Skull Sick ~白、そして赤との出会い~


 俺が心の中に叫ぶ。
『そろそろ着くころじゃないの?』
 すると、心の中にいる”もう一人の自分”が返してきた。
 俺は答える。
『なのに何も見えねえから焦ってるんだよ』
 立ち止まって周囲をもう一度、目を凝らして確認する。
 辺り一面真っ白だ。かなり濃い霧に覆われている。二メートル先も見えない。
 この霧は、”拒みの霧”<リフューズフォグ>と呼ばれ、一応恐れられている。
 リフューズフォグの中では、羅針盤(方位磁石)も意味をなさない。まるで霧に意思があるかのように、羅針盤の針が向きを変え、永遠に霧の中を彷徨うことになるか、運がよければ知らず知らずの間にもと来た道に戻されるからだ。
 普通ならこんな場所は死んでも来ない。
 だが、俺達は一つの目的がある。
 このリフューズフォグの中心には・・・・街があるのだ。
 霧に守られている街「ヘルクラネウム」。
 もちろん地図には載っていない。
 ヘルクラネウムの街の存在を知っている奴自体、かなり少ない。
 ヘルクラネウムの街にたどりつくには、普通の羅針盤では絶対に無理だ。
 たどりつく方法は一つ。”導きの羅針盤”<ガイドコンパス>を持っていること。
 ちなみにこいつはかなり貴重だ。
 ヘルクラネウムの存在を知ってはいるが、ガイドコンパスがないために行くことが出来ない奴もたくさんいる。
『ガイドコンパスの方向はあってる?』
『ああ。こっちでいいはずなんだが』
 もう一人の俺が尋ね、俺は手の中のかなり古びたガイドコンパスに目を向ける。
 相変わらずコンパスの黒針は俺の行く手を指している。
『もしかして・・・・壊れてる?』
『おい!せっかく俺が心の内に秘めていた不安をさらりと言うな!』
『あ、ご、ごめん』
 くそ、奴は危険な時だけ俺に任せやがる。ちょっと有名なだけの医者なくせに。
『ちっ。とりあえずこのガイドコンパスしか頼れるものがない。信じて針の指す通り進もう』


「あれ。おっかしいなー。そろそろ到着のはずなのにな」
 黒をも白く塗りつぶす霧の中、誰かが言った。
 誰かは、手の中の羅針盤を覗き込みながら歩く。
 霧にその姿が浮かび上がった。
 その血のような紅色の影が。


「・・・・・・・・あった!」
 俺は思わず大声をあげてしまった。
 あれからさらに歩いた。
 歩く時間が経つにつれて、不安も大きくなったが、やっとたどりついた。
 小さな木で出来た門に吊られた明かりを見つけたのだ。
 俺は足早に明かり目掛けて進み、そして目の前が開けた。
 急にまぶしい光に目が少しくらんだが、ゆっくりと開ける。
 そこは、間違いなくヘルクラネウムだった。
 石畳の道、そこを行き交う大勢の人々、そのざわめきと活気、道の両脇に連なるレンガの頑丈そうな建物の商店。
 上を見上げると、あれだけ濃かった霧がぷつりと途切れ、青空が見える。
 どんな原因かは分からない。
 だがここは正真正銘、霧に囲まれ、守られ、閉じ込められている街。
『ふう、これで一安心だね』
『奥に隠れてた奴が言うな。お前はこういうやばい時に限って俺に物事を押し付ける』
『・・・・すまない。僕には君のような頑丈な体や、体力もないから、君に頼るしかないんだ』
『いや真面目に謝るな。ちょっとからかっただけだ。それに目的がモズラートだからどっちにしろ体は俺でいることになる』
 そう、俺がここに来た理由は、ガナ・モズラートと言う鍛冶師に用があるからだ。
 鉞<まさかり>の鍛冶屋。
 そう呼ばれている。
 本来はガナが名前なのだが、本人はモズラートで通している。
 理由は不明。ただ単にガナという響きが嫌いなのかもしれない。
 俺はモズと呼んでいるが。
 モズは凄腕の鍛冶師だ。
 世界でも有名な”世界の修正者”<デバッガー>にもモズが造った武器を使っている奴は多い。
 デバッガーとは、人に害を及ぼす”虚ろの人”を専門に狩って生活している輩の事だ。
 虚ろの人。それは進化の過程で”上手く人になれなかった者達”のことで、人を羨み、憧れ、それ故に人を憎んでいる者がほとんどだ。
 人に対しての嫉妬心、と言ってもいい。
