Gun's Free

8.



<で、結局実機からデータをブッこ抜く……>
「話し掛けないで」
 ルセットは静かな口調だがしかし、どこまでも冷厳に拒絶する。
 わ、コウは思わずすくみあがった。なまじ平静な様子が逆に恐ろしい。鬼気迫るとは正に今の彼女を指す言葉だ。
「そうよ、始めからこうしてれば良かったんだわ、恐らくニナも」
 ぶつぶつぶつぶつ。
「……よし。<コウ、動かしてみて!>」
<了解>
 現在のGP-01は先の演習同様、「アルビオン」のCICが構築する戦術空間にリンクされている。
 01が電子空間で戦闘機動を開始する。ルセットが注視しているモニタに送られてくるデータは、性質上現実でのそれと等価であると看做していい。CICによる現実空間の認識にはそれだけの精度が要求され、十分信頼出来るものだ。
「<……クリア……クリア……クリアよっしゃあオールグリーン!わーいやったねおわった終ったー!!>」
 ルセットはおもわず両手を振り上げてバンザイ。
「アップデート、コンプ!あとはこれを2号にも転写して、でパーツの到着を待つだけね、ふーてこずったー」
<おつかれさま>
<全くよ!まさかフルアセンブルになるなんてー……ごと>
<?ルセットさん>
 コウはインカムの向こうの異変に直ぐ気付いた。ハッチが上がる間ももどかしくコクピットから這いずり、飛び降りる。
「ルセット!」
 書き散らしたメモの山と端末の間にのめり込んでいた。抱き起こすと呻く。
「あーまたエラー……」
 少しほっとする、どうやら寝落ちしているだけのようだが。取り敢えず抱きかかえコウはそのまま医務室に向かうことにする。

 彼女は少しの間ただ静かに涙を流していた。そして口を開く。
「どうしても、行くの」
 ケリィはラトーヤをじっと見つめる。ただ一言。
「すまない」
「あやまったりしないで!」
 ケリィはうつむく。MSであれば自在に取り回す鋼の漢が、自身の言葉はまったく操れずにいた。
「ラトーヤ、俺のことは」
「忘れないわ」
 彼女は機先を制して、顔を上げた。
「貴方と過ごした1分1秒、決して忘れたりするもんですか」
 ケリィは言葉を失い、口ごもる。その立ち尽くすケリィに彼女が抱きつく。
「だから、だから。私待ってるから。御願い、還ってきて。そうしたら、全部許してあげる」
 ケリィは無言で抱き返し、再び詫びた「すまない」そしてサマにならない敬礼を捧げているジャルガを不思議そうに見る。
「何してる、行くぞ」
 へ、とジャルガはこの場に合わない間の抜けた声を出す。
「でも、自分はメンテで」
「お前以外に今さら誰が居るってんだ。さっさと来い」
 整備始めの初日、ムリっス、自分には出来ません、とジャルガは即答した。
 義手といつもはめているグローブのせいで一見、それとは判らないがケリィは左腕を失っている。義手は民生品であるので、戦闘時の高Gには耐えられない。であるので、右腕一本で操縦出来るようにコクピットを改装してくれと頼まれたのだが。
 例えばキーボードでのアプリケーションのインターフェイスの如く、右手スティックのどれかのスイッチかボタンに”シフトキー”の機能を割り当て、それ以外の入力系に二重操作を割り振る、というような改造そのものは別に不可能ではない、が。モノは正に生死に直結する操縦系だ。元来、姿勢制御と出力制御の左右2系統に分割された操縦系を機械的に一本化して無事に済むのか。最低限、特異な操縦感覚に納得がいくまで繰り返し試験するくらいの慎重さは必要だろう。その結果導かれるだろうベスト・マッチ、ベスト・セッティングを一発で弾き出せるようなスキルが自身にあるとは思えない。
 あるいはラトーヤの懇願も、どこかに残っていたかもしれない。
 そうか、とケリィはあっさり引き下がった。じゃあセカンドプランだ。
 言葉の意味は直ぐに判った。機体は複座型への改装の途中だった。余裕のある機体の基本設計により、それほどの無理はしていない。前席がファイター、後席がエンジニアの割り振りになっている。ジャルガはその改装を引き継いだのだが。
 誰か追加の補充人員が送られてくると思っていたのがまさか、後席に自分が座るハメになるとは全く予想していなかった。
「チャプラさん、危険です!ハンガーの外へ退避して下さい!」
 慌ててノーマルスーツを着込みながらジャルガは警告する。

