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2009.11.04
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トヨタのF1へのチャレンジは8年 (準備期間を入れれば10年) で幕を閉じることになった・・・・。

世界一位の自動車メーカーにまで上り詰めたトヨタ自動車ではあったが、F1ではただの1勝すら上げることも出来なかった・・・・ブザマ!とあえて私は言う。

F1チームの中で最も規模が大きく、最大の予算を使っているといわれたトヨタは、F1を舐めていたふしが最初からあった。

「2年で1勝目を挙げ、5年で年間チャンピオンになる」という大見得は無残にも崩れた。

全てトヨタの思想に基づき、量産車の生産量で世界一になったという、トヨタの企業としてのスタイルを基本に、自前のファクトリーをドイツに置き、数年前にマイク・ガスコインを解雇した時は、彼個人の能力から学ぶべきことは学び終えて、もうカリスマデザイナーは要らないと考えたのだろう・・・。

傑出したチーフデザイナーの才能と能力によって勝つのではなく、理論と合理性を中心にすえて、合議の元に、トヨタ方式で勝利することを目指したシステムであったのだろうが、皮肉にもロス・ブラウンとエイドリアン・ニューエイという傑出した二人のチーフデザイナーが作り出した、ブラウンGPのマシンと、レッドブルのマシンに歯が立たない2009年であった。

トヨタ方式は間違っていたのだろうか?彼らは自分達のやり方に自信を持っていたはずだ・・・・・。

やはり彼らは思い上がっていたのだろうか?・・・・売れる車を作ることには慣れていたと思う、他社の良い車の特徴を素早く分析して競合する車種を作り上げて販売チャンネルに投入し、価格競争で先んじ、自らのブランド力に物を言わせて販売を伸ばす・・・・。

勝れたバリューの商品を安く投入できれば自ずと勝者になれたのだが、それらのトヨタの武器は、最も速い車を必要とするF1という競技とはほぼ無縁な要素なのだ。

つまり、純粋に機能の優劣が問われたのであり、トヨタF1チームに従事する人間全ての総合力と、 F1チーム最大と言われた運営費を使った結果として、 一勝すら得ることなく敗北し撤退したのですから、ブザマと言うほか無いのです。

傑出したエンジニアの力だけがF1に勝つ道であるとは、全く考えてはいないが、個人レベルのアイデアが、実は重要であり、こうして年間500億円以上を使っていたと言われる、トヨタとトヨタ方式をねじ伏せ得るという事実に、エンジニアの端くれの私は快感すら感じるのです。

黄色の文字部分は11月6日加筆分





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最終更新日  2009.11.08 14:06:28
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Re:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
私は微々たる物ですがここの株主でもあります。
その立場から見ても、トヨタのF1戦略は一昔前の
カネにものを言わせてきた古い日本人体質に
戻ってきてしまったような気がします。

良き時代の日本は個人の能力や発想が
まとめ役である人物によって実行許可
(失敗したら俺が責任を取る!みたいな)されていたのに
今は組織で考える部分が分担され、
組織によって考えでされて形になっているような気がします。
大量生産ならそれでいいんでしょうけど
ハンドメイドに近い志向を持つF1では通じなかったんじゃないかな。
(2009.11.04 19:57:44)

Re:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
☆さむらい  さん
こんばんは~。

まったくその通りだと思います。
トヨタには悪いですが、トヨタがF1に参入した時から何を考えているんだろうと思ってました。

ホンダは既に撤退しているも、ホンダの発想(アイデアが即実行)とトヨタの理論じみた発想の違いを感じてましたから、撤退も早いだろうと思ってました。

ホンダの撤退は残念であり、また復帰してもらいたい気持ちもあります。
(2009.11.04 20:47:19)

Re[1]:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
遼 銀河  さん
ちゃりメラマンさん
>私は微々たる物ですがここの株主でもあります。
>その立場から見ても、トヨタのF1戦略は一昔前の
>カネにものを言わせてきた古い日本人体質に
>戻ってきてしまったような気がします。
>
>良き時代の日本は個人の能力や発想が
>まとめ役である人物によって実行許可
>(失敗したら俺が責任を取る!みたいな)されていたのに
>今は組織で考える部分が分担され、
>組織によって考えでされて形になっているような気がします。
>大量生産ならそれでいいんでしょうけど
>ハンドメイドに近い志向を持つF1では通じなかったんじゃないかな。
-----
こんばんは~・・・。

一人の天才に凡人が束になってかかって行っても刃が立たなかった・・・と言う風には考えないのですが、民主主事と同じで、合議で得られるものは中庸なものになりがちという事はあるかもしれませんね?