 俺も一応デバッガーと言う職業に分類されるのだろう。元、と言ってもいい。
『頼んでいるものは出来てるの?』
『ああ。”配達人”に手紙を出しておいたからな。多分出来ているはずだ。さっさと受け取って、早いとこ出よう』
「モズー!いるか!?」
 俺は一軒の店の前にいる。
 「モズラート鍛冶工場」入口の扉の上、壁に垂直に立った看板にはそう書かれていた。
 ヘルクラネウムに着いて、やけに人が大勢いる大通りを歩き、何度か曲がり小さな裏路地へと入る。垂直にふりそそぐ太陽の光で影がほとんどない裏路地の石畳。両脇に高く建っているレンガの家々の前で子ども達が数人で遊んでいたりした。俺には似合わない感情だが、こういう風景を見ると世界は平和だなと思ってしまう。
『平和だね』
『俺もそう思っていた。たまにはこんなのもいいかもな』
 そんな会話もありつつ、どんどん奥へと歩を進め、大通りからは大分それた居住地。
 そのすみにたたずんでいるこの鍛冶工場。
 もう少し人目につくところに建てたら、売上が確実に伸びるだろうに。
 俺は扉を開け叫んだが、中は薄暗く、棚や壁、大きな硝子のケースに入った戦闘用品がぼんやりと見える。
『やっぱりいないんじゃないの?』
『むう。だがモズの場合、常に作業場に閉じこもっているモグラみたいな奴だから、客が来ても気付かないことが多いんだ』
『でも、扉にも”CLOSED”って書いてあるし』
『・・・・・・・・。だが、俺にしてみれば奴が外出していると言うことが信じられん』
 ということでやはり叫ぶ。
「おいモズ!!いるんだろ!お前の脳みそには店番という単語がないのか!?出て来い!」
 ・・・・・・・・叫び続けて五分は経っただろうか。
「おいジジイ!!無視すんのもいい加減にしろよ!まさか頼んどいたもんが出来てねえんだろ!そうだろ!」
 あれだけ叫んでも反応がない。
 信じられないが本当に外出中なのか。
 あきらめて一歩下がり、俺は力の限り素早くしゃがみこむ。
 その瞬間、俺の頭上をこぶし二個ほどもある大きな金槌が高速で水平に通り過ぎた。
 ブォン!という空気の音が聞こえる。
 俺はしゃがんだ状態で体を高速回転させ、起き上がりざまに遠心力と体重に任せて回し蹴りを放つ!
 だが、ものの見事に空を切る。
 俺は回し蹴りの勢いが残った体をひねり、そのまま左フック!
 だが、すぐに腕で防御され、はじかれた。
 その腕の持ち主は上下黒のジャージに身をつつまれた十代半ばの少年。
 その横に、見知った顔があった。
「よお!スカルヴァ!相変わらず腕は鈍っとらんのお」
 トワール人特有の低い身長。その割りにはたくましい筋肉。ボロボロだが動きやすそうな上下濃い茶色の服。右手に持ったこぶし二つ分ほどの大きめな金槌。そして伸びきったひげをあごの少し下で束ねる小さなピンクのリボン。
「久しぶりだなモズ。三年ぶりか?そっちも、いきなりハードな挨拶だな」
「なに。お前があんまりにもジジイジジイうるさかったもんでな」
「いやあんたもう百七歳だろ。十分ジジイだと思うが」
「わしはまだまだ動けるぞい。それより立ち話もアレだ。続きは中で話そうぞ」
 そう言ってモズが中へ入る。続いて黒い少年、俺と続く。
 モズは本当に元気だ。
 いくらトワール人が他人種に比べて長寿だと言ってもモズは多分別格だ。


 店内。
 明かりがつけられ周りが鮮明に浮かび上がる。
 床や壁は石で丁寧に作られており、その頑丈さを無言で語っている。
 ただでさえ狭い店内。壁にはところせましと剣、斧、槍、盾、鎧が掛けられている。
 大きな木製の棚が二つ、等間隔に並べられ、人一人がどうにか通れるスペースをつくる。
 その大棚にも、戦闘用品がほぼ飽和状態で納められている。
 その大棚の間を抜け、奥に行くと、やっと少しは広い空間にでる。
 会計をする台があり、その奥にある扉をあけ、くぐる。
 そこは常連や取引用の接客室で、黒い高価そうなソファがテーブルをはさんで二つ向かい合っている。
 壁には等間隔に、さっきの店内のものとは質が違う武器や防具が立て掛けられてある。
 モズは奥のソファに座り、俺にも勧めたが、俺は無言で断った。
