Skull Sick ~白の孤児院~


 雲は厚く、夕方と言うこともあり不気味なほどに薄暗かった。
 そして、あたりから獣の悲鳴のようなものが聞こえた。
 それは一匹や二匹と言う数ではなく、とても大勢のものだった。
「ハリス!エリス!あなた達は”家”の裏を守って!!正面は私で何とかするから!!」
「はい!」「はい!」
「くそ!こいつら何処から湧いてくるんだ!まさか、近くに”神”が来ているのか!?」
 そこで、光が一閃し、腕が一本空を舞った。
 血をまき散らしながら地面に落ちたそれは、灰色の毛で覆われ、人の倍ほどの太さのものだった。


 一方、同じ森の中。
「幌兄、今日は・・・・なんだか多くない?」
 高い声が聞こえた。声変わり前の、軽く響く男の子の声だ。
「そうですねえ。多いというよりは、絶体絶命に近いですよ」
 もう一つの声が鳴った。こちらも低いとまでは行かないが、落ち着いた少し渋めの声。
 その二人は、互いに背をあずけ、周りを取り囲む何十と言う”虚ろの人”に神経を向けていた。
「でも、最近ヒマしてたから丁度いいね。腕試し」
「ええ、私も今ワクワクしていますよ。ただ、これは最初から全力で行かないとかなり辛いですね」
「じゃあ、遠慮なく行くよ。・・・・よーい、ドン!!」


 二枚の刃が宙を裂き、首から上が二つに分かれて飛んだ。
 おかしい。いくらなんでもこの数は異常だ。
 周りに倒れる血まみれになった虚ろの人を数える。
 ・・・・・十六体。
 こいつらは皆、固く白い体毛で全身を覆われ、背丈は約二メートル。二足歩行する狼のような生物だ。いかにも人狼(ワーウルフ)だなこれは。
『この森に入ってから、ずっとこの調子だよ。おそらく”家”も襲われてるんじゃ?』
 俺の中のもう一人が話し掛けてくる。少し焦ってるな。
『ああ。だろうな。だが、きっと問題ないだろう。やつは強いんだろ?』
 俺は他人事のように返してやった。実際そうだし。
『うん。彼女は強いね。でも、この数じゃ長くは持たないと思う。急いであげてよ』
『あのなあ。実際に虚ろと戦うのはお前じゃなく俺だぞ?文句言うなよ』
『誰のせいでまた彼女に白衣をもらいに行かなきゃいけなくなったと思ってるの?』
『あー。はいはい』
 くっそ。白衣なんぞ正直どれも同じだろうが。
 こいつは変なところにこだわるからな。
 だが、大人としてあの小僧に負けるわけには行かなかったし。
 仕方ない。今はおとなしく言うことを聞こう。
 俺は子どもの背丈ほどある剣(剣と言っても、刃が平行して二枚ある、ダブルエッジと言う特注品だ) ”雨雨<アマサメ>”を肩に担いで足早に歩き出す。

 数分後。
『疲れた』
 早くも疲れてきた。
 この森は軽く坂になっていて、重たい剣を二本ぶら下げて歩くのもキツイ。
 しかもちまちまと虚ろが攻撃してくるからそっちにも神経を尖らせないといけない。
『君の自慢は体力なんじゃないの?』
『うるさいこのインテリドクターが。文句あるならあわせて十キロの剣と誰かさんの常備薬やら応急用医療器具やらを担いでバカみたいに硬い奴らを斬り刻みながら坂昇ってみろ』
『どう考えても僕の荷物より君の剣の方が重いよね』
『これは自分の身の危険を守るためだから仕方ない』
『じゃあ僕の薬と器具も体を治すために必要だね』
『俺に任せてればケガなんかしないんだよ』
『違うよ。君がケガをさせるからじゃないか』
『俺が悪者みたいに言うなよ』
 そう心の中の俺に言ったところで、木の陰から飛び出してきた虚ろを切り裂く。
 短い悲鳴と血しぶきをあげてそいつは倒れた。
 大体、こんな町外れのしかも森の中に”家”を建てるのがおかしいと思う。
 住所は一応アスタルテと言う町になっているらしいが、急いで歩いても片道数時間はかかる。
 ”ヴェアトリクス孤児院”。
 正式な名前はそうらしいが、真っ白な家から白の孤児院、または白の家と呼ばれているらしい。
 この世界に孤児は多いが、彼らを引き取る孤児院はまだまだ少ない。
 ここの近辺はまだ良い方だが、酷い所になると、孤児院でも面倒を見切れず、引き取ることすら出来ないという。
 彼女、セフィロト・ヴェアトリクス(俺達はセフィと呼ぶ)はそんな子ども達を一人でも救いたいと、何年か前に孤児院を開いたらしい。
 それなりに楽しくやっているようだ。
 そいつのところに白衣をもらいに来たのだが、つい最近、アスタルテ周辺に大勢の虚ろの人が出没するようになったと言う。
 タイミング悪すぎだ。
 町は警備隊が何とか守っているらしいが、数が多くてらちが開かないという。
 出没する虚ろが皆同じ姿の事から、どこかの一族だろう。
 虚ろの人にも族というのはある。
 それは、一体の虚ろ神が長い時間をかけて、周りの動物を自分と似た姿の虚ろへと変えることで、一つの集団が出来上がる。
 それが大きくなったものが族と呼ばれるようになる。
 今回はその一族が何かの理由で大移動をはじめたと考えるのが普通だ。
 と言うことは、最悪族の長である虚ろ神と戦うことになる。
 少し緊張してきた。
 ・・・・彼女にも手伝ってもらうとしよう。

