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’05駱駝によるタクラマカン沙漠横断探検
各マスコミの紹介
2004/11/04 読売新聞 「人生変わる」縦断タクラマカン沙漠」
2004/11/21 産経新聞 タクラマカンへはるばると・・・
2004/11/23 FMひらかた 沙漠探険紹介で30分番組に出演
2004/12/21 FMひらかた 探検参加者3名で30分番組に出演
2005/02/23 FMひらかた 帰国報告で1時間30分番組に出演
今回の探検も
新疆中国国際旅行社有限責任公司
の協力によりケリヤより北上して4WDの沙漠車が入れるダリヤブイ郷をスタート、駱駝で北上してゴールは4DW車が入って来られるクチャの南114Kmの地点、ゴールからは4WDでクチャ迄の縦断。
このコースは日本人としては史上初(外国人では'90年代オーストリアのTVクルーが成功、新疆中国国際旅行社責任有限公司調べ)の成功。
ダリヤブイ郷からゴール迄直線で275Km実移動距離318.48Km、駱駝に水、食料を積み大寒波の来る兆候暗雲が垂れ込め視界は一時300m位になったが大寒波は来なかった、気温が-25℃迄下がったタクラマカン沙漠を無補給で縦断。
1月13日
今日から沙漠に入る、AM9:00(北京時間 現地は地方時間で7:00)外は真っ暗、ニヤのホテルを出発して駱駝の餌を買う為に先行した荷物車と落ち合う為にケリヤに向かうが、道中雪が降り出しこの先探検の厳しさが見えてきた、ケリヤ迄は沙漠の中の道、沙以外は何もなし。
ケリヤの落ち合う場所に行けば駱駝使いのリーダー、
マッコロバン
がレストランで食事中、1年ぶりの再開を喜ぶ。
ケリヤ川沿いに北上してスタート地点のダリヤブイ郷に向かうが、さすが沙漠車、荷物を積んでいるトラックなのに我らの乗っている4WD車よりも格段に沙漠に入れば怖いものはなし。
ダリヤブイ郷迄は1日で行けないので途中はテントで泊まらなければならない、キャンプ予定地は数軒の人家が有ったので少し離れた場所で今日はキャンプ。
だが子供達はものめずらしく見に集まってくる。
1月14日
朝起きて温度計を見ると-13℃非常に暖かい、このままこの暖かさが続いてくれたらと、トラックは出発準備の為エンジンを始動しようとしているがエンジンは掛らず、運転席を持ち上げて修理をし始めたがなかなか直らない、そのうちに燃料タンクの下で焚き火をして燃料を温めだした、衛星電話で修理工場と話し始め修理を再開したが直らない。
空気が入り圧縮が上がらないのでエアー抜きを始めたがそれでも駄目、午前中は修理で時間を費やしたがついに直らない、駱駝使いのマッコロバンはスタート地点のダリヤブイ郷に電話(電話は2004年秋に開通)すれば偶然にダリヤブイ郷からケリヤに行くトラックがあるとの事なのでそれをチャーターして荷物をダリヤブイ郷に運ぶ事となった。
'04の探検に続いて今年も許可を取って外国人立ち入り禁止の未解放地区「ダリヤブイ郷」をスタートとして選んだ、此処には今迄の探検でサポートしてもらったウイグル族の駱駝使いの人達の集落。
18:00(時刻表示は全て北京時間)頃に人口約200人弱のダリヤブイ郷の集落に到着、昨年来た時と集落の様子が違っていた、有るはずの商店が無く又新しい家が建ち商店が出来ていた。
郷長(村長)の家に着き中に入ると若奥さんがいない、違う若い奥さんが居た1年で集落の状況が物凄く変わっている。昨年1月来た時電気は夜だけで太陽光発電で貯めていた電気が11時頃迄点灯していた、夜は外灯も無かったが今は外灯も灯り様変わり、今は24時間OK、電話も昨年の秋頃に役所に1台通じた。
集落に入れば今迄の駱駝使いの人達、昨年逢った懐かしい人達とウイグル語と日本語では言葉は通じないが会話が弾む。
昨年有った商店が無くなり、又新しい商店が出来て一寸近代化されたみたい。
