元気力UP!

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2014年12月09日
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カテゴリ: 吾輩は猫である



広くはないが瀟洒とした心持ち好く日の当る所だ。
うちの小供があまり騒いで楽々昼寝の出来ない時や、あまり退屈で腹加減のよくない折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然の気を養うのが例である。
ある小春の穏かな日の二時頃であったが、吾輩は昼飯後快よく一睡した後、運動かたがたこの茶園へと歩を運ばした。
茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている。
彼は吾輩の近づくのも一向心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きな鼾をして長々と体を横えて眠っている。
他の庭内に忍び入りたるものがかくまで平気に睡られるものかと、吾輩は窃かにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった。
彼は純粋の黒猫である。
わずかに午を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上に抛げかけて、きらきらする柔毛の間より眼に見えぬ炎でも燃え出ずるように思われた。
彼は猫中の大王とも云うべきほどの偉大なる体格を有している。
吾輩の倍はたしかにある。
吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて彼の前に佇立して余念もなく眺めていると、静かなる小春の風が、杉垣の上から出たる梧桐の枝を軽く誘ってばらばらと二三枚の葉が枯菊の茂みに落ちた。
大王はかっとその真丸の眼を開いた。
今でも記憶している。
その眼は人間の珍重する琥珀というものよりも遥かに美しく輝いていた。
彼は身動きもしない。
双眸の奥から射るごとき光を吾輩の矮小なる額の上にあつめて、御めえは一体何だと云った。
大王にしては少々言葉が卑しいと思ったが何しろその声の底に犬をも挫しぐべき力が籠っているので吾輩は少なからず恐れを抱いた。
しかし挨拶をしないと険呑だと思ったから「吾輩は猫である。
名前はまだない」となるべく平気を装って冷然と答えた。
しかしこの時吾輩の心臓はたしかに平時よりも烈しく鼓動しておった。
彼は大に軽蔑せる調子で「何、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ。
全てえどこに住んでるんだ」随分傍若無人である。
「吾輩はここの教師の家にいるのだ」「どうせそんな事だろうと思った。
いやに瘠せてるじゃねえか」と大王だけに気焔を吹きかける。
言葉付から察するとどうも良家の猫とも思われない。
しかしその膏切って肥満しているところを見ると御馳走を食ってるらしい、豊かに暮しているらしい。
吾輩は「そう云う君は一体誰だい」と聞かざるを得なかった。
「己れあ車屋の黒よ」昂然たるものだ。
車屋の黒はこの近辺で知らぬ者なき乱暴猫である。
しかし車屋だけに強いばかりでちっとも教育がないからあまり誰も交際しない。
同盟敬遠主義の的になっている奴だ。
吾輩は彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起すと同時に、一方では少々軽侮の念も生じたのである。
吾輩はまず彼がどのくらい無学であるかを試してみようと思って左の問答をして見た。
「一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう」
「車屋の方が強いに極っていらあな。
御めえのうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」
「君も車屋の猫だけに大分強そうだ。
車屋にいると御馳走が食えると見えるね」
「何におれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。
御めえなんかも茶畠ばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっと己の後へくっ付いて来て見ねえ。
一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ」
「追ってそう願う事にしよう。
しかし家は教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる」
「箆棒め、うちなんかいくら大きくたって腹の足しになるもんか」
 彼は大に肝癪に障った様子で、寒竹をそいだような耳をしきりとぴく付かせてあららかに立ち去った。
吾輩が車屋の黒と知己になったのはこれからである。
 その後吾輩は度々黒と邂逅する。
邂逅する毎に彼は車屋相当の気焔を吐く。
先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は黒から聞いたのである。

本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2025年02月28日 20時02分58秒
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