 当初の予定では、昼過ぎに町を出て夕方に到着する予定だったが、想像を遥かに越える敵の数で大幅に遅れている。
 なんだかんだでもう五十体は殺したはずだ。
 体の疲労に耐えながら歩いていると、前方に少しだけ木々の開けた空間があった。
 音を立てないように近づく。
『人がいるぞ』
『こんな場所に?どんな様子?ケガはしていない?』
『いっぺんに質問しすぎだ』
 木に隠れながら様子をうかがう。
 見ると、男が一人だ。
 年齢は二十歳ほど。まだ若い。変わった服を身につけ、細い刀一本で虚ろと戦っている。
 ・・・・強い。
 流れるように攻撃をかわし、硬いやつらの体をまるで野菜でも切るようにスパスパと切断していく。
 男の腕も確かだが、あの刀もただの刀ではないな。
 俺は素早くしゃがみこみ、草の影へと身を隠す。
 悲鳴をあげながら、ばたばたと倒れていく虚ろ達が、葉のすき間から見える。
 あっという間に、辺りは静かになった。
 どうやら全て片付けたらしい。
 俺はすき間から、緊張しながら男を見守る。
 刀は収めない。手にだらりと提げたままだ。
 汗が一滴、俺の頬を伝う。
 その時!男と、確かに目があった。人の良さそうな柔らかい顔つきだが、明らかな殺気を感じた。
 俺はほとんど反射的に手に持っていたアマサメをかかげ、左上方から飛んできた”何か”をはじく。
 地に落ちたそれは、黒い、ナイフのようなものだった。
 ちくしょう、もう一人居やがるな。
 直後、真正面に刀の男が立っていた。
 茂みごと切り裂かれる直前、俺はその茂みから低い姿勢のまま飛び出す。
 そのまま勢いを殺さずに転がる。
 一瞬前に体があったところに、またナイフが続けて飛んできた。
 一挙動で立ち上がり、アマサメを構える。
 茂みからゆっくりと振り返った男が、こちらへ走ってくる。
 二人か。きついな。だが、俺はもう見たからな。
 今の俺の向きから見て右の木の上。
 そこにもう一人がいる。
 俺はそちらにも注意を向けながら男の斬撃を待つ。
 勢いをつけた正面からの太刀を構えていたアマサメで受ける。
 耳に響く金属音の直後、男は刀をひるがえして水平に刃を走らせる。
 俺は手首を返してそれを受け、直後振りかぶって真下に二枚の刃を振り下ろす。
 男は刀の刀身をもう片方の手のひらで押さえ、力負けしないようにがっちりと受け止めた。
 俺は休む暇もなく右腰に挿したもう一つのダブルエッジ、風風(カザフ)を左手で抜き、右方から飛んできたナイフを打ち落とす。
 木の上に”いた”方の動きはまだ少し甘い。
 移動がばればれだ。
 俺はつばぜり合いをしていたアマサメを力任せに一瞬押し切り、すぐに引いて体を半回転。
 左手のカザフ、右手のアマサメを腕いっぱいに伸ばす。
 両剣の切っ先には、刀の男と、俺の背後に回りこんでいた、木の上から攻撃してきたやつののどにピタリと照準を合わせた。
 うむ。我ながら見事。全身汗でびしょびしょだが。
 木の上にいたやつは、なんとまだ子どもだった。
 丁度十代半ばだろう。
 こちらの服装は、至って今どきの子どもそのままだった。
 だが、異様にポケットが多い服だ。
「つ、強い・・・・」
 刀男が低く声をもらした。
 両者、驚きに満ちた表情だった。
「俺はお前等に危害を加えるつもりは全くない。お前等も俺に攻撃しないと約束するなら、剣をおろそう」
 男と子どもは両者目配せをして、
「・・・・私達の負けです。もう危害は加えません」
 男が言った。
「俺の名前はスカルヴァだ。スカルヴァ・スースヘル」
「私は、空柄幌羽(そらつかほろば)と言います」
「俺は、渡来楓(とらいかえで)」
 それぞれ、自分の武器を収めてから名乗った。
「幌羽に楓・・・・めずらしい名前だな。東国の者か?」
「はい。東の、小さな国から来ました」
 幌羽が言った。改めて見ると、若干白い肌に、うなじが隠れるくらいに伸びた髪。端正な顔つきで、少し細い目が優しい雰囲気を作っている。
「ここで何をしている?今は虚ろの大移動でこの森は危ない」
「俺らは、強くなりたいんだ。それで、この広い森に来た。ここは虚ろの人の生息地で、鍛えるにはピッタリだったんだ。だから、国を出てきてからの三年間、ずっとこの森で修行している」
 今度は楓と名乗った子どもが答えた。
