Skull Sick~虚ろ岩~


『虚ろ蟲?』
 誰かが言った。
『ああ、そいつに刺されると、患部から特異な模様が広がってくるんだ。そして、それが全身にまわると、”虚ろの人”になってしまう』
 もう一人が言った。二人は、”同じだけど違う”そんな雰囲気だった。
『治せるのか?』
『一応ね。山の奥深くにある”虚ろ岩”を砕いてつくるんだ。だけど虚ろ岩の周りは虚ろの人がうじゃうじゃ居てね。しかもその岩、冗談みたく固いんだ』
『”オルタネート”だぞ?大丈夫だろ』
『・・・・いや正直微妙』
『・・・・俺は微妙って言葉が嫌いだ』
『そう言えばそうだったね。じゃあ急ごうか。さっき”患者”を見てきたけど結構模様が広がってた』

 ここは山のふもとの小さな町モーティル。
 人口約一千人のこの町は、まだ新米医師の僕が、初めて赴任した町だった。
 僕の名前はモルト・ルーフィス。カルカス医療専門校を九年目で卒業したばかりだ。自分でいうのも変なんだが、成績も並、クラスもD級、腕前もD級程度。だけど、子どもの頃から医者を夢見ていた僕にとって、今の生活は十分幸せだった。
 町の人々もみんな優しくて、親しみやすかった。
 農業が盛んで、小さいなりに、とても活気があって生活感のある町だった。
 だけど、そんな僕も最初の壁に突き当たった。
 それは六日前。

―「モルト先生!」
 診療所のドアを壊れんばかりの勢いで開けながら入ってきたのは、ランスだった。
 十八歳になる彼女は、何かの事情でだろう、十歳になる弟ダリムウェルとの二人暮しだった。
 ダリムウェルは、ダリムと言うあだ名で呼ばれている。
 とても仲のいい姉弟で、町のみんなからも可愛がられていた。
 彼女は気が強くて、男より男っぽい、とからかわれることもあるそうだ。
 そんな彼女が、息を切らし、汗だくになりながら弟をおぶっていた。
「先生!ダリムを、ダリムをを助けてください!」
 彼女は今にも泣き出しそうだった。
「と、とりあえずダリムを」
 ダリムをベッドに寝かせ、僕は驚いた。
 ダリムの左腕から奇妙な模様が広がっていた。
「これは・・・・虚ろ蟲に!?」
 彼女は無言でうなずいた。そしてこう続ける。
「先生、ダリムは、ダリムは助かりますよね?」
 僕は一瞬、無理だと思った。だが医者としてあるまじきその考えをすぐにかき消した。
 ダリムは、汗をびっしょりとかいて、呼吸も荒い。
 とりあえず体の汗を拭いて、それから虚ろ用の鎮静剤を打った。
 いったん落ち着いたところで別室に移動、ダリムに関しての話をした。 
「ランス、虚ろ蟲に刺された者はどうなるか、知っているか?」
「・・・・いいえ」
「患部から特殊な模様が広がっていく。そしてその模様が全身に達した時、ダリムは”虚ろの人”になる」
 それを聞いた彼女は、驚きと、悔しさと、哀しみが混ざったような表情だった。
「それで、ダリムを治すにはどうしたら!?・・・・」
「この町だとすぐ近くにヒトナ山があるね。その山の奥深くに、”虚ろ岩”があると言われている。その岩を砕いて粉末状にしてダリムに飲ませればなんとか・・・・」
「じゃあ、ダリムは治るんですね!?」
 ランスはパッと明るい顔になった。
 僕は首を横に振った。
「ダメなんだ。虚ろ岩は、虚ろの人を呼ぶ声を持ってる。だから岩の周りは、虚ろの巣だ。まず生きて帰れない」
 僕はこの時、医者としての、そして人としての自分の無力さを悔やんだ。
 そして、医者の背負うものの重さを実感した。
 なんとか治してやりたい。そんな思いが僕の心をいっぱいにした。―

