波乱万歳!!

波乱万歳!!

夫の最期・・・まるでドラマのシーン


夫の病室に行く事が出来ませんでした。
夜に顔を出した事が無かったので、普段と違う行動で悟られてはいけないととっさに思ったのです。
それに平常心で会えるほど冷静でもありませんでした。
高熱に苦しむ夫を病室に一人にして私は家に帰ったのです。

家に戻ってからすぐに実家の父に電話しました。
危ない状態だという事を話し、付き添いたいので子供の世話をしてほしいと妹に頼みましした。
翌日、朝一の特急雷鳥で妹が病院に駆けつけてくれました。
これでようやく、子供が動き回るのを気にせずに夫の横につく事が出来たのでした。

朝、病院に入ったときにはすでに夫は非常に危ない状態でした。
かろうじて意識はあったものの、鼻から酸素吸入していました。
それでも血中の酸素量が増えていかないので、
ベッドの周りをビニールで囲い、高濃度の酸素を充満させなければなりませんでした。
体は小刻みに震えています。でも必死に耐えていました。

夫は死を感じていたのだろうか?「もう駄目かも・・・」とかすかな声で言いました。
「何言ってるの!頑張ってや。頑張らなあかんで。」
そんな事しか言えず、熱くなった手を握る事しか出来ません。
そしてついに私の目の前で昏睡状態に落ちていったのです。

慌てて看護婦さんを呼びに詰所に走っていきました。
夫の顔はチアノーゼで紫色に変わっていきました。
フロアがにわかに騒々しくなり、先生や看護婦さんがバタバタと廊下を行ったりきたりしています。
夫は詰所から直結している部屋に移されました。

自立呼吸が出来なくなり、人工呼吸器をつけました。
点滴やら、心電図やら、人工呼吸器やら・・・
夫の体にはたくさんの線や管がつけられました。

片時も目を離せない状況になりました。
子供たちは無邪気に談話室や廊下を走り回って遊んでいます。

医療機器によって生かされている・・・そういう状態になってしまいました。

昏睡状態のまま2~3時間が過ぎた頃、営業所の所長さんが様子を見に寄ってくれましたが、
危篤状態の姿を見てすごく動揺されていました。
私と所長さん二人、沈んだ表情でガラス越しに夫を見ていたその時、
ブザーがビーッとい鳴り響きました。

数人の医師と看護婦さんが夫の周りを取り囲み、心臓マッサージが始まったのです。
心臓に刺激を与える薬を、鎖骨の下を切開し心臓に近い太い血管に直接流し込みました。
それでも駄目なので次は電気ショックです。
バン!という音と共に夫の体が激しく波打ちました。

傍で見ていた私も所長さんも、声も出ずに呆然とするばかりです。
私は次第に呼吸が大きくなっていき涙が止まりませんでした。

ドラマや救急救命24時なんていうドキュメント番組でよく目にする光景が
まさに目の前で起こってしまったのです。

懸命な処置のお陰でその場は何とか命をつなぎとめる事が出来たのですが、
次は本当に駄目かも知れませんと、最後通告を言い渡されたのでした。

その後のことはあまりよく覚えていないのです。
多分・・・もう一度ブザーが鳴り、再び心臓マッサージが始まったと思います。
先生の額が汗ばむ位、マッサージは続いたのですが、
緑の線は再び波を打つことなく、まっすぐ横に走るだけでした。
先生から問いかけられたのか、自ら言い出したのか忘れてしまいましたが、
「もういいです。」と言った私の言葉で、夫の38年の人生が終わったのです。

兄夫婦も駆けつけてくれましたが時すでに遅し。間に合いませんでした。
「こんなにかわいい子供たちを残してどうして死んでしまうの!」と
義姉が言った言葉に、また涙が止まらず、
当時4歳だったRが「いやー!」と言って泣き出し、いっそう涙が溢れてきました。

夫は最後に何を思ったのだろうか?
子供たちにどんな思いを託したのだろうか?
大切な言葉を交わさないまま・・・
そして私はもっと優しくしてあげていたらよかったのに・・・と後悔しました。



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