スタート地点のダリヤブイ郷に到着後20:00頃地方政府の電話に修理が終ったので現地を出発したと連絡が入った、原因は気温が下がった為に燃料下がりの為エアー抜きをしなければ成らなかったがやり方がまずかった為と分る。
地元の人以外は沙漠に入る時は、ベストカー、ベストドライバーで2台の沙漠車で入るのが鉄則。
夕食は昨年食べたシシカバブの美味しいレストランに予約をしようとしたらこれも無くなっていた、案内された所は昨年郷長の家に居られた若奥さんの店、駱駝使いのお父ちゃんと呼ばれていた
ユスナホーン
(’02の探検時に一緒に行動をして日本人の参加者から物凄く好かれていた人)が居た。
ケリヤ県の高級役人がケリヤの町から日本人が来ると聞き歓迎?の為わざわざダリヤブイ郷に来ていた、レストランが終るので役人と郷の人達と我々で役人の事務所兼宿舎で飲み直す事となったが、ウイグルの人達は公の場所で酒は飲まないのでこの集落では酒は売ってないので沙漠に持っていくはずの白酒を提供したが此れが後日沙漠で大問題となる。
15日
ダリヤブイ郷は沙漠の中の集落、集落から町に出るには来た車に便乗するしか移動手段が無い、1番近い町ケリヤ迄は226Km、沙漠の中の道なき道を行くので1泊2日の距離。
今回はケリヤ県の高級役人1人、重病人1人を含む7人が乗って行ったが、病人はケリヤの病院に行く車が無かったので重態の状態、見送る人は此れが最後に成るかも知れないので10人以上の人が泣いて別れていた。
沙漠の中を走るので物凄く揺れるが無事に着いたかその後は不明。
郷長(村長)の家の前で出発前の装備のチェックをしていると集落の人が沢山集まってきたが、子供達も大人達に負けずと集まってくるが昨年仲良くなった子供が居たがもう忘れていたが、他の参加者は子供達と遊び始めた。
「沙漠の探検に羊の肉を持っていくので今から2頭解体する」と
王 威さん
が言い出した、他の人は物珍しいので喜んで見に行くが私は30m以上離れてしか見られなかったが、現地の10代の女の子は素手で腸を引っ張り出し鍋に入れていたがさすが沙漠の民。
夕食は昨夜の店でナンと昼に解体した羊の肉のシシカバブを食べる。
日本から持って来ていた日本酒を飲み帰国するまでしばしの日本酒との別れ。
1月16日
郷長(村長)の家の前の庭なので集落の人達が荷物を積むのを手伝ってくれるが初日の為荷物を積むのに時間が掛かった。
積み終わると多くの人に見送られ「駱駝によるタクラマカン沙漠縦断探検」に出発。
私は駱駝に乗らずに歩いて行く為に防寒ジャンパー、防寒ズボン等は脱ぎ駱駝に積んで軽装で出発、集落を抜けると杖用の木探しを始めるが適当な長さで太さの木がなかなか見つからない。
適当な木を見つけると駱駝使いの人は沙漠用のナイフで綺麗に枝を取り握りやすいように加工してくれる。
出発して暫くしてから気が付いたが毎回歩く時は先頭に位置しているので後方の駱駝たちの写真を撮ろうとしたら逆光、北上しているので太陽は後ろから気が付かなかった。
昼食はカップラーメン(日本のカップラーメンの1.3倍位の大きさ)と昨夜のシシカバブ、果物(桃、ミカン)の瓶詰め、中国の漬物、シシカバブは昨夜の物なので凍っているので駱駝使いの
マットロジー
は手際よく焚き火で暖める。
昼食後は駱駝に乗る為防寒ジャンパー等は着用して、乗っていると動かないので物凄く寒くなる、特に足の指はちぎれんばかりの冷たさ、足用の携帯カイロを入れればOKだが荷物になるので持って来なかった、他の人は持参していたが余り効果が無いとの事。
キャンプ地に着けば最初にする仕事は焚火用の木を集める。
今日から本格的な沙漠でのキャンプ生活が始まる、テントの設営の仕方、携帯カイロを使って寝袋での寝方その他色々の説明をする。
1月17日
朝食のパンに付ける蜂蜜の瓶を焚き火で暖めていたらパチット割れ食べる事は不可能、今朝はパンに付けるものが無い、我慢々。
午前中は寒いので参加者は沙漠の沙を踏みしめて歩く為に杖を作る、歩き出すと身体が暖かくなるので防寒着を脱ぎだした。
昼食後女性は午後駱駝に乗るので防寒儀等を着用、駱駝に乗り姿勢を正しロープを掴もうとしたら、駱駝が急に
立ち上がり落下する
が駱駝使いのウイグルの人がサポートしていたので掴まえてくれた、もし落ちても沙漠の砂はパウダー状なので大丈夫、私も一度落ちた経験が有り、全員1度は経験をする。
今日のキャンプ地は羊の放牧地、直径5m位 深さ4m位の井戸の横でキャンプ。
近くに民家が1軒有り親子が珍しいので見に来るが焚き火に当たるだけ、火が消えかけても焚き火の横に木が有るのに薪を入れようとしない、日本語でジェスチャーをこめて「火に当たるだけでなく薪を入れろ」と怒って言えば渋々入れる。
早速タバコをねだられたがOKすれば計算をして持ってきているので無くなったら困る、又進呈するのは簡単だが外人は何でもくれる印象を与えれば次回来た人達は困る、彼らの沙漠での生活の環境を変えるのも如何かなと思い拒否をする。
電気炊飯器でご飯を炊き出した、日本から「3回分のカレーを持って行く」と連絡をしていたので今日の夕食はカレーライス。
カレーに入れる具も揃えていた、牛肉の固まりも持って来ている、肉は凍っているので小さく切れない、2Cm角位の大きさの肉が物凄く多く入っている、王 威さんはカレーライスを日本で食べた事があるが新疆ウイグル自治区ではカレーは売ってないので中国のスタッフ、ウイグルの人達は初めての食べ物。
皆 特にウイグル族の人達は美味しい々と言って喜んで食べた。
1月18日
朝食は昨夜の残りご飯でのお粥、暖かいので身体が温まる。
朝から河床(昔川の在ったところ)を通る、過去の探検と違い小さい河床(幅500M位)。
移動中沙漠の中に一軒家が有りジープ1台、オートバイ2台有り大金持ち? しかしガソリンスタンド迄は260Km以上の距離が有り、沙漠の中の道なき道を通って行かなければならないのでガソリンを満タンでも無理であろうと思われる、ガソリンの補給は如何しているのだろうか。
家から人が出てきて
マッコロバン
を見つけると挨拶をする、さすがに郷長(村長)の息子、前回の探検でもマッコロバンを見つけると相手は必ず挨拶の為に近寄ってくる。
女性の参加者が朝より風邪気味と訴える、全然気が付かなかった、本人は大丈夫と言っているが心配、ランチ時に持参の薬を服用するが。
今回の探検で初めての河床でのキャンプ。
今日の夕食は水餃子、但しスープには野菜炒めと羊の肉の2cm角くらいの大きいのが物凄く沢山入っ
ている、スタート地点のダリヤブイ郷で羊を2頭解体して持って来ているのでこの先羊の肉料理が多く出るであろうと期待をしたい。
沙漠探検の食事は手軽に出来、多くの水を使わず下ごしらえ不要な料理が多い、水餃子は5日に2回は夕食に出たが今迄の探検では今回のようにスープに具が入ったのは無かった。
女性は食後元気が無い、大丈夫と言っているが風邪が心配、沙漠の中では医者も居らずそして物凄く寒い、持参の薬を服用して暖かくして居らなければ。
食後は防寒剤(ワイン)を飲み暖まるのを期待するが寒いので暖かくならない。
気温は-13℃そんなに寒くは無いが、星が物凄く沢山見え快晴、明日の朝は気温が下がりそうなので女性は寝る時テントの下にブルマーク(長さ1.5m×幅1m深さ20Cm位の穴を掘り焚き火の炭を入れて沙を掛ける、家の床下暖房と同じ)を作りその上にテントを張り私の予備の防寒着を貸し予備の寝袋(寝袋は計3枚)を使って寝るが治るのを祈るだけ。
1月19日
今朝の気温は-23℃朝の気温としては普通、風邪気味だった女性は朝起きたらブルマークの上で寝たので「自宅で寝るよりも暖かく気持ちが良かった」そして風邪はほぼ回復したと報告が有り又食欲も進むので皆で喜ぶ。
