.

サクラが舞う季節。俺は咲きほこるサクラに問う。
 どうしてあのとき、あと一瞬でも早く咲いてくれなかったのか。
 サクラの開花を待ち望んだ、一人の少女のために・・・。



最後の春


俺がその少女に出会ったのは、運命でもなんでもない、ただの偶然だった。

 けんかっ早い俺は、三日ほど前のけんかで相手に全治二週間のケガを負わせた。そしたら、そいつの見舞いに行かされた。

 病室なんか調べてるはずもなく、ただ二階だと聞いていたので、俺は手始めに一番隅の部屋のドアを開けた。

 「誰・・・?」

 そこにいたのがその少女だった。

 少女は広い大部屋に、たった一人で入っていた。

 俺は、その少女の目の異常なほどの輝きに興味を抱いた。

 「何ですか?」

 少女が訝しげに聞く。

 「部屋、間違えたみたいだな。」

 俺が言うと、その少女は別に怒るでもなく言った。

 「誰の部屋を探してるの?私、入院長いから、だいたいはわかると思う。」

 ・・・気に入った。

 俺は後ろ手にドアを閉めると、少女のベッドの側に行った。

 置いてあるイスに勝手に座る。

 「いつから入院してんだ?」

 少女は少し考えてから答えた。

 「去年の春から、かな。」

 「じゃ、一年か。長いな。」

 「誰かのお見舞いに来たんでしょう?」

 「いや、いいんだ。別に。」

 あいつを見舞う気なんて、はなからない。

 「おかしな人。」

 少女は微笑いながら言った。

 俺は、少女が大切そうに抱えてる分厚い本に目を留めた。

 「何の本?」

 「これ?図鑑なの。サクラの図鑑。私の宝物。」

 図鑑が、宝?変わったヤツだな。・・・ま、一年もこんなとこにいれば、誰でも少しおかしくなるのかもしれない。

 少女は、その「宝」を俺に見せてくれた。

 一面に咲き乱れるサクラの写真が、何枚も何枚も載っている。

 「サクラが好きなのか?」

 少女はとても嬉しそうにうなずいた。

 「ここから観るサクラ、とても綺麗なの。」

 そう言って、少女は窓の外に目をやる。

 見ると、この大部屋の窓の外には、何本ものサクラの木が植えてある。

 今はまだ花どころか、つぼみもついていないけど。

 それでも、少女は慈しむような目で、じっとサクラの木を見つめていた。

 ・・・その時、短いノックの後に、少女の母親らしき女性が入ってきた。

 「駄目じゃないの!ちゃんと寝てなさい。」

 怒られて、少女がうつむく。

 俺は、その口うるさそうな母親に咎められる前に、病室を出た。



 そのまま家に帰ると、親に怒鳴られた。

 「どうしてお見舞いに行かなかったの?!」

 なんでバレたんだ・・・?

 「相手のお母様からお電話があったの。今日お見舞いに行くはずだって電話しといたから。」

 ・・・余計なことを・・・。

 「明日は行きなさいよ!」

 反抗しようとして、俺の頭に名案が浮かんだ。

 ・・・うん、俺って天才?