 それから六日間、ランスは毎日お見舞いに来ていた。
 彼女は最初の頃よりは大分落ち着いたが、以前の彼女とは別人のような暗い顔をしていた。
 ダリムは、普段はいつもと変わらない寝顔を見せているが、数時間おきに発作が起こる。突然苦しみだし、模様が少しずつ広がっている。その繰り返しだった。
 模様は、もう体の半分以上を飲み込んだ。
 日に日に模様の広がっていくスピードが早まってきている。
 長くてあと、三日というところだろう。
 だが僕はまだ、ランスに言っていないことがあった。
「ランス、ちょっと、とても大切な話があるんだ」
「え?」
 ダリムのいる病室にある花瓶の花を取り替えていたランスは、不安げに振り向いた。
「ちょっと、来てもらえないかな」
 そう言って、彼女を別室へ呼んだ。
「ダリムは、正直、あと三日持つかどうかなんだ」
「・・・・・・」
「ここからが大事なんだ。よく落ち着いて聞いて。このままだと彼は三日目、虚ろの人になってしまう。だがそうなってしまってはもう遅い。だから、そうなってしましまう前に・・・・彼を殺さなければならない」
「っ!?・・・・なんで、なんで!?ダリムは何もしてない!ただ山で遊んでいただけ!私が、私がちゃんと注意してやれば、ダリムは山の奥へは行かなかった!・・・・本当は、本当は私が悪いのに!!」
「・・・・・・」
 彼女は突然立ち上がって、部屋のドアに向かって歩き出した。
「ど、どこに行くんだ!?」
「決ってるわ。その虚ろ岩とやらを、探してくる」
「ダメだ!!」
 僕はランスの細い腕をつかんだ。
「虚ろ岩はとても固い。君がもし見つけることができたところで、どうにもできない」
「じゃあ!―」
「僕が行こう」
 僕はなぜか、笑顔で言った。
「先生・・・・」
「だからちょっと座って。僕の話を聞いてくれ」
「・・・・はい」
 ランスをどうにか落ち着かせ、向かいがわに座らせた。
 とりあえず、僕のことを話すことにした。
「僕は、ある人に憧れて医者を目指すようになったんだ。」
 ランスは黙って話しを聞いている。続けようと思う。
「その人の名前は、スカルヴァ・スースヘルと言ってね。とても、それこそ天才と言われるくらい、優秀な人だった。その人を知ったのは、カルカスの実習テストで、たまたま僕の故郷の村に何人かの医者が来たんだ。その中に彼はいた。村はこの町よりとても小さかったから、医者なんていなかった。だから彼らはとても歓迎されたんだ。彼らの中でもスカルヴァさんは特に人気があってね。かっこいいし、腕も一流だった。そのときたまたま、飢えた虚ろの人が数十体、森から村へ押し寄せた。村のみんなが逃げまどう中、僕は見たんだ。とても大きな剣をもって、一人で虚ろの人をなぎ倒していく、彼を。彼のおかげで村は死人を一人も出さずに助かった。そんな強くて優しい彼を見て、僕は医者を目指すことにしたんだ。そして、僕は今医者としてここに居る。僕の役目は、この町の人々を守ること。君が危険を犯して山に行く必要は、どこにもない。・・・・分かってくれたかな?」
「・・・・はい」
 ランスはうつむいたままでうなずいた。
「じゃあ、今日の面会はこれまでだ。ダリムは必ず助けるから」
 そう言って、彼女を見送った。
 彼女は、安心と、少しの不安が入り混じったような表情だった。

 彼女が診療所を出て、すぐのことだった。
「先生!ダリム君が!」
「今行く!」
 看護婦があわてて叫んだ。
「―これは・・・・」
 容体が急変した。模様の広がるスピードが予想よりも速い。
 ダリムはあまりの苦しさにうなっている。
 もうこれでは三日も持たない。いや、明日一日も持つか分からない。
 外を見た。もう西の空がたいぶ紅い。
 明日の早朝、出発しようと思っていたが仕方がない。一刻も早く虚ろ岩を手に入れなければ。
 そんな気持ちが強まっていく。
「!?先生、どこへ!?」
「薬を取ってくる。明日の朝までには戻る」
 夜は虚ろの人の活動が活発になる。危険なのは百も承知だ。だが、”彼”なら患者を見捨てるようなことは絶対にしないはずだ。現にそんな彼に憧れてこの世界に入った。
 ダリムを虚ろの人なんかには、させない!

 急いで自室に戻り、大きな金庫のカギを開ける。
 真っ黒な自動式の銃を二つ取り出す。これは、死んだ父が猟師だったため、その影響で昔使っていた、相棒のロギンとキルシア。
 上手く父のように銃を扱えなかったので、しぶしぶ自動式にした記憶がある。
 だが、なかなかしっくりくるし、案外自分には合っているのかも。
 そして、奥のマガジンもある分全て持つ。
 ポケットに一つずつ詰め、残りはバッグへ。
 一応防具として、防弾チョッキを着た。
 一応ライトも持って、いよいよ住み慣れたわが家兼診療所を飛び出した。
 明日の朝、無事に帰ってこれること祈りつつ。

「くそ・・・・・」
 山に入って二十分は過ぎただろうか。もうまわりは暗闇が支配する夜だった。
 この時点ですでに二回、襲われた。
 どちらも何とか退治することはできたが、服は所々裂け、薄く皮膚を切り裂き、血がにじんでいる。
 もともと体力なんてなかったから、もう息が上がってしまっている。
 何度もくじけそうになる心を無視して、頭部に取り付けたライトの明かりだけを頼りに前を進む。
 ライトを持ってきて正解だった。
 しばらく歩いて、それに気付いた。
 暗闇にいくつも浮かぶ光。
 眼だった。
 いつの間にか、虚ろの人に囲まれている。数にして・・・・二十。
 こりゃあダメだなと思った。
 今までの人生の思い出が、走馬灯のように頭を駆け抜けた。ああ、人が死を覚悟した時ってこんな感じなんだ。と思った。
 そして走馬灯の最後に、ダリムとランスの顔が頭に浮かんだ。
 僕は自分を殴った。
 そして、右手にロギン、左手にキルシアをしっかりと握り締め、心の底から叫んだ。
「来い!相手してやる!!・・・・人間を、なめるなよぉ!!」
 僕の声に反応したように、虚ろの人はいっせいに飛びかかってきた。