駱駝に乗れば動かないので物凄く寒い、女性は風邪をぶり返さないように靴の中に携帯カイロを入れ服は有る物を全て着たので丸々となり駱駝に乗るのも一苦労。
前方に家が有りこのような沙漠の中にも人が住んでいると思ったが、近付くと無人の小屋と羊を入れる囲いが有り、羊の放牧時だけの小屋、集落から遠く離れて遠くまで放牧に来る。
今日は上天気で暖かい昼食時には気温は4℃、焚き火に当たりながら食事をするのに今日は暖かいので焚き火から遠く離れて自分の好きな場所で食事をする者も現れる。
食事の後の短い休息時間に低い沙丘に登りお互いに写真の撮り合いをする。
左側に(西)に高い沙丘(100m級)が現れた、本格的な沙漠地帯に入った、初参加者は雄大な沙漠の景色に驚くがこの先は木が少なくなるであろう事は知らない、夜の焚き火用の木が少なくなると思うとちょっと不安を覚える。
1月20日
今朝は早起きした北京時間 8:30(新疆ウイグル自治区は地方時間で北京時間よりマイナス2時間、沙漠での生活は北京時間)に目が覚めたが寝袋の中に居るのも寒いので起きたが明るくなるまでは未だ1時間位あり外は真っ暗、余りにも寒いので温度計を見れば-25°さすがに寒い。
焚き火に火を着け皆が起きるのを待つがウイグル族の人達は早くから起きて朝のお祈りをしている、お祈りが終れば放している駱駝を集めて餌を与え出発準備。
寒いので手が冷たく手袋をしては寝袋を収納出来ないので素手で作業をするがこの時が1番辛い。
出発をして間もなく駱駝に与える水探しの為に駱駝使いが急に左右に分かれ2~300m並行して進んで水脈を探し始めたが発見は出来なかった。
昼食の為に暖めていたお粥の缶詰を開けてなかったので膨張して「パーン」と爆発、一瞬全員が後ずさりして驚くがその直後に皆で大笑い。
午後より本格的な沙丘地帯に入ると共に極端に木が少なくなり色んな風紋が出現して来た。
リーダーのマッコロバンは何時も先導をして昼食時、キャンプ地では焚き火が出来るように木の有る所を探す為に常に高い沙丘に登り進行方向を定める。
今夜の食後は駱駝使いの人達も我々の焚き火に来て大宴会(ウイグルの人達は宗教上酒、タバコは嗜まないが若い
マットロジー
はリーダーのマッコロバンに隠れて嗜む)、我々はピーナッツと干し葡萄で防寒剤(酒)を飲むが、彼らはマットロジーを除いてピーナッツと干し葡萄だけ。
参加者は焚き火の周りで写真を撮り出したが、マッコロバンは女性に腕を組んでもらい写真を撮るが、外国の女性と腕を組んだのは初体験。
1月21日
今日はウイグル族の人達の1年で1番大切で、1番大きいお祭り「コロバン祭」(断食明けより70日目で羊を殺して食べる日)なので今夜の夕食は豪華な水餃子と卵焼き、但しスープには野菜炒めと羊の肉の2cm角くらいの大きいのが物凄く沢山入った豪華な食事、スタート地点のダリヤブイ郷で羊2頭を解体して持って来ているのでふんだんに羊の肉を使った料理が出てくる。
卵は気温が低いので全て凍っている、殻を取り暖めると白くなってきた、白くならない様にかき回して暖める此れが又大変。
今夜は雲が多く?余り星が見えない、明日の朝は暖かそう期待をしよう。
1月22日
今朝は暖かい。昨夜と同じ-10℃空は曇っており太陽は顔を出さない、朝食に昨夜の玉子焼きの残りが出てくるが凍っているので焚き火で温めてナンと共に食べる。
出発に時間になっても太陽は出てこない、このまま暖かくなれば良いのだが。
小さい沙丘地帯が続くが政府の地中探査(石油、天然ガス)跡を発見、導火線が200m位残っておりウイグル族の人達は進むのを止めて導火線を集め始める、集めた導火線は一ヶ所に集めて探検が終ったあとの帰路に回収する、目印も付けずにこの大きな砂漠の中で見つけられるのだろうか、さすがに沙漠の民ウイグル族と関心をする。
昼近くになると風が出てきたそして雲も降りてきた、私は歩いているのでそんなに寒くないが駱駝に乗っていたら物凄く寒いであろう。
他の人は昼食後足用の携帯カイロでは暖まらないので寝る時用のカイロを入れだした。
午前中の風は強くなかったが午後は10m/s位の風になり体感温度は非常に寒くなって来た。
夕方になると風も止み気温も下がらないので暖かく過しやすい
1月23日
出発をして8日目、そろそろ駱駝に水を与えないと倒れる駱駝が出てくる。2日前から駱駝使いが駱駝と平行して2~300m離れて進むが、掘れば水のあるような地形が無いので一寸焦ってきた、駱駝使いのリーダーのマッコロバンがそれらしい地形を発見、駱駝使いの人たちは早速穴掘りを始めた、今日は此処で昼食及びキャンプ地となり昼からはフリータイム。
最初は1.5m×1.5m位の大きさだったが2m位掘っても出てこないので2m×2m位に広げる、我々も手伝い穴掘りをしたが深くなるにしたがい水が染み出してきた、駱駝使いの
コアナホーン
は足元が濡れるので水は冷たいが靴を脱ぎ裸足になって穴掘りを続ける。
深さ4m位掘れば少し水溜りが出来たので穴掘りは終了。
水が湧いてくるのを待つ為に駱駝使いの人達、中国のスタッフは昼寝を始めた、3時間ほど待って深さ20cm位溜まった、駱駝に水を与えてもOKか?駱駝使い2人が水を飲んでチェック、OKなのでバケツで汲み上げ与える準備をしていたら駱駝達は水の匂いを嗅ぎ付けて集まってくる。
1頭に約20リッター位を与えるが夜中まで掛かっても全頭には与えられないので翌朝に残り5頭に与える予定。
中国のスタッフ、ウイグル族の駱駝使いの人達は毎日テントを使わず何時も外で寝る。
今日の寝る時の温度はー8℃、翌朝は-16℃テントの中は外気温より2~3℃位暖かい。
テントの設営、撤収が面倒なので外で寝るのは私も何回か経験をしているがテントの中で寝るのもあまり変らない。
外で寝ると霜が付き朝焚き火で寝袋を乾かさなければならない、初めて沙漠に行った人は一度経験をすれば貴重な体験。
1月24日
昨夜全部の駱駝に水を与えられなかったので朝早くから残りの駱駝に水を与えるが時間が掛かり出発は約1時間遅れた。
全部の駱駝に水を与えたので駱駝も一寸元気になったみたい、此れで一安心駱駝の足取りも軽くゴールに向けて進むだけ。
沙丘が続くと風で出来た美しい風紋が現れる、その素敵な風紋を駱駝達は一歩一歩踏みしめて沙丘を進む。
だが強い風が吹けば瞬時に足跡は消え又素敵な風紋が出来る。
駱駝は非常におとなしい性格をしているが、人の乗る駱駝はその中でも特におとなしい駱駝を使われる。
荷物を積む駱駝の中には気性が荒く、荷物を積むときは座らすのに2~3人掛かって座らせなくてはならない程気性の荒い駱駝が居る、だが荷物を積み終われば後は諦めたのかおとなしくなる。
初めて駱駝に乗った人も駱駝に慣れて駱駝から両手を離して写真が撮れる様になって来た。
スタート地点のダリヤブイ郷で羊を2頭解体して持ってきた羊の肉。
何時になったらシシカバブを焼いてくれるのか首を長くして待っていたら、ウイグル族の駱駝使いの人達は木の枝を切って串を作り出した、もしかして「シシカバブ」、やはり肉は凍っているので小さく切れないので町で食べる2~3倍の大きさになる。
さすが彼らは沙漠の民、調味料は塩味だけでレストランで食べたシシカバブより美味しいのを作ってくれた。
1月25日
女性の参加者は寝袋を袋に入れるのに2~3回程巻きなおし苦労している、今朝は暖かい(-9℃)ので油断をして手袋をせずにしたので手が動かない為。
出発して直に前方に100m級の大きな沙丘が立ちはだかった、朝なので未だ疲れていないので楽ではないが歩いて越えられた。
明日、日本時間14:00から大阪のFM局で衛星携帯電話を使って沙漠からの実況中継を行うので本日、日本時間13:00(新疆時間10:00)から1回目のテスト通話の予定。
衛星携帯電話は昨夜充分に充電を行い10分前からスイッチON、障害物が無く見通しの良い沙漠でも万が一通話出来なかったら困るので、歩きながらアンテナの向き、地形を考えて受信準備完了。
