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長い間、更新を怠っていましたが、このブログの本館「鉄道幻灯館」のGallery3に新作をアップしました。このブログでご覧いただいた作品もいくつか含めての更新です。新作とはいっても、今年のゴールデンウィークに撮影したものですから、賞味期限がギリギリかもしれませんが、よろしければご笑覧ください。
2006/06/30
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広島つながりということで、先日来、このブログの本館である「鉄道幻灯館」の掲示板に「京の鉄人」さんが昔、呉線で撮影されたC62の写真を投稿してくださっています。小屋浦付近のトンネルから勢いよく飛び出すC62 46号機の雄姿や、急行「安芸」を牽くC62の編成美がみごとに捉えられています。私も広島へは数回行っていますが、いずれも駅や運転所での撮影にとどまり、走行写真をほとんど撮っていません。この点が今となれば心残りですが、それでも現役のC62やC59を撮れただけましかな、とも思っています。というわけで、本日の「思い出の1枚」は「京の鉄人」さんに返礼の意味も込めて広島駅で撮影したC62です。呉線を通って広島駅に到着したC62 15号機が客車を側線に押し込むときの1カットです。今、この側線があったところは新幹線の駅に変わり、往時の面影は全くありません。なお、広島駅や運転所で撮った写真は「鉄道幻灯館」のGallery1にも収録していますので、よろしければ、そちらの方へもお立ち寄りください。
2006/06/29
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それにしても少なくなりましたねえ、100系新幹線。もちろん、0系も。新幹線なんていつでも見られる、と思っていたら、あっというまに駆け抜けて、今や過去帳入り寸前です。ただ、私のように大阪に住んでいると、まだ「こだま」として現役を務めている0系や100系を見ることができるので、その点がわずかな救いです。それでも「こだま」の本数自体が激減しているんですねえ。あらためて時刻表を見ると、1時間に1本というわけではなく、日中など、運行されていない時間帯もあります。まるでローカル線のダイヤを見るような思いです。というわけで、「本日の「思い出の1枚」」は先日、広島駅で撮影した絶滅危惧種(笑)の100系新幹線です。
2006/06/28
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先週末、日帰りで広島へ行ってきました。もちろん、仕事で使いますから、デジカメも持っておりました。早目に仕事が終われば、ちょっとだけ寄り道でもしようかな、という悪だくみな気持ちも秘めていたのですが、世の中そんなに甘くはありません。それに、前日の大雨で広島近辺の在来線はダイヤが乱れているというアナウンスがありましたので、あっさりとあきらめて帰ってきました。しかし、転んでもタダでは起きないのが「鉄」の習性。行きの新大阪駅と帰りの広島駅でしっかり新幹線の写真を撮影してきました。新大阪では300系と500系、700系。広島駅では100系を撮りましたので、0系を撮ればグランドスラム達成というところだったのですが、ま、そこまで望むのは贅沢というものでしょう。新大阪駅のホームで待っているときのことです。間もなく岡山行きの新幹線が到着するというころ、ホームの端で制服姿の女性が立っています。最初は交代の車掌さんかなと思っていたのですが、到着した列車から降りてきた運転士さんと何やらお話をしています。そしてしばらくすると一番前のドアから列車の中へと消えていきました。女性の運転士さんを見たのは初めてのことです。とってもカッコ良く見えました。
2006/06/27
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日和佐で撮影したあと、牟岐線でもう一箇所くらい撮影できれば、と思いながら徳島の方へ移動しました。以前一度撮影したことがあるのですが、牟岐線の新野駅と阿波福井駅の間に、お不動さんが線路のすぐ傍に立っているところがあります。その近くにはあじさいがいっぱい植えられていましたので、今の時期ならきれいになっているかも、と思い、そこへ行ってみることにしました。近所の方がたが丹精を込められているのか、あじさいの花は予想どおりきれいに咲いていました。手前に大きくあじさいを配し、サイドから気動車をねらう構図としました。あじさいの赤紫にJR四国カラーの青と白がよく似合っていると思います。
