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2005年03月22日
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おととい『碧巌録』第五則をとりあげたので、昨日は第六則をとりあげるつもりだったが、長文を書いているうちに本題に行き着けなくなってしまった。

そこで今日は第六則である。
本文にはこう書かれている。
雲門(うんもん)垂語(すいご)していわく
十五日以前は汝(なんじ)に問わず、
十五日以後、一句をいいもち来たれ。

雲門文偃(うんもんぶんえん)は唐の時代が滅びようとするころに生まれた傑僧です。西暦でいうと864年に生まれて949年に亡くなっています。
唐の滅亡は907年ですから、彼の生きた時代が大変な混乱期だったことはすぐにわかるでしょう。

彼は大変人気のある僧で、いつもたくさんの雲水が彼の周りに集まっていました。

十五日以前のことは問うまい
十五日以後について一言言ってご覧
と彼は言葉をかけます。

従来、この十五日ってなんだろう、という詮索がなされてきました。
いちばん有力なのが、七月十五日だろうという説です。

禅寺は修行の場ですから、毎日坐禅をしますが、そのほかに雑用もあります。
雑用も修行の一環として大切に行じますが、徹底的に坐禅をするのは四月十五日から七月十五日の九十日間です。
これは夏安居(げあんご)といって、インド以来の習慣です。インドでは雨季にあたって外へ出て托鉢が出来なくなるこの時期に、集中的に修行する風習がありました。
これがやがて中国に伝わります。

で、この説法は夏安居が終わる七月十五日に、これからどういう覚悟を持って修行を続けていくのか、雲水それぞれの言葉を求めているというのです。
十五日以前は汝に問わず


おそらく、たくさんの雲水がめいめい、いろんな表現で答えたでしょう。
しかし、彼らの答えは記録されていません。『碧巌録』ではそのかわりに、雲門の答えが書かれています。模範解答です。もっともこれだけが正しい答えという訳ではありません。それぞれの心に響く言葉であることが大切なのです。

雲門の答えは
日日是れ好日
でした。


仏の道に携わるものは、いたずらに過去を悔い、未来に望みを託さず、常に積極的に今日を生きることに励みなさい、と。

過去は取り返しが付きませんし、未来に理想の実現した状態を思い描くのは大事ですが、何か実際に出来るのは今このときしかありません。「未来」は「未だ来ない」ときなのですから。

日々が最上最高の日であり、かけがえの無い一日であり、今日一日を精一杯使い切ることこそ、仏の道を生きるもののあり方だ、というのです。

さらに進んで、好日を吉日の意味にとり、毎日毎日がすべて仏法を普及させ高い次元で実現するための吉日である、というふうに説法する僧侶も出てきました。

でも、この言葉はもっともっと広く解釈することが出来ます。宗教の違いさえ無視しても構わないと思いますし、宗教と無関係だって良いと思います。

たとえばセールスマンが、セールスマンとして今日一日を目いっぱい使い切ることが出来るなら、本当に充実した気持ちが得られるでしょう。
毎日毎日を充実して生きられれば、それぞれの道を極めるのは決して難しい話ではないと思います。

私も今日一日を目いっぱい使い切ってみようと思います。一緒にがんばりましょう。





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最終更新日  2005年03月23日 05時52分18秒
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