時刻はGPSに衛星から送られてくるので間違いが無いが、電話は掛かって来ない、約束の時間の10分後まで待ったがついに掛かってこなかった、諦めて明日の同時刻の2回目に期待をしよう。
GPSを見ると北に向かわなければならないのに東の方に向かっている、言葉は通じないがジェスチャーで
マットロジー
に西の方向に進路を変えるように指示を出すが、言った事は通じたみたいだが相変わらず東に向かう。
後で分ったが地形から北に向かえば木が無い様なので進路を北東に向かった、未知の場所なのに地形から木の有る無しが分る、さすが沙漠の民。
夕食後駱駝使いの人達は明日の昼食用の為に鶏の丸焼きを焼きだした。
毎日食事が楽しい、食事前になると今日は何が出るかなと期待が膨らむ。
鶏は腹を出して3匹を天然で凍らして持ってきている、明日はその最初のが食べられる、ウイグルの人達はカチンカチンに凍った鶏を焚き火で上手にこんがりと焼き上げる。
1月26日
昨日に続き衛星携帯電話を持って受信準備をしているが今日も掛かって来ない、残念だが中継を諦めなければならない。
昨年はNHK TVのテスト時はOKだったが本番は通じなかった。
今日のランチは昨夜焼いた鶏の丸焼きが出てきた、凍っているので焚き火で再度焼き暖める。
前方の地形が沙漠にしては何か変な形をしている、沙漠車の入ってきた跡も有る。
近付くにつれて人工的に作られた地形、よく見ると駱駝の水飲み場、沙漠の中に「自然保護区が有り駱駝が十数頭生息をしている」聞いていたが詳しいポイントまでは不明だった、まして水飲み場が有るのは知らなかった。
駱駝使いの人達は池の氷(厚さ約20Cm位)を割り駱駝使いが試飲して、中華鍋で水をくみ全部の駱駝に水を与えた、1頭に約20L位の水を飲んだ後は元気に成った駱駝たち。
そして我々の調理用の水も補充をした。
沙漠を北上するにつれて木が無くなってきた。
沙漠での1番のご馳走は暖かいもの、その中でも焚き火が1番、過去の探検では3回位焚き火の無い夜を経験しているが地獄、非常に辛かった。沙漠の木は生きて1,000年、枯れて1,000年、倒れて1,000年と言われ、生きている木を燃やせば重罪なので枯れた木だけを焚き火に使用する。
本日は本格的な沙漠になり草木が無くなって来た、移動中駱駝は好物のラクダ草、胡楊の木、タマリスクを食べていたが食べるものが無くなって来た、キャンプ地に着くと駱駝達に餌を与える、駱駝の食事はトーモロコシ20%、麦わら80%塩少々、駱駝達は餌の取り合いの喧嘩もせずに仲良く食べる。
草木が有る所では夜は放牧をするが朝2Km位遠くに行った駱駝も居る、又遠くに行く癖のある駱駝は胡楊の木に縛る。 駱駝の好物の順序は1)ラクダ草 2)胡楊 3)タマリスク
沙漠での夜の楽しみは焚き火を囲み防寒剤(酒)飲みながらの歓談、前半はポリタンクに入れて持って来た12度の「楼蘭ワイン」寒い時はシャーベット状なので冷たくて飲めないので焚き火で燗をして飲む。
中盤の紹興酒は25度、後半の白酒は65度、今回は酒飲みが多く居たので後半は酒が少なくなってきたので1日の飲む量は今迄の半分の量になった。
ウイグルの人達はイスラム教なので酒、タバコはNGだが若いマットロージはリーダーのマッコロバンが見ていなければ両方ともOK。
駱駝は非常におとなしい性格をしているが、人の乗る駱駝はその中でも特におとなしい駱駝を使われる。
荷物を積む駱駝の中には気性が荒く、荷物を積むときは座らすのに2~3人掛かって座らせなくてはならない程気性の荒い駱駝が居る、荷物を積み終われば後は諦めたのかOK。初めて駱駝に乗った人も駱駝に慣れてきて両手を離して写真が撮れる様になって来た。
1月27日
朝から100m級の高い砂丘を2ツ歩いて越えた、距離を落とさない為にも休むわけに行かずに非常に疲れた、ランチタイムが待ち遠しい。
