Skull Sick


 ここはとある田舎町マスラム。
 この世界で四大森林の一つといわれるハストリカの森のすぐ手前に位置する。
 規模も決して大きくはないが、木造の建物のしっかりしたつくりと、そこに住む人々の生活習慣や、優しさを見ていると、ひどく懐かしい気持ちになる。
 マスラムには、一人の医者がいた。
 この世界、この時代では、正式な医者は百人とわずかしかいない。
 そのうちの一人が、この小さな田舎町を任せられていた。
 名前は、”スカルヴァ・スースヘル”という。町の皆には、”スカルさん”と呼ばれていた。
 人も良く、皆にとても親しまれているが、医者になるための唯一の学校”カルカス医療専門校”の第六校を、カルカス校最速記録タイの四年で卒業しているA級医師だ。
 まだ医師歴二年のため、新米医師に分類されるが、このまま問題なく仕事を勤めていけば、三年後にはS級医師の資格を取れるだろう。
 つまり、天才、と呼ばれてもいいほどの素質を持っていた。
 カルカス校のお偉いさんからも、”三年後が楽しみだ”と常々言われていた。
 だが、その期待も消え失せることになった。

 とある秋の日の夕方。
 町の皆に危険を知らせるサイレンの音と鐘の音が夕焼の町にうるさく響き渡った。
「”虚ろの人”が出たぞー!」
「男は武器を持ってハストリカ前へ!女、子どもは非難しろ!」
 町はざわめいた。
 皆が逃げまどう中、スカルヴァは自分の診療所の中にいた。
 スカルヴァは綺麗な金色の髪でメガネをかけていた。ひざの辺りまである白衣を羽織ったまま、立ち上がった。
 『・・・・起きてるかい?』
 『あぁ、だがまだ少し眠い』
 スカルヴァが、心の中で誰かに言って、その誰かから返事が返ってきた。
 『”虚ろの人”か、厄介だな。この場合も僕が行くのかな?』
 『だろうな、何せお前は”医者”だ。この町を守らねばならん。だが一つ違うのは、お前が出るのではなく、俺が出るということだ』
 『そうだね。僕が行ったところで何の加勢にもならない。頼んだよ』
 『任せろ、この手の仕事は得意だ』
 スカルヴァは目をつむった。
 しばらくして、メガネを外し、その下から鋭い目が見えた。
 スカルヴァは、現実性二重人格、と言う極めて特異な体質だった。
 自分の中に、もう一人の自分がいて、だがそのもう一人の自分は、元の自分とは違う。と言う、ややこしい体質。スカルヴァの場合、昼と夜で二人の人格は交代し、表に出るのだそうだ。
 スカルヴァは奥の部屋からさやに収まった刀のようなものを持ってきた。
 だがそのさやは、二本がまとまって一つを構成していた。
 スカルヴァは診療所を出た。
 町の中は混乱の真っただなかにあった。
町の人々が逃げまどう中、スカルヴァは白衣のまま、一人反対の方向に進んでいた。
 何度かおばさんに体当たりをお見舞いされながらも、ある程度人ごみからは開放された。
「スカル兄!」
 一人の少年が話し掛けてきた。まだ10歳かそこらだろう。
「スカル兄も”虚ろの人”と戦うの?」
 少年の目には、不安と少しの涙が浮かんでいた。
『・・・・俺はこういう雰囲気は苦手だ。』
 スカルヴァが心の中で言って、別のスカルヴァを呼び出した。
 スカルヴァの目が優しくなった気がした。。
「あぁ、僕はこの町を守るために来たんだ。大丈夫、すぐに退治してくるよ。カルマも早く非難するんだ」
「・・・うん。気をつけてね」
「応援ありがとう」
 スカルヴァはそう言って、少年は走っていった。
『君も早くこういうのに慣れてよ。いちいち交代するのは疲れる』
『無理言うな』

 ハストリカの森の前には、大勢の男たちが、槍や銃などを手に、緊張の面持ちで森のほうを睨んでいた。
「”虚ろの人”はまだ来てないのかい?」
 そういったのは、スカルヴァだった。
「おお先生、また姿は現してないが、すぐ近くにいるぞ」
 町長が近づいてきて言った。
「ここは僕が何とかするよ。みんなは町の入口で待機していてくれ」
「そんな!先生一人には任せられないよ」
「大丈夫、腕には自信があるんだ。それに万が一君たちがいなくなってしまったら、町はどうなる?」
「ですが・・・・・」
「頼む」
 町長しばらく考えたが、皆に手で合図をし、町に戻るよう指示した。
「頼みましたよ。必ず、戻ってきてください」
「はい、必ず」
 そして町長も、町へ戻った。

『さあ、頼んだよ』
『久しぶりに暴れられるな。楽しみだ』
『そういうのは感心しないな』
『ふん、お前には分からないだろうよ』
『ああ、分からないね』
 スカルヴァが心の中で話している途中で、目の前の大きな木が倒れてきた。
 ”虚ろの人”。それは、”上手く人になれなかった者たち。”
 進化の過程で、少しずつ人からずれていき、最終的に全く違うモノになってしまった動物。
 彼らは人間に憧れ、そしてそれゆえに憎んでいる者が多い。
 スカルヴァの目の前のそれも同じように人を襲うのだろう。
 森の中から現れたのは、全身を赤茶けた硬そうな皮膚で覆った、巨人だった。
 三メートル近くある。
 片目は昔誰かからの攻撃を受けたのか、傷でふさがっている。
「サイクロプス!?」
 スカルヴァは、感嘆の声を上げながら、手に持っていた刀を抜いた。
 刀は、二枚の刃が十センチほど間隔を開けて、夕方の紅い光を反射していた。
 一つの刀に刃が二枚ついているという、異質な、大きな刀だった。
 スカルヴァは少し震えているようにも見えた。
 サイクロプスは、”虚ろ神”と言う上級虚ろに数えられていて、あまりの力の大きさから、全ての”虚ろ神”には賞金がかけられているほどだ。
「おもしれぇ、すぐにその無駄にデカイ体を三つに解体してやる!」
 叫びながら、スカルヴァはサイクロプスに突き進んでいった。