 手近にあった長剣を一つ手に取り、勝手に品定めをする。
 俺はさっきから疑問だったことを口にする。
「そこの黒いのは誰だ?」
 三年前、ここに来たときはいなかった。
 俺の左フックを完璧に防御してくれたことから、そこら辺のガキではないようだ。
 少年の方を見ると、こっちを真っ直ぐに見つめていた。
「ああ。紹介せんとな」
 モズは妙に嬉しそうな、楽しそうな、悪巧みをしているような笑顔をつくった。
「なんだよ」
「ほら、ザワ。名前くらい自分で名乗れ」
 モズはせかすように言い、少年は緊張したように小さく口を開いた。
「・・・・・・ザワール・モズラート」
「わしの弟子アンド息子だ」
 少年が名乗り、モズが得意げに言った。
 って、ちょっと待て。
「・・・・ええぇえええぇぇぇ!?」
「何もそんなに驚くことはないだろうに」
 モズが照れくさそうに頬をかきながら笑う。
 俺は驚きのあまり落としてしまった剣を拾う。
「・・・・嘘つけよ」
「いや本当のことだ」
「何でまた。と言うかお前に全然似てないぞ。ホントに息子か?こりゃあ近いうちに天変地異でも起こるな」
 俺はザワールと名乗った少年をまじまじと見る。
 うなじの辺りまで伸びた綺麗な黒髪。緊張しているのかこわばった表情をしている。だが、整った顔は中々の美形だ。全体的にスラっとした体型が黒いジャージに似合っている。だが、ひじまでまくったいるために見える腕は、十分にガッチリしている。身長がモズより頭二つ分ほどでかいのでトワール人ではないだろう。
「なに、そろそろわしも楽をしたくてな。それにわしが死んだあとはこいつが店を継いでくれるだろうよ。目下修行中。わしに似ていないのはわしが養子として連れてきたからだ。まだ修行して二年だがかなり筋がいいぞ。こやつならわしを越えてくれるだろうよ」
 相変わらずの照れ顔で言ったモズの言葉を聞いて、ザワールは少し緊張をがとれたようだ。
 モズが続ける。
「じゃあ次はそっちの番だ」
「・・・・・・・・?」
『君が名乗る番だってことだよ』
『うわ。起きてたのかよ。て言うかそういうことか』
「ああ。俺はスカルヴァ。スカルヴァ・スースヘルだ。で、こっちが」
「どうも。僕がもう一人のスカルヴァです。流れで医者をしてます。よろしく」
 突然の変化にザワールは驚きを顔の全面に出していた。
 誤解されては困るので一応説明しよう。
「まあ、驚くのも無理はないな。多分モズから軽く聞いているとは思うが、俺は一般に現実性二重人格者と呼ばれている。二重人格とか言ってやがるが俺ともう一人のヘナヘナした俺は完全に違う人物だ。だから、単純に寿命も常人の倍ある。考えてることも分からなければ、俺はもう一人の俺のことも完全に知っているわけじゃない。全くの別人と考えてくれ。と言うか頼むから一緒にしないでくれよ」
 俺は少し早口に言い、ザワールは何度もうなずいた。
 俺は手に持っていた剣を壁に戻し、左腰にさしていたさやをテーブルの上に置く。
 モズのただのオヤジの笑顔だった表情は一転し、完全に職人の顔になった。
 ザワールは俺の剣に見入っていた。
 俺の剣は、一本の剣だが刃が二つ生えている。
 一振りで敵を三つに解体できる。
「本当にオルタネートを折るとはな。こいつはわしの最高傑作のひとつだったというのに。全く、どんな扱いをしとるんだ」
 モズは柄を握り、さやから抜き出す。
 だが、刃は二本とも中ほどで無残に折れ、さやを逆さにすると残った先端が二つ、ゴトリと落ちた。
「いや、ちょっとな。諸事情というやつだ」
「こいつを諸事情で折れるあんたを尊敬するよ」
「だろ」
 とりあえず笑っておく。
 モズはオルタネートの残骸をテーブルに戻し、口を開く。
「で・・・・今回の注文についてなんだが」
「・・・・ああ」
「”二つ造ってくれ”というのはどういうことだ?」
 モズは職人の鋭い笑顔を浮かべている。久しぶりにやりがいのある仕事をした、という満足感のようなものも伺える。
「そのまんまだよ。オルタネートを折っちまったときもかなり危なかったんだぞ。あの山でやつがいなかったらどうなっていたことか」
「やつ?」
「ああ、ある小さな町の医者だ」