昼食はラーメン、ナンを食べる人がいたのでラーメンを1/3貰い大盛とウインナー、クッキーを、食べ過ぎたかな。
今日は昨日迄と違い沙漠に生えている草木が無くなってきた、風景も壮大な沙漠になってきたのは良いが今日のキャンプに焚き火が出来るのか非常に気になってきた。
先頭を行くラクダ使いのリーダーのマッコロバンは絶えず高い沙丘に上がり進路方向に木が有るか確認をしているが中々木は見つからない
駱駝は歩きながら草木を食べるが今日は食べるものが無い、キャンプ地に着けば駱駝に持ってきた餌を与える、過去5回の沙漠探検で駱駝に餌を与えるのを見るのは初めての経験。
餌は麦わら80%、トーモロコシ20%、塩少々を混ぜる、ナイロンの敷物を敷いてその上に広げて与えるが喧嘩もせずに皆仲良く食べる。
駱駝の好物は1)ラクダ草(Yantak) 2)胡楊(Tograk) 3)タマリスク (Yulgun)
今夜も夕食後駱駝使いの人が明日のランチ時の為に鶏の丸焼きを焼きだした。
その横で我ら日本人と中国のスタッフが残り少なくなってきた防寒剤(酒)を飲み始めるが、ウイグル族の駱駝使いの彼らは飲まないので気を使わずに飲める。
1月28日
出発して間もなく風が強くなってきた非常に寒い、寒波、小さい沙嵐が来るのかな?視界も悪く1Km位先が見えない。
水溜り(駱駝の水飲場?)を見つけるが 一昨日に水を与えたので今回は素通りする。
風が有るので体感温度が非常に寒い、昼食時気温を測れば-4℃今迄で1番寒い昼の気温。
ランチはお粥の缶詰、暖まるが鶏の丸焼きは融けただけで冷たいが皆がむしゃらに食べる、食べない事にはこの寒さを乗り切れない。
何時もは寒い午前中は歩き、暖かい午後は駱駝に乗るが今日は風の為に非常に寒いので我慢が出来ずに途中から駱駝から降りて歩く。
普通なら歩いて動けば暖まるが今日はまるっきり暖まらず防寒ジャンパーは着たまま歩く。
生えている木が周りを見渡しても見えない、今日のキャンプが不安になってきた焚き火が出来るのであろうか、防寒剤も(お酒)残り少ないのにどのようにして暖まるのか。
絶えずマッコロバンは高い沙丘に登り周囲を見渡して木のある所を探すが、北に進まなければならないのに急に南西の方向に進みだした、進路を間違っていると言っても言葉は通じない、前方を見れば木が有った、なるほどさすがマッコロバン、助かった今夜も焚き火が出来る。
今日は寒かったので夕食は暖まる羊と野菜のスープが出てきたが、出発地点のダリアブイ郷で地元の人達との交流で防寒剤(お酒)を飲みすぎたので今日から量が制限されてきた、今迄の半分位になった。
衛星携帯電話での定時交信で防寒剤(お酒)が無くなってきたのでゴール地点での最後の夜の分を持って来る様に要請をした。
日が沈むと風は止み雲が出ているので今夜は暖かい、昼より4℃下がって寝る時は-8℃。
1月29日
今日は昨日のように風が無いが雲の量が多くなってきた、太陽が見えないその分だけ寒さは厳しい。
又雲の為に視界も悪くなってきた。
ランチはインスタントラーメン等だが食べた時は暖かいが直寒くなる。
今日の午後も途中から寒いので駱駝から降りて歩くが身体は暖かくならない。
夕食の準備を見ていたらお米を出してきた、もしかしてカレーライスだ参加者は喜びだした。
やはり牛肉は凍っているので2Cm角位の大きさにしか切れない、我々にとっては大歓迎。
1月30日
朝より雲は多いが急に暗雲が垂れ込めてきた、これは大寒波が来る前兆、寒波はー40°位まで気温は下がり風が吹き砂漠での行動が出来ずテントを張って中でおとなしく寒波が済むのを待たなくてはならない、過去には寒波は経験しているが暗雲が垂れ込めるのは物凄く大きい寒波。
視界が悪いが今日は今迄で1番高い沙丘を越えた、視界が良ければ素敵な景色が見られた事だろう。
ランチ時には視界が400m位しか先が見えないようになってきた。
