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★MISSY ELLIOTT

MISSY ELLIOTT
MISSY ELLIOTT

1971年、ヴァージニア州ポーツマス出身。本名メリッサ・アーネット・エリオット。家庭内暴力や両親の離婚など、決して恵まれた家庭環境ではなかったが、学校ではホウキをマイクに見たててパフォーマンスをするという人気モノだった。そして家庭内暴力に苦しむ母を救うために、貧しい家庭を抜け出すために、アーティストになることを決意する。11歳の頃から作曲を始めていた彼女は、89年に、女性R&Bグループ「シスタ」を結成。翌年にはその実力を認められ、エレクトラとメジャー契約を結ぶ事に成功。しかし、プロデューサーとレコード会社の方向性の違いから、このプロジェクトは中断。シスタのデビュー・アルバムは陽の目を見る事なく、そのアルバムの全曲を書き下ろしたミッシーの実力も世に知られることはなくなってしまった。これで道が閉ざされてしまったかのように思われたが、96年にフェイス・エヴァンスにソングライターとしての才能を高く評価され、チャンスが到来。その後、アリーヤの2ndアルバム『ONE IN A MILLION』からの先行シングル、「IF YOUR GIRL ONLY KNEW」を、盟友ティンバランドと共に手掛け、当時のR&Bシーンに新しい旋風を巻き起こした。その後さまざまなアーティストの曲を手掛けたり、客演したりして、徐々にその知名度を上げていく。そして97年、満を持して待望のデビュー・アルバム『SUPA DUPA FLY』をリリース。ここからは女性ラッパー、ダ。ブラットと共演した「SOCK IT 2 ME」などが大ヒット。続いて99年には
2ndアルバム『DA REAL WORLD』をリリース。ここからはフロアでも大ヒットした名曲「HOT BOYZ」などがヒットに。このアルバムのセールスは全米だけで100万枚を越え。連続プラチナ・アルバムを獲得。こうして自らのアルバムと、ラッパー、シンガー、ソングライター、プロデューサーなど・・・あらゆる分野で非凡な才能と実力を発揮し、そのキャラクターを世界の音楽界に焼き付けた。01年には名作『MISS E...SO ADDICTIVE』をリリース。この作品には、ジェイ・Z、イヴ、レッドマン、メソッド・マン、ダ・ブラット、リュダクリスなどのHIPHOP界のトップ・アーティストたちが参加し話題になった。ここからの先行シングル「GET UR FREAK ON」はティンバランドのプロデュースによる奇想天外なトラックに、イントロの「これからみんなで・・・」という妙にけだるい日本語が絶妙にマッチし、日本でも話題になった。さらに2ndシングル『ONE NIMUTE MAN』は「1分でイってしまう男」といった内容の過激なトラックと共に、その大胆で芸術性も高いPVも話題になった。さあrに3rdシングル「4 MY PEOPLE」はクラヴ・シーンの人気者、ベースメント・ジャックスによるリミックスがフロアで大ヒットした。他にも極上のトラック満載の名作。さらに02年リリースの4thアルバム『UNDER CONSTRUCTION』は世界中で空前のヒットを記録。「オールド・スクール」をテーマとしたこの作品は、ミッシーが「古き良き時代のHIPHOPを再現したかった」と発言しているとおり、拡大し過ぎた感のあるHIPHOPシーンに新鮮な衝撃を与えた。ここからの1stシングル「WORK IT」
は全米シングル・チャートでなんと10週連続2位を記録。(ちなみにこの期間の1位はエミネムの「LOSE YOURSELF」だった。)この曲は日本でも過去最大のヒットになった。03年1月には初のプロモーション来日。TVやラジオ番組などに精力的に出演し、ファッション誌の表紙まで飾った。同年2月には全米で最も権威のある音楽賞であるグラミー賞で「最優秀女性ラップ・ソロ・パフォーマンス」を受賞、ファットボーイ・スリムによるリミックスも話題となった2ndシングル『GOSSIP FOLKS』も大ヒット。さらに同年9月のMTVビデオ・ミュージック・アワードでは「WORK IT」が年間最優秀ビデオ賞に選ばれる。結局このアルバムは全米だけで200万枚、ここ日本でも15万枚と、ミッシーにとってキャリア最大のヒットとなった。その勢いも冷めない同年11月には、早くも新作『THIS IS NOT A TEST』をリリース。ゲストはジェイ・Z、ネリ-、ファボラス、R・ケリー、メアリー・J・ブライジ、モニカ、エレファント・マンなど前作同様、蒼々たる顔ぶれ。わずか1年で完成したこのアルバムは、TVやラジオにおける試験放送のセリフにインスパイアされたというタイトルが示すとおり、ミッシーにとっての「リアルな音」を追求した衝撃作で。しでに中毒性の高い変則ビートの先行シングル「PUSS THAT DUCH」が、またまた奇想天外なミッシー・ワールド全開のPVとともに、大ヒットしている。また03年秋にはマドンナとGAPのCMで共演。このCMで使われた「HOLLYWOOD INTO THE GROOVE」もミッシーがマドンナの名曲を現代に蘇らせた名リミックスである。

【DICOGRAPHY】
『SUPA DUPA FLY』(1997)
『DA REAL WORLD』(1999)
『MISS E...SO ADDICTIVE』(2001)
『UNDER CONSTRACTION』(2002)
『THIS IS NOT A TEST!』(2003)

【LINKS】
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