「・・・・ふん。まあいい。だが・・・・また”四刀流”を拝めるとは思いもしなかったな」
 モズの顔は心底愉快だと言っていた。
「俺も、我ながら少し驚いている。じゃあ、物を見せてくれ」
「ああ、ちびるなよ」
モズはザワールを引き連れて接客室を出て行った。
 しばらくして、モズは自分の低い身長よりわずかに長い、ザワールはその半分ほどの、黒い長い箱を持ってきた。
 ソファの向かいのテーブルに置く。
 ゴトリ、と言う音がした。
「開けてみろ」
 俺は言われたとおり、黒光りする箱のふたを外した。
 中には、柄があり、刃が二枚生えているのだが、白い布に覆われていて見えない。
 俺は柄を握り、ゆっくりと持ち上げる。
 オルタネートと比べると少し軽い。
 ゆっくりと白い布をはがすと、その下にあった二枚の刃が姿を現す。
 俺が天に垂直に向けた刃は真っ白く、鏡としても十分使えるくらいに表面が光沢を放っている。
 左目を黒いレンズで隠した眼鏡をかけた俺の顔が半分ほど映っている。
 俺は水平に軽く振ってみた。
 そして予想以上に手にしっくりときて、驚いた。
「ふん。驚いたろう」
 モズの方を向くと、得意げな顔で鼻を鳴らした。そして続ける。
「刀身、百二十センチ、柄も込みで百五十センチ。両刃アンチタルク合金。総重量四,五キロ。二重刃<ダブルエッジ>は造るのに苦労するんだ。ここまで来ると多分大丈夫だと思うが、早々壊さんでくれよ」
「名は?」
 俺は目を輝かせて言った。
「・・・・雨雨<アマサメ>だ」
 俺は邪悪な笑顔になるのを抑えられなかった。
「気に入った!」
「専用の筒鞄を持たす。それに入れて、肩にかけて持ち運ぶといい」
 鞄を受け取りつつ、ザワールに目を向けると、自分の胸に抱えた、雨雨(アマサメ)より少し短めの箱を抱きしめ、目を見開いてこっちを見つめていた。
 おそらく、モズの造ったダブルエッジに驚いているのだろう。
 俺と同じように。
 俺は先を急ぐ。
「もう一本は?」
「ああ。ザワ、ここに」
 モズに突然呼ばれて、急に我に帰ったザワールは急いで手の箱をテーブルに置いた。
 モズが続ける。
「聞いて驚くなよ。残りの一本は、わしではなく、ザワが造った。ちょっとした細工もしてある。これがザワの初大仕事だよ」
 モズが、自分より高い所にあるザワールの肩をポンと叩きながら言った。
「何!?ちゃんとできてんのか?」
 それを聞いてザワールは少し眉を寄せた。
 怒らせてしまったようだ。
 ザワールは箱から同じく白い布に包まれた小振りのダブルエッジを取り出し、俺に差し出す。
 俺は受け取り、丁寧に布をはがしていく。
「刀身八十センチ。全長は百十センチ。ニバス加工鉱物使用。重量四キロ」
 布をはがし終え、その下から現れたのは、雨雨(アマサメ)に比べると少し異様なものだった。
 刀身は全て黒く光り、見るからに凶暴さをかもし出している。
 そして中ほどで、刃が反り立つ爪のように飛び出していた。
 思わず見入ってしまう。
「風風<カザフ>です」
「風風(カザフ)・・・・・・これを、ホントにお前が?」
 こんなものをこの歳で造れるなら、それは多分、天才だ。
「それに施された細工はガナ爺が設計したものです。僕は、それを忠実に再現しただけです」
「・・・・驚いた。モズ、いい弟子を持ったな」
「だろう。やはりわしの見る目は正しかった。お前の時のようにな」
 モズは長く伸びた髭をかきながら笑う。
「だが、ガナ爺という呼び方はどうかな」
「それに触れるな」
 今度は俺とモズが同時に笑った。ザワールはちょこんとしていた。


 ザワールは席をはずし、俺とモズはこの三年間のことを話していた。
 丁度会話が終盤に入った頃、店の方から声がした。
「じっちゃーん!!おい!!居るんだろ!?」
 その声を聞いて、モズは不気味に笑った。
「どれ、待っていた客が来たようだ。スカルヴァ、ちょっと相手をしててくれ」
「え、あ、おい!・・・・・・・・」
 モズは俺の返事も聞かずに、さっさと接客室を出て行った。
 俺は仕方なく店の方に行く。
「じっちゃーん!聞こえてるかー!!」
 うるさい。だがやはり他の客もこういうふうに叫ぶらしい。