 「わかったよ。でもさ、手ぶらじゃ行きにくいだろ?なんか、果物でも買っといてくれよ。」

 親はひどく驚いたようだが、とても嬉しそうだった。

 「わかったわ。お見舞いだから、メロンがいいかしらね。」

 メロンか・・・。ま、妥当なとこかな。

 そのまま自分の部屋に入ろうとして、俺はふと思いついた。

 「いや、サクランボがいいよ。」

 「サクランボ?まあ、食べやすいかもしれないけど・・・。売ってるかしら。まだ少し早いから・・・。」

 「なかったら別にいいけど。」

 俺はそう言って部屋に入った。


 次の日の朝起きて、台所に行くと、テーブルにラッピングされたサクランボが置いてあった。

 俺は早速それを持って病院に行った。

 二階の、一番隅のドアを開ける。

 昨日の少女は、宝物の図鑑を熱心に読んでいたが、俺に気付いて顔をあげた。

 「・・・また病室を間違えたの?」

 少女は鈴のように微笑う。

 「いや、今日はちゃんと見舞いに来た。」

 そう言って、俺はベッドの側に歩み寄ると、サクランボの包みを渡した。

 少女はキョトンとして、自分の手に押し付けられたその包みを見つめたあと、俺を見て微笑んだ。

 「ありがとう。」

 「どーいたしまして。」

 俺は昨日と同じように、勝手にイスに座った。

 「おまえ、いくつ?」

 「14歳。あなたは?」

 「俺は15。大輔っていうんだ。」

 少女は小さく、だいすけ、と呟いて微笑んだ。

 「私はまお。真っすぐ生きるって書くの。」

 と、少女は自分の手のひらに書いて見せた。

 「ふうん。何で入院してんだ?」

 俺がそう聞いたのは、儚いような、脆いような雰囲気はあるけど、真生は見たところ健康そうだったからだ。

 真生は小さく首を振った。

 「わからない。でも、そんなに大したことないと思う。もうすぐ退院できるの。」

 「ふうん。」

 真生は、まるでガラスでできた人形のようだった。

 キラキラしていて、儚げで、手荒に扱うと壊れてしまいそうで・・・。

 俺がそんなことを考えていると、あの口うるさそうな母親が来た。

 だから、俺はまた逃げなければならなかった。


 それから俺は、毎日真生の見舞いに行った。

 一つ言っておくが、決して学校をサボっているわけじゃない。学校は春期休暇中。平たく言うと春休みである。

 毎日行っていると言っても、だいたい母親が付き添っているので、そう長い時間一緒にいることはできない。

 それでも、真生と話したり、サクラの図鑑を読んだり、テレビを見たりするのは、とても楽しかった。

 特に、最近の真生はとても可愛らしい。

 少しずつ増えていくサクラのつぼみを、キラキラ輝く瞳で得意げに報告してくる。

 そんな時の真生は、とても輝いていた。


 いつものように二階の隅のドアを開けると、真生がぱっとこっちを向く。

 「ねえ、サクラ、咲きそうなの。」

 俺は窓の外を見た。

 つぼみがだいぶ膨らんでいる。

 「ほんとだな。明日には、咲きそうだ。」

 ・・・以前の俺なら、サクラが咲こうが散ろうがまったく興味はなかったのだが、人間ってのは変わるもんだ。

 「明日、咲くかな・・・。」

 真生はとても幸せそうに、サクラのつぼみを眺めた。

 「・・・明日は早く来られる?」

 真生がためらいがちに言った。

 「何でだ?」

 「だって・・・一番最初に、一緒に観たいから・・・。」

 うっすら赤く染まった真生の頬。

 俺は無意識のうちに、真生の頬に触れていた。

 真生が、相変わらず強い輝きを持つ目で俺を見つめる。

 ・・・明日は始業式だが、そんなもの、構うもんか。

 「朝一番に来てやるよ。」

 「ほんと?待ってるよ☆」

 真生は、本当に嬉しそうに、何度も何度も言った。

 「早く明日にならないかな・・・。」


 次の日、俺は面会時間が来ると同時に病院に入った。

 胸がどきどきと音を立てていた。こんな弾んだ気持ちは何年ぶりだろう。

 ・・・真生と一緒にサクラを見たら、あのことを言おう。

 高鳴る鼓動を感じながら、二階の隅のドアを勢いよく開ける。

 「咲いてるか?サクラ。」

 部屋に入るなりそう問いかけた。

 「今日は早いのね。」

 そう言ったのは、真生の母親だった。

 真生のベッドの横には、医者と、数人の看護婦がいた。

 ─―─ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・。

 ドラマなんかでよく見る、心臓の動きを伝える装置が、真生の鼓動を響かせていた。

 真生は瞳を閉じている。

 ―――ピッ・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・。

 俺は、真生の母親に尋ねた。

 「何してんですか?」

 真生の母親は、ハンカチで目頭を押さえながら、言った。

 「あの子はね、ひどい病気で・・・今の医療じゃ、どうにもならないのよ・・・。」

 ・・・嘘、だろ・・・・・・・?

 ―――・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 

 俺は看護婦を押しのけて、真生の横に立った。

 「真生、しっかりしろよ!今日は早く来いって言ったの、おまえだろっ?」

 ・・・看護婦が、俺から目をそらした。

 「観るんだろ?サクラ!!」

 ―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・。

 医者が驚いたように真生を見た。

 俺は窓の外に目をやる。

 サクラのつぼみは、ピンクに色付いて、今にも咲きそうだ。

 「真生っ!もうすぐ咲くから、頑張れよ!一緒にサクラ観るんだろ?!」

 ―――・・・・・・・・・ピッ・・・・・・ピッ・・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・。

 俺は真生の手をぎゅっと握った。

 「待ってるって、おまえ言ったよな?!ずっと楽しみにしてたんだろ?!」

 ―――・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・。

 俺は祈るような気持ちでサクラのつぼみを見た。

 まだ、花は開いていない。

 ・・・頼むから、早く咲いてくれよ!真生と一緒に観るって、約束したんだ!

 ―――・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「真生!!真生!!」

 俺は、真生の顔を見て、驚いた。

 ・・・泣いてる?

 真生の頬には、キラリと光る涙が流れていたのだ。

 ・・・どうして、泣くんだ?もうすぐサクラが咲くのに。

 「微笑えよ。いつもみたいに・・・。」

 真生に呟きかけながら、俺は目をごしごしと拭った。

 ・・・泣いてんのは真生じゃない。俺だ・・・。俺の涙が真生の頬に落ちただけ。

 俺は、真生の笑顔を思い浮かべて、真生に笑いかけた。

 「サクラ・・・。一緒に、見るんだろ?」

 ―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・。

 俺の声に反応するかのように、一度だけ短い鼓動が響いた。

 そして・・・。

 ―――・・・・・・ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 長い機械音が、冷たく響いた。

 医者が、機械的に時刻を告げる。

 看護婦たちが出て行く。

 俺は、まだ真生の手を握っていた。

 真生は、いつかサクラの木を見つめていた時のように、慈しみ深く微笑んでいた。

 「真生・・・・・。」

 窓の外に目をやった俺は、見た。今年最初の花が開花する瞬間を。





サクラが舞う季節。俺は咲きほこるサクラに問う。
 どうしてあのとき、あと一瞬でも早く咲いてくれなかったのか。
 サクラの開花を待ち望んだ少女と、少女を愛していた少年のために・・・。




© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: