GUINの匣

GUINの匣

心に留めて


たまに思い出す事の一つ。
今からもう3、4年前になるだろうか。
私の師が講師をしていた神戸の絵画サークルにお手伝い…といいたいところだが、人物を描きたくて単発にお邪魔した。
けっこう古くからあるそのサークルの人たちは、実力のある人も多く全体にこなれた作品を作っていた。何度か通いながら、少しずつメンバーの方とも話せるようになった。そのなかで一人、初老のご婦人の作品。年の頃は70歳ぐらいだろうか。なかなかいいよと師もお気に入り。ちらっと見てみると、なかなかモダンで若々しいオシャレな作品だった。あっ、なるほどと思い声をかけさせてもらうタイミングを計っていた。

「あの、すみません。良かったら作品を拝見させて下さい。」
『えぇ!?私なんかそんなお恥ずかしいです。にょろにょろ×3さんに見ていただくなんてとてもそんな…。』(私は決して偉い人ではないが)

お願いしたけれど、本当に恥ずかしそうに彼女は顔を背けてしまって、その日は見せていただく事が出来なかった。
その次の機会に、製作中の休憩時間に声をかけた。やはり恥ずかしそうではあったけれど、ぽつりぽつり。

『ほんとに昔から絵を描くのが好きで、…でも時代が時代ですからそんな事もかなわないで、私なんかは楽しみで描いているだけですから。ほんとにただ楽しみで描いてるだけですから。恥ずかしいですわ。…やっぱりちょっと絵描きさんに憧れたんです。でも、あんな時代でしたから…。』

恥ずかしそうにちょっと頬を染めた彼女は白髪の上品な横顔を手で隠した。隠しきれない大きな画面を隠そうともう一方の手を画面にかざした。作品はちょっとカシニョールを思わせる、白い帽子をかぶった女性の横顔が描かれていた。とても上品で優しい、どこかほっとさせるような柔らかさがあった。ギャラリーに並べれば、立派に作品、絵描きさんとして通用するような作品だった。

絵画の本質。競い合うだけではない、でも癒すだけでも成り立たない?
いつもお酒の席などではさんざ話題に上る事である。人それぞれに求めているものがあり、答えてくれるものもそれぞれ。描く側、見る側、それによっても違ってくる。
解っている事は一つ。なんでだか、『いい!』と皆が感じるものがあり、『違う』と感じるものもある。それがある限り、自分が『いい!』と感じる方に近付いて行くしかない。

自分が迷った時、『ただ、絵が好きで…』と語ってくれた、あの恥ずかしそうな横顔をいつも思い出す。

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