メモリア・ウルビス



柴田(四七)男性。会社員。

大鱶(?)男性。記録係。





●都市公園・午後
   うららかな春の、平日の午後。
   舗道を行き交う勤め人や観光客。
   噴水広場を臨む階段状の腰掛け。
   思い思い寛ぐ人々でほぼ埋まって。
   一ヶ所だけ空いたエアポケット。
   その一隅に座っている柴田。
   上着を脱いだワイシャツ姿。
   視線は水場で遊ぶ子供たちに向くも。
   心はどこか遠い空の下をさまよう。
   こぼれるように過ぎていく時間。
   すぐ隣から夢想を破る大鱶の声。
大鱶「ここ、いい?」
   びくんと声の来た方を向く柴田。
   鮫のような笑顔で立っている大鱶。
柴田「え」
大鱶「いい? お隣」
   周りを見回してから大鱶に戻る視線。
柴田「すみません。占領しちゃって」
   横に置いた鞄を膝の上へ。
   会釈して隣に腰を下ろす大鱶。
大鱶「休憩のお邪魔だったかな」
柴田「いえ、そろそろ動こうかと」
大鱶「もう少しいいじゃないの。陽気もほら、
 この通り申し分ないことだし」
   立ち上がりかけた柴田を軽くいなす。
   柴田、機会を逸して中途半端な姿勢。
柴田「仕事中なので・・・」
大鱶「もし付き合ってくれるなら」
   笑い細めた目に不思議な吸引力。
   噴水の音や歓声が一瞬遠のく。
大鱶「面白い物をお目にかけるよ」
   気おされるように尻を戻す柴田。

●同・承前
   並んで噴水を眺める二人。
   大鱶、何やら懐をごそごそ。
大鱶「どう、ひとつ」
   差し出されたスティック羊羹。
柴田「あ、えっと、お気持ちだけ」
大鱶「大丈夫、変な物なんか入ってないって。
 見て、未開封」
柴田「今はお腹がそんなに」
大鱶「じゃあ取っといてよ。小腹がすいた時
 にでも」
   羊羹を押しつけられる柴田。
   大鱶、もう一本の羊羹にパクつく。
大鱶「こいつは疲労回復に効果的なんだよ。
 マラソンの最中なんかにもいい」
柴田「走られるんですか」
大鱶「まさか。俺なんか走ったら三キロ過ぎ
 で救護班の出番だって」
   柴田、大鱶の手首から目が離せない。
   手首で揺れる犬のリードストラップ。
   視線に気づく大鱶。
大鱶「気になる?」
柴田「あ、いや。すいませんジロジロと」
大鱶「無理もないな。自分にだけ犬が見えて
 ないのかって不安なんでしょ」
柴田「まさかほんとに」
大鱶「アハハ、気分だよ気分。そもそもここ、
 ペットの散歩禁止」
   磊落に笑った後ふっと寂しげな目に。
大鱶「それにウチのは随分昔に・・・ね」
   しばらく気まずい時間が流れる。
大鱶「こりゃ失策だ。春爛漫のこんな午後に
 湿っぽい話なんて。えーっと、お宅さんは
 この辺りにお勤め?」
柴田「いや、職場は市外。今日は外勤です。
 営業・・・というか謝罪、尻拭いみたいな
 ものですかね」
大鱶「それは難儀なことで」
柴田「全くです。久しぶりに街に出る用事が
 こんな気の重い内容とは。もう済んだので
 どうでもよくなりましたけど」
   噴水の向こうのビル群に目をやって。
柴田「・・・えらく変わったな」
大鱶「ご無沙汰だったの」
柴田「しばらく足が遠のいていて」
大鱶「じゃあびっくりしたでしょ」
柴田「迷わない自信があった地下街で見事に
 迷いましたよ。ダンジョンって未だに更新
 されてるんですね」
大鱶「昨日通れた所が今日行き止まりなのが
 デフォだからね。最近ようやく落ち着いて
 きたけど」
柴田「学生の頃はこっちでばかり遊んでたし
 十年前まで職場も近所だったから、庭だと
 思って油断してました」
大鱶「ほう、近所」
柴田「ご存知でしょ、○○町の雑貨店ビル。
 あの地下の劇場。何年か前に閉館しました
 けど」
大鱶「ああ、あそこ。実にいい映画館だった。
 小さいけど雰囲気があったよな。上映前、
 ロビーで熱い珈琲をまったり楽しむ時間が
 格別でさ。それはそうと・・・」
   柴田の横顔を窺うように。
大鱶「あのビル自体もまもなく取り壊される
 らしいよ」
   柴田の手の中で歪む羊羹。
柴田「・・・そうなんですか」
大鱶「寂しいもんだよな、人生の一幕だった
 場所が無くなっちゃうってのは」
柴田「これで何度目かな。僕が働いてた場所
 はことごとく消滅する運命なんですよ」
   自嘲ぎみに微笑む柴田。
   懐からスマホを取り出す大鱶。
   柴田、これを機に立ち上がる。
   同じように立ち上がる大鱶。
柴田「私、そろそろ・・・」
大鱶「焦らない焦らない。お約束の件がまだ
 じゃない」
柴田「約束? ああ、いいもの見せるって」
大鱶「そうそう。えっと、ここをこうっと」
   スマホの操作に難航。
大鱶「ああ、これだこれだ」
   柴田の眼前に画面を示す。
   目の前の噴水の同じ角度の写真。
柴田「これが何か」
大鱶「『スモーク』って映画があるんだけど」
柴田「ポール・オースターの?」
大鱶「そうそう、それ。お宅さんには釈迦に
 説法だったかな。あの映画の中で煙草屋の
 親父が毎朝してた習慣覚えてる?」
柴田「街角の写真、店の前からの」
大鱶「俺もそれにあやかってね」
   スマホの画面を現実の光景と並べる。
大鱶「ちょうどこの場所から、何十年も」
柴田「何十年・・・この公園ができたのって
 ついこの間じゃないですか」
大鱶「それより前に何が有ったかは?」
柴田「もちろん知ってます」
   画面をタップする大鱶。
   早回しのように空や人が移り変わる。
大鱶「元はフィルムカメラで撮ってたんだけ
 どさ、デジタルに切り替えたついでに昔の
 分も全部取り込んだんだよ。いやはや便利
 な時代になったもんだ」
   やがて画面の中の噴水が壊されてゆく。
   それにつれて周りの公園設備も。
   そして代わりに組み上がる防音壁。
大鱶「十日を一秒の速さで巻き戻してるわけ。
 いや、今時は『早戻し』かな」
柴田「工事中も欠かさず?」
大鱶「少々顔が利いたもんだから」
   チャカチャカ動き回る重機。
   防音壁が崩され原っぱが出現。
   背景の駅ビルなどにも変化が。
大鱶「こう見ると、街全体が生きているのが
 分かるでしょ。ほら帰って来た」
   いつの間にか画質自体も古びて。
   現れる線路やコンテナ、貨物駅舎。
   どこからか響いてくる鉄路のうめき。