「うるさいな。聞こえてるよ」
 俺は狭い棚の間を慎重に進みながら言う。
 左肩にかけた雨雨(アマサメ)と右腰にさした風風(カザフ)の重みが新鮮に感じる。
 ようやく棚を抜けると、そこに立っていたのは・・・・・・子どもだった。
 染髪では表せない綺麗な赤い髪。同じく赤い両目。そして赤いジャケットに赤いズボン。
 身長は低い。モズと同じくらいだろう。さっき聞いた声の高さからして、多分十二、三歳だろう。
「あんた、誰?」
「ガナ・モズラートの代理だ」
「じっちゃんは?」
「モズの事か?やつなら何かを取りに奥に引っ込んだぞ。ところで、お前みたいな子どもがここに何のようだ?」
「子どもって言うな。僕はもうオトナだ。ここにも注文した武器をとりに来たんだ」
 注文した武器?おい、モズの野郎、こんなガキにまで武器を売るのかよ。破壊の根源、鉞<まさかり>の鍛冶屋ガナ・モズラートも堕ちたもんだ。
「大人だぁ?お前、鏡で自分の身長見たことあるか?自分の声を聞いたことはあるか?お前が大人なら、俺はとっくにジジイじゃねえか。そんな世の中は間違ってると思うが」
「とっくにオジサンじゃん」
「あ?」
 俺と赤いガキの間で、視線の火花が激しく散った。おい、相手は子どもだぞ。マジになるなよ俺。
「おいおい二人とも。喧嘩はやめい」
 割って入ったのはモズだった。手には布に包まれた剣が握られている。丁度風風(カザフ)と同じくらいの長さだ。
「じっちゃん!ねえ、コイツだれ?」
「おいモズ、このガキは誰だ?こんなガキにまで武器を作るのか?」
「ああ、お互い会うのは初めてか。じゃあ、自己紹介からはじめんとな。これからちょっと手伝ってもらうんだからな」
「手伝う?・・・・おい、手伝うってなんだ」
「そうだよじっちゃん。僕聞いてないよ?それにこんな奴と一緒なんてやだよ」
「それは俺もお断りだな」
「二人とも、わしの手伝いは出来んと言うのか?そんな奴らには今後武器を売らないというこの店の決まりは知っていて言うのか?」
「おい、そんな決まり初耳だぞ」
「だろうな。今考えたからの。それに、きっと楽しい仕事になるぞい」
「楽しい仕事?」
「なになに!?」
「知りたかったらまず両者名乗れ」
 わざわざこんなガキに名乗るのも面倒だが、モズが言う”楽しい仕事”には惹かれるものがある。モズの言う”楽しい”は、必ずどこか危険なにおいのするものが多い。そうだな、何かを狩るとかそういう仕事だと思う。
「僕はビズ。ビズ・インフィニア」
 奴が目を輝かせて名乗った。仕方ない。
「俺はスカルヴァ・スースヘルだ」
 俺が名乗ると、少ししてビズの目の輝きは違うのものに変わった。
「どうだビズ、驚いたろう。わしの数ある自慢できる常連だ」
 まあこうなるだろうとは心のどこかで想像していた。この名前は、少し、少しだけ有名すぎる。
「ホントに!?ホントにおっちゃんがあの”四つ牙<ヨツキバ>の人”なの!?」
「・・・・まあ、そうだ」
 ビズがすがるように聞いてきたから、渋々ながらも肯定した。
 どこの誰だか知らないが、結構昔に俺をそう呼んだ奴がいる。俺はあまり好かないが。
 で、俺はモズに目を向ける。
「ほら、その楽しい仕事ってのは何だ?」
「ああ。お前さんが来る少し前に、役所から呼び出しをくらってな。それであずかってきた仕事だ」
「だからなんだよ」
 モズはもったいぶるようにして言う。
「・・・・虚ろ狩りだ」
「うお、本気かよ」
「やった!久しぶりに暴れられるね!」
 俺の傍らでビズがぴょんぴょん跳ねる。
「ああ。”霧の森”に大勢の虚ろを観測できたらしい。よって、わしとお前さんとビズで掃討する。文句はないな?」
 おいおい、よりによって霧の森かよ。あそこは名前の通り濃い霧が常にただよっていて嫌いなんだよな。それに文句はある。
「おいちょっと待て。ビズもいれて大丈夫なのか?それにモズ、お前だってもういい年だろうが」
「失礼な奴だな。だが、確かにわしには以前のような力はない。だが今のわしにはザワールがおるから大丈夫じゃ。ビズにいたっては心配いらん。なんなら一度、互いの力量を試す意味もこめて練習試合なんかどうだ?」
 俺がビズと試合?こんなガキと?
