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家族・焼酎・ゴルフそれから・・・
小説【シンデレラボーイ】
青天の霹靂とはこのことか。
「紗智の彼氏が家に来るわよ。」
そんな衝撃的な言葉が妻の口から飛び出したのは、今からおよそ三年前の秋頃だった。
「へ~。」「紗智にね~。」「今まで男っ気全くなかったよな。」
私は表面上は平静を装っていたが、心中は決して穏やかではなかった。
「明後日の日曜日に来るらしいよ。」
「そう。」《家にいてもいいのかな。》
「お父さんはどうするの?一緒に買い物にでも出る?」
「あ~。」《彼氏を見てみたいし。居たら何か話さなきゃいけないし。どうしよう。》
「ね~、どうするの。」
《どうしよう。》
「も~。どっちかはっきりしてよ。」
《どっちにすりゃいいんだよ。》
「じゃあ買い物行くよ。」
「いいよ。」
かくして彼氏はやって来たらしい。試験のため家で勉強していた妹の沙耶によれば、概ね次の容姿および感想であった。
身長・170cmくらい。 体格・痩せ型。 髪の色・少し茶髪が入っている。 その他・耳にピアスあり。 総合評価・おねえちゃんの彼氏にしてはカッコよすぎる。
それ以降、我が家の夕食時は紗智の彼氏の話題が中心となった。
紗智はほとんど毎日のように、ホカ弁で夜九時までバイトをしている。
したがって夕食は、私、妻、妹の沙耶の三名で摂る日が多い。
だいたい妹の沙耶が紗智から聞いた内容を、妻が聴取する形で会話が始まる。私はその報告を顔はテレビに向けつつしっかり聞き耳を立てていた。
「彼はモー娘のファンらしいよ。だからおねえちゃんは『モー娘くん。』って呼でるみたい。」
《モー娘か。少しチャラチャラしたタイプみたいだな》
「同じクラスの子だって。」
《同級生か》
「付き合い始めたきっかけは、体育祭の準備で親しくなったらしいよ。」
《体育祭の時か。きっかけは普通だな》
「彼はどこに住んでるんだ?」
「あら?聞いてたの?」と妻が言う。
「聞きたくなくても聞こえて来んだよ。」
「へ~。関心ないかと思ってた。」
「別にどうでもいいけどね。」
その後、順調に交際は続いているようで、彼氏は度々我が家へ遊びに来るようになった。
ほとんどは紗智の部屋で音楽を聴いたり、マンガや雑誌を読んで過ごしているようだ。
たまにリビングでレンタルビデオを見ていることもあった。
私は家で彼と会っても、無愛想な態度をとるようにしていた。
私には紗智の恋愛についてあるシナリオを準備している。
甘く、そして甘酸っぱい私の過去の経験と、幾多の知人の体験談から、紗智にはいい恋愛をし、そしていい失恋をしてもらいたい。それを経験して男を見る目を養い、いい女性に成長して欲しいと願っている。
どちらかというとイケメンの彼と紗智とはどう見ても釣り合わない。
その点で言えば、私のシナリオのキャスティングとしては好都合である。
今私が紗智の彼と親しくしてしまっては、紗智が順調にふられたとき、余計に辛い思いをすることになる。
紗智が順調に失恋した暁には、私には長い台詞が待っている。
「紗智いつまでもくよくよしてちゃだめだ。紗智を捨てるなんて本当にひどい野郎だ。お父さんは知ってるよ、紗智がどんなにいい子か。」「世の中にはもっといい男がいくらでもいる。彼のことは早く忘れなさい。きっといつかお父さんのようなすばらしい男性とめぐり会える。さあ泣くのをやめて、いつもの紗智のように明るく笑ってごらん。ほら、ごらん。虹が出てるよ。」と慰めてやる。
だから彼には無愛想に対応しなければいけないのだ。
紗智は高校を卒業し専門学校へ通うようになった。彼氏は大学へ進学したようだ。交際は私の期待をよそに、まだ続いて
いる。
彼氏は大学へスクーターで通っているらしく、機動力も加わったせいか、この頃は毎日のように我が家へ遊びに来るようになった。
紗智は相変わらずホカ弁でバイトをしていた。
この頃はバイトの終了時間も閉店する十時までになっていた。
紗智がバイトを終え帰宅する頃、彼も我が家へやってきて、紗智と時をともに過ごし、やがて帰っていく。
