unbelievable
vol.5~霊安室~
病院は病気やけがを治すところ。
だけど、治療の甲斐なく亡くなっていく人もいます。
私が勤務していた病棟でも月に何人かの方が亡くなることもしばしばでした。
死ぬことをドイツ語で 「ステルベン」 と言うので私達の間では
「夕べ○○○号室の××さんがステッたのよ」
という言い方をしていました。
ある秋の日、
脳腫瘍手術後で治療中の患者さんの様態が悪化しました。
その日の私の勤務は準夜勤
16時30分から24時30分まで8時間の勤務でした。
夕方16時過ぎ、病棟階に着いた途端に
先生と看護師のバタバタしている姿が一番に目に入ってきました。
「誰かがステりそうなんだ・・・大変っ!」
ナースステーションに残っている看護師に患者の詳しい様態を聞き、
私はそのまま自分の勤務に就きました。
昇圧剤、強心剤・・・・もろもろの治療を施し、
なんとかその場は落ち着いたようです。
担当の看護師を残しドクターたちがナースステーションに帰ってきました。
しかし、危ない状態は続いているので担当ドクターは病院待機。
準夜勤の看護師は特に気をつけて
様態チェックするようにとの申し送りで、
その患者の担当になったのが私でした。
患者の家族に連絡を取ったのですが、いつ電話をかけても不在。
別の連絡先に電話しても留守電。
連絡ばかりに時間をとられてしまうので他の看護師にお願いして
30分毎の様態チェックに行きました。
カルテに記録を残し、ドクターに様態の報告をした22時前、様態が悪化しました。
家族に連絡とるともうかなり前に家を出たと言うこと・・・・
なのにまだ病室に家族の姿はありません。
残念なことに患者さんは亡くなりました。
死後の処置をすませ、数十分待ったのだが、
まだ家族が到着しない。
亡くなった患者さんを霊安室へ移動する事になりました。
「じき家族が到着するだろうから、
それまでの少しの間付き添っていてあげてください」
ドクターに言われ、私は遺体のそばに付き添うことになりました。
病院の1階、一番奥深いところにある霊安室。
そして、夜中・・・・・
いくら今までケアしていた患者さんだと言っても
遺体と二人きりの霊安室はあまり気持ちのいいものではありません。
ちょっとの物音で 『ドキッ!』
恐怖心を少しでも和らげるために私は遺体に向かって話しかけていました。
「××さん、早く奥様や子供さんが来られるといいですね」
「もうじき××さんが帰りたがっていたお宅へ帰れますよ」
「ゆっくり眠ってくださいね」 ・・・・・・・・・・・・・・・等
枕と上半身の位置が難しそうだったので直してあげたりもしました。
「これで休みやすくなったでしょ?」
返事の返らない問いかけをしたとき・・・・!!!
「グゥッ・・・・・ゥ・・・ウ~ウゥゥ~~~~~~」
と、××さんが答えたのです!
心臓が口から飛び出るのではないかと思うくらいびっくりしました!
私は遺体のそばから後ずさりして
壁にペタッとくっついたまま固まってしまいました・・・・・
しかし・・・・・もしも生きているとしたら・・・・・
深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、脈をみたり、心音を聞いたり。
死後硬直も進んできている。
やはりどう考えても亡くなっているとしか考えられない。
そうしていたら・・・・!
「グゥ・・グッ・・・グッ・・」
騒いではいけない!騒いではいけない。
冷静に対処しなければ・・・・
「グゥ~ッ・・・・」
いてもたってもいられなくなり、とうとう
「キャァーーーーーーッ!!!」
腰が抜けてしまい、遺体を凝視したまま、
霊安室のドアのノブを持った状態でしゃがみ込んでしまいました。
病棟と霊安室まではかなりの距離があるので悲鳴は届かなかったのですが、
深夜勤務のために看護婦専用エレベーターを待っていた看護婦たちには
聞こえたみたいでした。
深夜の霊安室から聞こえてくる悲鳴・・・・・・・
何分かして警備員の人が駆けつけてきてくれました。
その間の時、とてもの長く感じられた・・・・
身体はこわばり、
両目を見開き、
声が出なくて口をパクパクさせている私。
きっと、ものすごい顔をしていたのでしょうね。
その後まもなく到着した家族に挨拶をして
霊安室から逃げるように病棟へ戻りました。
主任の看護婦に報告したら
肺にたまっていた空気が漏れて、
それが声のように聞こえることがあるそうです。
説明を受けるとやっと安心して落ち着くことが出来ました。
数ヶ月後どこで何がどう変わったのかわからないけど、
【 ・・・・深夜、霊安室から女の悲鳴が聞こえてくる・・・・ 】
と言う、怪談話のようなものが
看護婦とドクターの間で出回ってしまっていました。
あの日の悲鳴、私なんです。
完