淡い雀



私(七二)男性。

根岸 透(四八)男性。





●児童公園・午後(私の一人称視点)
   晩冬のうららかな陽射し。
   東屋のベンチから公園を眺める私。
   膨らんだ木蓮の蕾。
   南天の枝を行き交うジョウビタキ。
   思い出したかのように梢を揺らす風。
   砂場にアーチ式ダムを築く男児女児。
   延々とシーソー渡りをしている男児。
   築山遊具の頂で胡瓜を齧る女児。
   平和な光景に思わずうつらうつら。
   隣に誰か座る気配で覚醒。
   うっかり落としたマザーグース詩集。
   拾おうとして視線は地面に。
   パラパラと砂の上を跳ねる生米。
   たちまち寄ってくる褐色の鳥たち。
   視線を隣に移すと。
   色褪せたブルゾン姿の根岸透。
   ポケットから米粒を摘んでは撒く。
   私、注意喚起の咳払い。
   根岸、こちらを見て薄笑い。
根岸「ポケットにライ麦を」
私「は」
根岸「まあ、米なんですけど」
私「・・・・・・」
根岸「六ペンスの唄」
   根岸、マザーグース詩集に目配せ。
私「あー」
根岸「こいつらも黒ツグミじゃないけど」
   米粒を突っつく三羽の鳥。
私「ムクドリだな。めっきり増えた」
根岸「スズメは減りましたよね」
私「うちには毎朝来るよ」
根岸「淡くないですか」
私「え」
根岸「スズメ。前より淡くないですか」
   妙に熱っぽい根岸の眼差し。
私「色が薄いってこと? よく分からんな」
根岸「ちょっと違うんだよなあ・・・」
   根岸、ポケットに手。
私「それ禁止」
根岸「?」
私「餌やり。野良猫とか野鳥とか」
根岸「窮屈なご時世だ。やれボールで遊ぶな
 花火するな・・・」
私「小さい子や年寄りが多いから」
   私、遊具で遊ぶ子らを見やる。
   根岸、裏返したポケットを叩く。
根岸「ちょうど底をついたようで」
私「次から気をつけて」
   砂場に飽きた男児、滑り台へ。
   スーパーマン滑りでダムを破壊。
   火のついたように泣き出すダム女児。
私「こら、仲良く遊びなさい」
   私の声にチラッと注意を向ける子ら。
   すぐケロッとした顔で追いかけっこ。
私「泣いたカラスが何とやらだ」
根岸「お孫さんですか」
私「そう見えるかい」
根岸「優しいおじいちゃんに見えますよ」
私「・・・ありがとう」
   年輪を重ねた掌を見下ろす私。
私「可哀想だとは思うけどね」
根岸「?」
私「近頃の子供。走るのも笑うのも汚すのも
 いちいち周りを気にしなくちゃならない」
根岸「まったくです」
私「昔は暢気なものだったよ。ザリガニ獲り
 で泥だらけになって帰っても、ホースで水
 ぶっかけられてハイおしまい」
根岸「牧歌的だ」
私「ま、中には笑えない悪さもあった」
根岸「たとえば」
私「金網の隙間から線路に潜り込んで硬貨を
 ・・・大きい声じゃ言えないが」
根岸「ペッチャンコ?」
私「そう。昔でも違法」
根岸「さすがに時効ですね」
私「今考えてもヒヤヒヤする。何が楽しくて
 わざわざリスクを負ってたんだか」
根岸「万能感とか?」
私「確かに。何でもできる気はしたな」
根岸「親の気を惹きたい、てのもあるかも。
 育てたことがないので想像ですけど」
私「・・・・・・」
   シーソー男児、ジャングルジムへ。
   怖気づくことなくてっぺんまで。
私「・・・ここ、よく来るの?」
根岸「ええ、見てるのが好きなので」
   子供たちから目を離さない根岸。
根岸「羨ましい」
私「?」
根岸「彼らのスズメはまだ鮮やかだろうな」
私「ちょっと」
根岸「はい」
私「さっきから鮮やかだの淡いだの今ひとつ
 飲み込めないんだが」
根岸「あっ、解りませんか」
私「さっぱりね」
根岸「じゃあ、きっとあなたは幸せなんだ。
 自覚は無いかもだけど」
私「・・・・・・」
根岸「俺、もうじき誕生日なんです」
私「それはめでたいね」