ある日、夜の十時半頃帰宅すると、彼が私の席で食事を採っている。私は一瞬ムッ!とした。彼はとうとう我が家で食事までするようになっていた。
また、最近どうも彼の態度がでかくなって来たように思える。もうすっかり我が家の住人気取りで、寝そべってみたり、そのままうたた寝をしたりと実に居心地がよさそうだ。私は逆にこの頃から、我が家での居場所がなくなってきたような気がしてきた。
いったい誰の家なんだここは。
彼とは無愛想に対応していることもあり、どうしても彼と一緒にテレビを見る気にならない。帰りが遅くなり、一人で食事をしている私がいても、はばかりもせず二人仲良くテレビを楽しんでいる。とうとう沙耶まで一緒にテレビを楽しんでいる。
こんなことがあった。
テレビのクイズ番組を見て、紗智が難問に正解すると、「紗智やるジャン。さすが俺の女。」《俺の女?いつからお前に紗智をくれてやった。黙って聞いてりゃいい気になりやがって。なんだそのでかい態度は。そこは俺の席だ!お前が座るな!このリビングにはお前は立ち入り禁止だ!もう来るな!まだまだお前には言いたいことが山ほどあるぞ・・・“怒”。》
この頃から私は食事が終わると直にパソコンのある別の部屋へ行き、インターネットを楽しむことが多くなった。
最近、このインターネットを使い、映画や音楽のCDやDVDを作ることを覚えた。
ある日夜の十時頃仕事を終え自宅に帰ると、沙智と彼が私のパソコンの画面を見て、「お!ターミネーター3がダウンロードしてある。スッゲエ!」と気勢を上げていた。
《ついに観られたか。どうだ。スッゲエだろう。今劇場で公開しているやつだぜ。フッ。》と言ってやりたかったがやめておいた。
無愛想。無愛想。
食事を終え、昨日手に入れたばかりの最新映画をDVDにするため、パソコンをつついていた。やり出したら時間がたつのは早く、まもなく深夜の一時半になろうとしていた。
もう遅いので着替えて寝ようと思ったそのとき、紗智の部屋から声が聞こえた。まだ彼が家にいるようである。もう夜中の一時半だ。
紗智の部屋のドアの前まで行き、ドア越しに、「おい、もう一時半だぞ。」と少し叱り気味にいった。
その後間もなく彼は帰っていった。
次の日の朝、私は紗智を叱った。
「おい、何時まで彼を家にいさせる気だ。」
「別に決まってないじゃん。」
「決まってないからって限度があるだろう。」
「じゃあ何時までならいいの。」
「それなら十時だ!」私は普段居心地悪く思っていることも加わり、少々意地悪になっているようだ。
「そんな~。早すぎる。」紗智は泣き出してしまった。
私も意地悪が入っている分、紗智がかわいそうになり、
「じゃあ自分の希望する時間を言ってみろ。」
「・・・十二時。・・・。」
「じゃあ十二時にするから絶対に守れよ。いいな。」
「・・・分かった。・・・。」
次の日から彼は夜十時にやって来て、夜十二時丁度に帰っていくようになった。
私が懇親会で夜の十二時頃帰ると玄関で鉢合わせすることもあった。
しかし、よくもまあ毎日毎日やってきて話することがあるもんだ。私と妻とは今や、ほとんど会話らしい会話がなくなってきている。たまに世間話、子供の話をするくらいなのに。
妻と結婚する前にもそんなに会話は多くなかったように思うのだが。
それに、もう三年近く付き合っているのに、お互いに飽きが来ないのかな。
たまに喧嘩はするようだが、それでも彼が来ない日はない。その後もずっと彼はやってきた。
早く帰れたある日、いつものようにDVDを作っていた。夜十時前、玄関から「お邪魔しま~す。」といって彼がやってきた。この頃はさすがに「いらっしゃい。」と蚊の鳴くような声で一応挨拶だけはすることにした。
こう毎日毎日通ってこられると、こちらもいつまでも無愛想というわけにも行かない。
彼は紗智の部屋でいつものように紗智の帰りを待っていた。
やがて紗智が帰ってきた。
しばらくして紗智と彼が私のいる部屋に二人でやってきて、
「お父さんパソコン貸して。」
「いいよ。でも、もう少し待って。」
「どのくらい?」
「あと3分。」
「分かった。」
二人は私の横で私がパソコンを終えるのを待っていた。
突然彼が声をかけてきた。
「これはなんていう映画ですか~。」