 黒いバンダナをしていて、顔つきからは子どもながら鋭い印象を受ける。
 服装から見ても、”将来不良になりそうな子ども”という感じだ。
 確かに、この森は世界でも指折りの広さだし、虚ろの人の住処でもある。
 だが、三年間もこの厳しい森で修行していたとなると、やはり強いはずだ。
 ”家”のやつらが虚ろの人に襲われにくいのは、こいつらが退治してくれていたおかげかもしれない。
「東国では、特異な戦術を使うと聞いていたが、はじめ見たときは驚いた。ただの刀とナイフなのか?」
「私の刀は、正式にはムラマサと言います。これは、私達の故郷の有名な鍛冶師がつくってくれた、名刀”更獅音(ざらしね)”と言います。私はこの更獅音を使って、ひたすらムラマサを極めるために戦う、サムライという者です。微妙に違いますが、まあ騎士のようなものです。ちなみに、私達の国ではサムライはたくさんいて、皆私のような着物を着ています」
「・・・・動きにくくないのか?」
「慣れれば気になりませんよ」
「・・・・そっちのお前は?」
「あ、俺はシノビっつーの。シノビは、暗殺専門集団みたいなものかな。いろいろな道具や特殊な技術を使って戦うんだ。ちなみに俺が投げてたのはナイフじゃなくて”クナイ”だから」
「お前は普通の服装なんだな」
「ああ。シノビの正装はかなりダサくて。それとお前じゃなくてちゃんと名前で呼んでくれよ」
 それでこいつの服は異常にポケットが多いのか。普通の服に見せかけといて、多分ちゃっかり特注だな。
「分かった分かった。それにしてもお前等の故郷ってのはずいぶんと不思議な国なんだな」
「いや、私にとってはあなたのその剣の方が不思議でたまりませんよ」
 ・・・・こいつら、俺のことを知らないのか?まあ、ずっとこの森にいたらしいからな。俺にしてみれば好都合だ。
「これか?」
 俺は左肩に収めていたアマサメを抜く。
「俺は欲張りでな。一本の剣に一枚の刃じゃあ物足りないんだ」
「普通じゃ考えられない剣ですね」
「ところで、スカルヴァだっけ?あんたはこれからどーすんの?」
「俺はこれからこの族の頭を取りに行かないとならん」
「これ程の一族のボスですよ!?きっと神に違いない」
「ああ、そうだろうな。だからお前等は今まで通りザコを退治して欲しい」
「それは構いませんが・・・・」
「あんた、虚ろ神を殺しちまったら”呪い”をもらうぜ?」
 楓の言う呪いというのはおそらく虚神病のことだろう。
「そんなことは覚悟の上だ。俺はもうすでに一匹”喰ってる”から」
「・・・・?」
「・・・・それは、まさか・・・・」
 楓は意味不明と言った様子だったが、幌羽の方は理解できたらしい。
 俺は、何も言わず眼鏡を下にずらし、目を見せる。
 この眼鏡は、左のレンズだけサングラス用の黒いレンズにしている。
「・・・・分かりました。楓、行きますよ」
「え、あ、うん」
「では、健闘を祈ります」
「ザコは任せたぞ」
 そうして、幌羽は楓を引っ張りながら森の中へ消えていった。
 深い森の中。
 何十と言う虚ろに、金属の光が舞う中、少年は言った。
「なあ、幌兄」
「なんだい、楓」
「俺さっき、”外”には俺達よりもっと強い奴らがたくさんいるんじゃないかって思ったんだ」
「私も思いました。私達はまさに井の中の蛙でしたね」
「・・・・そろそろ、この森を出ようか」
「そうしましょう。でもまずスカルヴァさんの頼みを片してからにしましょうか」
「ああ、分かった」
 虚ろの額にはクナイが突き刺さり、腕や首はバタバタと切り刻まれていった。
 またたく間に死体の山が築かれ、二人が疲労を感じ始めた頃。
 木々の間から、黒い手が見えた。
 二人はいっせいに距離をとり、それぞれ隙なく構えて向き合う。
 木々をかき分けて現れたそれは、辺りに転がる虚ろよりもさらに一回り大きい。
 さらに、牙は口におさまらないほどに大きく鋭く、体を覆う毛の色は白ではなく、凶悪さを感じる黒だった。
 それは鼓膜が破れんばかりに雄叫びを上げ、二人の方へと突っ込んできた!
「な、なんだよコイツ!?」
「私達が今まで相手をしてきた虚ろとはワンランク違う者のようですね。ですが神ではないようだ」
「と言うことは、つまるところ中ボスってわけか」
「そういうことです。さあ、気を締めて。獅子音(シシネ)一刀流の恐さを教えてあげますよ」

 一方、同じ森の中。
 悲鳴と共に虚ろの首が飛び、辺りは一気に静かになった。
「一通りは片付いたようね」
 ”家”の周りにはなんと合計百体にはなりそうなほどの虚ろの死体が、無惨に群をなしていた。
 長槍を一振りして、刃についた血を落とす。
 その槍も、彼女の身長よりずっと長い。二メートルはありそうだ。
 彼女が一安心したのもつかの間。女性の甲高い悲鳴と共に、
「セフィ姉さん!!」
 彼女、セフィを呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたの!?」
 セフィは家の裏へと全力で走りだした。
 転がる死体に何度もつまづきながら、家の裏への角を曲がる。
 そこで目にしたものは、確かに、虚ろだった。
 しかし、今まで相手にしてきたものよりさらに一回り大きい。体毛は周りに転がっているそれの白とは違い、凶悪な黒である。口からは鋭く大きな牙が突き出し、今までのものよりも遥かにプレッシャー(圧力)が違う。その左肩には、矢が一本だけ突き刺さっている。
 それの前方五メートルほどの位置に、二人の女の子が立ちすくむ。
「ハリス!エリス!ケガはない!?」
 セフィの声に、ハリス、エリスと呼ばれた二人がこちらを向く。
 だが、なんと二人の顔はほぼ同一人物のようにそっくりだった。これは、双子でもない限りありえないほどの似通いぶりだった。その容姿の違いは、髪の色が黒か薄く茶色がかっているかだけだろう。
 二人は、女の子と言っても年はもう十七、八に見える。両者セピア色の動きやすそうな薄手のズボンに、上は白いノースリーブという軽装だった。
 黒髪の女性―ハリス―は、手にハンター用の装飾突きの弓と、肩に矢筒。だが、矢筒の中身は空である。茶髪の女性―エリス―は、手に細身の剣と、腰には予備のものがもう一本おさまっている。
 虚ろの左肩に刺さる矢はハリスが射たものだろう。
 周りに転がる大量の虚ろと戦い、ハリスとエリスは体力的にも限界なのだろう。
 まして目の前のそれは、周りに転がるものよりも明らかに強い。
 恐怖で足がすくんでいる二人に、虚ろは雄叫びと共に襲い掛かる。
 その一瞬前だった。セフィが駆け出したのは。
 二人に向かって迫る、赤ん坊の体ほどもある太さの腕に、間一髪でセフィの長槍が届く。
 しかし、セフィのこんしんの一振りは、腕を切断するまでにいたらなかった。
 腕の丁度中ほどまでを断ち切り、刃は地面に食い込む。
 虚ろは血と共に太い悲鳴をあげ、のけぞる。
「二人とも逃げて!!!」
 隙を見てセフィが叫び、二人は転びながらもあたふたとその場を離れる。
 セフィは虚ろの懐へと飛び込み、腹部を水平に一閃。
 しかし、硬い体毛にはばまれ、わずかに切り傷を与えただけである。
 そこで上から襲い掛かる爪を大きく後転して回避。
 だが、立ち上がりざまの無防備な状態に、虚ろの右フックが襲い掛かる。
 何とか槍の柄で防御するも、人の頭ほどもあるこぶしを抑え切れずに横にふっ飛ぶ。
 セフィの体は、数メートル離れた木に激突した。
「くっは・・・・・」
 そのまま動けなくなったセフィに、虚ろが迫る。
「うああああ!!」
 そこで、先ほど場を離れたエリスが剣を構えながら突っ込んでくる。
 が、虚ろの軽い裏拳で軽々と宙を舞う。
 エリスの力だけでは、到底止められなかった。
「姉さぁぁん!!」
 ハリスの泣きながら叫んだ声が聞こえた。
 虚ろの爪がセフィをとらえる直前。
 突然と時は止まった。
 止まったように思えた。
 虚ろの動きはピタリと止まり、見ると、その首だけが綺麗に”なくなっていた”。
「セフィ、なんてざまだよ」

