Not Religion But BIBLE I am 天国民

Aug 16, 2007
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カテゴリ: カテゴリ未分類
長い間お待たせしました。
すぐに答えを書こうと思いながらも
どうしても書く事が出来ず、お待たせしてしまいすみませんでした。
この数日、真剣に考えた・・。
答える事は結局新たな論争を生むだけなのではないだろうか、
単に知識欲を満たすだけであって、本当の救いに導く事ではないのではないか。
ハタマタ自分自身がその役割としてあるのか・・等など
色々な葛藤があった・・。

何度も何度も文章を書いては消した・・。

だが、やはりこの事だけは今一度自分の方向性を確認する意味でも
向き合っておきたいと思った・・。

だから質問への答えにはならないかもしれない・・。
だが、夏樹が真に神と向かい合った結果導き出された答えを
ここに記録として残しておきたいと思う。

そもそもの疑問はなんだったのか?それは、
「神は何故人間に自由意志を与えたのか?」という事で、
それに対して「神はロボットを造ったのではない」といわれるが
それがどういう事なのか?という事だ。

それは、
「神は人間と自ら愛を示す関係を持ちたかった。その為に自由意志を与えた。

大事な要素を与えた」という意味だ。

自ら愛を示す関係とはどういう関係なのだろうか?
それは愛さないという自由を与えてる状況でそれでも愛するという
選択をするという関係である。
本当の愛の実質とは、一方的に強制する事ではない。


その自由意志を悪用したのはサタンであって神ではない。
そして、自由意志で神から離反したのも神ではなく人間である。
その自由意志を使って意図的に神へ反逆することを
聖書では罪と言うのである
この時点で神を否定するのは違う・・。
否定するべきはサタンであり人間である。
もしあなたがだから神は・・と言って、サタンについていくのだとしたら、
それは大きな間違いではないだろうか?

人間社会の話が例には出ていたのでその例で話をしよう。
部下が失敗をしたら上司が責任を取るのは当然である・・・と書かれていたが。
それは当然であるかもしれない。だからこそ神は最終的には責任を取ってくれている
それが十字架である。折角責任を取ってくれているのにそれを拒否するとしたら、
それはおかしいのではないだろうか?あなたは神が責任を取るべきだと
言うのだったら、責任を取ってくれた神の方法に従うべきなのではないだろうか?
(まぁこの話はまた別の話なので、話を元に戻すが・・)

あの上司の部下は失敗したからと言って上司についていかないというのは正しいだろうか?
本当に失敗したのは部下であるのに、だからあの上司には付いていかないと
言うのは人間社会においても間違いであろう・・。
もちろん上司は上司であってそれだけの責任があるし
愛を持って部下を守らなければならない。
もしその上司に愛がなければ部下の失敗は部下の責任と言って逃げてしまうだろう。
神は愛があるからこそ、神の責任では全くないのに、
部下である人間を守ろうとしてくれている。
それが旧約聖書の長い長い神と人間の歴史の話である。
何度も何度も神は神に立ち返る事を求めている。だが人間に罪が入ってしまった今
人間の力では無理なのだ・・。たとえモーセを用いて海を割っても、
十戒を与えても、例えノアを用いて一度世界を滅ぼしても・・。
結局は人間は罪に戻っていってしまう・・。
サタンに自らの意志でついていってしまうのだ・・
もしあなたがサタンについていくのだとしたら、これと同じことである。
この世の中は黙示録の時代まで確実にサタンに支配されている世の中なのだから・・。

人間から自由を奪うことは神にとっては容易なことである・・。
だが、それは神が創ろうとした世界ではない。
神はエデンを創りたいのだから・・。

唯一約束であった「知恵の実を食べるな」という約束、
それは自分が神になるという考えを自ら捨てて神を神として生きるという意味である。
そして、それを神は今でもあなたと、私に願っている

