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2005年06月01日
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今朝は赤坂見附駅での人身事故のため丸の内線が一部区間不通だった。

今日は聖心女子大で非常勤講師の日。

広尾に向かうため経路変更して池袋から山手線で恵比寿まで行き、そこから日比谷線に乗換えることにした。

振替乗車券を受け取るとき、山手線で東京駅まで連れて行って欲しいと駅員に訴える声に気が付いた。白い杖をもった若い女性だった。

私とは反対方向だが同行を申し出た。

彼女の手をとって歩き始めると、「こんな忙しい時刻に自殺なんて迷惑な」とひとしきり不満を聞かされた。ごもっともと思いながら、「よほどの事情があったんでしょうね」と言うと、だったら彼女の乗らない電車でやって欲しいと言う。それもわからないでもない。

が彼女の口調にあまり棘があるのが気になった。

彼女は次に、自分が障害者で弱者であることをせつせつと訴えてきた。ああ、悲劇のヒロインと朝からお目にかかってしまった・・・・話の方向を変えたくて、私が「自分が障害者だと思う人は障害者なんだろうけれど、実はたいていの人は自分の障害に気付いていないだけです。障害は個性の一つだと考えては如何ですか?」というと「一般の人からそういう言葉を聞くと嬉しい」という返事が返ってきた。

そして「私たちは五感を使いながら毎日生活しているけれども、どの機能もフルに動員しているわけではなく、トータルで自分の考えた必要最小限を満たして、足りている気になっているだけなので、視力があるからといっても却って見るべきものを見ていないかも知れませんね。」と話すと深く頷いてくれた。



ホームがすごい混雑で、やってきた電車もぎゅうづめだったから、一台見送ることにした。

待ち時間ができたので、私が少しばかり「あしなが育英会」の広報活動の手伝いをしていること、あしなが奨学生をもっとも苦しめているのは経済的な問題ではなく、父親を自殺まで追い込む以前に自分に何か出来たのではないかという自責の念だという話をした。

いつの間にか彼女の声から棘がとれていた。そして私のことを気遣ってくれた。

今日は図書館で調べものをするために早く家を出たけれど、それは午後でも出来るから構わないと告げると、恐縮していた。

それから話は点字図書館や一昨年亡くなったその創立者の本間一夫氏のことになった。


短い時間だったけれど、結構いろいろなことをしゃべって楽しかった。

考えてみると、この半月、講義の時間を除けば、必要最小限の言葉しか用いず、もっぱら自分のこと、特に強い喪失感のことばかりに気をとられていたように思う。

彼女と話すことで、本間さんにどれだけ力づけられてきたかを思い出した。一時は自殺さえ考えた私が今日あるのは、彼からもらった一本の電話のお蔭だった。暖かいお人柄にふれるとつい嬉しくて、なんでもない事柄でもお話しを伺っていると、いつの間にか元気を頂いているのだった。私がサントリーホールのオープニングでチェンバロのリサイタルを開いたときにも最前列で楽しそうにしていて下さって、緊張している私にも微笑むゆとりを頂いた。次から次へ、本間さんの思い出が浮かんだ。ちょっとしたことでも毎回几帳面に頂戴した点字のお手紙の、短いけれど優しい文章も思い出した。そして、なんだか今日は本間さんが、落ち込んでいる私を勇気付けるために彼女に逢わせて下さったのかな、という気がしてきた。

そして、禅の話で勇気付けられて自殺を思いとどまってくれるお父さんが一人でも二人でもいたら嬉しい、これ以上あしなが奨学生を増やさないために、私の仕事を通じて出来ることはないだろうか、と考えて文春新書の話を受けたことも思い出した。

どうしてこんな事さえ忘れて半狂乱の半月を過ごしていたのだろう。

今朝の彼女や本間さんへの感謝を日記に記しておこうとコンピューターに向かっていたら、心友から電話をもらった。



その筈だったのに、彼の声を聞いた瞬間から、どんどん上機嫌になっている僕が居る。


小さい頃、何かにすねて泣いて、その後急に機嫌をなおすと、「今ないたカラスがもう笑った」と冷やかされて、囃し立てる人の意地悪に口を尖らせながら、こみ上げてくる嬉しさをどうしようもない気分を思い出した。



この半月なんだったんだろう?