「勘弁してくれよ俺は―」
「僕、おっちゃんと一回戦ってみたい!大丈夫、退屈はさせないよ」
 ビズの野郎は俺のセリフを全て言わせてくれなかった。
「決まりじゃな」


 モズラート鍛冶工場の地下、訓練場。
 小さな体育館ほどの空間で、天上も程よく高い。壁や床は岩で構成されいる。
 少し暗くて湿っぽい。
 俺はその中央に立っている。
 三メートルほどの間を空けて立つのは、白い布に包まれた剣を持つビズ。
「”火雫二式<カシズク二式>”、初披露!」
 いちいち宣言しなくてもいいだろうという俺の思考をよそに、ビズは声高々に布をはがす。
 現れたのは、刀身八十センチほどの少し幅のある片手剣。
 だが、その刀身は全体が持ち主の色同様に赤くきらめいていた。
「お前は赤ばっかりだな」
「僕の一番好きな色だから」
「だろうな」
 そう言いながら、俺は筒鞄から雨雨(アマサメ)を抜き、両手で持って正眼に構える。
 ビズも同じように構えるが、剣をだらりと下げ、ゆらゆらと揺らす独特の構えだった。
 ・・・・どこかで見たことがある。
 だが記憶の詮索はあとだ。
 俺はビズの赤い眼を見る。綺麗な色だ。ビズも同じように俺を見る。
「はじめえ!」
 モズが離れた入口から叫ぶ。
 と同時に俺は大きく一歩を踏み出し、雨雨(アマサメ)を振り下ろす!
 ビズは右にひらりとかわす。空を斬った二重刃は床の石を砕く。
 すぐに体勢を立て直し、右へと水平に刃を走らせる。
 ビズはこれも、一歩交代することでかわす。子どもにしては上出来な身のこなしだ。
 俺が振り切ったところでビズが一歩踏み出し、上段から真っ直ぐに火雫を振り下ろす。
 俺は雨雨(アマサメ)を手首で返し、その刃で受け止める。
 だが、予想外の事が起こった。
 俺が目の前で完璧に防いだ火雫だが、その刃から炎が放たれた!
 俺の着ていた着流しの白衣に着火。俺はすぐにビズを力で退けさせ、後方に転がりながら逃げる。大げさな回転で火も消えた。
「”発火結晶”!?」
 俺は一挙動で立ち上がりながら思わず叫んでしまった。
 思い出した。あの揺れる独特の構え。火雫二式は、発火結晶と呼ばれる鉱石で作られているのだ。
 発火結晶とは、火打ち石が限界まで凝縮されたような石で、火打ち石よりはるかに簡単な摩擦で火を放つことが出来る。
 そう。例え空気摩擦でも。
 だが、発火結晶で出来た剣を完璧にこなせるようになるには、何年もの修行が必要なはずだ。発火結晶は、その空間の気温、湿度、風向きに激しく干渉される。
 その炎を敵方向だけに上手く放てるようになるには、それこそ何十年の修行が必要だ。
 あーくそ。どうすりゃいいんだ。
あれからしばらくたったが、俺は何も出来ないでいる。
 まともにぶつかり合えば力で勝てても炎が飛んでくる。
 相手の身のこなしは完璧。直接体を狙ってもまず当たらない。
 俺は油断なく構えながらふと、ビズの後ろ―入口の辺りに立っているモズとザワールが目に入った。
 ザワールは真剣な目をしているが、モズは嘲るように笑っていた。
 カッチーン。
「こんな子どもにも勝てないのか?」
 そんなモズの声が聞こえてきそうだ。
 ああ、やってやろうじゃないか。
 俺は少しゴソゴソやってからビズに目を向ける。
 あっちが動かないのを確認してから、大またに一歩踏み出す。
 大きく振りかぶり、打ち下ろすと見せかけて左に素早く移動。
 不意を突かれたビズだが、すぐにこちらに向き直り、火雫を振り下ろす。
 俺は正面から受けてたつ。
 金属同士がこすれ合う不快な音をたて、予想通り炎が飛んでくる。
 白衣に着火、だが気にせずに力でビズを押し返す。
 もう一撃をお見舞いしてやろうと振りかぶるビズを見ながら、俺は素早く白衣を脱ぎ捨てる。体勢を低く右に移動、予定の位置に二枚の刃をもっていく。
 と、次の一瞬、反応が遅れたビズの首が雨雨(アマサメ)の切っ先に少し触れる。
 ・・・・勝負あり。
『おああぁあーー!僕の白衣がぁあー!』
『悪い。後で弁償するから』
 そう、白衣はもうほとんどが灰と化していた。
「そこまで!」
