新日  2005年03月19日 05時54分02秒
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