 女の悲鳴が聴こえた。
『おい、女の悲鳴だ』
『・・・・急いで!!”家”はすぐそこなんだ!!』
 アマサメを担いで全力で走り出す。
 少し前から、辺りは凄い血臭が漂っていた。
 俺は木々の間をギリギリですり抜けながら進む。
 すると、はたりと木が途切れ、突然広い空間に抜けた。
 なんだあの虚ろは!?
『セフィだ!セフィが危ない!』
 突然もう一人の俺が叫んだ。
 ”内側”にいるときは視覚、聴覚その他全ての感覚が著しく鈍るのだが、よく見えるなと思った。
 だが、そんなことを悠長に思っているどころではない。
 俺はセフィに迫る虚ろへ向けて死ぬ気で走った。
 間に合うか!?いや、ダメだ、アマサメの長さを計算に入れてもギリギリ足りない!
 俺はとっさにアマサメを放り捨てる。
 だがこっちなら。余裕だ!!
 俺は腰からカザフを抜き取る。
 限界まで近づき、力いっぱいに飛ぶ。
 空中でやつの首元に狙いを定め、全力でカザフを水平になぎ払う。
 すると、柄と刀身に内臓されたバンドスプリングが強い遠心力で伸び、つばを間にした両側がそれぞれ伸びる!
 鞭のようにしなりながら伸びた刃は、一瞬にして虚ろの首をはねた。
 これで一つ大きな問題が片付いたが、もう一つだけ残っている。
 振り切ったカザフは、遠心力が得られなくなり、つばと刀身が急速に戻ってくる。
 まだ空中にいる、しかも少し不自然な体勢でそれを受け止める。
 バキン。
 つばと刀身が元に戻る鈍い音。
 その反動に俺の右腕は耐えられず、後方へ大きく振られる。
 そのおかげで少々変な方向へ曲がった。
 その状態で着地。
 不思議そうにこちらを見つめるセフィ。
「セフィ、なんてざまだよ」
 強がりで、つい言葉に出てしまった。
 しかし内心では。
『ぐお!痛ぇ!』
 右肩が凄い痛む。
『どれどれ・・・・うわあこれは痛いね。でも大丈夫。骨折ギリギリの脱臼だ。あとですぐに治る』
『お前医者だろ!今すぐ治せ!』
『この一つの体の力じゃ無理だよ。他人にはめてもらわなきゃ』
『くそ、モズの野郎、絶対に反動の大きさと俺の腕の強度の計算を間違えてやがる』
『まあ、我慢我慢。結果オーライだよ。”外側”は僕が代わってやるからさ』
 交代を条件に、どこのどの辺がオーライなんだおいコラという言葉はかろうじて飲み込んだ。
『・・・・ああ、でもやっぱり痛い』
『患者の気持ちを知るのも医者の勤めだ』
 僕は力なくだらりとさがった腕を抑えながら、セフィと目の高さを合わせる。
「セフィ、大丈夫?派手にやられたようだけど」
 軽く肩をゆすってやる。
 若干焦点があいまいだったが、だんだんと醒めてきたようだ。
「・・・・」
「・・・・」
 しばらく互いの目が交差した。
 セフィは前に見たときと何も変わっていなかった。ただ、少し、ほんの少しだけ、老けたかな。
「・・・・スーちゃん!?」
「いや、その呼び方はやめてって言ってるでしょ?」
「何よ突然!顔出すときは前もって連絡とか普通するでしょ!」
 セフィは立ち上がろうとしたが、すぐに右腹部を抑えてうずくまってしまった。
「ちょっと診せて」
 僕はそっと彼女の右わき腹の辺りを調べる。
「ああ、ろっ骨が二本折れてるね。でもどっちも深くはいっていないようだ。後で固定しよう」
「アハハ、私も堕ちたものね。虚ろ一匹にここまでやられるなんて」
「おーい、ハリー、エリー、手を貸してくれよ」
 苦笑のセフィを横目に、向こうで抱き合って泣いているハリスとエリスを呼んだ。
「よし、これで大丈夫だ。しばらくは安静に」
 僕はセフィの腹部を固定し、全身に細かい傷をたくさん負っていたハリスとエリスの手当ても終えた。
 幸い二人に大きなケガは無かった。
「それにしても久しぶりじゃない。どう?病気を治す方法は見つかった?」
「いや、残念ながらまだ見つからないよ。ちょっとした息抜きと、服が欲しくて」
「服って。スーちゃんまた汚しちゃったの!?」
「その呼び方はやめて。今回は汚したと言うか、燃えちゃったと言うか」
「あなた少しは丁寧に扱いなさい。まあ、こっちとしては運営資金の足しになるから嬉しいんだけど」
『だそうですよ』
『あーはいはい。次からきっと気をつけるよ』
「じゃあ、あとでまたもらいに来るよ」
「あとで?」
「もう一つ、大事な仕事があるんだ」
「大事な仕事?」
「うん」
 僕はそう言って、腰のカザフをとんとんと叩いた。
「・・・・もしかして、長を倒しに!?」
 セフィの言う長と言うのは、この一族の長、虚ろ神のことだ。
「そう。大丈夫、すぐに戻るよ」
「ダメよ一人じゃ危険すぎる!私も一緒に・・・・」
 勢いよく立ち上がろうとして、セフィは失敗した。
「ダメだ。今のお前ははっきり言って足手まといだ。俺一人で十分だろ」
 俺と交代した瞬間、さっきまでソファに座っていたハリスとエリスの顔が急に輝いた。
「・・・・スーちゃん」
「その呼び方はやめろ」
「・・・・」
「じゃあ。すぐ戻る」
 そう言って俺は、玄関へ向かう。
 ハリスとエリスがついてきた。
「お前達は悪いがまた外を守っていてくれ。さっきのはもう来ないだろう。白いのも”掃除係”に頼んどいたからほとんど現れないだろうから」
「はい!」「はい!」
 そして俺は、さっきハリスとエリスに二人がかりではめてもらった右腕で軽快にドアを開けた。
 後ろから声が聞こえた。
「スーちゃん!!」
「・・・・・・・・」
「・・・・がんばれ!!」
 俺は振り向かずに、返事もせずに、そのまま外へ飛び出した。