●貨物駅・プラットホーム・夜
   がらんとしたホームに立つ二人。
   鉄塔の照明が辺りを青く照らす。
   うろたえて周囲を見回す柴田。
柴田「え? え!?」
大鱶「まあまあ落ち着いて。アトラクション
 だよ、アトラクション」
   その時、警笛と共にホームに電車が。
柴田「この車両・・・」
   前照灯の向こうに柿色の箱型フォルム。
大鱶「懐かしいでしょ。さあ乗って」
   開いたドアに柴田を押しやる。
   抵抗する余裕もなく従う柴田。

●環状電車・車内
   蛍光灯が照らす薄暗い車内。
   並んだ臙脂色のシートは無人。
柴田「昔のまんまだ・・・」
   ドアに顔を寄せる柴田。
   窓の外は常闇のような黒。
   ドア横に貼られた広告ステッカー。
柴田「これだけは変わってないな」
   ホテル会社女社長の年齢不詳の笑顔。
大鱶「手始めにどこに参りましょうかね」
   硝子に映る大鱶の同じような笑顔。

●百貨店前・コンコース
   電車のドアが閉まる音。
   人通りのど真ん中に立っている二人。
   影のようにすり抜けてゆく通行人。
   理解が追いつかない柴田の表情。
大鱶「いちいち気にしない。こいつらみんな
 記憶の産物。物理的干渉はナッシング」
   見上げるアーチ天井にシャンデリア。
柴田「もったいない」
大鱶「ああ、実に惜しいことをしたもんだ」
   歩を進める二人の前方。
   ゴシック調の構造が見えてくる。
   ドーム天井とステンドグラス。
柴田「今じゃ映画の中にしか・・・」
大鱶「偉い人は知らないんだよ。物の価値も
 残し方もね」
   ドームの下に踏み込むや消える二人。