 モズが駆け寄ってくる。
 俺は雨雨(アマサメ)を下ろす。
 それまで動けなかったビズが大きくため息を吐き出す。
「っはー。おっちゃんやっぱり強いね。僕じゃ勝てないや」
「いや、お前もその年にしちゃ秀逸だ」
「二人ともよくやった。かなり激戦だったぞ」
「火雫二式もとっても調子いいよ。じっちゃん、流石だね」
「まあな。年はとっても腕はにぶらんぞい。では、二人の気が晴れたところで、虚ろ狩りに出発じゃ」
「オー!」
 ここで言っておくが、俺は虚ろ狩りなんて楽しくもなんともない。いや、それが普通なんだ。こいつらが変なだけ。
『僕の白衣が・・・・・・』
『あぁもう!分かった分かった!また買いに行きゃあいいだろうが!だから泣くな』
『じゃあここを出たら真っ直ぐに行くからね』
『”奴”は苦手なんだがな。どうしても他の服じゃダメなのか?』
『ダメ』
『何も変わらんだろうが』
『ダメなもんはダメ。それに全然着心地が違うんだから。君には分からないだろうけど』
『分からなくて結構』


 ヘルクラネウムのはずれ。
 ここまで来ると人気は全くなく、もちろん鳥の声もない。
 ただ目の前には、不気味にそびえる霧に包まれた森があるだけ。
 霧の森。その入口に俺ら四人は立っている。
 紅い剣を提げた紅い子ども、ビズ。
 二メートルはあろうかという長槍を持った黒髪の少年ザワール。
 自分の身長よりはるかにデカイ、すでに斧と呼べないような大斧を担いだ老鍛冶師モズ。
 そして俺。手には雨雨(アマサメ)を握っている。
「て言うかモズ、お前まだその斧を使ってたのかよ」
「当ったり前じゃ。この”大鉞<おおまさかり>ズウゼ”は、わしと一緒に生まれ、わしと一緒に死ぬ運命にあるからの」
「そいつはズウゼも可哀想だな」
 一応軽く馬鹿にして言ったが、ズウゼの破壊力はシャレにならない。
 一度大喧嘩して本気の決闘になったことがあったからよく分かる。
 モズにズウゼを振らせてはいけない。
 今回の虚ろどもに教えてやらねば。
 ・・・・まあ、それが分かった瞬間にあの世行きだが。
「では、どうする?分かれて行動し、各自殲滅するか?」
「僕はじゃあ、そのまま森を抜けて旅に戻るよ」
「俺もそうなるな。急用が出来ちまった」
「じゃあ決まりだ。それはそうとビズ、まだ兄さんは見つからんのか?」
「うん。噂はいろんなところで聞くんだけど・・・・」
 ビズはうつむき加減で言った。
「兄さん?お前、自分の兄を探してるのか?」
「うん。僕達は双子なんだ。でも、生まれてすぐに離れ離れになっちゃって。そうだ、おっちゃんもし見つけたら、弟が探してるって伝えてくれよ。名前は”ジギ・インフィニア”って言うんだ」
「ああ、分かった。伝えとく」
「よし、じゃあ作戦開始とするか」
「各自テキトーに虚ろをぶっ殺しながら前に進む。このどこが作戦だよ」
「立派な作戦じゃないか。一番分かりやすく、一番効果的だ」
「・・・・・・確かに、そうだな」
 みんなは笑う。
「じゃあ、僕は死の炎で敵を灰にする」
「わしは肉片の嵐を起こそう。もちろん虚ろの」
「・・・・僕は死を自覚させる間も無く首を落とそう」
「じゃあ、俺はこの森に血の雨を降らそう」
 それぞれが意気込む。
 俺は空を見る。
 午後の少し傾いた陽がふりそそぐ。ここは陽の当たる時間が極端に短い。急がないと夜になる。
 霧によってプツリと途切れた青い空。
 空が狭くても、ここは平和だ。広い空を持っているくせに争い続ける外の奴らとは違う。
 またいつか、ここに来よう。
『・・・・なあ?』
『うん?』
『・・・・いや、なんでもない』
「よっしゃ。じゃあ、またな。次に俺が来る時まで生きてろよ」
「お前はもっと優しい言葉を持っとらんのか。まあいい、次に合うときは、ザワももう少し立派になってるだろうよ」
 モズがそう言って、ザワールがはにかむ。
 モズが親父なザワールは幸せ者だろう。
 きっと良い鍛冶師になる。
「じゃあね、じっちゃん。ザワ兄も。次はジギ兄さんをつれてくるから」
「ああ、期待しとるよ」
 一通り別れの言葉も終わった。