『虚ろの襲ってくる方向を考えると、やつらは東から移動してきたんだろうね』
『ああ、だろうな。そして神も同じ方向だ。なんとなく、分かる』
 意識の一番深いところ。そこから感じられる。虚ろ神の気配。
 これはきっと、俺が”喰った”呪い、虚神病との共鳴から来るものだろう。
 と、もう一人の俺が言ってた。
 ”家”を飛び出して約二十分。
 俺は手にしたアマサメで、襲って来る虚ろをなぎ倒しながら進む。
 だんだんと襲ってくる数が増えてきた。
 感覚も言っている。
 近い。

 その少し前。
 幌羽と楓は、共に木に寄りかかって座り込んでいた。
 二人の間に横たわる、血まみれの黒い巨体。
 二人の体はボロボロで、両者出血が酷い。
「幌兄、そろそろ約束、果たしたことになるんじゃない?」
「そうでしょうね。もう十分でしょう。でも、ただ言われたことをやるだけじゃ能が無い」
「どうするの?」
「・・・・進撃です。私達から攻めていくのはどうでしょう」
「さっすが幌兄。付き合うよ」
「よし、じゃあ行きましょう」
 だが、なおも二人は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
 不自然に広い空間。
 そこだけ突然、ぽっかりと木が無い。
 そこに、一人と一体が向き合っていた。