「やっぱり先生が心配だ・・・・・見てくる」
 スカルヴァに戻るよう言われて、もう大分時間がたったころ、町の中心辺りで町長が立ち上がって言った。
「でも先生は・・・・・」
「いいんだ。私はこの町の長だ。町を守る義務も本来私にある。先生ばかりに任せておけん」
 町長は、小ぶりなマシンガンを手に持った。
「お前達はここに残れ。万が一の事を考えてな」
「しかし・・・・」
「命令だ」
 そう言って町長は、一人森へと歩き始めた。

「せ・・・・先生!スカル先生!」
 町長が森についたとき、サイクロプスはいなくなっていた。
 代わりにその場所には、スカルヴァがひざをついて、刀を支えにうつむいていた。
 その刀は、真っ赤に染まっていた。
「先生!大丈夫ですか!?」
 町長は走って近寄った。周りにサイクロプスの姿がないのを確認してから、スカルヴァの顔を覗き込んだ。
「ああ・・・・大丈夫だ・・・・」
 顔を上げたスカルヴァの顔を見て市長は驚愕した。
 スカルヴァの、本来綺麗な青だった目は、左目だけ朱く変色していた。
 ひどく痛むらしく、本人も手で軽くおさえている。
 町長は、この現象について心当たりがあった。
 ”虚神病”。それは、虚ろ神がまれに持っている呪いのようなもので、呪いを持つものが命を絶つ直前、一番近くにいる生物に感染するという。虚神病は、感染者自体に害はないが、その周りにいる人々を、”虚ろの人”へと変貌させてしまう。
 感染者を殺しても、その際、さらに近くの者へと呪いは移るので、終わることのない、治せない、と言われていた。
「先生・・・・・」
 町長がそう言ったとき、スカルヴァは力なく立ち上がった。
「町長さん、虚神病について、ご存知ですか?」
 スカルヴァは、半分朱い目で、市長を見た。
「・・・・・・・ああ、知っているよ」
「なら、話は早い。明日、僕はこの町を、出ようと思います」
「・・・・そうか。やはり、行くのか」
 それは、虚神病にかかった人の、運命だった。
 町長はそれを知っていたので、それ以上何も聞かなかった。止めようともしなかった。
 ここで止めても、逆にスカルヴァを苦しませるだけだと言うことも、知っていたから。
「このことは、町のみんなには内緒にしていてください。みんなには、カルカスから転任要請があったと、伝えてください」
「・・・・ああ、分かった」
「ありがとうございます・・・・・・」
「皆に・・・・・さよならも言わないのか?」
「ええ・・・・・・さよならは、悲しくなりますから。・・・・それに、治療法を探して、いつか、この病を解き放てるようになったら、必ず、また戻ってきます。みんなと、また楽しく毎日を過ごすために」
「ああ、待っとるよ。皆で、ずっと待っとるから」
 最後にスカルヴァは、笑顔を見せて、町に戻っていった。
 東の空が、明るくなり始めたころだった。
 夜は完全に明けたが、まだ早い時間だ。
 辺りには誰もいない。
 夜、あんな事件があったとは思えないほど静かだった。
 朝日と、小鳥の声がすがすがしい。
 今日は快晴だろう。
 スカルヴァは、一人町を歩いていた。
 大き目のバッグを一つ背負って。大きなさやを腰に吊るして。
 町の出口にさしかかった時、後ろから声が聞こえた。
「スカル兄・・・・・・・?」
 スカルヴァは驚いて振り返った。
「カズマ・・・・・・・」
 そこにいたのは、昨日話し掛けてきた少年だった。
「どこに行くの?こんな時間に」
 スカルヴァは、急に町を出るのが寂しくなった。
「・・・・・カズマ、よく、聞くんだ」
「何?」
「僕はこれから旅に出るんだ。長い、長い旅になると思う。どのくらいかはまだ分からないけど、とにかく、果てしない旅なんだ。だから、しばらくの間、さよならなんだ」
「え?なんで?嫌だよ、行かないでよ!」
「カズマは強い。もう僕がいなくても大丈夫だ。あんまりお母さんに面倒かけるなよ。・・・・じゃあそろそろ行かないと。さようなら。またいつか、会おうな」
 スカルヴァは、最後に少年の小さな頭をクシャクシャなで、また少年に背を向けて歩き出した。
 少年の目には、何か光るものが見えたような気がした。
「・・・・スカル兄!」
 スカルヴァは歩き続けた。
 振り返らないように。前だけを見て。
「絶対!絶対に帰って来いよ!俺、医者を目指すんだ!スカル兄のような、立派な医者になるんだ!だから、いつかまた!俺が医者になった姿を見に来いよ!」
 少年は叫んだ。
 スカルヴァは、それでも振り返らずに、手を上げてそれに答えた。

 青空と風の中、少年はいつまでも、青い彼方を見続けた。

                        (c) クウアの光~世界の余白~ kariさま




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