今日から六月。気を取り直して仕事に励もう。

だいぶ原稿が遅れてしまって、七月末は文芸春秋社に缶詰。その前にあれこれ済ませておかなければ。






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最終更新日  2005年06月01日 21時43分36秒
コメント(10) | コメントを書く


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今晩は。  
わかすぎけん さん
コメントさせて頂くのは久しぶりです。今日のお話も「ジーン」と来る暖かいものですね。私は、幼少の頃から父の仕事が商社マンだったこともあり、中学に入るまでに海外転勤も含め10回以上引っ越ししています。大学は東京でしたが、社会人になってから転職を3度繰り返し、東京、京都、鹿児島と居を移して参りました。なにが辛かったかというと、それまで築き上げた「友人関係」をリセットすることが一番辛かったです。ネット社会になり、こちらから投げかければ、返信は届きますが、いつでも飲みに誘えるような距離にないので、やはり疎遠になってしまいますね。今、「心友」と呼べる人がいるか・・・。即答できません。残念なことですが。鹿児島に家族で移住してまだ一年半ですから、これからかもしれません。 (2005年06月02日 23時21分36秒)

続きです。  
わかすぎけん さん
実は、今日の巌雪英稜さんの日記を見て、巌雪英稜さんのもう一つのお顔をかいま見た気がして・・・。と言いますのは、

>私がサントリーホールのオープニングでチェンバロのリサイタルを開いたときにも最前列で楽しそうにしていて下さって、緊張している私にも微笑むゆとりを頂いた。

チェンバロ奏者だったんですね!
サントリーホールがオープンしたての頃、私は大学生で、グリークラブという男声合唱をやるクラブに所属していましたし、就職も、某楽器メーカーの出版部でしたので、音楽畑の仕事も結構、通算15年くらいしてました。

音楽のお話も、今度是非、お聴かせ下さい。それと、執筆活動の方、頑張って下さい。出版が楽しみですね。そういえば、昔、僕も「文春新書」の仕事をしたことあります。あー!編集の方のお名前忘れてしまった。藍川 由美さんという方が書いた文春新書「これでいいのか、にっぽんのうた」の楽譜の譜例を作ったのは、私です。確か、譜例製作の名前も載っていたと思います。懐かしい思い出です。

失礼しました。 (2005年06月02日 23時32分02秒)

Re:続きです。(06/01)  
巌雪英稜 さん
わかすぎけんさん

久しぶりのコメントありがとうございました。
水谷先生の講演を聞きに往き、それをブログに書くという事が無かったら、絶対にこうしてお知り合いになれなかった方といろいろなお話が出来るって、不思議なご縁ですね。

>チェンバロ奏者だったんですね!

僕をチェンバロ奏者と認めて下さった第一号が若杉さんです。嬉しい!!
僕はもともとオルガンを弾いていました。森有正の『バビロンの流れのほとりにて』という日記体の随筆に、やたらバッハのオルガンの話が出てきて、でも当時予備校生だった僕は(紛争のせいで大学の入試が無かったんです)小遣いも無くて、森氏が取り上げている曲をすべてレコードで確認することが経済的に不可能だったんです。なので教会へ行って楽譜とパイプオルガンを借りて、自分なりに森氏の意図をわかったつもりでいました。しばらくすると先生があらわれて本格的にオルガンを教わる事になりました。
で、しばらく教会でオルガニストを勤めていたんですが、日ごろ「愛」を口にしておられた聖職者の方が、「嫉妬」と「憎悪」の面をもあらわにされて・・・
がっかりしてミサのお手伝いも気が乗らなくなって・・・
僕も若かったというか、青かったというか・・・
今なら彼を許せますけど・・・ (2005年06月03日 02時20分57秒)