 俺は霧の森、中央を。ビズは少し北。モズとザワールは南から突入する。
 準備は整った。
「では、また会おう!各自、作戦開始!!」
 モズの声を合図に、俺は一気に森へ突入した。
夕日。
 一面の花。
 一本の道。
 森。
 全てが紅く染まっていた。
 雲一つない。
 西の空からの赤い波が全ての色を赤に変える。
 一人。
 いや、・・・・二人か。
 何だかひどく静かだ。
 ヘルクラネウムは、俺にとって楽園過ぎる。
 ・・・・煙草吸うかな。
 俺はポケットから取出し、火をつける。
『煙草?めずらしいね』
『・・・・ああ』
 もう一人の俺の声に短く返す。
 吸った煙を吐き出し、落ち着いたところで自分の体を見る。
 ボロボロだ。
 服は所々破け、血がにじんでいる所もある。
『君、よく生きてるね』
『・・・・だろ。モズの野郎、今度あったら一発殴ってやる』
 モズの声で俺が森に入った瞬間、すでに何十と言う虚ろに囲まれていた。
 俺は死に物狂いで斬った。
 斬って斬って斬りまくった。
 多分俺が生きてきた中で四番目くらいに危険だったな。
『百五十体は斬ったね』
『ああ。そのくらいだろうな』
『ビズ君、大丈夫かな』
『・・・・大丈夫だろ。大丈夫じゃなくても俺には関係ないし』
 俺は短くなった煙草を土に押し付け、火を消す。
『うっし。行くか』
『そうだね』
 俺は鞄を背負い、雨雨(アマサメ)を肩にかけて歩き出した。
 紅い太陽に向かって。
『白衣・・・・ね?』
『ああもう。分かったって。だが俺は表には出んからな』
『彼女はそんなに嫌い?』
『なんつーか。性格的に苦手と言うか。無理』
『そっか』
 もう一人の俺は笑いやがった。
 ・・・・あ。
「あ」
 思わず声に出してしまった。
『どうしたの?』
『風風(カザフ)の仕掛けについて聞くの忘れてた!!』
『・・・・あ』
 ああもう。俺のアホ。
『・・・・まあ、いっか』
 何かもうどうでも良くなってきた。
 今はそういう気分。
『戻る?』
『いや、そんな気力も今はねえな』
『じゃあ、行こう』
『ああ。使ってみりゃ分かるだろ』
 俺は空を見上げた。
 広い広い空。
 紅い紅い空。
 俺は大きく体を伸ばす。
 いつからだろう。
 空を綺麗と感じなくなったのは。
 いつからだろう。
 空が綺麗なのは当り前と感じるようになったのは。
 そう考えて、やめた。
 ・・・・まあ、いっか。
 ―綺麗だし。


 Skull-Sick ~白、そして赤との出会い~ 終

「おいモズ、お前、銃は造らないんじゃなかったのか?」
「ああ、そうじゃ。銃は好かん。やはり武器と言えば刃物に限る」
「”ロギン”に”キルシア”。・・・・この名前に覚えは?」
「・・・・・・・・ない」
「嘘つけよ」
「・・・・な、なぜその名を知っている?」
「以前ちょっと借りた真っ黒い銃に彫ってあった。グリップの底に丁寧に”Moz”という字と共にな」
「いや、それは多分・・・・・・同名なだけでは?」
「バレバレだぞ。さっさと認めろよ」
「・・・・ロギンにキルシアは、わしが造った最初で最後の銃だ。・・・・お前も知っとるだろうが、ゼフガ・ルーフィスという男に造った」
「・・・・ゼフガっていや、有名なデバッガーじゃねえか。確か銃を使わせりゃ右に出るもんはいないとまで言われた凄腕だぞ」
「ああ、そんなゼフガも今は行方不明。死んだとまで言われておる。わしはその銃がどうなったかは知らん。スカルヴァ、お前その銃をどこで見た?」
「ちょっとな。・・・・だが、どうしてまたあんなに拒否してきた銃製作の依頼を、ゼフガのときだけ請けたんだ?」
「ゼフガはわしの造ったナイフを愛用してくれていた常連じゃからの」
「それだけか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「されは他にもなんかあるな。まあ、単純に金とかそこら辺だろ」
「・・・・・・それは秘密です」


 Another Side 『会話』 終

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