2006/06/26
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今回の帰省は、金曜に仕事が終わってから高知に向けて出発し、日曜には大阪へ帰ってくるというプチ帰省でした(土曜日に土讃線の撮影に行っているわけですから、高知の里には、ほとんどいないわけですが、ヨメさんの実家なので、ムコどのは、いても、いなくても大差ないわけです。笑)。復路の日曜は、大阪に向けて高知県と徳島県の東海岸、つまり牟岐線に沿って走行します。牟岐線の途中には日和佐という、ウミガメが産卵に訪れることで有名な町があります。また、この町には薬王寺という厄除けで信仰を集めるお寺がありますが、そこは四国第23番札所でもあるため、お遍路さんもたくさん訪れます。さらに、「鉄」にとって、このお寺の境内からは町を一望することができるため、牟岐線を撮影するのに好適な場所となっています。仏さまに失礼のないよう、お参りをしてから撮影させてもらいました。というわけで、本日の「思い出の1枚」は帰阪途中、牟岐線で撮影した、日和佐川の河口沿いを走るJR四国カラーの普通列車です。
2006/06/25
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日中はかなり強い雨が降っていたのですが、午後おそい時間帯には雨があがり、まわりの山もはっきりと見えるようになってきたため、久しぶりに俯瞰をしてみようと思い立ちました。大田口駅の近くには車で行ける俯瞰ポイントがありますので、とりあえずそこへ行くことにしました。山の上から見下ろすと、思ったとおり、クリアーに下界が見えます。以前、同じ場所へ来たときは、夏の真っ盛りで、暑い上に少し霞んだような感じだったのですが、今回は雨で空気中の汚れが洗い流されたこともあり、すっきりとしていました。このあたりはまだ棚田が残っていますので、そうした情景を取り入れながら画面を構成しました。望むらくは、「南風」がもう少し長い編成だったら、とも思うのですが、棚田の稲穂や木々の新緑がすがすがしい、いかにも日本的な情景を切り取ることができてよかったと思います。
2006/06/24
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今回は、ほぼ1年ぶりに、しかもデジ一眼を導入して初めての土讃線訪問だったので、銀塩カメラで何度も撮影しているポイントであっても再訪することにしました。週末ではありましたが、雨が降っていて天気が悪く、特に変わった列車も通らない日でしたので、鉄な方を見かけることはありませんでした。土佐岩原駅の近くでトンネル抜きをし、そのあとすぐに来る特急を土佐岩原駅構内の跨線橋で撮影したあと、さて次の特急をどうしようかと考えた結果、豊永と大田口の間で線路がS字を描いているところがあるのを思い出しました。そこは午後だと逆光になるポイントなのですが、雨が降っていますので、その点の心配は無用です。とりあえず、そこへ行ってみることにしました。午後3時半過ぎ、上りと下りの特急が相次いで通過するため、まずはS字で上り「しまんと」を撮影し、そのあとすぐに移動して下り「南風」を撮影しました。この上り「しまんと」は「南風」と併結されており、列車の長さもあるため、こうしたS字カーブにはぴったりの被写体です。イメージしたものに近い写真が撮れたように思います。
2006/06/23
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吉野川第2鉄橋で撮影したあとは車を南下させ、久しぶりに土佐岩原駅近くの踏切でトンネル抜きに挑戦しました。雨が降っているので霞んでいるかな、と思いましたが、それほどでもありませんでした。撮影ポイントに到着すると同時に踏切の鐘が鳴りはじめました。左カーブを切って、ゆっくりと特急「南風」が近づいてきます。ファインダーの中でステンレスボディが少しずつ大きくなります。胸躍る瞬間です。
2006/06/22
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先週末、高知県にプチ帰省してきました。いろいろと家庭の事情があって、高知への帰省はしばらくご無沙汰しており、気がつけば去年の7月以来の高知行きでした。というわけで、久しぶりに土讃線を駆け巡ってきました。私にとっては馴染みの場所ばかりの再訪でしたが、このブログでは土讃線の写真をあまりご覧いただいてなかったと思いますので、今日から数日間、今回土讃線ならびに牟岐線で撮影した写真をご覧いただきたいと思います。土讃線といえば、真っ先に浮かんでくるほど定番の撮影ポイントが、大歩危と小歩危の間にある吉野川第2鉄橋です。先週の土曜はあいにくの雨模様で、傘をさしながらの撮影となりましたが、しっとりと雨に濡れた木々の緑をバックにトラス橋を渡るシーンも、これはこれで捨てがたいものでした。