Re[1]:続きです。(06/01)  
巌雪英稜 さん
で、教会と縁が切れてしまって、やがてもともとやりたかった五山文学(鎌倉・室町時代の禅僧の文学作品です)の研究に携わることになりました。余暇にはオルガンが弾きたかったのですが、教会には行きそびれて、でも鍵盤が一段だと弾きにくい曲が多いので、チェンバロを習うことに・・・でも足鍵盤がないので結構大変なんですが、ピアノよりは楽です。そういういい加減な理由で「チェンバロ奏者?」になりました。というわけでド素人です。
サントリーホールは、これも不思議な話です。
少しだけお手伝いしていた福祉作業所の園児の方が、僕たちも普通の人がいく音楽会に行きたい、っていうので、じゃあ遊びに来てくれる?って約束しました。そしたらオープンするけど使いませんかという話がホールのほうから転がり込んで・・・
開催が決まったら、どこから噂を聞きつけたのか「貴方は大変結構なことをなさる。慈善事業に熱心で・・・」という電話がかかってきて、何とかいう団体名を名乗られたんですが、要は凄いお金持ちと勘違いされたらしくて寄付を下さい、という話でした。で、資金のゆとりがないから出来ません、というと急に怒り出して「ホールに爆弾を仕掛ける」と脅迫されたんです。ただの嫌がらせとは思いましたが警察と消防署には一応連絡しました。で、当日の僕は演奏そっちのけで、何かあったらお客様を安全に逃すことばかり考えていました。だから本間一夫さんが、ニコニコして客席に居て下さったのが、本当にありがたかったんです。 (2005年06月03日 02時46分13秒)

Re[2]:続きです。(06/01)  
巌雪英稜 さん
馬鹿話に付き合っていただいて、すみません。
リサイタルから一月ほどして、N響のメンバーと飲む機会があったんです。そしたら、中の一人が「今度お前が演奏会をやるときは絶対俺たちを呼べ、俺たちがチェンバロの音をうまく消してやるから」って言うんです。悔しかったですね。
でも怒ったら負けだと思ったので、有難うと御礼を言いました。そしたら畳み込むように曲目は何にするか、っていう話になって・・・
で、僕はブランデンブルグの5番と6番を弾くって宣言しました。僕を挑発した男は、当時セカンドヴァイオリンのトップを弾いていた人物だったんです。
5番には長いチェンバロのソロがありますし、6番は弦の最高音域がヴィオラですからね・・・
で、敵も気が付いて大爆笑、その晩はみんなで痛飲しました。
でもこんな話を一面識も無い若杉さんとすることになるなんて・・・不思議な時代に生まれ合わせたものですね。これからも良かったら与太郎の話を聴いて下さい。有難うございました。 (2005年06月03日 03時09分52秒)

心友って突然現れるのかも知れません  
巌雪英稜 さん
わかすぎけんさん
たくさんの引越し辛かったでしょうね。でもその辛いご経験が、人の痛みをわかってあげる力にもなるでしょうから、きっと心友は現れますよ!
僕の場合、まったく予期しないときに現れました。鬱病で薬物依存症の青年のことを持ち込まれて、まったくどうやって手助けしたらよいのやら途方にくれていました。
藁にもすがる思いでジェームス・スキナーという人の主催するセミナーに出席しました。去年の九月です。
そのときボランティアクルーを務めていたノベちゃんという青年が、実にさわやかで好感をもったのです。十一月にもまた僕はセミナーで彼に会いました。このセミナー、主催者がアメリカ人なので、演習の途中にときどき「ハグしなさい!」っていう命令が入るんです。男女関係なく。
(2005年06月03日 04時16分50秒)

