Beauty Source キレイの魔法

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クレア1864『降臨』



『降臨』

その年も暮れようとする頃、私はバイエルンにほど近い山荘に向かっていた。
メグも大きくなってきて、子守りがいれば母親がいなくても何日かは
過ごせるようになっているが、なるべく早く戻らねばならない。
グスタフの、そしてあの方からのたっての頼みでなければ、
心残りをパリにおいての道行きなど、とてもできなかったかったと思う。

新しいオペラ座の建築の合間を縫って、あの方は再び私のもとを訪れてくださるようになっていた。
ルイーズの結婚やメグの誕生は、私が知らせるより先に父から伝えられていて
およそ二年ぶりの対面も、表向きは淡々としたもの。
メグを初めてご覧になったときも「君に良く似ているようだね。」と静かにおっしゃるだけだった。

シャルルとルイーズのもとへ行くのと同じ程度に、あの方は我が家にもいらっしゃる。
男性二人が連れ立ってきて、父と話をしてゆくこともしばしば。
オペラ座の建築は難工事で、礎石を積む前に地下水を掘り当ててしまったのを皮切りに、
次から次へと問題が起っているようだった。
あの方がいなければ、シャルルはこの工事に携わることを放棄してしまったかもしれない。

グスタフからあの方への連絡は、ちょうど2日前に届いた。
エリザベートさまの容態が思わしくなく、とにかく火急に来て欲しいとのこと。
ご自身で向かわれたいのはやまやまだったのだけれど、とにかく今はパリから、
というよりはシャルルのもとから離れることはできない。
地下水はまだどんどん染み出ている状態で、護岸工事をされたこともあるあの方の技術は、
どうしても必要なのだ。

「君が行ってくれるのなら、心強い。」
「私でお役に立てるのでしょうか。」
「一番重大な局面は、すんでしまっているらしい。君にはこの調合薬を届け、
あずかりものを受け取ってきて欲しいのだ。
誰にでも任せるられることではない。極秘中の極秘のことだから。」
あの方の言葉に抗う術など、あろうはずがない。
道中の供にする女性をひとりつけられ、私は馬車で出発した。

エリザベートさまは、確かに衰弱しておられるように拝察した。
婚家の王宮でお暮らしになることを好まれず、王妃となられてからも、
気ままに諸国を旅しておられると聞いていたけれど。
あの方からの薬を世話係に預けたあと、私はグスタフから事情を聞く。
彼はずっと、エリザベートさまのおそば去らずの楽人として過ごしていたらしい。

ご容態が思わしくないのはつまり、産後の肥立ちが良くなくていらっしゃるのだということ。
ご実家か婚家から医師をお呼びになれないのは、要するにどなたにもお知らせしがたい、
予期せぬご出産だったということ。
あの方が私の母の容態を持ち直させたという話を思い出し、
早急にそのときに使った薬の処方と、ある依頼をしたということ。

「その依頼というのは・・・」
「わかりましたわ。そのお子さまを、しばらくお預かりするということですのね。」
供まで、しかもなぜ女性がつけられたのかが、ようやくわかる。
グスタフはエリザベートさまの容態が持ち直したら、北欧に戻って住居を整え、
状況が整い次第、お子さまを迎えにあがると続けた。
放浪を続けていた彼が、子どもを育てるために落ち着くと言うのだ、
エリザベートさまのために。
「相手も非常に高貴なお方だから・・・。」
「心してお世話いたしますわ。お子様のお名前は、なんとおっしゃいますの?」

キリストの祝福を受けたお姫さま。
彼女が天使の角笛までも携えてきたなんて。
生い立った後に、彼女がオペラ座を揺るがす事件のヒロインになるとは
そのとき、誰が予想しただろう。

2005.08.30

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