2006/06/21
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1969(昭和44)年7月といえば、かなり活躍の場が狭められているとはいえ、まだまだ蒸気機関車が元気だった時代です。というわけで、本日の「思い出の1枚」は、敦賀機関区で撮影したC58 278号機です。どのようにして敦賀機関区へ行ったのか、今となっては思い出せないのですが、フィルムの並びを見た限りでは、帰りの列車を待つ間、一人で訪ねていったようなのです。このときは敦賀機関区の扇形庫の中に並んでいる7両ほどのC58や、庫の外で憩う数両のC58を撮影しています。C58 278号機は庫の外に留め置かれたC58の中の1両です。1泊2日の海水浴では、いっしょに行った弟が、冗談で妹にクラゲをぶつけたところ、そのクラゲに刺されて大騒ぎをしたことなどは覚えているのですが、そのほかのことになると記憶の彼方に霞んでいます。敦賀で撮影したカットのあとには、帰路の途中、京都駅の山陰線ホームから発車していくC57牽引客車列車を車内から撮影したり、向日町の電車区を通り過ぎる際にボンネットを撮影したカットなどが並び、それで1本のフィルムが終わっています。1週間ほどに亘って37年前に撮影した1本のフィルムを解析してきましたが、1本のフィルムを延6日間、少しずつ大切に使ってきた幼きころの自分が、今となっては、ちょっぴりいとおしく感じられます。自己満足ではありますが、たまには、こうしたOld Day Tripを企画するのもいいかな、と思っています。
2006/06/20
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この週末、四国へ帰省していましたのでブログの更新ができませんでした。「ハーフサイズの思い出」シリーズをあと少しだけ続けます。今日も1969(昭和44)年7月21日の敦賀駅で撮影した写真をご覧いただきます。おぼろげな記憶なのですが、敦賀駅に着いてから少しの間、駅の構内で写真を撮っていたようなのです。先日のEF70もそうですが、そのあとに電機の重連貨物(逆光で機種が判読できませんが、おそらくEF70だと思われます)や、構内のC58などを撮影しています。そのなかの1カットが本日の「思い出の1枚」、ボンネットの特急「しらさぎ」です。ノーズのボンネット部分、こうしてアップで見ると、あらためてカッコいいですね。
2006/06/19
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7月20日のあとには翌21日に撮影したカットが続きます。ところで、1969(昭和44)年7月21日(ただし、日本時間で)といえば、人類の歴史に残る日。そう、アポロ11号が月面に着陸した日なのです。この日、わが家では敦賀の方へ海水浴に出かけることになっており、その準備のために子どもたちも朝早くから起こされていました。折しもテレビではアポロ11号が月面に降りていく様子が放送されており、子ども心にすごい瞬間だな、と思いながら画面を見たのを覚えています。宇宙船からのライブ映像というものはなく、インベーダーゲームの画面さながら、アポロ11号を示す表示がゆっくりと降下していくさまが、ピッ、ピッ、という機械音とともに映し出されていたことを記憶しています。そしてアポロ11号の着陸を確認したあと、あわただしく大阪駅に向かったのでしょう(このあたりになると記憶が曖昧です)。前日に撮影した特急「彗星」のあとに、この朝、大阪駅で撮影した福知山線のDD54牽引客車列車の写真が続いています。さらに京都駅付近で車内から撮影した蒸気機関車(C57)の写真が数枚あり、目的地の敦賀で撮影した駅撮りのカットへと続きます。というわけで、本日の「思い出の1枚」は、敦賀駅で撮影した貨物を牽引するEF70 49号機です。現在も活躍しているEF81によく似ていますが、自分がEF70を撮影していたことなど、きれいに忘れていましたから、今回、昔のネガをひっくり返し、お宝発見で、何だかとっても得をしたような気がしています。時間の経過が思わぬプレゼントをくれました。
2006/06/16