F1にもバランスは必要不可欠な要素では有りますが、最大公約数的考えでは勝てるマシンは出来ないのですね・・・。

強いて言うならコースにフィットした突出したマシンを毎レースごとに投入するような、そんなフレキシブルなポテンシャルを持つ、ベースマシンの開発が必要なのかもしれません。事実シーズン中のアップデートが遅れるとたちまち上位に入れなくなるのを今年は度々目にしました・・・・。

変われる能力をもつマシンと変えてゆける組織が無いと勝てない世界なのでしょう・・・・。 (2009.11.04 21:40:12)

Re[1]:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
遼 銀河  さん
☆さむらいさん
>こんばんは~。
>
>まったくその通りだと思います。
>トヨタには悪いですが、トヨタがF1に参入した時から何を考えているんだろうと思ってました。
>
>ホンダは既に撤退しているも、ホンダの発想(アイデアが即実行)とトヨタの理論じみた発想の違いを感じてましたから、撤退も早いだろうと思ってました。
>
>ホンダの撤退は残念であり、また復帰してもらいたい気持ちもあります。
-----
こんばんは~・・・・。

HONDAも合議出進む方針でブラックリーの旧BARのエンジニア達とは軋轢が有ったといいます。

それも、幾度と無く失敗し、実績とカリスマのあるロス・ブラウンに全権を与えて一年をほぼ棒に振る覚悟で2009年のマシンを開発していたことが解りましたね。
HONDAが長年かかって到達した一つの結論を見た気がしますが、経営陣はもう一年F1を継続する判断は出来なかったのです。

何時の世も、素早く変われる者が勝者になるのしょう・・・・。 (2009.11.04 21:48:54)

Re:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
ホント情けないですね。
チーム代表も泣いてる場合じゃない。
マリオタイセンはザウバーを率いて参戦の道を探っています。
これで来期ザウバーが参戦出来るなら、これで良かったんだと思います。

理屈以前にトヨタには思いが足りない。
常にそう感じていました。。。 (2009.11.05 07:47:28)

Re[1]:トヨタの敗北・・・・。(11/04)  
遼 銀河  さん
フィートくんさん

>理屈以前にトヨタには思いが足りない。
>常にそう感じていました。。。
-----
こんにちは~・・・。

昔フォードがモータースポーツで成功することはマーケティングにとって有益であるとして、ル・マンで勝つことを目標に定めて動いた歴史があります。

先ずは金に物を言わしてスクーデリア・フェラーリを買収しようと試みますが失敗し、英国のローラ・カーズと提携してFORD-GTを作って1964年のル・マンに参戦しましたが、全車リタイアに終わります。(Ford-GT40と言うネーミングは当時はなく、ジャーナリストが40インチしか車高が無いと言ってからGT40と呼ばれるようになった。)

そこでフォードはシェルビーアメリカン社にFORD-GTを託します。
託された、シェルビーアメリカンを率いるキャロル・シェルビーは1965年のル・マンではラップレーコードを打ちたて、最高速もル・マンで初めて300km/hを越えるのですが、3台の全てがリタイヤに終わり、翌年は4.2リッターエンジンからシェルビー製7リッターV8エンジンを積み換えキャブレターもウエーバーからホーリー2連に変更したGT40-Mk2で優勝。3位までを独占します。
67年~69年までの3年間はフォードを締め出そうとするレギュレーションの変更に素早く対応して、モディファイを繰り返しながら実にル・マン4連覇を達成したのでした。

1968年にトヨタがコロナマーク2として発表した新型車のネーミングは、ジャガーMk-2では無く、このフォードGT40MK2の成功にあやかったものであったと私は思っています。

フォードの目論見を達成させたのはキャロル・シェルビーと言う個の力であったと言えば言いすぎなのでしょうか・・・・? (2009.11.05 12:31:21)

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