済州島四・三事件へのオマージュ



  確かに幼子は海辺遊びを

  憶い出します



  その頃

  銃弾で命を奪われた

  腐乱の進んだ死体達が

  幾重にも土の中に放り込まれたといいます



  でも

  銃など目にしたことは無いのだといいます



  今 埋めた穴はアスファルトで塞がれ

  その上を旅客機が滑走するのです



  旅客機の中は喜怒哀楽に満ちていましたが

  もう 既に白骨化したであろう

  多くの名を持つ人に

  祈りを捧げる人は いませんでした



  どれだけ遠くなったのでしょう



  老は口を閉ざしたままでした

  開けば溢れんばかりの悲しさが

  心を殺してしまうのです



  幼子はかすかな記憶に

  海辺遊びだけを留めていました



  父は殺されたのだと知らず

  五十年もの歳月 幼子は

  幼子の思い出だけを抱いて

  帰りたがっていました



老は口を閉ざしたままでした

  育てた姪から

  思い出を取り上げませんでした



  立ち上がった者達を無くすため

  祖国の軍隊が自ら

  銃を持たない者を殺したのです



  聞けばその時畑を耕していたといいます



  幼子は父の顔を憶えていません

  残されたのは海辺遊びでした



  山で狩りをすればゲリラ

  海で貝を取っていたらゲリラ

  道を歩いていたらゲリラ

  とにかく、軍服を着ていなければゲリラ

  と言う事で殺されたのです



  幼子に「逃れた」という記憶はありません

  老は口を閉ざしたままでした



  確かにゲリラはいました

  朝鮮半島を横切る北緯三十八度線以南の

  単独選挙に反対した彼らは

  金も無く   

日本軍が置き残していった武器で

  戦ったのです



  儚い想いだけが募るばかりの

  戦いだったといいます



  誰もが 縁 ( ゆかり ) の身体に銃で

  穴を開けられたと言います



  確かにゲリラのいる地では

選挙は体さえ成さなかったのです



  それだけに 祖国の軍隊によって

死体だけが重なるだけの

  火山島は口を閉ざしてしまいました



  嘗て 天女が宿ると言われた

  頂きに 人々がハルラと名を

  付けた誇りも 古 ( いにしえ ) と

  残された人は縁を探すのも止めて

  涙も頬を伝わらなかったと言います



  ――あれから――



  ある者は 続けて島の幸で暮らしを立て

  ある者は 島から逃れたと言います



  中には閉ざした口に耐え切れず

  数年後、いや数十年後に狂って

  死んだ女の人がいます

  閉ざした口に天女は宿らなかったのです



  幼子には父の思い出がありません

  父とは海辺遊びに他ならず

  海辺遊びを思い出しては

  「お父さん」と涙する齢を重ねていました



  老は三年前に亡くなりました

  口は閉ざされていただけでなく

  一日に一度は幼子の名を

  呼んだといいます



  老は幼子の名で九十一の齢を

   寿 ( まっと ) う出来たのでしょうか



  我が子よりも愛しい姪御に

  閉ざした口を解き放てたのでしょうか



  幼子は老の訃報に号泣しました

  もう、口は閉じたままです



  かえせば 父の亡骸を埋めたのは

  老です と

  老と共に島を離れた と

  幼子は聞き及びましたが



  海辺遊びしかなかったのです



  「父」を思うては手で顔を覆い

  「老」を思うては伯父さん・・・・と啜り呟き

  「済州島」と言うては想いを馳せ

  海辺遊びでただただ泣いたのです



  雲は何処へ行ったのだろうと

  思える青々しさも忘れるほどの

  うわいろに

  幼子にしわを寄せた年年が

  今以って遠くなりつつあります



  もう、日本語しか話せなくなった時の隔たりに

  海辺遊びも言葉を失い

  小波が寄せる音だけが

  耳のはるか奥で鳴っていました


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