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「ハーフサイズの思い出」第3弾は、1969(昭和44)年7月20日に大阪駅で撮影した急行「立山」です。第1弾、第2弾としてご覧いただいた写真は1969(昭和44)年7月6日に西宮駅で撮影したものですが、その後、フィルムには1週間後の13日に西宮駅と夙川付近で撮影したカットが続いています。キハ82系の特急「日向・なは」、1つ目のEF60牽引貨物、急行「つくし・べっぷ」、EF65Pが牽く特急「あかつき」など、今見直しても、よくぞ撮っていたな、と、それこそ幼きわが身を褒めてやりたくなります。しかし、今と違って、駅撮りの停車写真でも精々2カットか3カットしかシャッターを押していません。しかも目的とする列車を撮影すれば、さっさと家に帰っているようです。7月20日のこの日、大阪駅で撮影しているのも、急行「立山」と特急「彗星」の2本だけです。欲がなかったと言うべきか、フィルムを買うお金がなかったと言うべきか……。最近でこそ北陸方面にも足を運ぶようになりましたが、この当時は夢のかなたにある土地でした。この「立山」と姉妹列車だったのが「くずりゅう」ですが、今でも「立山」や「九頭竜」と聞くと、この電車のカラーが思い出されます。最近、この塗装が復活したという話を聞きましたが、「立山」か「くずりゅう」のヘッドマークをつけてリバイバル運転なんぞしていただけないかしらん、と密かに思ってしまいます。
2006/06/15
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京阪神は日本の大動脈の1つですので、今でも列車の通過密度は高いのですが、今と昔を比べた場合、どちらの方がバラエティに富んでいるかといえば、急行や特急の種類が多かった分、昭和40年代半ばの方に軍配が上がるでしょうね。手元に残っているフィルムを見ても、そのことを実感します。昨日ご覧いただいた特急「彗星」と、本日ご覧いただくEF58牽引急行(だと思います)との間にフィルム数で8カットほどあるのですが、そこにはEF66 2号機が牽くコンテナ列車や急行「鷲羽」、EF15牽引貨物、急行「とも」などが写っています。本日の「思い出の1枚」はEF58 163号機が牽く急行(か?)です。列車名が不明なので、これを見てお分かりになる方がいらっしゃいましたら、ご教示くださればうれしいです。昨日のカットとほとんど撮影アングルの変わっていないあたりが、いかにも我が若き時代の写真だと思います(笑)。
2006/06/14
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手元に1本の白黒フィルムがあります。1969(昭和44)年の7月に撮影したものです。当時、中学生だった私は、親に買ってもらったハーフサイズのカメラ、オリンパスペンEE-2で思いつくまま、手当たり次第にパチパチと鉄道写真を撮っていました。「36枚撮りフィルムが72枚撮りになる」。この発想は、フィルムが貴重品であった当事の私にとって、神さまからのプレゼントのように思えたものです。今週はアトランダムに選んだフィルムの中にどんなものが残されていたのか、少しだけ振り返ってみたいと思います。題して「ハーフサイズの思い出」(品川530さん、貴HPのコーナーとちょっぴり似たタイトルになってしまいました。乞、御容赦)。これから何日間か白黒写真が続きますが、ご勘弁ください。この当時、兵庫県の西宮に住んでいた私にとって、西宮駅は定番撮影ポイントの1つでした。特に、手軽に走行写真が撮れることもあって、神戸寄りのホーム端がお気に入りの場所でした。本日の「思い出の1枚」は、西宮駅構内で撮影したEF65 500番台が牽く特急「彗星」です。72カットの初めの方に残っていることから、この列車をねらって駅に行ったのだと思います。憧れのブルートレイン。うしろにつながる20系客車がまぶしく見えたものです。
2006/06/13