●地下街
   複雑に入り組んだ地下街を進む柴田。
   一切迷いのない足取りで。
柴田「覚えてた通りだ。目をつむってたって
 歩けるぞ」
   柴田の後ろを悠然とついてくる大鱶。
大鱶「ウキウキじゃないの」
柴田「言ったでしょ、庭だって。この街の端
 から端まで地下オンリーで行けますよ」
   まるで少年のように弾んだ声。
   通行人の幻を軽やかに避けながら。
   柴田の前に次々と現れる光景。
   通路に並んだ全国名産品店。
   ごみごみと軒を連ねる居酒屋横丁。
   階段際で繁盛する狭い串カツ屋。
柴田「一回食ってみたかったな」
   地上への階段は光の中へ。

●大歩道橋・白昼
   眩い光が落ち着くと広がる駅前眺望。
   旧駅ビル、郵便局、百貨店、等々。
   百貨店の奥には円筒ビルが顔を出す。
   柴田、歩道橋の手摺に乗り出して。
大鱶「どう、こんな感じ?」
柴田「ええ。何度ここから眺めたことか」
   幻の人波を背に感慨を噛み締める。
大鱶「もうちょっと散策してみよっか」

●モンタージュ
   記憶の街を巡る柴田と大鱶。
   警察署近くの八階建書店ビル。
   上りエスカレーターに乗った二人。
柴田「上の階から順番に見るのがいいんです。
 半日いても飽きなかったなあ」
   書店の狭い階段を上る二人。
   壁には大量のカレンダー見本。
大鱶「そうそう、エスカレーター最上階まで
 行かないんだよ」
   *****
   地下街の噴水広場。
   定時になると始まる水のショー。
   夢中で見つめる柴田と見守る大鱶。
大鱶「これも随分前に撤去されたな」
柴田「こんなに綺麗だったんだ。いつも何気
 なく見てたから気づかなかった」
   ふと、通路の向こうを見やって。
柴田「あっちの方にチケットショップありま
 したよね。好きなアイドルのコンサートに
 行きたくて友達と何回か徹夜で並んだっけ。
 あの頃の熱量って何だったんだろう」
大鱶「苦労した分、得られる感動もちゃんと
 比例する時代だったんだよ」
   *****
   ボウリング場と映画館が入ったビル。
   狭いエレベーターに柴田と大鱶。
   四階のボタンを押す柴田。
   二階で扉が開くと溢れ出す音の洪水。
   音楽、球の転がる音、ピンの倒れる音。
柴田「この音聞くと、映画を観に来たぞって
 気分になりません?」
   *****
   さらに過去の記憶を辿っていく二人。
   今は無き大型ゲームセンタ―にて。
   旧式のプリントシール機を前に。
柴田「ここで誰かとプリクラ撮った気がする
 んだけどなあ。誰だったっけ・・・」
大鱶「そう言えば」
   出口を顎で指す大鱶。
大鱶「すぐ外が前に勤めてた映画館だよね。
 ついでに覗いてみる?」
   たちどころに曇る柴田の表情。
柴田「・・・やめておきます」
大鱶「なんで? マストじゃないの?」
柴田「別にどうでもいいですから」
   吐き捨てるような柴田の言葉。
大鱶「よかないよ。大相撲観に行って結びの
 一番の前に帰るか普通?」
柴田「他に行きたい所があるんです」

●通学路
   学生に混じって歩む柴田と大鱶。
柴田「この先の専門学校に通ってたんです」
   道沿いのコンビニを見て。
柴田「課題で初めて書いたシナリオ、ここで
 通学前にコピーしたなあ。ノリノリで書い
 てたら無茶苦茶長くなっちゃって。手書き
 で手元にデータ残らないから、提出日の朝、
 必死こいて一枚一枚・・・」
大鱶「アレ、お宅さんじゃない?」
   大鱶の言葉に凍りつく柴田。
   二人の少し前を歩く若き日の柴田。
   重い足取りで、何かを気にして。
   若い柴田の前方には女性の三人連れ。
   周りを気にせず楽しそうに談笑。
   若い柴田の歩調、ますます鈍る。
   ついには立ち止まってしまう。
   自然と広がる二組の距離。
   学校の入口に消えていく女性たち。
   安心したように歩き出す若い柴田。
柴田「次行きましょ、次!」
   今すぐ逃げ出したそうな震え声。