 腕が四本あるもの、牙が恐ろしく長く鋭いもの、眼が三つ以上あるのもの。
 それぞれ体の構造がめちゃくちゃで、ばらばらで、醜かった。
「うおぉぉぉぉ!」
 目の前に来た二匹に連射する。
 続いて横。腕を大きく開いて、容赦なく撃ちこむ。
 横の二匹を葬った所で、弾が切れた。
 急いでマガジンを入れ替えようとした。
 後ろからデカイのが一匹迫っていた。
 ダメだ、間に合わない。
 ・・・・これまでか。
 目の前のひときわデカイ虚ろの人が、その鋭い爪を振りかぶる。
「う、うわぁぁ!」
 くそ、やっぱり僕は非力だな。子どもの頃から。
 そう思ったときだった。

 山の上のほうから、軽く円を描きながら何かが飛んできた。
 そのままそれは、目の前の虚ろに突き刺さる。
 虚ろが悲鳴をあげる。
 それは大きな刃だった。大きさは五十センチほど。
 遅れてもう一枚。今度は頭を貫いた。
 目の前の虚ろは、ドスンと倒れて動かなくなった。
 周りの虚ろが少しおじけづいたが、またいっせいに襲い掛かる。
「うわぁ!」
 今度こそダメだと思ったが、またも奇跡は起こった。
 虚ろが襲い掛かる瞬間、目の前に人が立ちはだかった。
 折れた大きな剣を持ち、軽くこちらを振り向いて、言った。
「いいもん持ってるじゃんか。ちょっと借りるぜ」
 僕は何がなんだか分からなかった。

 目を覚ました。
 窓からやわらかい朝の日差しが差し込んでいる。
 白いベッドの上。白い天上。
 起き上がろうとして、自分が全身傷だらけなのに気付いた。
 看護婦が部屋に入ってきた。
「あら、先生。目が覚めましたか」
「僕は・・・・どうしたんだ?」
 昨日の夕方、ここを飛び出して・・・・そうだ、山へ行ったんだ。
「昨日の夜遅く、私が夜勤で仕事をしていたら、突然入口のドアがノックされて・・・・」

 そこにメガネをかけた金髪の男が、僕を抱えて立っていた。そのメガネは、なぜか左目だけサングラスのように黒いレンズだったそうだ。その人は服がボロボロで、それ以上に僕もボロボロだった。彼は言った。
「この人、ここの先生だよね」
それを確認すると、ベッドの上まで僕を運び、伝言を頼んだ。
「この人が起きたら伝えてくれ。これは返すよ、とてもいい銃だ。助かった。それと、これは自由に使ってくれてかまわない」
そのときに渡されたのが、二つの黒い銃と、ひと塊の石だった。

 看護婦の話しを聞くと、そういうことらしい。
 そう言えば、山でそんな人にあったような。でも、そこからの記憶はない。
 男から渡されたものを見てみた。
 一つは、相棒のロギン、キルシアだった。
 そしてもう一つの石が
「これは・・・・虚ろ岩のかけら!」
 それを持って部屋から出たとき、丁度ランスがダリムのお見舞いに来て、そこを通りかかったところだった。
 ランスは、ボロボロの僕の体と、手の中の石を交互に見つめ。
「これで、ダリムは元気になるよ」
 僕が笑顔で言うと、いきなり抱きつかれた。

 でたらめに固いそれをどうにかこうにか粉末にして、ダリムに飲ませた。
 しばらくして、体にあった模様がみるみる薄れていき、ダリムは安らかな寝息をたてていた。
 数日後、僕はパーティに呼ばれた。
 ランスとダリム以外にも、町の人が大勢で僕を迎えてくれた。
 とても嬉しかった。
 その日は、笑顔と共終わって、最後に、またランスに抱きつかれた。
 やっぱり医者って楽しいな。いろんな意味でそう思った。
 そう言えば、僕を助けてくれた人は、名前も言わずに去って行ったらしい。
 一体何者だったんだろう。
 とにかく、心の底から感謝。


 『オルタネート、折れちゃったね』
 『ああ、また新しいの頼んで造ってもらわねえとな』
 『・・・・モズラートさん?』
 『こんなもん造れるのは世界中でもモズくらいだな。あーあ、誰かさんのわがままで大損だ』
 『あれ?君だって”そいつは今苦しんでるんだろー”とか言って、こんなボロボロになりながらも岩を手に入れてくれたんじゃかったっけ?』
 『そ、それはだな・・・・』

 彼は”二人”、道を歩き続けた。

 終

                         (c)クウアの光~世界の余白~ kariさま



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