鱗羽

鱗羽

空間ベクトル1-8[全日前夜]

全日前夜



 その日は大学弓道大会が行われる名古屋へ出発する前日だった。

まさか朝六時にJR駅に集合しなくてはならない奴が夕方の道場、っていっても夜の七時とかだけど。くる筈ない、と思いながら道場に行ったんだ。

そしたら来たんだ、片瀬がさ。暇なのか、やる気なのか全くわからないけど来たんだ。


夏休みだし今日は出発前日だし、絶対来ないと思っていたのに。



「こんばんは」


道場の扉の近くで聞きなれた声がした。

「あー…片瀬、きたんだ。」

「なんですか、自分が来ちゃいけないんですか。」

「別に…。」

入り口のところで話していると突如、空で破裂音がした。慌てて外を見上げると夜空に無数の光が散っていくところであった。

「きれいですね…」

「そういえば今日花火大会なんだよね、忘れていたけど。」

「そうですね、花火大会でしたね…。」

戸を開け放していても、一向に風が入ってくる気配がなく、道場の中の室温は上昇し続けてサウナ状態になっていた。

始めは我慢して引いていたが次第に汗で握りが滑るようになり、中断して道場の外に風にあたりにでた。



「っつ、あっつい!!」

「そーですね」

ぼやきながら玄関に行ったら奴がいた。

「片瀬、まだいたの?もう九時だよ、帰らなくていいの?」

「?まだ、だいじょうぶですよ。って俺小学生扱いですか。」

空を見上げながら、いつもと違ったぼんやりとした口調で話す。

「ふうん…そう。」

「…周防さん、おごって」

「この前、陣と奢ってあげたじゃないか。ということで自分で買ってきなさい。」
「じゃ、明日から全日に行くんで、片瀬がんばれ(はあと)ってことでおごってくださいよ」

…くそう、確信犯め…。

「しょうがないな~」



「道場にいたの何人だっけ…」

「あ、原田と、前山の分は入れなくていいですよ。」

「なんでさ」

「いや、なんとなく…」

「友達甲斐のないやつだな」

少し笑いながらお茶の入ったペットボトルに手を伸ばした。

「新山には、何にしよう」

「あいつにはこれが。」

片瀬はにやっと笑いながら牛乳を指差した。 

「…アレ以上身長伸びたらちょっと、どうよ」

新山は初心者の女の子で、身長が176センチもある。大学に入っても伸び続けているらしく、たまに不安になると本人は語る。

新山の師匠は私なので、教えるのも一苦労だ。なんせ身長差20センチですから、背伸びしないと届かないのです。

「まだいけますよ」

(おいおい…片瀬、そりゃどういう意味だい?)

「…却下。」




「周防さんも大変ですよね」

コンビ二からの帰り道で片瀬が言った。

誰のせいだよ、だれの。っうかなんに関して君は大変だと言うのでしょうか。

「ほんとだよね」


「あ、周防サン、キノコ花火ですよ。」

「先週もあの花火が打ち上げられたんですよ。そのとき思わず、一緒に見てた青野さんの方見ちゃって怒られました。」

「それってさ、青野の髪型がキノコカットって部活内で言われてたから?」

「そうです。でも本当に似てますよね…。」

「そ、そうだね。あんまりいうと泣いちゃうからホドホドにな。」

「泣きますかね」

「泣くでしょ」

花火は大学の近くの河川敷で行われているので、道場に向かって歩いていくと花火が段々大きくなるように感じる。



「そういえば用意しなくていいの?」

「なんのですか?」

「全日の…」

「準備なんて時間かかりませんよ。そもそも持って行くものなんて決まってるじゃないですか。」

自分に言わせてもらうなら、どうしてそんなに準備に時間がかかるのか聞きたいくらいですよ。って感じの口調で言われてしまった。

…たしかにそうなんだけれど。

「うん、まぁそうだけどさ。朝も早いし…。」

「大丈夫ですよ。気合で起きれますから。」

…なんだかとっても淡白な会話だ。話をしにくいように感じるのはどうしてだろう。

いつもは他の人が会話に参加しているからかな。間髪入れずに返答してくる。
「ま…とにかく頑張ってきてね。皆こっちで応援してるから。」

「周防さんのは名古屋まで届きそうにないですね。」

微かな笑みを口元に湛えて言った。

「…。」

人が折角応援してるんだから、たまには「頑張ってきます」とかいえないのか。全く…カワイクナイ。

花火は道場についた後も暫く鳴り響いていた。





04/3/31



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