 あのジャブローですら全く安全ではなかったのだとシナプスの油断を指弾することは容易いがそれはあまり行儀がよくない、盲目的な一般則の適用というものだろう。そも月の軌道上という連邦の内海に停泊しながら敵襲を警戒するというのも小心に過ぎる。
 また彼なりの警戒努力は行われていた。こうした交渉事で対面でのそれが最も効果的であることは自明の事としても、アナエレ占拠部隊と交渉の最中も、一時も艦から離れようとはしなかったことも一つだ。しかしながらその結末をして、一時的な艦載戦力の離脱という戦術状況を招来した責任が彼にある、と結論付けるのはさすがに酷というものだろう。軍艦と民間施設の間で平文を通じて進められたその内容がサイドローブから漏洩し、聞き耳を立てていた者に好機を告げたのも、だから公平に見て結果論というしかない。
 否。艦載機の殆どをGP-01パーツの回収作業に投じながらそれでも、バニングとベイトという最も信頼を置いていた2機を直援として拘置したことが、シナプスが全く警戒を緩めていなかったなによりの証である。
「熱源反応感知、単位9、距離65000、方位、3-2-5!」
 やはり傍受されていたか。しかし1コ中隊とは張り込んで来たな。。
「全艦対宙防御戦闘準備。デンバーとタルサの管制を預かれ」
 センシング及び火器管制で両艦より優れる「アルビオン」側の指揮で、3艦が統制射撃による弾幕対宙射撃を実施すると宣言している。
「ライラを呼び出せ。可能な段階で作業を切り上げ帰艦するよう指示しろ」
「了解」
「デンバー、タルサ、データリンク同期宜し。全艦対宙防御戦闘準備宜し」
「射撃開始距離、15000」
「距離15000、アイ」
 敵はMS-14、”ゲルググ”の発展改良型である”ゲルググマリーネ”9機。原型機の運動性を若干向上させた他に特徴として防御、格闘戦能力の2役を兼ねる”スパイク・シールド”を装備し、対MS戦、それも近接戦闘向けにデザインされた機体であり、対艦戦闘にははっきり不向きと言える。
 その1機がシナプスの設定したピケット・ラインを越えると同時に、「アルビオン」「デンバー」「タルサ」の3艦は猛烈な弾幕射撃を開始。展開される火網の濃密さは彼女の予想範囲外だった。
「ペガサス級の統制射撃かい!ち、少々めんどうだね」
 防御射撃の目的は敵機の撃墜、ではないその役目は直援に与えられている。ではなく、敵機の攻撃行動を阻止することによる自艦の防御である。対敵距離15000、15kmを隔てて対峙するMSと戦闘艦。この時点で全長200m近い戦闘艦は投影面積1mm以下、正に針の先状態で、MSの側は敵に有効な攻撃を与えるには光学照準の分解能以上まで距離を詰めなければならない(地表を撮影する偵察衛星と違い、戦闘艦は宇宙空間に溶け込みライトアップされてはいない)。概ねその距離は11000~9000。平均的に秒速5~2kmで運動戦を行うMSであれば造作もないと思えるが見通し距離無限遠、基本距離単位1kmの宇宙戦闘で1秒という時間は恐ろしく長い。標準的な防空レーザの射撃頻度は1秒間で約10000発、1%の被弾率でも100発喰らう。1門に、だ。
 戦闘艦がMS相手で一方的にばかすか沈められるというイメージは、史上初の対MS戦を強要された連邦軍艦隊と、対艦戦を念頭に準備された”核バズーカ”の運用により1年戦争最初期で公国が挙げた大戦果から広まったものだ。いや今回も、旧式で対MS防御能力も低いサラミス級2隻のみであったらG・マリーネ9機の襲撃に持ち堪えられたか疑わしい。最新鋭の「アルビオン」による的確な管制がそれを可能なさしめ、空船をさくりと沈めるつもりだったシーマの前に予想以上の難敵として立ちはだかっている。加えて、バニングとベイト直援2機も牽制に徹している。
 これで、回収派遣部隊の合流までの時間が稼げればそれでよい。
「たかが3隻で!こざかしい真似を!」
 G・マリーネの主兵装であるビーム・マシンガンはMS相手にはいいが対艦戦では火力不足で対空砲一つ潰にも苦労する。グレネードは火力に不足は無いが弾速が遅く容易に迎撃されてしまう。艦載機を戦域外に派遣中の艦隊への急襲。護衛のサラミス2隻を先に沈め、丸裸にしたペガサス級を仕留める、そう難しい作戦ではないはずだった。投入したG・マリーネ9機という戦力も過剰かとも思えたが。
 これほどのものとは。さすが、ペガサス級というワケかい。シーマは逆に自分のカンの正しさに自信を持つ。やはり、やっかいなフネだ。是非この機会に沈めておきたいが。現状は、厳しい。ここは素直にサラミスの1隻でも喰っておくことにするか。ん。
 彼女は、その存在に気付く。
「いきなりドンパチっスよ?!」
「連邦軍の戦闘艦が3隻。2隻はサラミス級か、もう1隻は。新型か、攻めてるのは」
「レズナーか?ヴァル・ヴァロかい!」
 ジオン軍用回線が接続する。
「ガラハウ中佐。ケリィ・レズナー大尉、只今着陣致しました」
「待ち兼ねたよ間がいいねぇ、レズナー。そういう男は好きだよ、惚れちまいそうだ」
 軽く戯言を飛ばすとシーマは決然と発令した。
「ケリィ・レズナー大尉!現刻を以って貴官の当艦隊への配属を承認する、乗機と共に直ちに戦闘へ参加せよ。目標、サラミス級の撃破!」
「了解した!!」
 ヴァル・ヴァロ。その外観は一言で言えば紅い矢尻。どこまでも突き進み目標を貫き、破壊する。南極条約の締結により核という大火力を、封じられた強大な対艦攻撃力に代わる戦力の一つとして公国で誕生したのがMA、モビル・アーマーという兵種だ。大気圏内のそれは一種の移動砲台として開発されたが、宇宙空間でのMAは1機で通常のMS数機を相手に戦闘、撃破可能な重機動兵器として、そして対艦戦闘兵器として発展した。
「MAだと?!くそ、どっから沸いて出やがった!」
 「アルビオン」からのインフォメーションにバニングは呻く。今は未だ月面を這いずっているがしかしこれは、まずい。まずいが。
「聞いた通りだ、サラミスを叩くぞ!」
「一撃スよ一撃!それ以上はランデヴーと減速でいっぱいいっぱいスよ!」
 シーマからのインフォメーションで航路算出をしながらジャルガは喚いた。
「判ってる。こいつの初陣だ、ムチャはせんよ」
 ケリィは僅かに苦笑を浮かべ。
「行くぞ!!」
 ヴァル・ヴァロの機首を中天に振り上げる。

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