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今回、たまたま引っ張り出した別府鉄道の写真ですが、ブログを書くためにネットで検索すると結構ヒットするものですね。1984(昭和59)年に廃止され、すでに22年ほどになるのですが、みなさんそれぞれの記憶の中で今もこの鉄道は生きているようです。偶然見つけた「ちょっと古い鉄道のお話」というホームページのなかに収められている廃線跡をたどるエッセイなどは、ことのほか楽しく読ませていただきました。さて、本日の「思い出の1枚」は、別府鉄道の野口線で使用されていた気動車キハ3です。別府鉄道には、野口線用の気動車として、バケットカーが2両在籍していました。バケットカーというのは、車両の前後に荷台が付いている古典的な気動車です。キハ3は元をたどると国鉄のキハニ40605で、1930(昭和5)年の日本車輌製だそうです。国鉄小海線の前進である佐久鉄道の車両で、佐久鉄道の国有化に伴い国鉄に編入されたという経歴を持っています。何度も車番を変更し、三岐鉄道を経て別府鉄道にやってきたという歴史があったことも知りました。車体の側面には荷物室の痕跡が残っています。この写真は、別府港駅にあった機関庫で撮影しました。
2006/06/12
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昨日ご覧いただいたカットを撮影したあと、その列車を別府港駅まで追いかけて撮ったのが本日の「思い出の1枚」です。貨物はすでに切り離され、機関車の機回しも終わり、次の土山行きに備えてしばしの休憩を取っているところでした。2軸客車ハフ7のオープンデッキで遊ぶ子どもの姿が、この鉄道に流れる時間のゆるやかさを象徴しているようです。24年前、小学生だったこの子たちも、今では立派なお父さんになっていることでしょうね。
2006/06/11
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別府鉄道は、別府港駅と山陽本線の土山駅とを結ぶ4.0kmの土山線と、別府港駅と高砂線(廃止)の野口駅とを結ぶ3.6kmの野口線からなり、V字型の路線を形成していました。大正10(1921)年に別府軽便鉄道として誕生した別府鉄道は、多木化学の積み出し線ならびに地元の人々の足として長い間、活躍してきましたが、1984(昭和59)年1月末に廃止されています。私が撮影に行った1982(昭和57)年当時は、DD50という凸型ディーゼル機関車がマッチ箱のようなオープンデッキの2軸客車(ハフ7)を牽いていました。土山線は貨物輸送が中心で、旅客輸送は貨物列車に客車をつけた混合列車として運行されていましたが、貨物輸送のない休日はディーゼル機関車と客車だけの編成も見られたそうです。本日の「思い出の1枚」は、土山線の混合列車です。今では撮影した場所を思い出せないのですが、このブログを書くにあたって調べてみると、どうやら別府港と中野駅の間だったようです。このころはのどかな田園地帯の中に鳥居が立っていましたが、今ではおそらく住宅街になっているでしょうね。現在の様子をご存知の方がいらっしゃったら、お教えいただきたいものです。
2006/06/10
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品川530さんのブログを拝見すると、懐かしネタが続いており、特に、地方のミニ私鉄のことに触れておられましたので、私も何かなかったかな、と探したところ、かつて加古川の近くに存在した別府鉄道の写真が出てきました。蒸機現役当時、加古川機関区(運転所?)にはC12とC11が配属され、何度か撮影に行ったことがあり、その記憶が残っていたため、大学を卒業して関西に帰ってきた折、何度か訪れたのがこの別府鉄道でした。今でも加古川とその近辺は、私にとって印象深い、良いイメージの土地として残っています。別府鉄道には気動車のほかに、マッチ箱のような客車をディーゼル機関車が牽いていたのも記憶に残っていますが、本日は気動車がテーマの日ですので、別府鉄道の気動車を本日の「思い出の1枚」としてご覧いただきたいと思います。撮影したのは1982(昭和57)年4月18日、別府港駅を発車していくキハ10 1号車です。この車両は、もとをたどれば国鉄のキハ41057号で、片上鉄道でキハ301として使用されたのち、別府鉄道に移籍されたという歴史を持っているそうです。
2006/06/09