「これはライフ・イズ・ビューティフル。」
「知ってますよ。ナチスの収容所の話でしょ。子供が出てくるんですよね。テレビでやってました。」
「そうか。」
「ほかに何があるんですか?」
「ほかに?・・・・・・・・・・。ほら、今これだけある。」
私はこれまでダウンロードしたファイルのリストを見せた。《どうだ、いっぱいあるだろう。フッ。》
「戦争関係の映画が多いですね。」
「私は戦争映画が大好きだ。といっても戦闘シーンが好きな訳じゃあない。戦争は人を思いがけない方向へ導いてゆくもんだ。家族を引き離されたり、人生を変えられたりと、戦争映画はアクションだけでなく、とてもヒューマニズムに富んだ作品が多い。」
「プライベートライアンっていう映画見た?」
「トムハンクスが出るやつですよね。」
「そう。それそれ。」「人は何のために戦うのか。とても考えさせられるよなあ。」
「あの、俺、実は観てないんです。」
「あ、そう。」「それじゃあ、サウンドオブミュージックっていう映画を知ってる?」
「知りません。」
「じゃあ、“ドレミの歌”は知ってるだろう。」
「あの♪ドはドーナッツのド♪ですか?」
「そう。あの歌はサウンドオブミュージックの中で主人公が歌ってる歌なんだけど。あれも戦争映画なんだ。」「ナチスに追われた元軍人の一家が、スイスへ逃亡するお話さ。」
「ミュージカルだけど面白いよ。今度ビデオでも借りて見てみたらいい。」
「そうします。」
《!・・・”しまった。”思わず語ってしまった。》
私は、それからすぐにパソコンを二人へ譲り風呂場へ向かった。
風呂から上がり、またパソコンの部屋へ向かったところ、とんでもないものが目に飛び込んできた。紗智が彼の膝に乗りパソコンをいじってる。《“怒”場をわきまえろ。お前らな~。あ~あ。》
このまま二人は結婚まで行くのだろうか。そうなると非常に都合が悪いんだけどな。でも結婚するまではきちっとケジメだけはつけておきたい。
家では絶対に酒は出さない。それに絶対に彼を家には泊めない。これだけは譲れない。
しかし、結婚した途端に手のひら返したように、「お~。今日はよく来た。どうだ一緒に酒でも飲もうか。車で来ている?いいじゃないか今日は泊まってけ。ところでまだなのか?子供だよ。子供。早く孫の顔を拝ませてくれよ。」って言う訳にもいかないしな。
シナリオ狂っちゃったな。とてもマズイ状況だな。二人は別れないのかな。
今日は朝から彼が来ている。なんでも紗智の部屋の模様替えを二人でするらしい。
「紗智。このゴミはどこに捨てるの?」
「紗智。もっと本気を出してやれよ。お前の部屋だろ。」「今日中に終わらないぞ。」
普段は、テレビのバラエティー番組を見ながらくっだらない会話をしてるが、やるときゃやるみたいだな。
彼はどうやら沙耶の勉強も時々見てくれてるらしい。沙耶もすっかり頼りにしているようだ。
そういえば、先日こんなこともあった。
あまりはっきりとしない空模様の日であった。仕事を終え、帰宅途中のバスの中で「頼むから帰るまでもってくれ。」と願う私を無視するかのように雨が降り出した。
「やっぱり降ってきたか。」
傘を会社に忘れた私はケータイで自宅に電話した。
「はい。」電話に沙耶が出てきた。
「あ、沙耶。悪いけどバス停まで傘持ってきてくれん。」
「え~。もうパジャマに着替えた。走って帰ってくればいいじゃん。」
「おい頼むから、お願い。」
「え~。」
「じゃあ、お姉ちゃん居る?」
遠い声で「お姉ちゃん。お父さんから。代わってって。」
どうやら紗智も状況を察している様子で、電話に出ようとしないようだ。
その時、「紗智、傘持っていってあげよう。おじちゃん困っとるよ。俺もついてってやるから。」
彼の声がかすかに聞こえた。
バス停には沙智と彼が待っていた。
もしかすると、紗智はとってもいい奴を彼氏にしたのかもしれないな。
近いうちに彼も誘って、みんな一緒に焼肉でも食いに行こうかな。
今夜も彼は、約束通り深夜十二時に帰って行った。
明日も来いよ、シンデレラ君。
完
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