ごぼはん(あおさん)のひとりごと

ごぼはん(あおさん)のひとりごと

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月

カテゴリ

コメント新着

プロじゃないから恥ずかしくないもん @ 正統派美少女 正統派美少女正統派美少女正統派美少女正…
あおsan @ Re[1]:今までのがよかった(01/21) abhiさん 新しいことはよいことあるので…
abhi @ Re:今までのがよかった(01/21) 誰だー、オレの留守中に勝手に台所に入っ…
あおsan @ Re:使ってみてどう?(12/26) まだ餃子しか焼いていないのですが、今ん…
nappa2914@ 使ってみてどう? いーなー、私も欲しい!28cm狙い目。 テ…
2005年10月10日
XML
カテゴリ: 真宗
井波別院の御遠忌が8~10日の間勤まっており、助音としてお手伝いをしていました。本山から晴れんし、門首さん方々が来られていました。10日の御満座には宗務相当までこらえていた。御満座は結構時間がかかった。12時に庭儀が発信し、ご挨拶が終わり助音の控室に帰ってきたのはだいたい3時45分ぐらいでした。結構長かったです。
3日間お参りさせていただき、ふと15年ぐらい前のことを思い出していました。この時代は井波別院と宗派がぶつかり合っていた時代。この別院の住職をしていたのは当時大谷派に僧籍がない(剥奪された)腸道氏、彼は今名前を変えて何とかというんだけど忘れちゃった。宗派皮からすれば「正常化:」が重要課題でした。教区内に動員がかかり、また宗務役員(本山宗務所の職員)が集合し、別院の建物の取り合いをしていた。そういうことがあっていろんなところから批判が来て、宗派皮は「話し合いで」正常化していくということになった。
一つのアピールとして、別院の報恩講が勤まる頃、井波町のホールを借りて大谷派声明の発表会をした。その発表会に私も参加していた。
そのころのことを思い出していた。いろいろあったな~って。強行突入を止めるために証明活動をしたり、そのことで隣寺の人と絶縁関係になったり、やっぱりいろいろあった。そうして今日御遠忌の御満座を迎えたのだと思った。輪番さんが挨拶の中言葉を詰まらせておられた。何となくその気持ちがわかる。御遠忌の準備、別院運営の正常化。いろいろ思い出されたのだろう。
別院にとってこの御遠忌は大切な節目の行事であったことは間違いがない。
今この別院は拝観料を取ることでほとんどの運営をまかなっている。観光地としてお寺がある。町の大事な観光資源である。しかし2~30年前はそうではなかったと聞く、聞法の道場としてちゃんと成り立っていたそうである。報恩講、太子伝といった仏事にはたくさんの方がお参りに来られたそうだ。刊行ではなく仏事に来ておられたのだ。刊行寺院としてだけではなく、これからは聞法の道場としての別院という役割も果たしていかなければならないと思う。しかしこれが一番やっかいなんだろうな。課題が山積みのままである。私はそんなにこの別院に関われないけれど、というか自分が所属するお寺が聞法の道場として正常化をまづしなければいけない。井波別院のことなんかかまっておれないというのが正直なところなのかもしれない。人のことをいう前に自分のことをしなければ行けない。真宗の課題を忘れ埋没している寺院を真宗寺院として正常化することは容易なことではない。伽藍を維持しなから真宗寺院として存在することは本当に困難なことである。その前に真宗に寺院は本当に執拗なのかということも問わなければいけない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年10月11日 05時05分52秒
コメント(1) | コメントを書く
[真宗] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


いいねー  
宮ちゃん さん

いいですね。
自己矛盾の止揚、自己否定、むずかしいねー。 (2005年10月11日 07時28分59秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: