なりませぬ、食ろうてはなりませぬ

なりませぬ、食ろうてはなりませぬ

ハラキリ!



●2010年7月20日(手術当日)
昨夜、死にそうになったおかげで体力ナッシング。
さすがに看護士の方もこれはちょっと…と思ったのだろう
H先生に朝の浣腸はやめたほうが良いと進言してくれたみたいでほっとした。
もう一度アレをやったら、本当に死んでたと思うよ。
水も飲めない状態のままお昼をむかえ、弾性ストッキングを装着。
昼過ぎに母が到着。
本当はこんな手術に立ち会わせたくなかった。
できれば家で休んでいて欲しかったが、こればっかりは仕方ない。

1時ぐらいに前麻酔のような筋肉注射をされる。
あまり痛がらない私の様子に「痛くないの?」と聞かれるが、そりゃ痛いよ!
でも、自慢じゃないが子供のころから筋肉注射はしなれてる。
痛い痛いと緊張すれば薬剤が入っていかず、余計時間がかかり痛い時間も長くなるが
痛くても意識的に力を抜いた状態に自分置くことができれば
薬液は短時間で筋肉内に入っていき、注射もすぐに終わるのだよ。
でもこの注射まったく効いてないみたいだった。
手術室へ行く直前にトイレへ行ったけど、
まったくふらつきもしなかったし、眠くもならなかった。

あいかわらず体調はあまり良くないし、
うっすら頭痛だが、それでも手術はするのよね~
病室のベッドに寝たままオペ室へ行くときに
同室の方々に「頑張ってね~!」と声援をおくられ、
私も振り絞った元気を見せピースサインで答える。
オペ室の前で母と別れ、前室へ入室後自分でストレッチャーへ移動。
シャワーキャップのようなものをかぶせられ、実際に手術をする部屋に移動。
病衣の上を脱いでバスタオルで上半身を隠してもらいつつ実際の手術台へ。
手術台は目にも鮮やかなブルーでしかも十字架のような形であった。
背中に麻酔が入り、手術台に両手をくくりつけられた所で意識を失う。
次に目が覚めたら手術室からICUへ移動する途中であった。
よく「手術なんて寝て目が覚めると終わってるよ」と言うが本当だったなぁ

H先生も母も側にいた気もするのだが、あまりはっきりした記憶がない。
ただ、ストレッチャーからICUのベッドへ移される時に看護士が
「いやあ~動脈に針が入ってる!だって拍動してるもの!」
「あら~!こっちもだわ!動脈だから気を付けて抜かないと!」
と、非常に慌てているのを覚えてるんだなあ。
どうやら両方の手首の動脈に点滴かなにかの針が入ったいたらしい。
どうしてそうなってるのかは未だに不明。
とにかく看護士の慌てようがおかしかった。

そのICUでは少しだけ母が付き添ってくれたが、
いてもらってもなにもできないから、早く帰って休んで欲しいと頼む。
時間を聞くと4時半とのこと。
実質的な手術時間は2時間もなかったようだ。
母が帰った後、H先生が様子を見に来た。
あまりに顔色が良くなかったのだろう、輸血を1パックだけするように指示。
厳重な確認作業の後、輸血が開始される。
さすがだな!輸血!なんか少し力が戻ったような気がする~
その後、すぐに落ちるように眠る。

夜目が覚めると、猛烈に腹が痛い。
切った傷は痛くて当たり前だし、それは覚悟の上。
そのための痛み止めも背中に細いチューブで入れている。
だから痛くても想像の範囲内で、どうにか我慢もできる。
できないのが腹の中の痛みなんだよ!
痛いというか熱いというか・・・・
どう表現して良いのか分からない苦しみが腹の中にある。
熱も出てるらしくアイスノンをもらって頭を冷やす、気持ちええ~

何度も痛み止めを入れてもらったり、背中にクッションを当ててもらったりと
少しでも楽になるよう気が紛れるようにしてもらうものの
夜中というのは病人にとって鬼門の時間。
夜明けはまだかと何度も時間を聞いてしまう。
時間は携帯でわかるからと、普通の腕時計を持ってこなかったのは失敗であった。
ICUでは携帯は使えないし、見える範囲には時計はなし。
人間というものは時間がわからないと不安にもなるし
かえって今何時かと気になってしまうものである。
少しうとうとしては痛みで目が覚めるの繰り返し。

深夜にまた目が覚めるが、ICUって以外と五月蠅い。
1人は暴れてて4人がかりでも押さえつけられず
「○○さん!動かないで!」と大騒ぎするし
もう1人はずっと「看護婦さん~助けて~痛いよ~先生助けて~」と叫び続けるし
とどめのもう1人はずっとぐちぐちしゃべってるし。
朝になってようやく静かになったICUであった。

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