●地下街
   喫茶店の前を通り過ぎる若い柴田。
   入口の前でわざと速度を落として。
   店内の様子を横目で窺うように。
   カウンター内に女性店員。
   男性の同僚と仲良さげにじゃれあって。
   若い柴田、少し先まで行ってUターン。
   再び店内を窺いながら。
   その様子を苦々しく見つめる柴田。
   柴田の肩に手を置く大鱶。
大鱶「時間だ。次で最後だな」
   瞬間、二人の周囲の風景が消失。

●映画館・バックヤード
   薄暗い廊下に柴田ひとり。
   前方に見える重そうな金属扉。
   その向こうから薄らと聞こえる音。
   開場を告げる案内アナウンス。
   ポップコーンが弾ける響き。
   大鱶の姿を求めて見回す柴田。
柴田「ここはいいって言ったじゃないですか。
 早くどこかに戻してください!」
   虚ろに響く柴田の声。
   どこからか応える大鱶の声。
大鱶(声)「そりゃ無理な相談だ。記憶の中
 で一番でかいシェアを占めてる場所だもん。
 今でも夢に見たりするでしょ?」
   柴田、頭を抱えてうずくまる。
柴田「忘れたいのに・・・」
大鱶(声)「辞めてから一度も足を向けよう
 としなかったな。観たい映画をやってる時
 ですら」
柴田「・・・やめろ」
大鱶(声)「閉館する前に最後くらいはって
 思ったけど、それも結局・・・」
柴田「やめてくれ!」
大鱶(声)「酸いも甘いもひっくるめてお宅
 さんの記憶だよ。目を逸らしてちゃ前には
 進めないぜ」
   金属扉が軋む音。
   ゆっくりとこちらに開き始める扉。
   柴田の半泣き顔にドリーズーム。
   耳元でフィルムの走行音。

●沼地・黄昏
   荒野に立ち尽くす柴田。
   一面、建物の影も見えない泥地。
   毒々しい茜空が油の浮いたように映る。
柴田「・・・戻してくれとは言った。言った
 けどさ、戻しすぎなんだよ」
   足を取られながらも歩き出す柴田。
柴田「明治? 江戸? 確か、鉄道ができる
 よりずっと昔この場所は・・・」
   柴田の足が沈んで止まる。
   何かを見つけて見開かれる目。
   彼方の泥山から傾いて顔を出す構造物。
   二棟のビルを繋いだ空中庭園の残骸。
   荒野に響く環状電車の到着メロディ。

●都市公園・午後
   腰掛けに並んで座る柴田と大鱶。
   柴田、呆け顔。
   いまだ衝撃から醒めやらない様子。
   変わらず水場で遊ぶ子供たち。
柴田「あれも誰かの記憶なんですか」
大鱶「アレ?」
柴田「未来の」
大鱶「ああ、そんなの見ちゃったのか」
   軽い調子に肩すかしを食らう柴田。
柴田「いや、分かってるんですか、この辺り
 一帯が跡形も無く・・・」
大鱶「そりゃあ、いつかはそうなるって」
   両手を広げる大鱶。
   街全体を懐に抱くように。
大鱶「永遠に変わらなそうなこの景色だって、
 次の瞬間にも存在してる保証なんか何一つ
 無いわけじゃん。戦争やら災害やら何やら
 で」
柴田「そんな投げやりな」
大鱶「実際そうだったんだよ。ちょっとした
 滅びなんか何度もあったさ。でもその都度
 誰かが覚えてたから辛うじて生きてる」
   よっと立ち上がる大鱶。
   柴田を顧みて一礼。
大鱶「本日は結構な記憶をどうも」
柴田「え」
大鱶「おかげでかなりの欠損を補修できた。
 ったく忘れっぽい生き物だよ、街ってのは。
 絶えず食ってなきゃ存在を維持できないん
 だから」
   リードストラップの先が宙に浮く。
   見えないものに引っ張られる大鱶。
大鱶「急かしやがって。じゃあな」
   行きかけて最後に振り返る。
大鱶「十年くらいしたら、また頼むわ」

●雑貨ビル前・夕
   完全閉店したビルに射す残照。
   立入禁止ロープの前に立つ柴田。
   階段から劇場入口を見下ろして。
柴田「・・・遅くなってごめん」
   応えるようなジャングル風の音楽。
   柴田、ポケットに手を突っ込む。
   出てきたのはスティック羊羹。
   甦る大鱶の言葉。
大鱶(声)「こいつは疲労回復に効果的なん
 だよ。マラソンの最中なんかにもいい」
柴田「十年か、先は長いな・・・」
   羊羹に食らいつく柴田。
   ビルに背を向けて歩き出す。
   打楽器の響き、夕空に吸い込まれて。





                   了

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