根岸「そうでもないですよ。信長で言ったら
 マジで討たれる五秒前」
私「僕から見ればまだ青年だよ」
根岸「またまた」
   ふと思い出したように。
根岸「そうそう。この前、役所で書類書く時
 自分の年が判らなくなっちゃって」
私「ほう」
根岸「一歳上で書いてたんです。指摘されて
 ウオーってなりました。得した気分で」
私「わかる」
根岸「まあ、すぐ我に返ったんですけど」
私「?」
根岸「だって一歳なんてただの誤差でしょ。
 何か喜んだ分、虚しさが半端なかったな。
 死刑囚が一年猶予を貰ったところでね」
私「・・・・・・」
根岸「そんな時、珍しく目の前にスズメが」
   掌上で見えないスズメを弄ぶ。
根岸「あれ、スズメってこんなだっけ、って
 思うくらいボヤーっとしてて。丸々肥えて
 元気に囀ってるくせに幽霊みたいで」
私「・・・・・・」
根岸「あ、これやばいなって」
   エアスズメを押し潰す両掌。
私「何が」
根岸「え」
私「何がやばいんだね」
根岸「だって手遅れじゃないですか。お終い
 なんです、そういうふうに見えたら」
私「・・・・・・」
   追いかけっこに疲れた男児女児。
   再び砂場に戻ってスコップを手に。
根岸「次は何を作るのかな」
私「は?」
根岸「ダムの次は原発だったりして」
私「悪い冗談を。幼稚園児だよ」
根岸「子供って時々意表ついてくるでしょ」
   反対側のポケットに手を入れる根岸。
根岸「カエルにカタツムリ、仔犬のしっぽ」
私「何を言って・・・」
根岸「砂糖とスパイスとステキな物ぜんぶ」
私「マザー・グースの話かね」
根岸「子供の原材料って本当にそれだけなん
 でしょうか」
   根岸のポケットから耳障りな金属音。
根岸「知りたいんです」
私「・・・・・・」
根岸「彼らが何から出来ていて、何が見えて
 いるのか」
   カチカチカチ、カチカチカチ・・・。
根岸「そしたら、またスズメも・・・」
   カチカチカチ、カチカチカチ・・・。
   カッターの刃を出し入れするような。
   とっくに消えたアスレチック男児。
   いまだ胡瓜を齧り続ける築山女児。
   砂場では今しも水道橋が築造中。
   私の視線、砂場の子らに釘づけ。
私「そろそろ晩メシだ」
   やにわに立ち上がる私。
   砂場に向かって一直線に歩き出す。
   背後から根岸の声。
根岸「もう少しお話しましょうよ」
   無視して足を進めながら。
   おずおずと背後を窺う私。
   根岸、築山の方へぶらぶら。
   根岸と築山女児の会話が微かに。
根岸「かっぱ巻き、帰るぞ」
女児「世間話はもういいのか」
根岸「フラれた」
女児「どうせまた鬱陶しい愚痴でも聞かせて
 たんだろ、ネギトロ」
根岸「ネギトロ言うな。伯・父・さ・ん」
女児「じゃあかっぱ巻きもやめろ」
   視線を前に戻すと、もう砂場。
   水道橋に水を流す子ら。
   それを横目に行き過ぎる私。
   前方から近づいてくる若い女性。
   私、視線を落としてすれ違う。
   女性、砂場の子らに話しかける。
女性「わーすごーい。トーマ、これ何?」
男児「ママしらないの。せごびあだよ」
   私、公園の出口から外へ。

●住宅街・夕(私の一人称視点)
   狭い生活道路をのろのろ歩く私。
   後ろから道幅ぎりぎりのバン。
   ブロック塀に背をつけてやり過ごす。
   ゆっくり通過するサイドウィンドウ。
   私の鏡像が見返してくる。
   癖のある白髪、歪んだ眼鏡、無精髭。
   通過後、道の反対側に見える掲示板。
   不審者注意の掲示。
   特徴・白髪、眼鏡着用、七十歳前後。
   足元でかしましい囀り。
   怖々と落とす視線、何か淡いものが。





                   了

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