昼からは風が少し強くなり10m/s以上?駱駝に乗っていれば動かないので寒さは厳しい、特に足の先が痛くなる程寒さを感じる、降りて歩けば身体も暖まってきたがやはり寒い。
沙漠を北上するにつれてますます木が無くなって来た。
随分視界が悪くなってきたが沙漠は今回で5回目の探検、だがこのように雲で視界が悪くなったのは初めての経験、晴れていたら遠い所の沙丘を目標に進むのでGPSは余り見ないが、今日はGPSを絶えず見ない事には沙漠で迷子になる。
GPSの電池は常温で20時間位ならOKだが余りにも寒く、絶えずポケットから出して見るので4時間ももたない、気が付けば電池が無くなり画面が消えていた、予備の電池は絶えず身体に密着して体温で暖めておかなければ即使えない。
夕方になれば風の為か少し雲がなくなり太陽が薄く見えてきた。
夜になれば風もなくなり今日は今回の探検で1番美しい満点の星空が現れる。
衛星携帯電話での定時連絡でキャンプ地より北東約570Kmのウルムチで昨夜は最低気温-26℃の寒波が来たと連絡が入る、まだまだ寒くなると気象予報が出た、沙漠に居る我等の心配をしているが、沙漠に居る我々としてはどうする事も出来ない。
距離が離れているのでちょっとは楽観できるかな、初参加の女性の人は大寒波来襲したらと不安を感じ出した。
1月31日
朝より雲が垂れ込み風は微風昼頃には視界が300m以下となる、駱駝の後ろから歩いて来る人は駱駝の足跡を見失わないように一団となって進む、もし迷子になれば見つからないだろう、もし見つかっても何千年後にミイラとなって見つかるかな。
沙丘が続くと風で出来た美しい風紋が現れる。その素敵な風紋を駱駝達は一歩一歩踏みしめて沙丘を進む、だが強い風が吹けば瞬時に足跡は消え又素敵な風紋が出来る。
午後も高い沙丘が続くが視界の悪いのは変わらない、夕方になれば太陽が微かに見えてきた。
順調に進んできた、明日で探検も終り駱駝使いの人達の帰りの水、食料を分ける、彼らは帰路同じコースを通るので沙漠の中に水、食料は置いておく。
夜は風も止み星空も見え出した、夜の気温-13℃風も無いので焚き火にあたり残り少ない防寒剤(お酒、白酒)を飲めば余り寒さは感じない、量が少ないのは不満だが致し方ない。
明日を楽しみに我慢 我慢。
2月1日
今日は最終日、高い沙丘が続くが午前中は何時もの通り沙の中を歩いて進む、昼食後駱駝使いと
Mrターシー
はゴール地点でのビデオ撮影の為2頭の駱駝で先行する事となり出発をした。
午後は平地となり進むのも楽だGPSで進路を確認すると左方向に進まなければならないのに右方向に進んでいる、おかしいと思いながら駱駝の足跡をたどって進む。
待ち合わせ場所から離れて行くが、車が沙漠の中に入って来られないので場所を変更したかな。
はるか前方を見れば車が見える、数人で迎えに来てくれている、もうそこがゴール。
ゴールに着くと「新鮮な野菜が無かったでしょう」と言って直径4~5Cm長さ20cm位の特大の新鮮なキューリとリンゴ、そして白酒を持って出迎えてくれる。
「日本人として史上初のタクラマカン沙漠縦断成功」
(1990年代にはオーストリアのTV局が成功している、
新疆中国国際旅行社有限責任公司
調べ)
大寒波も来なく事故も無く全員無事での成功を祝い白酒で乾杯、肩を抱き合い喜び合う。
キューリは直にかぶり付いたが久し振りに食べた新鮮な野菜なので歯応えも良く物凄く美味しかった。
到着後の駱駝からの荷物卸等は迎えの人達がやってくれるので白酒を飲み焚き火にあたり休む。
駱駝から降ろした荷物は今夜使うものを除いて直に車に積み撤収を始めた。
20:00駱駝使いの人達はこの時間から真っ暗の沙漠を帰途に着いたが、その後の夜は焚き火を囲み成功を祝い再び白酒で乾杯。
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