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このブログはトップのところにも書いてあるように、一応、日替わりでテーマを決めていますが、私の気分によって、1つのネタを数日間引っ張ることが結構ありますので、必ずしも日替わりが守られているわけではありません。ま、そのあたりはあくまでも目安ということで、温かい目で見守ってくださいまし。このブログの左欄下部にカテゴリーごとに分類されたリンクボタンが設定されていますので、好きなテーマだけをご覧いただくことも可能ですが、このなかで数が少ないのは、やはり「中国蒸機」のカテゴリーです。というわけで、本日の「思い出の1枚」は久々の中国ネタ。梅雨入りを間近にひかえ、このところ急激に気温が上昇していますので、見るだけで涼しくなるような写真を選んでみました。2004(平成16)年12月28日に中国・集通鉄路のホルク駅郊外で撮影した1カットです。-20℃の気温は、蒸気機関車が吐き出す僅かな蒸気までも白い煙に変えてしまいます。左下に写っている蒸気機関車の大きさから、この1カットはかなり離れたところから撮影しているのがお分かりになると思います。この前進型蒸機は、現在、世界中で稼動している蒸気機関車の中でも最大級の蒸機です。機関車の大きさと比較しても、この煙がどれぐらい大きな広がりをもっているかが想像できると思います。しかも、画面の右隅にはもう1両別の前進型蒸機が写っています。機関区で休んでいる機関車なのですが、これまた結構な煙を上げています。久しぶりにポジを引っ張り出してみて、1年半前のこととはいえ、ファインダーいっぱいに広がった爆煙を目の当たりにできた幸せを改めて感じています。
2006/06/08
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夜が明けるのが早くなってきましたね。年とともに朝の目覚めが早くなっている「おぢさん鉄」としましては、待ちに待った“朝練”シーズンの到来というわけです。ということで、先日の日曜日、久々に淀川鉄橋へ“朝練”に行ってきました。ねらいは早朝の「きたぐに」「日本海」「銀河」です。早朝の新御堂筋がスイスイと走れましたので、いつもなら早くても40~50分はかかる自宅からの移動時間が、目的とするポイントまで30分ほどで行くことができました。ダイヤ改正が近づいているわけではなく、変わったことも予定されていない日曜日なので、「鉄人」はほとんどいないだろうと思っていたのですが、現場にはすでに20人近いファンが三脚を立てていました。思わず「今日はイベント列車が走るんだったっけ?」と思ってしまったほどですが、ねらいは私同様、早朝の下り寝台列車のようです。やはり、定番お立ち台といわれるだけのことはあります。6時46分、583系「きたぐに」通過、7時10分、トワイライト仕様機が牽く「日本海2号」通過、7時16分、「銀河」通過と、予定どおりに目的の列車を撮影できましたので、器材を撤収して家路をたどりました。本日の「思い出の1枚」は淀川鉄橋を渡り、終着の大阪駅をめざすEF65 1107号機が牽引する急行「銀河」です。
2006/06/07
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加悦SL広場にはC58 390号機とC57 189号機の2両の国鉄型蒸機も保存されています。このうちC58は北海道で働いていた機関車らしく、切詰デフが装備されています。現役時代の土地から遠く離れた場所が安住の地となっているところに数奇な運命を感じます。もう一方のC57 189号機は赤ナンバープレートをつけていますが、思わず播但線のC57 23号機を思い出してしまいました。両車とも外観に汚れがめだつのが、少し残念ですが、SL広場という場所柄、いずれきれいに整備されていくものと期待しています。
2006/06/06
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加悦SL広場には蒸気機関車をはじめとして気動車や電車、客車など、20両近い車両が展示・公開されています。国の重要文化財に指定されている2号機関車をはじめ、加悦町の文化財指定車両となっているもの11両、日本産業考古学会の産業遺産に認定されている車両が7両あり、文化遺産の博物館としても注目すべき存在だと思います。こうした取り組みには時間とお金がかかることが容易に想像できるだけに、今なお修復作業を続けながら保存活動に取り組んでいる姿勢には頭が下がります。本日の「思い出の1枚」は、SL広場の様子が分かるように、少し離れたところから撮影したカットです。ここの保存車両の中には何両かがすでに模型化されたようですが、こういうのをながめていると、模型でもいいから手元に置いておきたいと思ってしまいますよね。
2006/06/05