「ライカン、お前だったのか」
 俺は、五メートル向こうにいる虚ろに話し掛ける。
 その虚ろは、白銀の体毛に覆われ、背丈は軽く四メートルはある。
 筋肉の鎧に包まれ、今までのどの虚ろよりも大きく、牙や爪も凶悪だ。
 そして、それの胸の辺り。
 禍々しい二本の平行な傷がななめに走っている。
 俺はこいつを知ってる。
 昔、ずっとずっと昔にしとめそこねたやつだ。
「貴様か。やっと会えた」
 ライカンは太く低い声で、唸るようにそう言った。
 稀に強大な虚ろなどは、人語を喋ることも出来る。
「まさかお前が神になっているとはな。驚いた」
「この力は”彼女”からもらった。今は亡き”彼女”から」
「彼女?」
「これは復讐だ。貴様と、そして人間への。人間は我等を迫害する。我等の居場所は、もうこの世界には狭い」
「違う。お前等は人間を喰いすぎた」
「我等は人間と戦う。この世界を支配する。我等は”人間”になる!」
「ふん。人間になれなかった、いや一度は人間を拒否したお前達が、な」
「だまれ!我等は東を追われた。我等は新たな地を目指す。貴様はどけ!」
「あきらめろ。お前の運命は俺に出会ったあの時に決まったんだ。現にお前の一族はもう滅んだ!」
「まだだ!我がいる限り、我が一族は滅びぬ!」
 そしてライカンは狼のそれのような雄叫びをあげた。
 俺と、目の前の神は同時に走り出した。

 戦いが始まってすでに数十分が経過した。
 だが相手はやはり神。はっきり言って分が悪い。
 いくつか傷は与えた。
 だがどれも決定的ではない。
 あっちの攻撃は一発でもくらうとおしまいだ。
「”彼女”の力を思い知れ!」
 ライカンはその豪腕に任せて爪を振るって来る。
 すでに周りの木は何本かなぎ倒された。
 俺は退くことしか出来ない。
 だが、すぐに俺の背中は固いものにあたった。
 太い木だった。
 ―しまった!
 そう思った瞬間。ライカンの豪腕が、右から迫った。
 とっさに左腕を折り曲げて受ける。
 だが、もはやそれは受けたとは言えなかった。
 鈍い音を左耳に聞きながら、俺は右へと豪快にふっ飛ばされた。
 無抵抗に地面を”バウンド”しながら、五メートルほど離れた木に激突して止まる。
「がは・・・・」
『大丈夫!?』
『くそ。なんだありゃ。左腕が完全にイカれた。グズグズだ』
 ライカンがゆっくりと歩いてくる。
 全身が激痛に喘いでいる。
 俺は、体の危険信号を無視し、地面にささるアマサメをつかむ。
『・・・・なあ、俺ら、ここでおしまいか?』
『いいや。僕の知る君なら、何とかするだろうね』
 もう一人は冷静すぎるほどの声で言った。
 全く。やつは他人を過大評価しすぎだ。そして信頼も。
『そうだな。俺もそう思っていたところだ』
 俺は右腕一本とアマサメだけを支えにして立ち上がる。
 直後、暗い影に覆われた。
 ライカンの大きな腕と爪が真上にいた。
 おいおい、俺まだ準備できてねえよ。
 そう思った瞬間。
 ライカンの胸板に特異なナイフが何本も突き刺さり、高々と上がっていた右腕はその半ばまで切れ目が入った。
 ライカンは苦痛に叫び、一歩二歩と後退した。
「貴方ほどの者が。なんてざまですか」
 落ち着いた風の青年だった。そのセリフは俺がさっきセフィに言った言葉だった。
「あんた、ちょっとは他人の力に頼ってもいいんだぜ?」
 もう一人、不良一歩手前の少年だった。
「・・・・よお、お前等。いいところに来たな。ちょっと手貸せよ」
 その二人、幌羽と楓は、共にボロボロだったが、生き生きとした表情だった。

「嗚呼、血が。彼女の血が!」
 ライカンの胸と右腕からは、真っ赤な血が溢れている。特に右腕の出血はおびただしかった。
「すまねえが、俺はもう腕一本が使えない。次の一撃が精一杯だ。サポート頼む」
「任せてください」
「奴の眼の一つでもつぶしてやるよ」
「貴様等、揃って肉塊になるがいい!」
 今のはライカン。傷はすでにふさがりかけている。
「隙を見て俺は奴の懐に飛び込み、心臓を突く。そしたら、全力で。全力でその場から離れろ。呪いが欲しくなかったらな」
「でも、あんたは?」
「だから、俺はもう持ってるからいいの。一つ喰うも二つ喰うも同じだ」
「・・・・分かったよ」
 ライカンは雄叫びと共に突進してくる。
「じゃ、またどこかで会おう」
「是非とも」
「そうだな」
「・・・・作戦開始」