私の話を少しさせて欲しい・・。
私は小さい頃から「正しい事」にあこがれていた
だが、自分の握っていた「正しい事」で愛する人を傷付けた。
自分の思う「正しい事」のモロさを感じた・・。
それから全く自分が選択する事に自信がなくなった・・。
それでも唯一自分の思う正しい事で生きるしかなかった・・。
その時神は愛を持って私に語ってくれた
「真実正しい事を追い求めながら何故唯一の正しい事である私を拒むのか?」と・・。
その通りだと思った。そしてわたしは天国民になった。

自分が中心の世界は何処まで行っても満たされない。
又、自分が中心の世界は本当に皆にとっても素晴らしい世界なのだろうか?
自分というちっぽけで、今まで経験したことでしか今を判断出来ない自分が
世界の中心であれるはずがない・・。
唯一世界の中心に居れるのは神だけではないだろうか?
誰が神になれるだろうか?

今日のこの日記が1人の人にでも心に届き
神と出会う為の手助けとなりますように・・。

PS 何故キリスト教の国が争うのか?という事に対してはお勧めのサイトがあって
今そちらにリンク許可を出していますので、しばらくお待ち下さい。

8・24追記
削除予定でしたが、もうしばらく、残しておくことにしました。
リンク許可まだ下りていないので、もうしばらくお待ちください。





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Last updated  Aug 24, 2007 08:13:12 AM
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Re:自由意志とは(08/16)  
おはようございます。訪問ありがとうございます。
今回、論争はしません。
人間は神に従うよりサタンに従ったほうが益があると勘違いしているのでしょうね。今の世の中そのほうが楽しいことがたくさんあると思うしね。
でも聖書には「すべての民に対してあかしをするために全世界に述べ伝えられるであろう。」とありますね。
すなわちサタンに従った人でも全世界の最後の一人にまで神は改心するチャンスを与えている。
神は寛大ですね。 (Aug 17, 2007 10:03:40 AM)

Re[1]:自由意志とは(08/16)  
夏樹2004  さん
よろずおるぐさんへ
こちらこそ、ご訪問ありがとうございます。
お答えになったのでしょうか?
よろずおるぐさんにとって少しでも神に近づく事が出来ていれば嬉しいです^^

今の世の中楽しい事はいっぱいあるように思えるかもしれませんが刹那的でなく、乾かない物は何一つこの世の中にはないとわたしは思います・・。
だからこそ、むなしい物に目を止めることを辞めて欲しい・・。1人でも多くの人にそれが一時的な快楽でしかなく、また、結局は次々と求めて行く事になり、むなしい思いをするだけだという事に気づいて欲しいとわたしは思っています・・。

サタンに従うという事の代価を知って欲しい・・

「すべての民に対してあかしをするために全世界に伸べ伝えられるであろう」という事ですが、

以前とある本に「神は愛であるから人を裁くことは最後までなさらない。人を裁くのは神ではなく自分自身の罪だ」と書かれていました・・。
今人がサタンに従っているように、結局審判の場でも人は自らサタンを選び、サタンの閉じ込められるゲヘナへと落ちていくのだ・・と

神は偉大ですし、寛大です・・ですが自ら落ちていく者は救えません・・

その事だけは言えるのではないでしょうか?

今回のよろずおるぐさんとのやり取り
とても私自身も考えさせられました。
ありがとうございました^^ (Aug 19, 2007 09:57:32 PM)

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夏樹2004 @ Re[1]:リンク^^(09/05) よろずおるぐさん こちらこそありがと…
よろずおるぐ @ Re:リンク^^(09/05) こんばんわ。 訪問していただいてありが…
夏樹2004 @ Re[1]:自由意志とは(08/16) よろずおるぐさんへ こちらこそ、ご訪問…
よろずおるぐ @ Re:自由意志とは(08/16) おはようございます。訪問ありがとうござ…
夏樹2004 @ Re:続きです(08/06) よろずおるぐさん なるほど^^ものすご…
よろずおるぐ @ 続きです ノアが信仰深く神の言葉を聴き周りからの…

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