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昨日、両親を連れて日本海へおいしい魚を食べにいってきました。場所は丹後半島の西側に位置する網野町の近くです。豪快な舟盛りに舌鼓を打ちました。その途中、加悦町にある「道の駅」で休憩したのですが、そのそばには鉄道ファン必見の「加悦SL広場」がありましたので、「道の駅」で買い物に興ずる両親を残し、1人、歴代の名機関車を眺め、悦に入っていました。SL広場の中核となっているのは加悦駅です。駅らしく、広場へ入場するためには改札口を通ることになるのですが、その向こうにはホームが作られ、小さなマッチ箱のような客車(ハブ3)を従えた機関車(1261号機)が停まっています。改札口から見ると臨場感にあふれ、ポーという汽笛とともに、今にも走り出しそうな雰囲気です。明治か大正時代にタイムスリップしたような気がしました。
2006/06/04
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10日ほど前(5月24日)のブログに須磨浦での快速と普通電車とのすれ違いシーンをアップさせていただきましたが、本日は関西本線でのすれ違いシーンです。場所は八尾駅と志紀駅との間。大和路快速の221系は八尾駅を通過しますので、それなりのスピードが出ています。一方、普通電車の方は、八尾駅を発車してそれほど経っていないため、それほどスピードもあがっていません。どちらの列車にポイントを置くかといえば、やはり、うぐいす色の普通電車でしょうね。すれ違う一瞬のタイミングをはかってシャッターを切りました。
2006/06/03
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昨日の朝、午前7時12分に1万アクセスとなったもようです。記念すべき1万人目は「*.yournet.ne.jp」というゲストさんでした。どうもありがとうございました。大阪の北の方に住んでいるため、近畿圏とはいえ、関西本線にはあまり縁がありません。大阪環状線のオレンジ、阪和線のブルーに比べて(103系ではありませんが、同じブルーの201系が吹田近辺でもまだ走っています)、関西本線のうぐいす色に対する馴染度はグッと低くなるわけで、逆に新鮮な思いで撮影することができました。本日の「思い出の1枚」は、天王寺駅構内で撮影した関西本線のうぐいす色103系です。場所的に暗いところでしたので、流してみました。103系前面部の特徴が強調されたかな、と思っています。
2006/06/02
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このブログは今年の1月1日からスタートしたのですが、開設152目の今日、記念すべき10000アクセスを達成しそうです。ブログを始めた当初は、毎日更新できるかなと思っていたのですが、更新をお休みしたのは152日間で2日ほど。我ながら、まずまずの成績だと思います。反面、このブログの本館である「鉄道幻灯館」の新作アップがとどこおってしまうという弊害も生じました(笑)が、これからも肩の力を抜きながら更新を続けていきたいと思います。ま、大阪弁で言うところの「ボチボチいきまひょか」でおます。さて、記念日の企画をどうしようかと考えたのですが、先日、用事で大阪の八尾市へ出かけた折、行きに大阪環状線の103系(オレンジ色)、帰りには関西本線の103系(うぐいす色)に乗ることができ、途中の天王寺駅では阪和線の103系(青色)にも遭うことができましたので、それならばいっそ大阪近郊103系特集をしてみようと思い立ちました。まずは大阪駅で撮影したオレンジ色の103系です。隣りに並んでいるのは大阪駅に到着したサンダーバード。大阪環状線の103系は、いつまで続くか分からない、いわば絶滅危惧レベル3くらいの存在です(何を以ってレベルを決めているのか、よく分かりませんが……。笑)。京都線・神戸線へ207系が増備されるのに伴い、はじき出された青色の201系を大阪環状線でよく見かけるようになりました。オレンジ色の103系は、これまで大阪駅であたり前のように見てきましたが、そろそろこのあたりで一度、じっくり時間をかけて、環状線を一回りする必要がありそうです。103系第2弾は、関西本線のうぐいす色です。お昼にちょいと時間ができたので、カメラを持って線路際に立ったところへやってきた普通電車です。用事をすませ、夕方、天王寺駅についたとき、少し時間がありましたので、跨線橋を渡って阪和線のホームへ行きました。折しも夕方のラッシュ時でしたので、青色の103系が入れ替わり立ち代り出入りしていました。これにて103系3色そろい踏みと満足し、大阪にはまだまだ103系が健在だということを確認できて、ちょっぴりうれしく思いながら家路をたどりました。
2006/06/01
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