 二人は豹のごとく動いた。
 一人は木の上へ。一人は正面きって。
 幌羽にライカンの爪が迫る瞬間、ライカンの顔面にはナイフがいくつも突き刺さる。
 うち一本が左目をとらえた。
「ぐおおお!」
 眼がつぶれ、ライカンの攻撃が反れた。幌羽には当たらず、地面の土を大きくえぐった。
 幌羽は地面に突き刺さるライカンの右腕に向き直る。
「はあああ!」
 叫び声と共に、ムラマサを激しくひねりながら、ひじの部分へと突き刺す。
 そのまま突き上げると、木の幹ほどもある奴の腕はひじの部分で大きく爆ぜた。
 真っ赤な血が霧のごとく噴きだし、あたりを赤く染める。
 見ると、奴の左腕もナイフがことごとく突き刺さっていた。
「今です!」
 俺は全力の瞬発力で、懐に飛び込んだ。
「行けええ!」
 俺は二人に叫んだ。
 二人は一瞬だけ迷ったようだが、背中を向けた。
「どうか、ご無事で!」
 その声を聞きながら、俺は無事な右腕に全ての力を注ぐ。
「今度こそ、お別れだ!ライカン!」
 アマサメの両刃がライカンの胸の中心に食い込んでいく。
 同時に、シャワーのごとく真っ赤な血が噴き出す。
「うおおおお!」
 全力でさらに奥へと刃を進める。
 背中から刃が抜ける手ごたえ。
 確実に心臓を貫いている。
 俺の全身はもう奴の血に真っ赤だった。
 だがなおも血は止まらない。
 刃をねじる。
 ライカンの左腕が振り上げられた。
 ・・・・が、それ以上それが動くことは無かった。
 ライカンは、静かに、綺麗に死んだ。
『やったか・・・・?』
『そうみたいだね』
 その瞬間。

「!!!!」
 俺は声も出なかった。その痛みに。
『くっ・・・・う・・・・』
 もう一人の自分も苦痛に声を上げる。
 何か大きなものが、脳みそに直接響く。
 奴の記憶。すなわち呪いだ。
 その”流れ込むもの”の大きさと重さに、体が破裂しそうな錯覚を起こす。それほどの痛み。
 痛みが左目にも侵食してきた。
 くそ・・・・見える。
 突如、右目側の視界がふっと消え、視覚が左目に支配される。
 ライカンの記憶が一瞬の断片で見える。
 それは俺たちの脳を埋め尽くし、次々と移り変わる。
 人との戦争。消え行く仲間。孤独。孤独。出会い。”彼女”。呪い。神化。闘争。衰退。痛み。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 それはライカンそのものだった。
 ふっと、一瞬にして痛みは消えた。
 左目の支配が消え、自分が顔を抑えてひざまずいていたことをはじめて知った。
 左目からは血の涙が溢れていた。
 だが、全身がライカンの血で染められているので、誰も気付かなかっただろう。
『とうとう、二匹目を喰っちまったな』
『うん。そして、僕は分かったよ』
『ああ、俺もだ』
『とりあえず治す方法はわからない。でも、僕等が全ての虚ろ神を”喰え”ばいいんだ』
『そうだ。辛い旅になる。おまけに、”制限時間がどんどん短くなる”しな』
『そこは努力だよ。きっとそのために僕等は他の人より多くの時間を持ってるんだ』
『ああ、そうだな』
『やっと。やっと一歩前に進めたね』
『ハハ。だとしたら、大きな一歩だ』
 俺は、久しぶりに。それこそ一年ぶりくらいに心から笑顔になれたがする。
 まだ呪いの痛みは体から抜けきっていなかったが、何とか立ち上がった。
 ライカンの心臓を刺し抜いたアマサメをつかみ、グイと抜き取る。
 まみれた血を払い落とし、肩に担ぐ。
「さあ、”家”に戻ろうか」

 彼は数歩歩いて、ふと振り返った。
 世界に絶望した巨大な狼が、その左腕を天に掲げた状態で、綺麗に死んでいた。
 数十分後、彼は彼の”家”に戻った。
 玄関先で彼を待っていたハリス、エリス、そして車椅子のセフィは、血まみれの彼に驚き、そして笑顔で迎えた。
 泣き出しそうな二人と、すでに泣き出した一人。
 彼の困ったような苦笑いが、窓から覗く子ども達(孤児)には印象的だった。
 そんな人々を歓迎するかのように、白くぼやけていた空は、紅く染まった。


 それからどのくらい時間が経っただろうか。
 心臓が、トクンと跳ねた。
 まだ、死んでいるとも言えるほどの間隔を開けているが、しっかりと、力強く動いた。


           (c) クウアの光~世界の余白~ kari様

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