Re:心友って突然現れるのかも知れません(06/01)  
巌雪英稜 さん
で、ノベちゃんともハグしたんですが、なんか他の人の時には感じたことがなかったんですが、心の底から「いまこの瞬間に彼に好きだって告げなさい」っていう声が聞こえた気がしたんです。でその通りにしたら、彼からも「僕もです」って言ってもらって・・・嬉しかったですね。男同士ですけど・・・あの状況でなかったら変態扱いされますよね・・・
で、最初のうち「彼を」好きだと思っていたんですが、しばらくハグしていたら「生きていて良かった」とか「生まれてきて良かった」っていう気持ちが湧き起ってきたんです。
自尊心が低いというか、欠点ばかりが目に付いてなかなか自分をすきになれなかった僕が「僕を」好きになっていたんです。
なにより彼と一緒にいると素直になれるんです。無理かなって思うことでも「やれるところまでやってみよう」という力を貰えるんです。 (2005年06月03日 04時31分15秒)

Re[1]:心友って突然現れるのかも知れません(06/01)  
巌雪英稜 さん
お互いに心友って呼んでますけど、僕は時々彼は本当は人間じゃなくてサイレントエンジェルなのかな、って思うことがあります。なかなか会えないんですけど、いよいよ僕が困っていると、ふっと現れて倒れそうな僕をそっと支えてくれるんです。だからやっぱりサイレントエンジェルが人間の姿で現れたんじゃないかと・・・
僕も彼みたいになりたいんです。残念ながら僕が彼を支える場面ってまだ無いんですが・・・
ひょっとすると生涯、僕は彼が僕にしてくれた事の恩返しを直接彼には出来ないかも知れませんね。でも彼はそれを許してくれそうな気がします。何しろサイレントエンジェルですから・・・
彼に会えたのは、僕が本当に困っていたから、彼を本当に必要としていたからだ、って思っています。
若杉さんにもきっとサイレントエンジェルはいますよ! (2005年06月03日 04時35分36秒)

Re[2]:心友って突然現れるのかも知れません(06/01)  
巌雪英稜 さん
>僕も彼みたいになりたいんです。残念ながら僕が彼を支える場面ってまだ無いんですが・・・

どんな意味で彼みたいになりたいか、っていうと、つまり・・・
彼は誰かが彼の持っているもの(主に無形のものですが)を必要としていると、何でも惜しまずに与えてしまうんです。それで与えられた人が幸福な気持ちになったり、精神的な危機を乗り越えられたりするんですが、同時に彼自身がさらに一回り大きくなっていくんです。
まあ、与えてしまえば減ってしまうような物って、実はそれほど大事なものはないですけれど・・・
でも僕みたいに自尊心が欠如していると、「こんなものは誰でも持っているから受け取って頂けないのじゃないか」とか「失礼じゃないか」って一瞬ためらうんですね。そのためらいのせいで、自分でも歯がゆいくらいにやることなすことぎこちないんです。
僕ももっともっと自然に、彼のように与える事も、受け取る事も出来るようになって、人間として成長し続けたいんです。そうしたら僕自身も幸せになれるし、僕の周りの人々も幸せにできるかな、って。
独りよがりじゃないといいんですが・・・
(2005年06月03日 16時25分05秒)

心友  
わかすぎけん さん
こんにちは、今日頂いたコメントを読み終わるか終わらないか、そんな時、不意に、私の眼一杯に涙がたまり、パソコンの画面が見えなくなってしまいました。水谷先生のブログのこともそうなんですが、自分、やはり、誰かとの「繋がり」を求めていたんだとわかったんです。間違いないと思います。私には、東京に行けば集まってくれる友人がいます。今からでも、連絡をしてみます。空間、時間を超えて、繋がると思います。「整理してきた」みたいなカッコイイ書き方をしていましたが、何かを投げかければ返してくれる人がいるのだから、こちらからアプローチするべきですよね。「距離」というものに気を取られ過ぎている自分に気がつきました。

>彼に会えたのは、僕が本当に困っていたから、彼を本当に必要としていたからだ、って思っています。
>若杉さんにもきっとサイレントエンジェルはいますよ!

そうですね。自分が気がついていないだけなのかもしれません。

それと、巌雪英稜さん、差し支えなければ、メールを交換させて下さい。私のメールアドレス書いておきます。take6ken@aqz.biz 年齢も、場所も離れているかとは存じますが、色々なお話が出来るような気がしています。では。

(2005年06月03日 16時38分22秒)

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