.

約束の日


亜由美は、朝から数えて、もう何度目になるかわからないため息をついた。

 今日は、亜由美の十六回目の誕生日だ。

 一年前の今日の出来事を、亜由美は昨日のことのように思い出せる。

 小さな約束。あれは恋人同士の戯言だったのだろうか。




 去年の今日、亜由美の街は一面の雪景色だった。

 亜由美の恋人だったリュウジは、バンド仲間とストリートライブをしていて、亜由美の誕生日のことなどすっかり忘れていた。

 でも、亜由美は、歌っているときのリュウジが好きだったから、何も言わずにライブを見ていた。

 寒さがひどくなったので、その日は早めに解散した。

 リュウジが亜由美の誕生日を思い出したのは、亜由美が家に着いて着替えようとしているときだった。

 亜由美の携帯が着信を告げる。

 リュウジからのメール。

 『亜由美、悪い!!・・・今から出てこれるか?いつもの公園で待ってる。』

 疑問形なのに答えは求めていない、至ってリュウジらしいメールだ。

 亜由美は、脱ぎかけていたセーターをまた着ると、そっと玄関を出た。

 公園に行くと、リュウジが、ギターを持って立っていた。

 「悪い。全然気付かなかった。」

 亜由美は、言い訳も全然しないでストレートに謝ってくる、リュウジの性格が好きだった。

 「いいよ。今思い出してくれたし。」

 「悪いな。プレゼントも買ってないんだ。でも、俺が作った歌、一番に聴かせてやるよ。」

 そう言って、リュウジはとても素敵な曲を聴かせてくれた。

 作詞も作曲もリュウジがしたそうだ。とてもきれいなラブソング。

 「気に入ったか?・・・おまえのこと、考えて作ったんだぜ?」

 「うん!すごく嬉しいよ。ありがとう。」

 「・・・今年は何も買ってないけど・・・来年、おまえ16だろ?俺も来年で18だし、婚約指輪でも贈ってやるよ。」

 「・・・嘘。ほんと?」

 「ほんとだよ。ま、受け取る受け取らないはおまえの自由だけど。」

 そう言って笑ったリュウジの言葉は、間違いなく本気だった。なのに・・・。

 その年の終わりに、リュウジは東京に行ってしまった。

 あの公園で亜由美一人のために歌ってくれたラブソングが、新年にはテレビから流れてきた。

 そして、今、時枝リュウジは有名人だ。三枚のCDは全て初登場一位を飾ったし、ポスターやブロマイドも売られている。

 リュウジの歌が認められたのは嬉しい。でも・・・。リュウジのことなんて何も知らない女の子たちが、リュウジの写真を部屋に飾ったりしてるんだと思うと、悔しいような気持ちになる。

 もう、リュウジは私一人のために歌ってはくれないんだ。

 そう思うと、悲しくて悲しくて、亜由美は一人きりで泣いた。


 そして、今日は亜由美の誕生日。

 亜由美は朝から何度も何度もため息をついていた。

 日曜日なので、学校は休み。

 亜由美は、リュウジの面影を追うように、あの日の公園に行った。

 リュウジがいつも座っていたベンチに腰を下ろす。

 「去年は、雪だったっけ・・・。」

 今年はとても暖かい。

 なんだか、雪が降ればリュウジが戻ってきてくれるような気がして、必死に祈った。

 「雪が降りますように・・・。」

 無理だということは承知だった。

 雪は降らないし、リュウジも戻ってこない。

 亜由美は目を閉じた。


 夢の中では、雪が降っていた。

 リュウジが亜由美のために歌ってくれていた。

 でも、誰かに起こされそうになっているのがわかった。

 嫌だ・・・。目を開けたらリュウジが消えちゃう・・・。

 それでも、その誰かは強引に亜由美を現実に引き戻した。

 「・・・おい、いくら暖かくても、こんな季節に外で寝たら風邪ひくぞ?」

 リュウジだったらいいのに。起こしてくれたのが、リュウジだったらいいのに・・・・。

 亜由美は目を開けた。

 やっぱり、雪は降っていない。

 「何やってんだ?こんなところで。」

 リュウジも戻ってこない。

 「おい。まだ寝てんのか?」

 亜由美はその声の主を見た。

 「・・・・・・・何でこんなところにいるの?」

 「悪いか?帰って来ちゃ。・・・久しぶりだな。」

 リュウジだった。

 「久しぶりって・・・。ひどいよ!!急に東京に行って、連絡もくれない

で・・・。ひどいよ・・・・。」

 「おい、亜由美、泣くなよ。悪かったって。いろいろ忙しくてさ。悪かった。」

 「何しに来たの?仕事は?」

 「実は風邪こじらせてさ、肺炎になって熱が42度もあって。ふらふらしてたら信号赤だったのに気付かなくて。トラックにひかれて体中ぼろぼろ。しかもひき逃げでさ。道においとかれて、その後来た乗用車にはねられて。全治三ヶ月。これじゃとても仕事なんかしてられないだろ?そんなわけで今日は休み。」

 「・・・・・何言ってんの?」

 「誕生日だろ?今日。今年は覚えてたぜ?ほら。」

 リュウジはポケットからピンクのリボンがかかった小さな包みを出した。

 「開けてみな。」

 亜由美はリボンをそっと解いた。

 可愛らしい箱を開けると、きれいな水色の石がついた指輪が出てきた。

 「花言葉ってのは知ってたけど、宝石にも宝石言葉ってのがあるらしいな。で、それは『約束の日』だって店のやつが言ってたから、ちょうどいいと思って。」

 「・・・・覚えてたの?」

 「なんだよ。亜由美は忘れてたのか?」

 「そんなわけないでしょ!」

 「そっか。俺もだよ。忘れるわけないだろ?・・・手、出せよ。はめてやるから。」

 亜由美は、一瞬だけ迷って、左手を出した。

 リュウジは薬指に、そっとそれをはめた。

 サイズはぴったりだった。

 「さすが俺のカンは冴えてる。」

 リュウジはにっと笑って言った。

 「・・・・ありがとう。」

 「どーいたしまして。・・・俺さ、ほんとは止めとこうと思ったんだ。今日来るの。」

 「どうして?!」

 「相談もしないで東京に行って、ろくに連絡もしないやつのことなんか、待っててくれないかと思った。おまえが他の男と歩いてたらって考えると、自分でも驚くほど臆病になってさ。ま、結局来たけどな。」

 「・・・私は、リュウジのことずっと待ってるよ。リュウジの夢、だもんね。・・・頑張って。」

 どうにか泣かずに言うことができた。

 「・・・忙しいのはわかるけど・・・・メールもしたらだめ?返してくれなくてもいいから・・・・。」

 「おまえにメール打つ暇もないほどは忙しくないぜ。この先、一生。」

 「・・・ありがとう。でも、無理しないでね。」

 「サンキュ。・・・亜由美、一つ、覚えてろよ。」

 「何?」

 「俺がどんな風になっても、ラブソングを歌うときは絶対おまえのことを考えてる。」

 「リュウジ・・・・大好き!」

 「ああ。知ってるよ。俺もだ。」

 「うん。知ってる。」

 笑い合う二人に、柔らかな雪が一片、舞い降りていた。





© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: