Happy child happy life

死んでしまうということ

死んでしまうということ 2004 06/01



 骨になった。


 真っ白な骨になった。


 収めきれないくらい


 たくさんの骨が、そこにはあった。


 骨になった。
 骨になった。
 骨になった。


 そして


 雲になっていった。


 人が亡くなるとなぜ悲しいのだろう。
会えないというだけなら、
友達が転校したとか、
両親と離れて暮らすとか、
お付き合いしていた人とお別れするとか、
そういうことと同じ。

 親族席に座るあたしは、
血のつながりだけで、ここにいる。
正直言って、
大して交流があったわけでもない。
なのに、
親族席にいなければならない
バツの悪さを感じる。

「死んでしまうとなぜ悲しいのか」

 席に座り、お経を聞きながら、
考えてみた。
きっと、会おうと思っても会えないからだ。
顔を見て、声を聞いて、言葉を交わし、
手が動き、足で歩く。
体温を感じ、髪の毛がなびく。
そういうことが、自分の五感で感じることが
出来なくなること。
それが「死」の悲しみなのかもしれない。
会えることが前提となったお別れは、
悲しいけれど、次の出逢いがまたあるはず。

 でも、
そう考えていったら、
伯母の死は受け止められたような気がする。
離れていても、あたしの胸にはいつも伯母専用の
小部屋が用意され、いつでもドアをあけられる。
そこには必ず、彼女がいるから。

 あたしの伯母はここにいる。

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